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ヨノマチ村編

25.ただいま

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 夜明け前のとある一軒家。
 一人の剣を手にした少女と、少女の姿をした邪悪は、未だしのぎを削っていた。
「いくら逃げようと、石になる運命からは逃れられないぞ、小娘よ」
 距離をおいて直接戦闘を避ける剣の少女に、魔物は冷酷にそう告げる。剣魔術による魔力消費が大きいのか、少女は息を切らしながら家中を駆け回る。それを魔物は、さしずめ死を告げる死神のように追い詰め、いなしていく。
「やれ、これ以上手こずらせるのなら仕方ない」
 奴はそう言うと、二対の魔法陣を空中に出現させた。そこに召喚したのは、大量の魔力で造られた蛇だった。
「――〈魔獣召喚魔法ゼルドザーム〉」
 おびただしいほどの蛇の首が一斉に少女へと飛び出す。少女は剣によってその頭数を減らしていくものの、やがて手足に巻き付かれて動きが制限されていく。
「くっ⋯⋯これじゃキリが無い――」
「狼の小娘よ、数百年生きてきて今まで、貴様のような戦略で我を追い詰めた冒険者などいなかった。その強さは認める。だがお前は敵を殲滅することに固執しすぎた。相性のよくない我と当たったのが運の尽きだったな」
 手足を拘束された少女に、魔物はその〈瞳〉を見開こうとする。遠隔操作する剣も、全て蛇たちによって無効化されてしまった。もう打つ手はない。
「お前には特別に、傷をくれてやろう。石となったその間も苦しみ続けるようにな」
 包丁の鋭い刃先が彼女に向けられる。
 少女は死を覚悟した。
 ――が、その時既に蛇の首は根こそぎ削り取られていた。
「何っ!?」
 愕然とする魔物を横目に、一人の少年がケモ耳の少女を抱えて移動する。
「ケイ⋯⋯?」
「⋯⋯ケイじゃなくて悪かったな。お前はとりあえずここで休んでろ」
 割って入った赤髪の少年はそう言った。
「あとケイから伝言。村で手当てできる人を連れてこい、だってよ」
「⋯⋯わかった」
 少女は戦線を離脱する。
「――メデューサ、お前は俺が倒す」
 ハルバードと盾を手に、セオはメデューサと対峙する。
 その眼差しにはもう、迷いはなかった。
「ふん、自らの妹をあやめる気にもなったか?」
「人の妹を人質にとるなんて、卑怯なことするもんだよな。確かに俺には殺せない。でもなメデューサ、お前だけは倒す」
「やってみるがいい」
 彼女が腕を前方に振りかざし、蛇たちはそれに呼応したように飛びかかる。セオは盾を前に守りの構えをとって、いなしつつ敵へと駆け抜ける。
「単身で突撃か⋯⋯命知らずな兄だな」
「違うな。俺はずっと恐がりのままだ。戦士に必要な勇気も器量も、俺には身についてねぇ。今のままでお前に敵う可能性なんて、微塵もないのも解ってる。それでも――」
 蛇たちの猛攻に追いつけず、防戦一方ながらも彼は一歩も退かない。「それでも」と言う勇気だけは、始めから持ち合わせていたかのように。戦士として敵と対峙した彼は決して本体いもうとを傷つけることなく、その空虚な瞳を見据えてその激情を露わにする。

