上 下
5 / 25
Chapter1

1-4

しおりを挟む
「本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫~!タクシー代くらいちゃんと払えるから!じゃ、哲平!ちゃんと和葉ちゃんのこと送ってあげるのよー!」

「わかってるからお前は早く帰って寝ろ!」

「はーい。じゃ、二人ともおやすみ~」


和葉と哲平はタクシーに乗った由美に手を振り見送った。

そしてどちらからともなく駅に向かって歩き出す。

他の社員は由美をタクシーに詰め込んでいる間に帰って行った為、和葉と哲平の2人だけだった。

二人で歩く道は穏やかで、たまに声をかけると返ってくるくらいで会話という会話は特にないものの気まずいわけでもなく。

二人でゆっくりと歩く空間と流れる時間が、お互いになんだか心地良かった。

金曜日の夜は何処も彼処も飲み会帰りのサラリーマンやOLだらけだ。

そこら中を酔ったグループやカップルらしき男女が歩いており、足下が覚束ない者も沢山いた。

哲平はそんな人達から和葉を護るべく、立ち位置を車道側にしてなるべく和葉が誰とも隣をすれ違わないようにする。

和葉ももちろんその気遣いに気付いており。

さりげないその優しさが、嬉しいのと同時になんだか少し恥ずかしかった。

数分歩いてそろそろ駅だという頃。事件は起こる。

向こうから歩いてくるサラリーマンのグループ。前方斜め下を見ながら歩いていた和葉は声を掛けられるまで気が付かなかった。と言っても、声を掛けられたというよりは相手の口から漏れた声に反射的に顔を上げたという方が正しいが。


