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Chapter1
1-1
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都心の駅から徒歩十五分程の場所にある一棟のビル。
様々な企業が間借りしているこのビルの10階。HASEGAWAという中小企業がある。
主に加工品を扱う食品メーカーでここ数年でいくつかのヒット商品を飛ばし、ぐんぐん業績を上げてきている企業だ。
そこの商品開発部にはちょっとばかり有名な女子社員がいた。
後藤 和葉。高卒入社三年目の二十歳。少数精鋭の商品開発部内では一番年下。
平行二重の大きな瞳、薄く口角の上がった唇、すっと通った鼻、それを際立たせている薄すぎず濃すぎない上品なメイク。
パーマなのか癖毛なのか、髪の毛は緩くウェーブになっていて肩までの黒髪。
百七十近い高い身長をさらにヒールで上げており、細い手足がよく映える。
さらによく気が利いて仕事が出来て、人当たりも良く表情がくるくる変わるもののどこか儚くて、消えてしまいそうな危うさを感じるミステリアスな雰囲気ときた。
男達が放っておくはずがない。
しかし彼女はどんな人気の男性社員に言い寄られようとも靡くことはなく、上手く躱した。
他の女性社員が合コンに誘っても毎回断り参加せず。でも相手がいるのかと聞けばいないと言う。
見兼ねた社員が彼女にいい男を紹介すると言ったものの、それも断られてしまった。
そしていつしか彼女には"忘れられない男がいる"という噂が流れるようになってしまったのだった。
季節は初夏。HASEGAWAのとある一角。
「和葉ちゃん、お先ね」
「お疲れ様です」
和葉は先輩の上島 由美に笑顔で返事をしてから、またパソコンへ向き直った。
今日は月曜日。既に就業時間は終えており今は残業の真っ只中だ。
商品開発部スペースにはすでに和葉以外の姿はなく、一人でキーボードを叩いていた。
「(今日は月曜日だから少しでも進めておきたい)」
和葉は今日の分の仕事は終わっていたものの、なるべく週末に向けてできることはやっておきたくて残っていたのだった。
新商品に向けての企画会議は週末。
「(今回こそは。絶対通してやる)」
意気込んで企画書を練っていた。
「……あれ?後藤、まだ残ってたんだ?」
ふと自分を呼ぶ声がして、和葉は顔を上げて振り返った。
すると同じ部署の先輩、中西 哲平の姿が目に入る。
和葉より七つ年上の二十七歳。綺麗にワックスで流した茶髪が爽やかな、優しい顔をしたイケメンだ。
しかも百九十を超える高い身長が目を惹き、笑った時にクシャッとなるのがギャップで可愛いと女性社員にも人気が高くよく言い寄られているらしい。
しかしそのどれもに靡くことはなく、浮いた話も特に聞かない。
それもそのはず。
実は彼もまた、和葉を気にしている一人だった。
「中西さん。打ち合わせこんな時間までやってたんですか?直帰の予定じゃ……?」
「それが取引先の相手と話のウマが合ってね、ちょっと飲んできたんだ。ただ忘れ物しちゃって取りに戻ってきたところ。後藤は?」
「私は……仕事は終わったんですけど、今回こそ企画通したくて。企画書練ってました」
「マジか。やる気十分じゃん。俺も負けてらんないなー」
「いえ、私なんて全然です」
「そんなことねぇよ。皆後藤が頑張ってんの知ってるし。……ま、でもあんま無理すんなよ」
ポン、と和葉の頭に手を乗せてから「程々にな、お疲れ」と言って去って行く哲平に、和葉は「お、お疲れ様です」と慌てて声をかけながらも
「……ずるいなぁ」
頭に自分の手を乗せ、胸の高鳴りに気が付かない振りをした。
哲平は歩きながら思う。
「(……無理するなって言っても、あの調子じゃ意味ねーか)」
三年前。和葉が入社して商品開発部に配属された時。
哲平は和葉を見て驚いた。
仕事に対する姿勢が他の新入社員とは全く違っていた。
