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Chapter5
5-1
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その日から二人の関係はちょっとだけ進展した。
由美も交えて三人で飲みに行くことも増え、もちろん二人であのバーに行ったり飲みの席に疎い和葉のために新しいお店を一緒に開拓したり。今まで以上に一緒に過ごす時間も増えた。
先輩社員から二人は付き合ってるんだろ?と言われた哲平が告白して返事待ちだと答えると驚愕の表情をされたのも記憶に新しい。
元々哲平の優しさに少し惹かれていた和葉は、中西哲平という人間を知れば知るほど惹かれていっていた。
本来ならそれは哲平の気持ちを知っているため両想いということになるはずだが、和葉にはどうしても手放しで喜べない事情があった。
それはあの話をしたくても怖くて話せない、という和葉の過去に繋がるのだが。
そんなある日、また事件は起こる。
大分涼しくなってきた十月。いつも通り仕事を黙々とこなしていた時。
コツコツと響くヒールの音に顔を上げた複数の社員が音の方向へ視線を向ける。
そこにいたのは一人の女性。
百六十センチ程のそこまで大きくない身長。しかし細長い足のせいか、目力の強い猫目を強調したキツめのメイクのせいか、なんだか存在感があり大きく見える。
ピンヒールが鳴らすコツコツとした音は商品開発部と札が下がっている和葉達の前で止まり、口を開く。
「ーー後藤 和葉さんって、どなたですか?」
その声に、ゆっくりと和葉は顔を上げた。
ざわざわとした周りの声はあまり気にならなかった。
「後藤に何かご用であればまず受付でアポイントを……」
先輩社員がその女性の只ならぬ雰囲気を感じたのか後藤を隠すように立ったものの、
「後藤さんはどなたでしょうか!?」
怒鳴るような声色に変わったため和葉は席を立って先輩社員にお礼を言い、その女性と対峙した。
「……貴女が後藤 和葉さん?」
「……そうですが。失礼ですがどちら様でしょうか。どこかでお会いしましたか?」
お互い探るように視線を絡み合わせる。
和葉の記憶ではこんな人物は会ったこともない。
でもフルネームを知っているということは、少なくとも向こうは和葉のことを知っているのだろう。
和葉の言葉に口角を上げた女性に、和葉は眉を潜める。
哲平はそんな和葉を心配そうに見つめていた。
「直接会ったことはありません。ですがお話はよく伺っています」
名乗る気は無いのか、教えてはもらえなかった。
「……お話、ですか。それはどなたからでしょう?」
「山口 康平から。って言えば、わかっていただけるでしょうか?」
その言葉に哲平は固まり、和葉の顔から表情が無くなった。
和葉の反応を見てゆるゆると笑った女性。その気味の悪い笑い方がどこか嫌な感じがした。
「……そうでしたか。何か私にご用でしょうか」
「ちょっとお話ししたい事があって」
「生憎今は仕事中で手が離せません。申し訳ありませんが就業後に時間を改めていただけないでしょうか」
「……それもそうですね。いきなり押し掛けて非常識だったことは謝ります。じゃあ終わったらこの番号に電話をいただけますか。いつでも出られる状態で待ってますから」
「……わかりました」
頷いた和葉を見て、女性はまたヒールをコツコツと鳴らして去って行った。
和葉は先輩社員に頭を下げて謝り、仕事に戻る。
由美と哲平は顔を見合わせて目で会話するものの、どうすることもできず時間だけが経っていった。
就業後。
まだ日の入り前の西日が眩しい時間。和葉は会社近くのとあるカフェの前に立っていた。
貰った紙に書かれていた番号に就業後すぐに電話をして、指定されたのが今目の前にあるカフェだった。
由美や哲平に大分心配されて1人で行くなと散々言われたものの、結局押し切って1人で来た。
ドアを開けるとカラン、というベルの音が響く。落ち着いたクラシックが流れる店内を見渡すと、奥の席に彼女はいた。
片手を上げてこちらに合図してくる彼女を確認し、スタッフの方にレモンティーを注文して席に向かう。