「……お前っ」

「っ!?……なんで、ここに」


声を発した直後に動かなくなった和葉の目の前で驚愕の表情で同じように固まっているのはスーツをピシッと着こなした一人の男性だった。


「……それはこっちの台詞だ」


哲平よりは低いものの百八十センチを優に超えるであろう、すらりとしたスタイル。

和葉が見上げた先には見覚えのある奥二重の目が。

そして正気に戻った男のその奥二重の目から久し振りに敵意を感じてさらに体が固まった。

男は連れだろう他の男女を先に行かせ、和葉に近付いて至近距離から見下ろす。

哲平は、その男の目を見てゾッとした。

それはまさしく、人を恨んでいる目だった。

このまま和葉を殺めてしまってもおかしくないくらいの、殺気を含んだ恐ろしい目だった。

そんな視線を浴び続けている和葉が心配で見ると、その顔からは表情が消えていた。


「……今更のこのこ現れやがって。どのツラ下げてこんなとこにいんだよ。あ?お前如きが男とデートか?良い度胸してんなあ?」


何かわからないが和葉がこの男に恨まれていることだけはわかった哲平は、和葉の腕を掴んで無言で自分の胸へ引き寄せる。

その体は思っていたよりも大分華奢で。そして微かに震えていた。


「……ハッ、何方かは存じ上げませんが、コイツと関わるのはやめたほうがいいですよ」


男は和葉を庇った哲平をも嘲笑うように忠告して哲平と睨み合う。そして男は睨み合いに飽きたとでも言いたげに溜息を吐き、そのまま2人の後方に去って行った。

男がいなくなったのを確認して、哲平は和葉を人目につかない場所に連れて行く。

駅の裏にあった小さな公園のベンチ。

誰も通る気配の無いベンチに座らせ、自販機で買った缶コーヒーを手渡す。受け取ったのを確認して哲平も和葉の隣に座った。


「……ごめんなさい。見苦しいもの見せてしまって」


その声はいつもより暗く、でも無理矢理明るくしたような不自然さがあった。


「……それは気にしなくていい。……それよりも。さっきの男は知り合い?」

「……はい」


缶コーヒーを開けることなく、両手で包み込むようにしている和葉の背中をゆっくりと優しく摩る。


「……誰なのか、聞いてもいいか?」


あまり刺激しないように、優しく聞く。

するとゆっくりと口を開いた。


「昔の。幼馴染、です」


その言葉は、哲平を驚愕させるには十分すぎるほどのものだった。

幼馴染がいたとは初耳だった。

しかし先程の男の態度や今の和葉の様子から察するに、世間一般の幼馴染とはかけ離れた関係なのだろう。


「そっか。仲、悪いの?」

「……私のせいなので。彼は何も悪くないんです」


首を数回横に振ってから両目を瞑った和葉。


「え?」


目を開けた和葉を見て哲平は目を見開いた。


「……ごめんなさい。今日はもう帰りますね。さっき庇ってくれて、嬉しかったです。ありがとうございます」


そう言ってまたあの儚げな笑顔を見せるから。立ち上がった和葉の細い腕を哲平は堪らず掴んだ。

見た目よりもよっぽど細くてすぐに折れてしまいそうな腕を優しく掴むと気まずいのか和葉は目を泳がせていて。

哲平は真っ直ぐ和葉の目を見つめる。


「その笑顔、ヤメテ」

「……え?」

「そんな泣きそうな顔で笑うな。消えちゃいそうな笑い方すんなよ」

「……」

「そんな笑い方するくらいなら一層のこと泣け」


言っていることがめちゃくちゃなのは自分でもわかっていたが、哲平は言わずにはいられなかった。今言わなきゃ、本当に和葉が消えてしまうんじゃないかという危うさを感じたから。

しかし和葉は泣くどころか哲平の言葉にクスクス笑い始めて。それはいつも見ている哲平が好きな和葉の笑顔だった。


「……大丈夫ですよ。別に消えませんから」

「……」

「大丈夫です。泣かないし消えないです」


笑って言う和葉に哲平は眉を顰めた。


「だから泣けって……」

「……私に泣く権利、ありませんから」

哲平の手の力が緩んだのを見逃さなかった和葉。

今度こそと頭を下げて


「お疲れ様でした」


とすぐそこに見えている駅へ向かって歩き出した。


「……なんなんだよ。泣くことに権利なんていらねぇだろ……」


哲平は落ちるようにベンチに座り、天を仰いだ。




和葉は一人、電車に乗りながら考える。


「(……今日は由美さんのせいで言う必要の無いことを沢山喋ってしまった。しかも中西さんの前であんな取り乱して……)」


つり革を掴みながら小さく溜息を一つ。


「(それにしてもここでアイツに会うなんて思いもしなかったな……。就職はこっちに出て来ていたのか。全然知らなかった。そのパターンは考えていなかったな)」


地元から離れさえすれば会うことは無いと思っていたが、甘かったようだ。

幸か不幸か、哲平が庇ってくれたのは和葉にとっては凄くありがたいことだった。

もし1人の時に出会っていたとしたら、和葉は男が立ち去った後もその場から一歩も動けなくなっていただろうと思った。

ふと見上げると電車の窓に反射して映った自分の姿。

その顔からは表情が抜け落ちていて。覇気の無い顔に口許だけ笑った。

自宅の最寄り駅で電車を降りてアパートまでの数分の距離をゆっくりと歩く。


「(……久し振りにあんな殺気を向けられると、流石にクるよなあ。自分でそう仕向けた癖に。本当、笑っちゃうよ。メンタル弱くなったのかな……)」


和葉があそこまでの敵意と悪意を向けられるのは、何も初めてのことではない。

そのため本人は慣れていると思っていたものの、数年会っていなかったため体は忘れかけていた。

ゾッとするようなあの視線。

それを思い出してドクドクと脈打つ心臓に手を当てて深呼吸をして。払拭するようにさっき哲平に貰った缶コーヒーを開けて一気に飲んだ。


「……よし。大丈夫」


そっと呟いて、アパート目指して再び歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

伊緒さんのお嫁ご飯

三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。 伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。 子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。 ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。 「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。 「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!

いつかまた、キミと笑い合いたいから。

青花美来
ライト文芸
中学三年生の夏。私たちの人生は、一変してしまった。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

君の中で世界は廻る

便葉
ライト文芸
26歳の誕生日、 二年つき合った彼にフラれた フラれても仕方がないのかも だって、彼は私の勤める病院の 二代目ドクターだから… そんな私は田舎に帰ることに決めた 私の田舎は人口千人足らずの小さな離れ小島 唯一、島に一つある病院が存続の危機らしい 看護師として、 10年ぶりに島に帰ることに決めた 流人を忘れるために、 そして、弱い自分を変えるため…… 田中医院に勤め出して三か月が過ぎた頃 思いがけず、アイツがやって来た 「島の皆さん、こんにちは~ 東京の方からしばらく この病院を手伝いにきた池山流人です。 よろしくお願いしま~す」 は??? どういうこと???

処理中です...