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Chapter2
2-1
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週明けの月曜日、哲平が出勤すると既に和葉はデスクで仕事を始めていた。
「哲平!この間は酔い過ぎちゃったみたいでごめん!」
両手を合わせて謝る由美に、哲平は溜息を吐きながら片手を上げた。
哲平は和葉に若干の気まずさを感じながらも
「後藤、おはよう。……あの後ちゃんと帰れたか?」
と聞く。
すると
「おはようございます。ちゃんと帰れましたよ。ふふ、中西さん心配しすぎですよ」
といつも通りのにこやかな返事が返ってきて。
つい先日あの男に会って取り乱してしまったことなんて微塵も感じさせない程綺麗な笑顔で言うものだから、逆にそれが無理をしているように見えて哲平は不安になった。
それでも和葉がいつも通りを装うのなら、哲平にできることはほぼ無いだろう。
一先ず様子を見ようと決めた哲平は今まで以上に意識して和葉に話しかけ、様子を伺うことにした。
そんな光景を見て由美は色々と想像を巡らせたのだろう。ニヤニヤしながら二人を見つめるのだった。
この日は、数日後から始まる新しい商品開発を取引先の営業の人と一緒に進めていくため、社内での事前打ち合わせの日だった。
相手企業に提案するコンセプト、予算や品評会の調整、迷惑をかけずスムーズに相手企業と今回の企画を進めるための準備は欠かせない。
哲平は今回の企画の発案者であり、相手企業との打ち合わせも基本的に哲平と向こうの営業と一対一で行うことが決まっていた。
和葉のことも心配だったが社会人なのだからまずは仕事。
これから忙しくなるぞ、と意気込んで仕事に取り掛かる。
和葉はその企画には直接的には関与しない。そのため哲平がどれだけ意識していても二人の会話は必然的に日毎に減っていった。そして挨拶と業務連絡以外殆ど会話することもなく数日が経過。
相手企業との打ち合わせの日がやって来た。
哲平はビルの入り口まで出向き、相手を迎え入れようと思って待っていた。
季節は初夏だ。日差しが既に暑い。
初対面だから印象も大事だな、と腕時計を見ながらネクタイの向きをクッと確認した時。
「……あ」
どこかから漏れ出たような声を聞き、目線を上げた。
「……あ」
哲平の口からも同じような気の抜けた声が漏れ出る。
目の前にいたのはついこの間遭遇した、和葉の幼馴染だという男だった。
「……もしかして、HASEGAWAさんの……?」
その言葉で、今回の取引先の営業はこの男だったと気付き、世間は狭いな……と思った。
動揺を悟られないように平静を装って名刺を出す。
「……申し遅れました。私、HASEGAWA商品開発部の中西と申します」
「……宮本コーポレーション営業2課の山口 康平と申します。よろしくお願いいたします」
社会人として名刺交換をするも、どこかぎこちない雰囲気は拭えず。
「どうぞ。ご案内します」
「……すみません、ありがとうございます」
哲平は複雑な思いを抱えながらエレベーターに乗った。
会議室に康平を通した哲平は、仕事は仕事。割り切ろうと資料を出して打ち合わせを開始しようとする。
その時会議室にノックする音が鳴り響いた。
哲平は無意識に「はい」と返事をしたものの、入って来た人物を視界に入れた瞬間、ヤバいと焦りを露わにした。
商品開発部で一番の年下は和葉だ。取引先とは言え、お客様が来た時にお茶出しをするのは当然和葉の役目だった。
しかし仕事中ではあるもののこの二人が出会ったらどうなるかわからない。
会議室に入るまでは偶然にも和葉はお茶を淹れるために席を外しており、二人はまだお互いがそこにいることを知らなかった。
哲平はどうにかしようと思うものの、もう時既に遅し。
和葉が康平の前にお茶を置いて目線を上げてお互いの視線が絡み合った時に、哲平は思わず頭を抱えた。
和葉は目を見開いてから無表情になり、康平は同じように目を見開いた後に眉間に皺を寄せて敵意をむき出しにしてきた。
「お前っ……そりゃそうか、なるほど。あの時一緒にいたのは会社の同僚だったってワケだ」
頭を抱えていた哲平の方をちらりと見て言った康平に、哲平は顔を歪めた。
「……後藤、ありがとう。戻っていいよ」
一先ずこの二人を物理的に離さなければ。
そう思ってなるべくどちらも刺激しないように和葉に伝えると
「……はい」
と小さく返事をしてお盆を手にドアに向かう。
和葉の手がドアノブにかかった時、康平が和葉の方を見ずに口を開いた。
「……お前の顔を見てると反吐が出そうだ」
怒鳴るわけでも、叫ぶわけでもなく。そのドスの効いた声は静かな空間によく響いて。
「ハッ、このお茶だって毒でも入ってたりしてな」
「何をっ」
「中西さんっ!」
それは聞き捨てならない、と間に入ろうとしたら和葉に止められた。
「大丈夫です。私は大丈夫なんで。
……貴方もご安心ください。そんなことは有り得ませんから」
「……どうだか」
会話と呼んでいいのかわからないレベルのやり取りが哲平の目の前で繰り広げられ、哲平は自分の不甲斐なさと情けなさに両手をグッと握った。
二人の間に何が起こったのかはわからない。
それでも、和葉の何かを耐えるように力の入った拳や他人行儀な話し方、和葉を罵倒しているはずなのに和葉の顔は見ずにどんどん傷ついた顔をしていく康平を見て