「お待たせして申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ急に押しかけてしまってすみませんでした」
「あの……、それで貴女はどちら様でしょうか」
ここまで呼び出しておいて名前も知らないなんて、フェアじゃない。
そう言うと彼女はこれが手っ取り早い、と名刺を差し出してきた。
「……頂戴します」
「潮田 陽毬と申します」
名刺には彼女が言った通り潮田 陽毬という文字と宮本コーポレーションの文字。
あぁ。彼と同じ会社の方か、と理解した。
「宮本コーポレーションにて営業事務をしております。今日は康平のことで貴女にお話があって参りました」
「……はぁ」
十中八九、良い話ではないだろう。それはわかる。
「──お待たせいたしました。レモンティーでこざいます。……ごゆっくりどうぞ」
綺麗に一礼したスタッフの方にお礼を言い、和葉はレモンティーを一口そっと飲んだ。
和葉がカップを置いたのを見た陽毬は、意を決したように話し出した。
「単刀直入に申し上げます。もう康平のことをかき回さないでいただけますか」
「……すみません。よく意味が」
何が言いたいのかイマイチ理解できず、和葉は頭を掻いた。
「……私は、入社してすぐから康平と交際をしております。今まで特に大きな喧嘩も無く、仲良くしてきました」
「……はぁ」
「それが最近、元気が無いと思ったら急に怒り出したり。逆にさっきまでイライラしてたのに急に落ち込んだり。情緒不安定みたいで落ち着かないんです。物に当たったり私に当たったり……」
「それが私に関係してる、と」
「はい」
力強く肯定されて、和葉は軽く頭痛を感じた。
「先日、会社の飲み会があった時に駅の近くで康平が貴女に掴みかかったと伺いました」
「……あぁ……。あれは……」
「私は前を歩いていたのでその場は見ていませんでしたが、同僚から話は聞きました。普段ならあり得ないことです。その節は康平が大変失礼致しました。あれは貴女は悪くありません。どんな理由があれ、女性の胸ぐらを掴むなんて言語道断だと。あの後康平に説教したんですよ」
頭を下げてからなんてことないようにそう言い放つ陽毬に、和葉の顔は引き攣った。
説教って。なんだろう。この人色んな意味で怖い。
由美も交えて三人で飲みに行くことも増え、もちろん二人であのバーに行ったり飲みの席に疎い和葉のために新しいお店を一緒に開拓したり。今まで以上に一緒に過ごす時間も増えた。
先輩社員から二人は付き合ってるんだろ?と言われた哲平が告白して返事待ちだと答えると驚愕の表情をされたのも記憶に新しい。
元々哲平の優しさに少し惹かれていた和葉は、中西哲平という人間を知れば知るほど惹かれていっていた。
本来ならそれは哲平の気持ちを知っているため両想いということになるはずだが、和葉にはどうしても手放しで喜べない事情があった。
それはあの話をしたくても怖くて話せない、という和葉の過去に繋がるのだが。
そんなある日、また事件は起こる。
大分涼しくなってきた十月。いつも通り仕事を黙々とこなしていた時。
コツコツと響くヒールの音に顔を上げた複数の社員が音の方向へ視線を向ける。
そこにいたのは一人の女性。
百六十センチ程のそこまで大きくない身長。しかし細長い足のせいか、目力の強い猫目を強調したキツめのメイクのせいか、なんだか存在感があり大きく見える。
ピンヒールが鳴らすコツコツとした音は商品開発部と札が下がっている和葉達の前で止まり、口を開く。
「ーー後藤 和葉さんって、どなたですか?」
その声に、ゆっくりと和葉は顔を上げた。
ざわざわとした周りの声はあまり気にならなかった。
「後藤に何かご用であればまず受付でアポイントを……」
先輩社員がその女性の只ならぬ雰囲気を感じたのか後藤を隠すように立ったものの、
「後藤さんはどなたでしょうか!?」
怒鳴るような声色に変わったため和葉は席を立って先輩社員にお礼を言い、その女性と対峙した。
「……貴女が後藤 和葉さん?」
「……そうですが。失礼ですがどちら様でしょうか。どこかでお会いしましたか?」
お互い探るように視線を絡み合わせる。
和葉の記憶ではこんな人物は会ったこともない。
