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ヨノマチ村編

17.片翼の龍と暗殺者

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 ――昔、一匹の龍がいた。
 龍の名はレフィリア。
 彼は龍でありながら飛ぶことができなかった。
 彼は、生まれつき翼が片方しかないからだ。
 同族の龍たちは、彼を忌み嫌い、罵った。彼の両親ですら、出来損ないの彼を見放した。
 彼とは違って飛ぶことのできる龍たちは、彼を置いてどこか遠く、空の彼方まで飛んで行く。
 やがて彼の知る同族の龍たちは、一匹残らず飛び去ってしまった。
 悲しみと絶望感に暮れる龍は、こう思った。
「僕ももう、ひとりぼっちになってしまった。この世界には、僕のような出来損ないの居場所なんてなかったんだ」と。
 そんなとき、天から降りてきた神は彼にこう告げた。
「レフィリア、君の仲間である龍たちは、自慢の翼を活かして皆天まで昇ってきてしまった。けれど、君が飛べなかったのは、翼が片方しかなかったからではない。――君には、使命があるからだ。天の下で暮らす人々を、あらゆる災厄からまもる使命が」
 それを聞いたレフィリアは、飛ぶことを諦め、代わりに人々を護ることを選んだ。
 それからというもの、王国の民は長きに渡ってその「片翼の龍」に幾度となく護られてきたのだそうだ。


  *


 これが、以前エルの言っていた「片翼の龍伝説」の大まかなあらすじらしい。ミハエルの言っていた「ご加護があらんことを」という言葉には、こういう背景があった訳だ。
「悲しいけど、いい話だったな⋯⋯」
 僕は立ち寄った図書館で借りた本を閉じた。
「エル、聞いてた?」
「聞いてたよ、半分くらい」
 折角僕がなけなしの気力で読み聞かせを行っていたというのに、当の彼女はいつも通りか。とはいえ、本の内容は堅苦しい感じだったから彼女の気持ちもわかる。
 町の憩いの場で本を読んでいた僕らは、図書館に本を返却してまた長い道を歩き始めた。⋯⋯といっても、目的地への旅路はもう短い。
「(片翼の龍か⋯⋯なんか僕みたいだな)」
 悲劇の運命を背負いながらも、その使命を全うする姿は、僭越せんえつながらも僕と重なる部分があると思った(個人の感想です)。
 そんな僕と似た境遇の龍のご加護が、どうか僕にありますようにと願ってみたりする。
「ケイ」
「どうしたの?」
「そっちがけだよ」
「え? うわぁああああああ!」
 危ない危ない。あと数歩進んでいたら崖から真っ逆さまだった。まさに危機一髪だ。歩きながら考え事なんてするもんじゃないな。
「死ぬかと思った⋯⋯」
「考えごと?」
「うん⋯⋯そんな大層なことじゃないけどね」
「そう⋯⋯でも、ケイに死なれたら困る」
「そうだよね。ありがとう、助かった」
「べ、別にいいよ」
 照れくさそうに顔を背けたエルは、そのまま踵を返してもとの道に戻っていく。目的地まではあとちょっとだ。
 今日の僕たちの目的地は、エルダール王国の王都からは少し離れたところにある「ヨノマチ村」だ。村の名前が町なのか村なのか正直ややこしいけど、まあそれはさておき。
 ヨノマチ村には、古くからメドューサの目撃情報があり、度々冒険者によって封印されてきたらしい。しかし近年、その最後の封印の効力が切れて村の人々を恐怖に陥れているそうななのだ。
 そのメドューサの封印を再び行うのが、今回の僕たちの任務にして初の大仕事。
 受付のお姉さん曰く、「Sランクの依頼の中では一番簡単」だとか⋯⋯
 ⋯⋯⋯⋯うそつけ。
「そろそろかな?」
「たぶん⋯⋯」
 ふと、隣を歩いていたエルが立ち止まり、僕の袖をつまんで引き止めた。僕も急に止められて仰け反りそうになる。
「ケイ、あれ⋯⋯」
「ん?」
 エルの指さす方向にいたのは⋯⋯

 ――奇声を上げて走り回るゴブリンの集団と、それに追われる一人の少女。彼女に反撃するような素振りは見受けられない。

「まずい、追われてる!!」
「助ける?」
「もちろん!」
「了解」
 短いやりとりを交わしつつ、僕らは彼女のもとへ急ぐ。尤も、エルも僕の判断を仰ぐ前から走り出していたのだけど。
 木々の間を縫って走り、エルは木片を三本宙に投げる。
「展開⋯⋯!!」
 エルが投げた木片から、火がつきやがて半透明の刃に変わる。誘導弾のようにその刃たちはゴブリンの群れめがけて飛んでいく。
「グゴァアア!!」
 数匹のゴブリンに命中し、群れがこちらの存在に気づく。対象は思ったより小さい。その手にはそれぞれ棍棒のようなものを携えている。
 魔物との睨み合いは趣味ではないので、僕は短剣を引き抜き戦闘態勢に入る。
「〈隠密ステルス〉!!」
 姿を消し、高く木の上にジャンプする。まるで忍者にでもなったかのように、木々を渡って奴らを先回りする。
 ゴブリンの群れの前に立ち塞がり、短剣で一匹の頸を撥ねる。紫色の血が飛び散る。気にせず群れに突っ込み、次々に短剣で斬り掛かる。
 短剣の血を払って一旦退く。
 残りのゴブリンたちを、エルは手にした剣でぶった切っていく。敵に剣を突き刺したかと思えば、一度手放して浮遊していた剣に持ち替える。彼らの持っていた棍棒を奪い取り、そこからまた刃を形成。槍のようにして敵を薙ぎ払ったあと、それもてて浮遊する剣で残り一匹を串刺しにした。
 まさに鬼神のような戦いぶりだった。これに僕が勝てたのも単なる偶然だと、思い知らされるくらいに。
「終わった?」
「ん」
 顔にも返り血を浴びた彼女は、振り向きざまに言う。ため息をつくと同時に、剣の刃が燃え尽きるように消えてただの木片に戻る。
 僕も短剣を鞘に仕舞う。彼女の役に立てたかは、微妙なところだ。
「君、大丈夫だった?」
 木の陰に隠れていた少女に近づく。だいぶ息切れしていたから、かなりの距離追われていたのだとわかる。
「私は大丈夫です。助けていただきありがとうございました」
 立ち上がった少女は、背丈からして十代前半くらいだった。鮮やかな赤い髪のツインテールが特段目を引く。それなのに、どこか歳の割には雰囲気が落ち着きすげているように思う。
「そうだ、ヨノマチ村ってどっちか知らない?」
「私はヨノマチ村の者です。案内しましょうか?」
「ありがとう、助かるよ」
 こうして、ヨノマチ村での物語は始まったのだった。
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