「(……こんなん見せられて何が大丈夫なんだよ…)」
哲平はさらにわけがわからなくなるのだった。
「哲平!この間は酔い過ぎちゃったみたいでごめん!」
両手を合わせて謝る由美に、哲平は溜息を吐きながら片手を上げた。
哲平は和葉に若干の気まずさを感じながらも
「後藤、おはよう。……あの後ちゃんと帰れたか?」
と聞く。
すると
「おはようございます。ちゃんと帰れましたよ。ふふ、中西さん心配しすぎですよ」
といつも通りのにこやかな返事が返ってきて。
つい先日あの男に会って取り乱してしまったことなんて微塵も感じさせない程綺麗な笑顔で言うものだから、逆にそれが無理をしているように見えて哲平は不安になった。
それでも和葉がいつも通りを装うのなら、哲平にできることはほぼ無いだろう。
一先ず様子を見ようと決めた哲平は今まで以上に意識して和葉に話しかけ、様子を伺うことにした。
そんな光景を見て由美は色々と想像を巡らせたのだろう。ニヤニヤしながら二人を見つめるのだった。
この日は、数日後から始まる新しい商品開発を取引先の営業の人と一緒に進めていくため、社内での事前打ち合わせの日だった。
相手企業に提案するコンセプト、予算や品評会の調整、迷惑をかけずスムーズに相手企業と今回の企画を進めるための準備は欠かせない。
哲平は今回の企画の発案者であり、相手企業との打ち合わせも基本的に哲平と向こうの営業と一対一で行うことが決まっていた。
和葉のことも心配だったが社会人なのだからまずは仕事。
これから忙しくなるぞ、と意気込んで仕事に取り掛かる。
和葉はその企画には直接的には関与しない。そのため哲平がどれだけ意識していても二人の会話は必然的に日毎に減っていった。そして挨拶と業務連絡以外殆ど会話することもなく数日が経過。
相手企業との打ち合わせの日がやって来た。
哲平はビルの入り口まで出向き、相手を迎え入れようと思って待っていた。
季節は初夏だ。日差しが既に暑い。
初対面だから印象も大事だな、と腕時計を見ながらネクタイの向きをクッと確認した時。
「……あ」
どこかから漏れ出たような声を聞き、目線を上げた。
「……あ」
哲平の口からも同じような気の抜けた声が漏れ出る。
目の前にいたのはついこの間遭遇した、和葉の幼馴染だという男だった。
「……もしかして、HASEGAWAさんの……?」
その言葉で、今回の取引先の営業はこの男だったと気付き、世間は狭いな……と思った。
動揺を悟られないように平静を装って名刺を出す。
「……申し遅れました。私、HASEGAWA商品開発部の中西と申します」
「……宮本コーポレーション営業2課の山口 康平と申します。よろしくお願いいたします」
社会人として名刺交換をするも、どこかぎこちない雰囲気は拭えず。
「どうぞ。ご案内します」
「……すみません、ありがとうございます」
哲平は複雑な思いを抱えながらエレベーターに乗った。
会議室に康平を通した哲平は、仕事は仕事。割り切ろうと資料を出して打ち合わせを開始しようとする。
その時会議室にノックする音が鳴り響いた。
哲平は無意識に「はい」と返事をしたものの、入って来た人物を視界に入れた瞬間、ヤバいと焦りを露わにした。
商品開発部で一番の年下は和葉だ。取引先とは言え、お客様が来た時にお茶出しをするのは当然和葉の役目だった。
しかし仕事中ではあるもののこの二人が出会ったらどうなるかわからない。
会議室に入るまでは偶然にも和葉はお茶を淹れるために席を外しており、二人はまだお互いがそこにいることを知らなかった。
哲平はどうにかしようと思うものの、もう時既に遅し。
和葉が康平の前にお茶を置いて目線を上げてお互いの視線が絡み合った時に、哲平は思わず頭を抱えた。
和葉は目を見開いてから無表情になり、康平は同じように目を見開いた後に眉間に皺を寄せて敵意をむき出しにしてきた。
「お前っ……そりゃそうか、なるほど。あの時一緒にいたのは会社の同僚だったってワケだ」
頭を抱えていた哲平の方をちらりと見て言った康平に、哲平は顔を歪めた。
「……後藤、ありがとう。戻っていいよ」
一先ずこの二人を物理的に離さなければ。
そう思ってなるべくどちらも刺激しないように和葉に伝えると
「……はい」
と小さく返事をしてお盆を手にドアに向かう。
和葉の手がドアノブにかかった時、康平が和葉の方を見ずに口を開いた。
「……お前の顔を見てると反吐が出そうだ」
怒鳴るわけでも、叫ぶわけでもなく。そのドスの効いた声は静かな空間によく響いて。
「ハッ、このお茶だって毒でも入ってたりしてな」
「何をっ」
「中西さんっ!」
それは聞き捨てならない、と間に入ろうとしたら和葉に止められた。
「大丈夫です。私は大丈夫なんで。
……貴方もご安心ください。そんなことは有り得ませんから」
「……どうだか」
会話と呼んでいいのかわからないレベルのやり取りが哲平の目の前で繰り広げられ、哲平は自分の不甲斐なさと情けなさに両手をグッと握った。
二人の間に何が起こったのかはわからない。
それでも、和葉の何かを耐えるように力の入った拳や他人行儀な話し方、和葉を罵倒しているはずなのに和葉の顔は見ずにどんどん傷ついた顔をしていく康平を見て
「(……こんなん見せられて何が大丈夫なんだよ…)」
哲平はさらにわけがわからなくなるのだった。
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