でもフルネームを知っているということは、少なくとも向こうは和葉のことを知っているのだろう。
和葉の言葉に口角を上げた女性に、和葉は眉を潜める。
哲平はそんな和葉を心配そうに見つめていた。
「直接会ったことはありません。ですがお話はよく伺っています」
名乗る気は無いのか、教えてはもらえなかった。
「……お話、ですか。それはどなたからでしょう?」
「山口 康平から。って言えば、わかっていただけるでしょうか?」
その言葉に哲平は固まり、和葉の顔から表情が無くなった。
和葉の反応を見てゆるゆると笑った女性。その気味の悪い笑い方がどこか嫌な感じがした。
「……そうでしたか。何か私にご用でしょうか」
「ちょっとお話ししたい事があって」
「生憎今は仕事中で手が離せません。申し訳ありませんが就業後に時間を改めていただけないでしょうか」
「……それもそうですね。いきなり押し掛けて非常識だったことは謝ります。じゃあ終わったらこの番号に電話をいただけますか。いつでも出られる状態で待ってますから」
「……わかりました」
頷いた和葉を見て、女性はまたヒールをコツコツと鳴らして去って行った。
和葉は先輩社員に頭を下げて謝り、仕事に戻る。
由美と哲平は顔を見合わせて目で会話するものの、どうすることもできず時間だけが経っていった。
就業後。
まだ日の入り前の西日が眩しい時間。和葉は会社近くのとあるカフェの前に立っていた。
貰った紙に書かれていた番号に就業後すぐに電話をして、指定されたのが今目の前にあるカフェだった。
由美や哲平に大分心配されて1人で行くなと散々言われたものの、結局押し切って1人で来た。
ドアを開けるとカラン、というベルの音が響く。落ち着いたクラシックが流れる店内を見渡すと、奥の席に彼女はいた。
片手を上げてこちらに合図してくる彼女を確認し、スタッフの方にレモンティーを注文して席に向かう。
「お待たせして申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ急に押しかけてしまってすみませんでした」
「あの……、それで貴女はどちら様でしょうか」
ここまで呼び出しておいて名前も知らないなんて、フェアじゃない。
そう言うと彼女はこれが手っ取り早い、と名刺を差し出してきた。
「……頂戴します」
「潮田 陽毬と申します」
名刺には彼女が言った通り潮田 陽毬という文字と宮本コーポレーションの文字。
あぁ。彼と同じ会社の方か、と理解した。
「宮本コーポレーションにて営業事務をしております。今日は康平のことで貴女にお話があって参りました」
「……はぁ」
十中八九、良い話ではないだろう。それはわかる。
「──お待たせいたしました。レモンティーでこざいます。……ごゆっくりどうぞ」
綺麗に一礼したスタッフの方にお礼を言い、和葉はレモンティーを一口そっと飲んだ。
和葉がカップを置いたのを見た陽毬は、意を決したように話し出した。
「単刀直入に申し上げます。もう康平のことをかき回さないでいただけますか」
「……すみません。よく意味が」
何が言いたいのかイマイチ理解できず、和葉は頭を掻いた。
「……私は、入社してすぐから康平と交際をしております。今まで特に大きな喧嘩も無く、仲良くしてきました」
「……はぁ」
「それが最近、元気が無いと思ったら急に怒り出したり。逆にさっきまでイライラしてたのに急に落ち込んだり。情緒不安定みたいで落ち着かないんです。物に当たったり私に当たったり……」
「それが私に関係してる、と」
「はい」
力強く肯定されて、和葉は軽く頭痛を感じた。
「先日、会社の飲み会があった時に駅の近くで康平が貴女に掴みかかったと伺いました」
「……あぁ……。あれは……」
「私は前を歩いていたのでその場は見ていませんでしたが、同僚から話は聞きました。普段ならあり得ないことです。その節は康平が大変失礼致しました。あれは貴女は悪くありません。どんな理由があれ、女性の胸ぐらを掴むなんて言語道断だと。あの後康平に説教したんですよ」
頭を下げてからなんてことないようにそう言い放つ陽毬に、和葉の顔は引き攣った。
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