最後の想い出を、君と。

青花美来

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モデル

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「――は?今なんて言った?」

「お願いしたいことがあるの」

「その後」

「一ヶ月だけでいいから、付き合ってほしい」

「……はぁ!?」


誰もいない教室で、幼馴染の晶がものすごく不快そうな表情で私を見つめてくる。


「なにお前、とうとう頭とち狂った?」

「失礼な。正気に決まってんじゃん」


失礼極まりない発言をしたかと思えば、しばし無言になってから


「……え?沙苗って、俺のこと好きだったの?」


とドン引きした表情で私から一歩身を引く。


「……うーん、まぁ、普通かな?」

「はぁ?ますます意味わかんねぇんだけど」


そんな晶に思わず笑う私は、おそらく晶には正しく"頭がとち狂った奴"に見えているだろう。


「ごめんごめん、私が言葉足らずだった」

「今度はなんだ」

「……うん。あのね?一ヶ月間だけでいいから、私の絵のモデルになってほしいの」


そう言うと、晶は意味がわかったのか


「っ、はぁぁぁぁぁ……ふざけんなよマジで。告られたのかと思ってビビったじゃねぇかよ……」


心底安心したように近くにあった椅子に座り込んだ。

私も晶に倣うように近くの椅子に座ると、誰のものかもわからない机に左腕で頬杖をついて晶を見つめる。


「それなら最初っから絵のモデルやってくれって言えばいいだけじゃねぇか。言い方が紛らわしいんだよクソが」

「ごめんごめん。実は晶がどんな反応するか気になってね、ちょっと意地悪してみたの。ほら、ドッキリみたいな?」

「迷惑極まりないな」

「えー、そこまで言うー?」

「当たり前だろ。俺がドッキリとかそういうの嫌いなの知ってんだろ。そもそも顔合わせるのも久しぶりだっつーのに。急に呼び出したかと思えば……お前は俺の心臓止める気か?」

「ははっ、私が"高校の卒業式の後に晶を呼び出して照れながら告った"だけで、あんたの心臓止まるの?」

「っ、鳥肌立つようなこと言うなよ。想像したら寒気したわ」

「ひっど!サイテー!」

「どの口が言うんだよ。……あのなぁ、天地がひっくり返ってもありえねぇようなことが起こってみ?心臓止まりそうにもなるから」

「ふーん、ビビりだねぇ」

「んだと!?んなこと言うならモデルやってやんねーぞ」

「ごめんごめんお願いしますモデルやってください!」

「はぁ……仕方ねぇなあ。でもいいか、一ヶ月だけだからな」

「わかってる!ありがとう!」


"絵のモデルになってほしい"


そんな突拍子もない突然の頼みに晶が了承してくれたのは、私がこの高校の美術コースに在籍していて、油絵を専攻していたことを知っているからだ。

所謂普通科の進学コースとは別に、美術コースと体育コースがあるこの学校。
中学から美術部に在籍しており美大を目指していた私は美術コース、晶は小さい頃から続けているサッカーのために体育コースに進学した。

家も近所で、中学まではよく一緒にいたものの、高校に進学してからはコースが違うため自然と疎遠になってしまった。

それから月日が経ち、気がつけばあっという間に卒業の日を迎えた。

この三年間、あまりに時間の経過が早すぎて気持ちが追いつかなくて困っているくらいだ。


「にしてもモデルするのはいいけどよ、どこですんだよ」

「もちろん、美術室。あんた明日から暇でしょ?」

「いやまぁそりゃそうだけど。いいのかよ、卒業した俺らが勝手に学校入って」

「先生にはもう許可取ったので大丈夫ですー。三月いっぱいなら自由に使っていいそうですー」

「……そういうとこだけ抜かりねぇな」

「"だけ"って何よ!失礼!」


つい一時間前までは体育館で涙を滲ませながら校歌を歌い、それぞれの友人たちとの別れを惜しんでいた私たち。

そんなめでたい日に、私はわざわざ晶を呼び出してこうしてお願いをしに来たのだ。


「んで?なんで俺なわけ?」


成り行きで一緒に帰ることになった道すがら、晶は思い出したかのように私に聞いてきた。


「沙苗が油絵描くようになってからしばらく経つけど、俺にモデル頼んできたの初めてじゃん」

「うん」

「つーか、あんま人を描いてるところ見たことない気がする」

「そうなんだよね。実は誰かにモデル頼むのって初めてなんだ」

「……尚更頼む相手間違ってねぇか?」

「間違ってないよ。私は晶に頼んだの」


私は今まで風景画を描くことが多かった。
たまにスランプに陥ると自分の感情のままにひたすら色をのせるなんてこともあったけれど、人を描いたことはほとんどない。まして、自分から誰かにモデルを頼むようなことは一度も無かった。

じゃあどうして突然、と聞かれたら、"描きたくなったから"としか言いようがないのだが。


「なんかそれ聞いたら急に心配になってきた。モデルやるのはいいけど、変な風には描かないでくれよ?」

「変な風って何よ」

「だってお前、中学の頃スランプになったとかでしばらく禍々しい絵ばっかり描いてた時期あっただろ」

「禍々しいって……まぁでも晶からすればそう見えちゃうのか」


正しく感情のままに色をのせていた時期だろう。
思うように描けなくて、自分にイライラして仕方なくて。

黒に黒を重ねたり赤を重ねたり。顧問の先生に心配されるくらいには酷いスランプだったのを思い出す。


「だろ?頼むから真面目に描いてくれよ」

「わかってるよ。今はスランプじゃないからそんなに心配しなくて大丈夫だから」

「そうか?まぁならいいけどよ」

「うん。……じゃあ早速明日からお願いね。十時くらいに迎えに行くから」

「はいはい。じゃあな」

「ん、ばいばい」


話しているうちに自宅にたどり着き、晶に手を振ってから玄関のドアを開ける。

今日は肉じゃがだろうか。ふわりと鼻を掠める甘じょっぱい香りに口角を上げながら、自室に向かった。


「"なんで"……か」


ベッドに寝転びながら、晶の言葉を復唱する。

描きたくなったから、人物画を描く。

じゃあどうして、それが晶なのか。
その答えを思い浮かべながら、私は小さく微笑むことしかできなかった。






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