新しい生活にワクワクしつつも新社会人として初めての研修を終え、配属された部署への期待と不安が入り乱れてソワソワ落ち着きのなかった他の人間に比べて、彼女だけは不自然なほどに落ち着いていた。
冷静という言葉がぴったりと当てはまるその見た目通り、彼女は目の前の仕事一つ一つに一生懸命で真剣だった。
どこか、必死さが垣間見えていたようにも思う。
教育担当にすぐに覚えてくれるから教えることが無くなったとまで言わせた程だ。
それでも最初は細々としたミスも多かったものの、三年も経てば慣れたもので笑顔も増え自分の仕事は要領良くこなしているようだ。
そんな彼女の唯一の欠点とすれば、頑張りすぎてしまうことだろう。
向上心が高いのは良いことではあるが。
企画を通すために月曜から残業して頑張っている。報われてほしいものだ。
哲平が和葉を目で追うようになったのは、彼女が入社して一年経ったくらいだろうか。
今日と同じように残業していた和葉に同期の上島がコンビニで買ってきたアイスクリームを差し入れした時。
いつも表情豊かで笑ったり怒ったりがすぐ顔に出る和葉。
その彼女の表情が、アイスを見た瞬間にスッと無くなって。
驚く間も無く彼女は過呼吸を起こして倒れてしまったのだった。
慌てて近くにあった紙袋を口許にあて、数分後落ち着いた和葉は
「ごめんなさい。アイスは見るのもダメなくらい苦手で……」
と無理に笑った。
苦手なんて言っていたが、過呼吸を起こしたことを考えればおそらくトラウマか何かがあるのだろう。
その笑顔がやけに儚くて。泣いてしまいそうな、今にも消えてしまいそうな脆いものに見えて。
それ以来部内では和葉のトラウマ疑惑のことは伏せた上でどうにかアイスクリームの持ち込みを禁止にした。
そして哲平はその一件から彼女が気になってしまって目で追うようになり、休みの日も和葉の体調を気にかけたりと常に彼女のことを考えるようになった。
目が合えば胸が高鳴り、声を聞くだけで嬉しくなり、連休で会えない日が続くとたまらなく苦しかった。
数ヶ月後にはこれは恋だと気付かざるを得なかったのだった。
様々な企業が間借りしているこのビルの10階。HASEGAWAという中小企業がある。
主に加工品を扱う食品メーカーでここ数年でいくつかのヒット商品を飛ばし、ぐんぐん業績を上げてきている企業だ。
そこの商品開発部にはちょっとばかり有名な女子社員がいた。
後藤 和葉。高卒入社三年目の二十歳。少数精鋭の商品開発部内では一番年下。
平行二重の大きな瞳、薄く口角の上がった唇、すっと通った鼻、それを際立たせている薄すぎず濃すぎない上品なメイク。
パーマなのか癖毛なのか、髪の毛は緩くウェーブになっていて肩までの黒髪。
百七十近い高い身長をさらにヒールで上げており、細い手足がよく映える。
さらによく気が利いて仕事が出来て、人当たりも良く表情がくるくる変わるもののどこか儚くて、消えてしまいそうな危うさを感じるミステリアスな雰囲気ときた。
男達が放っておくはずがない。
しかし彼女はどんな人気の男性社員に言い寄られようとも靡くことはなく、上手く躱した。
他の女性社員が合コンに誘っても毎回断り参加せず。でも相手がいるのかと聞けばいないと言う。
見兼ねた社員が彼女にいい男を紹介すると言ったものの、それも断られてしまった。
そしていつしか彼女には"忘れられない男がいる"という噂が流れるようになってしまったのだった。
季節は初夏。HASEGAWAのとある一角。
「和葉ちゃん、お先ね」
「お疲れ様です」
和葉は先輩の上島 由美に笑顔で返事をしてから、またパソコンへ向き直った。
今日は月曜日。既に就業時間は終えており今は残業の真っ只中だ。
商品開発部スペースにはすでに和葉以外の姿はなく、一人でキーボードを叩いていた。
「(今日は月曜日だから少しでも進めておきたい)」
和葉は今日の分の仕事は終わっていたものの、なるべく週末に向けてできることはやっておきたくて残っていたのだった。
