カンパニュラに想いを乗せて。

青花美来

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Chapter1

1-4

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「本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫~!タクシー代くらいちゃんと払えるから!じゃ、哲平!ちゃんと和葉ちゃんのこと送ってあげるのよー!」

「わかってるからお前は早く帰って寝ろ!」

「はーい。じゃ、二人ともおやすみ~」


和葉と哲平はタクシーに乗った由美に手を振り見送った。

そしてどちらからともなく駅に向かって歩き出す。

他の社員は由美をタクシーに詰め込んでいる間に帰って行った為、和葉と哲平の2人だけだった。

二人で歩く道は穏やかで、たまに声をかけると返ってくるくらいで会話という会話は特にないものの気まずいわけでもなく。

二人でゆっくりと歩く空間と流れる時間が、お互いになんだか心地良かった。

金曜日の夜は何処も彼処も飲み会帰りのサラリーマンやOLだらけだ。

そこら中を酔ったグループやカップルらしき男女が歩いており、足下が覚束ない者も沢山いた。

哲平はそんな人達から和葉を護るべく、立ち位置を車道側にしてなるべく和葉が誰とも隣をすれ違わないようにする。

和葉ももちろんその気遣いに気付いており。

さりげないその優しさが、嬉しいのと同時になんだか少し恥ずかしかった。

数分歩いてそろそろ駅だという頃。事件は起こる。

向こうから歩いてくるサラリーマンのグループ。前方斜め下を見ながら歩いていた和葉は声を掛けられるまで気が付かなかった。と言っても、声を掛けられたというよりは相手の口から漏れた声に反射的に顔を上げたという方が正しいが。


