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ずるい
しおりを挟む下書き自体は、数時間で終わった。
「ずっと同じ体勢ってのも結構疲れるな」
「だよね。ごめんね長い間」
「いや、いーよ。なんかパンまで奢ってもらっちゃったし?」
「さすがにタダで頼むのも気が引けたから」
長時間付き合わせてしまったため、先に買っておいたパンをいくつかお昼ごはん代わりに晶にあげていた。
「にしても、お前食べる量減った?ダイエットか?」
「あー……うん、そんなところ。なんか、絵描いてるとあんまりお腹空かないんだよね」
「ふーん。女は多少肉付いてた方がモテるぞ。お前ダイエットなんて必要ねぇだろ。むしろもっと太った方がいいんじゃね?」
「やだよ。これくらいがちょうどいいのー」
「まぁいいけどよ。何事もほどほどがいいんだからな」
「はいはいありがとう」
晶の母親のような小言を聞き流しながら画材を片付けていると、晶が私の描いた下書きをひょいと覗きにくる。
「明日からはついに絵の具か?」
「うん。乾かしたりまた塗ったりの繰り返しになるから、毎日描くことはないかもしれないけど」
「そうなのか?」
「うん。色重ねることもあるからね」
「ふーん。よくわかんねぇけど、油絵って時間もかかるし大変そうだな。下書きだけでもこんなに時間かかるとは思わなかった」
「それは……私が下手なだけだから。でもその分、出来上がった時の達成感みたいなものはすごいよ」
絵は、描く人によってガラッと姿を変える。
同じもの、同じ人、同じ風景。
どれをとっても、描く人によって一つとして同じものはない。
そんな当たり前のことが、とても魅力的で。
私にしかできない表現を探り探りで作っていき、それが完成した時の達成感は何物にも変え難いものがある。
誰かに評価されたいわけじゃない。ただ、自分の感情に正直にキャンバスにぶつけたいだけなのだ。
だから下書き一つにしても時間をかけるし、自分が納得いくようにやりたい。
だからモデルをしてもらうのも大変なのは承知の上でお願いしているのだ。
「じゃあ、俺この後バイトだから」
「あれ?バイトなんてしてたの?」
「あぁ、先月からな」
「全然知らなかった。暇とか言ってごめん。今さらだけどモデル頼んでよかったの?」
「まだ始めたばっかりだしそんなにシフトも多く入ってるわけじゃないから大丈夫だよ」
「そっか。都合悪い日あったらいつでも言ってね?」
「わかってる。ほら、駅まで行こう」
「うん」
晶がバイトしてるなんて、全然知らなかった。
聞けば、駅前の居酒屋で働いているらしい。
「だから基本シフトは夕方からだし、午前中は暇なんだよ」
「そっか」
「沙苗は?バイトとかしてねーの?あれ?つーかお前進学?美大決まったのか?」
思い出したかのようにこちらを向いた晶に、私は薄く笑う。
「落ちた。だから私、四月から浪人生」
複雑な気持ちを噛み締めながら笑顔でピースサインを作ると、
「マジか……なんかごめん」
と晶の方が気まずそうな顔をする。
「ううん。自分でも無理だって思ってたからいいの。ほら、さっき晶も言ってたでしょ?全国行って自信無くしたって。私も似たようなもので、正直落ちると思ってたからあんまりショック受けてない」
三年生に上がる前まで、美大専門の予備校に通っていた。
そこには美大を目指す高校生や中学生がたくさんいて、日々講師の指導を受けながら切磋琢磨する。
その中には現代の天才画家だと思うほど上手い人がたくさんいて、凡人中の凡人の私では到底敵わないような圧倒される作品を作る人ばかり。
いくら努力しても、その才能には敵わないと思って気が引けてしまった私は、その予備校もやめてしまった。
それでも美大への憧れは捨てきれなくて、受験だけはした。だけど、案の定落ちてしまった。
「落ちて安心してる自分もいるの。万が一に受かってたとしても、こんな覚悟じゃ絶対途中で心折れてたと思うから。でも絵を描く以外にやりたいことも行きたい大学もなくて。美大しか受けなかったから見事に浪人。笑っちゃうでしょ」
いつもみたいに"馬鹿だな"って笑い飛ばしてくれればいいのに。
晶はなんだかんだ口は悪いけど優しいから、
「笑えるかバーカ」
そう言って、不器用に私の頭を撫でる。
「俺たち、似たもの同士だな」
「ふふ、そうかもね」
「俺はお前の絵、結構好きだぞ」
「え?」
「禍々しいのはゴメンだけど。お前の描く絵は昔っから丁寧で綺麗だからな。お前の性格が現れてる感じ。じゃ、俺あっちだから。また明日な」
「う、ん。また明日……」
気が付けば駅前に来ており、晶はもう一度私の頭を撫でてからバイト先がある方へと向かっていった。
私はその後ろ姿を見送りながら、
"俺はお前の絵、結構好きだぞ"
"お前の性格が現れてる感じ"
その言葉の意味を考える。
「ははっ……本当、晶はずるい」
昔、晶は同じように私の絵を好きだと言ってくれたことがあった。
そして、その言葉が私がここまで絵を描き続ける理由になっていることも知らないだろう。
長年描いてきて、いつしか上手いか下手かでしか考えていなかった。
丁寧で綺麗だなんて、予備校でも誰も言ってくれなかったよ。
時間ばかりかけすぎて、その割には下手くそとしか言われなかったよ。
「……ありがとう晶」
たった一言、晶は私がほしい言葉をくれる。
それがどんなに心強いか。きっと気付いていないからずるい。
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