カンパニュラに想いを乗せて。

青花美来

文字の大きさ
上 下
16 / 25
Chapter5

5-1

しおりを挟む
その日から二人の関係はちょっとだけ進展した。

由美も交えて三人で飲みに行くことも増え、もちろん二人であのバーに行ったり飲みの席に疎い和葉のために新しいお店を一緒に開拓したり。今まで以上に一緒に過ごす時間も増えた。

先輩社員から二人は付き合ってるんだろ?と言われた哲平が告白して返事待ちだと答えると驚愕の表情をされたのも記憶に新しい。

元々哲平の優しさに少し惹かれていた和葉は、中西哲平という人間を知れば知るほど惹かれていっていた。

本来ならそれは哲平の気持ちを知っているため両想いということになるはずだが、和葉にはどうしても手放しで喜べない事情があった。

それはあの話をしたくても怖くて話せない、という和葉の過去に繋がるのだが。

そんなある日、また事件は起こる。

大分涼しくなってきた十月。いつも通り仕事を黙々とこなしていた時。

コツコツと響くヒールの音に顔を上げた複数の社員が音の方向へ視線を向ける。

そこにいたのは一人の女性。

百六十センチ程のそこまで大きくない身長。しかし細長い足のせいか、目力の強い猫目を強調したキツめのメイクのせいか、なんだか存在感があり大きく見える。

ピンヒールが鳴らすコツコツとした音は商品開発部と札が下がっている和葉達の前で止まり、口を開く。


「ーー後藤 和葉さんって、どなたですか?」


その声に、ゆっくりと和葉は顔を上げた。

ざわざわとした周りの声はあまり気にならなかった。


「後藤に何かご用であればまず受付でアポイントを……」


先輩社員がその女性の只ならぬ雰囲気を感じたのか後藤を隠すように立ったものの、


「後藤さんはどなたでしょうか!?」


怒鳴るような声色に変わったため和葉は席を立って先輩社員にお礼を言い、その女性と対峙した。


「……貴女が後藤 和葉さん?」

「……そうですが。失礼ですがどちら様でしょうか。どこかでお会いしましたか?」


お互い探るように視線を絡み合わせる。

和葉の記憶ではこんな人物は会ったこともない。

でもフルネームを知っているということは、少なくとも向こうは和葉のことを知っているのだろう。

和葉の言葉に口角を上げた女性に、和葉は眉を潜める。

哲平はそんな和葉を心配そうに見つめていた。


「直接会ったことはありません。ですがお話はよく伺っています」


名乗る気は無いのか、教えてはもらえなかった。

「……お話、ですか。それはどなたからでしょう?」

「山口 康平から。って言えば、わかっていただけるでしょうか?」


その言葉に哲平は固まり、和葉の顔から表情が無くなった。

和葉の反応を見てゆるゆると笑った女性。その気味の悪い笑い方がどこか嫌な感じがした。


「……そうでしたか。何か私にご用でしょうか」

「ちょっとお話ししたい事があって」

「生憎今は仕事中で手が離せません。申し訳ありませんが就業後に時間を改めていただけないでしょうか」

「……それもそうですね。いきなり押し掛けて非常識だったことは謝ります。じゃあ終わったらこの番号に電話をいただけますか。いつでも出られる状態で待ってますから」

「……わかりました」


頷いた和葉を見て、女性はまたヒールをコツコツと鳴らして去って行った。

和葉は先輩社員に頭を下げて謝り、仕事に戻る。

由美と哲平は顔を見合わせて目で会話するものの、どうすることもできず時間だけが経っていった。






就業後。

まだ日の入り前の西日が眩しい時間。和葉は会社近くのとあるカフェの前に立っていた。

貰った紙に書かれていた番号に就業後すぐに電話をして、指定されたのが今目の前にあるカフェだった。

由美や哲平に大分心配されて1人で行くなと散々言われたものの、結局押し切って1人で来た。

ドアを開けるとカラン、というベルの音が響く。落ち着いたクラシックが流れる店内を見渡すと、奥の席に彼女はいた。

