1 / 10
*
モデル
しおりを挟む
「――は?今なんて言った?」
「お願いしたいことがあるの」
「その後」
「一ヶ月だけでいいから、付き合ってほしい」
「……はぁ!?」
誰もいない教室で、幼馴染の晶がものすごく不快そうな表情で私を見つめてくる。
「なにお前、とうとう頭とち狂った?」
「失礼な。正気に決まってんじゃん」
失礼極まりない発言をしたかと思えば、しばし無言になってから
「……え?沙苗って、俺のこと好きだったの?」
とドン引きした表情で私から一歩身を引く。
「……うーん、まぁ、普通かな?」
「はぁ?ますます意味わかんねぇんだけど」
そんな晶に思わず笑う私は、おそらく晶には正しく"頭がとち狂った奴"に見えているだろう。
「ごめんごめん、私が言葉足らずだった」
「今度はなんだ」
「……うん。あのね?一ヶ月間だけでいいから、私の絵のモデルになってほしいの」
そう言うと、晶は意味がわかったのか
「っ、はぁぁぁぁぁ……ふざけんなよマジで。告られたのかと思ってビビったじゃねぇかよ……」
心底安心したように近くにあった椅子に座り込んだ。
私も晶に倣うように近くの椅子に座ると、誰のものかもわからない机に左腕で頬杖をついて晶を見つめる。
「それなら最初っから絵のモデルやってくれって言えばいいだけじゃねぇか。言い方が紛らわしいんだよクソが」
「ごめんごめん。実は晶がどんな反応するか気になってね、ちょっと意地悪してみたの。ほら、ドッキリみたいな?」
「迷惑極まりないな」
「えー、そこまで言うー?」
「当たり前だろ。俺がドッキリとかそういうの嫌いなの知ってんだろ。そもそも顔合わせるのも久しぶりだっつーのに。急に呼び出したかと思えば……お前は俺の心臓止める気か?」
「ははっ、私が"高校の卒業式の後に晶を呼び出して照れながら告った"だけで、あんたの心臓止まるの?」
「っ、鳥肌立つようなこと言うなよ。想像したら寒気したわ」
「ひっど!サイテー!」
「どの口が言うんだよ。……あのなぁ、天地がひっくり返ってもありえねぇようなことが起こってみ?心臓止まりそうにもなるから」
「ふーん、ビビりだねぇ」
「んだと!?んなこと言うならモデルやってやんねーぞ」
「ごめんごめんお願いしますモデルやってください!」
「はぁ……仕方ねぇなあ。でもいいか、一ヶ月だけだからな」
「わかってる!ありがとう!」
"絵のモデルになってほしい"
そんな突拍子もない突然の頼みに晶が了承してくれたのは、私がこの高校の美術コースに在籍していて、油絵を専攻していたことを知っているからだ。
所謂普通科の進学コースとは別に、美術コースと体育コースがあるこの学校。
中学から美術部に在籍しており美大を目指していた私は美術コース、晶は小さい頃から続けているサッカーのために体育コースに進学した。
家も近所で、中学まではよく一緒にいたものの、高校に進学してからはコースが違うため自然と疎遠になってしまった。
それから月日が経ち、気がつけばあっという間に卒業の日を迎えた。
この三年間、あまりに時間の経過が早すぎて気持ちが追いつかなくて困っているくらいだ。
「にしてもモデルするのはいいけどよ、どこですんだよ」
「もちろん、美術室。あんた明日から暇でしょ?」
「いやまぁそりゃそうだけど。いいのかよ、卒業した俺らが勝手に学校入って」
「先生にはもう許可取ったので大丈夫ですー。三月いっぱいなら自由に使っていいそうですー」
「……そういうとこだけ抜かりねぇな」
「"だけ"って何よ!失礼!」
つい一時間前までは体育館で涙を滲ませながら校歌を歌い、それぞれの友人たちとの別れを惜しんでいた私たち。
そんなめでたい日に、私はわざわざ晶を呼び出してこうしてお願いをしに来たのだ。
「んで?なんで俺なわけ?」
成り行きで一緒に帰ることになった道すがら、晶は思い出したかのように私に聞いてきた。
「沙苗が油絵描くようになってからしばらく経つけど、俺にモデル頼んできたの初めてじゃん」
「うん」
「つーか、あんま人を描いてるところ見たことない気がする」
「そうなんだよね。実は誰かにモデル頼むのって初めてなんだ」
「……尚更頼む相手間違ってねぇか?」
「間違ってないよ。私は晶に頼んだの」
私は今まで風景画を描くことが多かった。
たまにスランプに陥ると自分の感情のままにひたすら色をのせるなんてこともあったけれど、人を描いたことはほとんどない。まして、自分から誰かにモデルを頼むようなことは一度も無かった。
じゃあどうして突然、と聞かれたら、"描きたくなったから"としか言いようがないのだが。
「なんかそれ聞いたら急に心配になってきた。モデルやるのはいいけど、変な風には描かないでくれよ?」
「変な風って何よ」
「だってお前、中学の頃スランプになったとかでしばらく禍々しい絵ばっかり描いてた時期あっただろ」
「禍々しいって……まぁでも晶からすればそう見えちゃうのか」
正しく感情のままに色をのせていた時期だろう。
思うように描けなくて、自分にイライラして仕方なくて。
黒に黒を重ねたり赤を重ねたり。顧問の先生に心配されるくらいには酷いスランプだったのを思い出す。
「だろ?頼むから真面目に描いてくれよ」
「わかってるよ。今はスランプじゃないからそんなに心配しなくて大丈夫だから」