新商品に向けての企画会議は週末。
「(今回こそは。絶対通してやる)」
意気込んで企画書を練っていた。
「……あれ?後藤、まだ残ってたんだ?」
ふと自分を呼ぶ声がして、和葉は顔を上げて振り返った。
すると同じ部署の先輩、中西 哲平の姿が目に入る。
和葉より七つ年上の二十七歳。綺麗にワックスで流した茶髪が爽やかな、優しい顔をしたイケメンだ。
しかも百九十を超える高い身長が目を惹き、笑った時にクシャッとなるのがギャップで可愛いと女性社員にも人気が高くよく言い寄られているらしい。
しかしそのどれもに靡くことはなく、浮いた話も特に聞かない。
それもそのはず。
実は彼もまた、和葉を気にしている一人だった。
「中西さん。打ち合わせこんな時間までやってたんですか?直帰の予定じゃ……?」
「それが取引先の相手と話のウマが合ってね、ちょっと飲んできたんだ。ただ忘れ物しちゃって取りに戻ってきたところ。後藤は?」
「私は……仕事は終わったんですけど、今回こそ企画通したくて。企画書練ってました」
「マジか。やる気十分じゃん。俺も負けてらんないなー」
「いえ、私なんて全然です」
「そんなことねぇよ。皆後藤が頑張ってんの知ってるし。……ま、でもあんま無理すんなよ」
ポン、と和葉の頭に手を乗せてから「程々にな、お疲れ」と言って去って行く哲平に、和葉は「お、お疲れ様です」と慌てて声をかけながらも
「……ずるいなぁ」
頭に自分の手を乗せ、胸の高鳴りに気が付かない振りをした。
哲平は歩きながら思う。
「(……無理するなって言っても、あの調子じゃ意味ねーか)」
三年前。和葉が入社して商品開発部に配属された時。
哲平は和葉を見て驚いた。
仕事に対する姿勢が他の新入社員とは全く違っていた。
新しい生活にワクワクしつつも新社会人として初めての研修を終え、配属された部署への期待と不安が入り乱れてソワソワ落ち着きのなかった他の人間に比べて、彼女だけは不自然なほどに落ち着いていた。
冷静という言葉がぴったりと当てはまるその見た目通り、彼女は目の前の仕事一つ一つに一生懸命で真剣だった。
どこか、必死さが垣間見えていたようにも思う。
教育担当にすぐに覚えてくれるから教えることが無くなったとまで言わせた程だ。
それでも最初は細々としたミスも多かったものの、三年も経てば慣れたもので笑顔も増え自分の仕事は要領良くこなしているようだ。
そんな彼女の唯一の欠点とすれば、頑張りすぎてしまうことだろう。
向上心が高いのは良いことではあるが。
企画を通すために月曜から残業して頑張っている。報われてほしいものだ。
哲平が和葉を目で追うようになったのは、彼女が入社して一年経ったくらいだろうか。
今日と同じように残業していた和葉に同期の上島がコンビニで買ってきたアイスクリームを差し入れした時。
いつも表情豊かで笑ったり怒ったりがすぐ顔に出る和葉。
その彼女の表情が、アイスを見た瞬間にスッと無くなって。
驚く間も無く彼女は過呼吸を起こして倒れてしまったのだった。
慌てて近くにあった紙袋を口許にあて、数分後落ち着いた和葉は
「ごめんなさい。アイスは見るのもダメなくらい苦手で……」
と無理に笑った。
苦手なんて言っていたが、過呼吸を起こしたことを考えればおそらくトラウマか何かがあるのだろう。
その笑顔がやけに儚くて。泣いてしまいそうな、今にも消えてしまいそうな脆いものに見えて。
それ以来部内では和葉のトラウマ疑惑のことは伏せた上でどうにかアイスクリームの持ち込みを禁止にした。
そして哲平はその一件から彼女が気になってしまって目で追うようになり、休みの日も和葉の体調を気にかけたりと常に彼女のことを考えるようになった。
目が合えば胸が高鳴り、声を聞くだけで嬉しくなり、連休で会えない日が続くとたまらなく苦しかった。
数ヶ月後にはこれは恋だと気付かざるを得なかったのだった。
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