「……お前っ」

「っ!?……なんで、ここに」


声を発した直後に動かなくなった和葉の目の前で驚愕の表情で同じように固まっているのはスーツをピシッと着こなした一人の男性だった。


「……それはこっちの台詞だ」


哲平よりは低いものの百八十センチを優に超えるであろう、すらりとしたスタイル。

和葉が見上げた先には見覚えのある奥二重の目が。

そして正気に戻った男のその奥二重の目から久し振りに敵意を感じてさらに体が固まった。

男は連れだろう他の男女を先に行かせ、和葉に近付いて至近距離から見下ろす。

哲平は、その男の目を見てゾッとした。

それはまさしく、人を恨んでいる目だった。

このまま和葉を殺めてしまってもおかしくないくらいの、殺気を含んだ恐ろしい目だった。

そんな視線を浴び続けている和葉が心配で見ると、その顔からは表情が消えていた。


「……今更のこのこ現れやがって。どのツラ下げてこんなとこにいんだよ。あ?お前如きが男とデートか?良い度胸してんなあ?」


何かわからないが和葉がこの男に恨まれていることだけはわかった哲平は、和葉の腕を掴んで無言で自分の胸へ引き寄せる。

その体は思っていたよりも大分華奢で。そして微かに震えていた。


「……ハッ、何方かは存じ上げませんが、コイツと関わるのはやめたほうがいいですよ」


男は和葉を庇った哲平をも嘲笑うように忠告して哲平と睨み合う。そして男は睨み合いに飽きたとでも言いたげに溜息を吐き、そのまま2人の後方に去って行った。

男がいなくなったのを確認して、哲平は和葉を人目につかない場所に連れて行く。

駅の裏にあった小さな公園のベンチ。

誰も通る気配の無いベンチに座らせ、自販機で買った缶コーヒーを手渡す。受け取ったのを確認して哲平も和葉の隣に座った。


「……ごめんなさい。見苦しいもの見せてしまって」


その声はいつもより暗く、でも無理矢理明るくしたような不自然さがあった。


「……それは気にしなくていい。……それよりも。さっきの男は知り合い?」

「……はい」


缶コーヒーを開けることなく、両手で包み込むようにしている和葉の背中をゆっくりと優しく摩る。


「……誰なのか、聞いてもいいか?」


あまり刺激しないように、優しく聞く。

するとゆっくりと口を開いた。


「昔の。幼馴染、です」


その言葉は、哲平を驚愕させるには十分すぎるほどのものだった。

幼馴染がいたとは初耳だった。

しかし先程の男の態度や今の和葉の様子から察するに、世間一般の幼馴染とはかけ離れた関係なのだろう。


「そっか。仲、悪いの?」

「……私のせいなので。彼は何も悪くないんです」


首を数回横に振ってから両目を瞑った和葉。


「え?」


目を開けた和葉を見て哲平は目を見開いた。


「……ごめんなさい。今日はもう帰りますね。さっき庇ってくれて、嬉しかったです。ありがとうございます」


そう言ってまたあの儚げな笑顔を見せるから。立ち上がった和葉の細い腕を哲平は堪らず掴んだ。

見た目よりもよっぽど細くてすぐに折れてしまいそうな腕を優しく掴むと気まずいのか和葉は目を泳がせていて。

哲平は真っ直ぐ和葉の目を見つめる。


「その笑顔、ヤメテ」

「……え?」

「そんな泣きそうな顔で笑うな。消えちゃいそうな笑い方すんなよ」

「……」

「そんな笑い方するくらいなら一層のこと泣け」


言っていることがめちゃくちゃなのは自分でもわかっていたが、哲平は言わずにはいられなかった。今言わなきゃ、本当に和葉が消えてしまうんじゃないかという危うさを感じたから。

しかし和葉は泣くどころか哲平の言葉にクスクス笑い始めて。それはいつも見ている哲平が好きな和葉の笑顔だった。


「……大丈夫ですよ。別に消えませんから」

「……」

「大丈夫です。泣かないし消えないです」


笑って言う和葉に哲平は眉を顰めた。


「だから泣けって……」

「……私に泣く権利、ありませんから」

哲平の手の力が緩んだのを見逃さなかった和葉。

今度こそと頭を下げて


「お疲れ様でした」


とすぐそこに見えている駅へ向かって歩き出した。


「……なんなんだよ。泣くことに権利なんていらねぇだろ……」


哲平は落ちるようにベンチに座り、天を仰いだ。




和葉は一人、電車に乗りながら考える。


「(……今日は由美さんのせいで言う必要の無いことを沢山喋ってしまった。しかも中西さんの前であんな取り乱して……)」


つり革を掴みながら小さく溜息を一つ。


「(それにしてもここでアイツに会うなんて思いもしなかったな……。就職はこっちに出て来ていたのか。全然知らなかった。そのパターンは考えていなかったな)」


地元から離れさえすれば会うことは無いと思っていたが、甘かったようだ。

幸か不幸か、哲平が庇ってくれたのは和葉にとっては凄くありがたいことだった。

もし1人の時に出会っていたとしたら、和葉は男が立ち去った後もその場から一歩も動けなくなっていただろうと思った。

ふと見上げると電車の窓に反射して映った自分の姿。

その顔からは表情が抜け落ちていて。覇気の無い顔に口許だけ笑った。

自宅の最寄り駅で電車を降りてアパートまでの数分の距離をゆっくりと歩く。


「(……久し振りにあんな殺気を向けられると、流石にクるよなあ。自分でそう仕向けた癖に。本当、笑っちゃうよ。メンタル弱くなったのかな……)」


和葉があそこまでの敵意と悪意を向けられるのは、何も初めてのことではない。

そのため本人は慣れていると思っていたものの、数年会っていなかったため体は忘れかけていた。

ゾッとするようなあの視線。

それを思い出してドクドクと脈打つ心臓に手を当てて深呼吸をして。払拭するようにさっき哲平に貰った缶コーヒーを開けて一気に飲んだ。


「……よし。大丈夫」


そっと呟いて、アパート目指して再び歩き出した。
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