「それでも⋯⋯『やるべきこと』を『できないこと』で片付けるのは、もう死んでも御免なんだよ!!」
 
 そう言い放つと同時に放ったハルバードの一振りが、彼の身体に絡みつく彼女の使い魔を一掃する。 
 だが相手の手数は止まる所を知らない。
 敵に接近する彼を弾き剥がすように、おびただしい数の蛇が彼を襲う。
「それで? 馬鹿の一つ覚えでどうにかするつもりだったのか?」
「はっ、やっぱ俺だけじゃ無理か⋯⋯」
「ん? 何がおかしい?」
「でも、ならやれる!!」
「何っ!?」
 蛇を彼に使い切り、無防備となった彼女を背後から僕は襲撃する。
「伏兵か!? おのれ⋯⋯」
 瞬時に敵は魔法陣を展開し、新たな使い魔を召喚する。だから僕は⋯⋯
「ジェイル、魔法術式を!」
『わかっている』
「『〈防御魔法ディフェンス〉!!』」
 迫り来る蛇を防御壁で防ぎ、短剣で彼女に斬りかかる。
「魔法を使ったところで、攻撃の手は割れている」
「なっ、防いだ!?」
「本でのは完璧だからな」
 万全だった筈の僕を包丁で崩し、身を翻した彼女は僕に向かって単身で飛び込む。
 でもこれでいい。計画通りだ。
 僕は短剣を棄てて、手のひらを空にする。
「もう、大丈夫だから」
 彼女の頭に手を置き、僕たちの勝利は確定した。
 ジェイルが彼女の中のメデューサという人格を破壊し、まもなく傷一つなく彼女は目を醒ますだろう。
 でも僕はまあ⋯⋯覚悟していた通りか。
 この胸に突き刺さった包丁は、僕の甘さだ。


 ・・・


 僕はまた、死んでしまったのかもしれない。
 そしてまた違う世界で生まれ変わるのかもしれない。
 でも、今ならやり残したことは不思議と一つもなかった。
 どうせなら今度は、一からやり直したいな。


 朝が来た。
 僕にもまた、朝を迎える権利はあるみたいだ。
 見上げた先にあるのは、見覚えのある木目。そして足下では、一人の少女が眠っていた。
 そうか、僕はまだこの世界で生きていいんだ。
 またこの世界におはようを言っていいんだ。
「⋯⋯ありがとう」
 朧げな意識の中で、そんな言葉を思わず呟く。
 何に対しての「ありがとう」なのか、僕にもわからなかった。
 僕の声に気づいたのか、少女のケモ耳が視界の端でぴくりと動いた。仰向けの僕にゆっくりと近づく。
「⋯⋯ケイ?」
「おはよ――いったぁあああああ!!」
 起き上がろうとして上体を上げたら、思いっきり頭を上のベッドにぶつけた。目覚めて早々頭をぶつけるとは、僕はこの状況になると運がないな。
「もう、大丈夫⋯⋯なの?」
「う、うん。なんか傷も治ってるし、なんともないよ。頭が痛いだけ」
「そっか⋯⋯よかった」
 エルは安堵したように肩を丸めた。
 僕の腹の傷も、回復薬で治されたのかほとんど治っていた。直前に浅く刺さっただけだからこれで済んだらしい。
「⋯⋯ケイは死なないってわかってたけど、死んでほしくなかった、すごく。⋯⋯生きててほしいって、こういう感情のことなんだね」
 彼女の落ち着いた声。だがその後ろでしっぽは左右に揺れている。なんだかんだ僕を心配しててくれたのか。なんかすごく、嬉しい(語彙力皆無)。
 しばらく僕を見つめていた彼女だったが、あるとき唐突にその頬を涙が伝って流れ落ちた。
「あれ? 私、泣いてる⋯⋯?」
「うん、泣いてるよ」
「嘘だ、なんにも悲しくなんてないのに⋯⋯」
「悲しくなくても、涙は出るものなんだよ」
「っ、そっか⋯⋯⋯⋯困ったな」
 その間も涙は止まることなく彼女の頬を濡らし続ける。
 僕は右手で彼女の頭をそっと撫でた。
「よかった⋯⋯」
「ありがとう、エル」
 初めてだった。彼女の泣き顔を見たのは。
 そりゃあそうか。まだ出会って一ヶ月くらいの仲だ。彼女の見せる表情一つ一つに名前を付けていたら、もうキリがない。それでも、彼女のその涙だけは記憶に焼き付けておくべきだと悟った。
 エルが、初めて人を想って流した涙だから。
 ~十分後~
「(エルの耳、もふもふ⋯⋯)」
「⋯⋯ねえ、もう大丈夫だから。くすぐったいよ」
「はっ、ごめん! あんまりにも耳がもふもふだったから⋯⋯」
「⋯⋯耳フェチ?」
「耳フェチじゃない!」
 ちなみに僕は猫派。
 ⋯⋯。
 仕方ない、そろそろここでエピローグといくか。
 
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