片手を上げてこちらに合図してくる彼女を確認し、スタッフの方にレモンティーを注文して席に向かう。


「お待たせして申し訳ありません」

「いえ、こちらこそ急に押しかけてしまってすみませんでした」

「あの……、それで貴女はどちら様でしょうか」


ここまで呼び出しておいて名前も知らないなんて、フェアじゃない。

そう言うと彼女はこれが手っ取り早い、と名刺を差し出してきた。


「……頂戴します」

潮田 陽毬シオダ ヒマリと申します」


名刺には彼女が言った通り潮田 陽毬という文字と宮本コーポレーションの文字。

あぁ。彼と同じ会社の方か、と理解した。


「宮本コーポレーションにて営業事務をしております。今日は康平のことで貴女にお話があって参りました」

「……はぁ」


十中八九、良い話ではないだろう。それはわかる。


「──お待たせいたしました。レモンティーでこざいます。……ごゆっくりどうぞ」


綺麗に一礼したスタッフの方にお礼を言い、和葉はレモンティーを一口そっと飲んだ。

和葉がカップを置いたのを見た陽毬は、意を決したように話し出した。


「単刀直入に申し上げます。もう康平のことをかき回さないでいただけますか」

「……すみません。よく意味が」


何が言いたいのかイマイチ理解できず、和葉は頭を掻いた。


「……私は、入社してすぐから康平と交際をしております。今まで特に大きな喧嘩も無く、仲良くしてきました」

「……はぁ」

「それが最近、元気が無いと思ったら急に怒り出したり。逆にさっきまでイライラしてたのに急に落ち込んだり。情緒不安定みたいで落ち着かないんです。物に当たったり私に当たったり……」

「それが私に関係してる、と」

「はい」


力強く肯定されて、和葉は軽く頭痛を感じた。


「先日、会社の飲み会があった時に駅の近くで康平が貴女に掴みかかったと伺いました」

「……あぁ……。あれは……」

「私は前を歩いていたのでその場は見ていませんでしたが、同僚から話は聞きました。普段ならあり得ないことです。その節は康平が大変失礼致しました。あれは貴女は悪くありません。どんな理由があれ、女性の胸ぐらを掴むなんて言語道断だと。あの後康平に説教したんですよ」


頭を下げてからなんてことないようにそう言い放つ陽毬に、和葉の顔は引き攣った。

説教って。なんだろう。この人色んな意味で怖い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

長谷川さんへ

神奈川雪枝
ライト文芸
不倫シリーズ

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺にだけ見えるあの子と紡ぐ日々

蒼井美紗
ライト文芸
優也は毎日充実した大学生活を送っている。講義を受けてサークルに参加してバイトをして、友達もたくさんいるし隣には可愛い女の子もいる。 しかしそんな優也の生活には、一つだけ普通の人と違う点があった。それは……隣にいる女の子の姿を見ることができるのは、優也だけだという点だ。でも優也は気にしていない。いや、本音を言えば友達にも紹介したいし外でも楽しく会話をしたい。ただそれができなくても、一緒にいる時間は幸せで大切なのだ。 これはちょっと普通じゃない男女の甘く切ない物語です。 ※この物語はカクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

初恋の呪縛

泉南佳那
恋愛
久保朱利(くぼ あかり)27歳 アパレルメーカーのプランナー × 都築 匡(つづき きょう)27歳 デザイナー ふたりは同じ専門学校の出身。 現在も同じアパレルメーカーで働いている。 朱利と都築は男女を超えた親友同士。 回りだけでなく、本人たちもそう思っていた。 いや、思いこもうとしていた。 互いに本心を隠して。

消えた記憶

詩織
恋愛
交通事故で一部の記憶がなくなった彩芽。大事な旦那さんの記憶が全くない。

処理中です...