「そうか?まぁならいいけどよ」
「うん。……じゃあ早速明日からお願いね。十時くらいに迎えに行くから」
「はいはい。じゃあな」
「ん、ばいばい」
話しているうちに自宅にたどり着き、晶に手を振ってから玄関のドアを開ける。
今日は肉じゃがだろうか。ふわりと鼻を掠める甘じょっぱい香りに口角を上げながら、自室に向かった。
「"なんで"……か」
ベッドに寝転びながら、晶の言葉を復唱する。
描きたくなったから、人物画を描く。
じゃあどうして、それが晶なのか。
その答えを思い浮かべながら、私は小さく微笑むことしかできなかった。
「お願いしたいことがあるの」
「その後」
「一ヶ月だけでいいから、付き合ってほしい」
「……はぁ!?」
誰もいない教室で、幼馴染の晶がものすごく不快そうな表情で私を見つめてくる。
「なにお前、とうとう頭とち狂った?」
「失礼な。正気に決まってんじゃん」
失礼極まりない発言をしたかと思えば、しばし無言になってから
「……え?沙苗って、俺のこと好きだったの?」
とドン引きした表情で私から一歩身を引く。
「……うーん、まぁ、普通かな?」
「はぁ?ますます意味わかんねぇんだけど」
そんな晶に思わず笑う私は、おそらく晶には正しく"頭がとち狂った奴"に見えているだろう。
「ごめんごめん、私が言葉足らずだった」
「今度はなんだ」
「……うん。あのね?一ヶ月間だけでいいから、私の絵のモデルになってほしいの」
そう言うと、晶は意味がわかったのか
「っ、はぁぁぁぁぁ……ふざけんなよマジで。告られたのかと思ってビビったじゃねぇかよ……」
心底安心したように近くにあった椅子に座り込んだ。
私も晶に倣うように近くの椅子に座ると、誰のものかもわからない机に左腕で頬杖をついて晶を見つめる。
「それなら最初っから絵のモデルやってくれって言えばいいだけじゃねぇか。言い方が紛らわしいんだよクソが」
「ごめんごめん。実は晶がどんな反応するか気になってね、ちょっと意地悪してみたの。ほら、ドッキリみたいな?」
「迷惑極まりないな」
「えー、そこまで言うー?」
「当たり前だろ。俺がドッキリとかそういうの嫌いなの知ってんだろ。そもそも顔合わせるのも久しぶりだっつーのに。急に呼び出したかと思えば……お前は俺の心臓止める気か?」
「ははっ、私が"高校の卒業式の後に晶を呼び出して照れながら告った"だけで、あんたの心臓止まるの?」
「っ、鳥肌立つようなこと言うなよ。想像したら寒気したわ」
「ひっど!サイテー!」
「どの口が言うんだよ。……あのなぁ、天地がひっくり返ってもありえねぇようなことが起こってみ?心臓止まりそうにもなるから」
「ふーん、ビビりだねぇ」
「んだと!?んなこと言うならモデルやってやんねーぞ」
「ごめんごめんお願いしますモデルやってください!」
「はぁ……仕方ねぇなあ。でもいいか、一ヶ月だけだからな」
「わかってる!ありがとう!」
"絵のモデルになってほしい"
そんな突拍子もない突然の頼みに晶が了承してくれたのは、私がこの高校の美術コースに在籍していて、油絵を専攻していたことを知っているからだ。
所謂普通科の進学コースとは別に、美術コースと体育コースがあるこの学校。
中学から美術部に在籍しており美大を目指していた私は美術コース、晶は小さい頃から続けているサッカーのために体育コースに進学した。
家も近所で、中学まではよく一緒にいたものの、高校に進学してからはコースが違うため自然と疎遠になってしまった。
それから月日が経ち、気がつけばあっという間に卒業の日を迎えた。
この三年間、あまりに時間の経過が早すぎて気持ちが追いつかなくて困っているくらいだ。
「にしてもモデルするのはいいけどよ、どこですんだよ」
「もちろん、美術室。あんた明日から暇でしょ?」
「いやまぁそりゃそうだけど。いいのかよ、卒業した俺らが勝手に学校入って」
「先生にはもう許可取ったので大丈夫ですー。三月いっぱいなら自由に使っていいそうですー」
「……そういうとこだけ抜かりねぇな」
「"だけ"って何よ!失礼!」
つい一時間前までは体育館で涙を滲ませながら校歌を歌い、それぞれの友人たちとの別れを惜しんでいた私たち。
そんなめでたい日に、私はわざわざ晶を呼び出してこうしてお願いをしに来たのだ。
「んで?なんで俺なわけ?」
成り行きで一緒に帰ることになった道すがら、晶は思い出したかのように私に聞いてきた。
「沙苗が油絵描くようになってからしばらく経つけど、俺にモデル頼んできたの初めてじゃん」
「うん」
「つーか、あんま人を描いてるところ見たことない気がする」
「そうなんだよね。実は誰かにモデル頼むのって初めてなんだ」
「……尚更頼む相手間違ってねぇか?」
「間違ってないよ。私は晶に頼んだの」
私は今まで風景画を描くことが多かった。
たまにスランプに陥ると自分の感情のままにひたすら色をのせるなんてこともあったけれど、人を描いたことはほとんどない。まして、自分から誰かにモデルを頼むようなことは一度も無かった。
じゃあどうして突然、と聞かれたら、"描きたくなったから"としか言いようがないのだが。
「なんかそれ聞いたら急に心配になってきた。モデルやるのはいいけど、変な風には描かないでくれよ?」
「変な風って何よ」
「だってお前、中学の頃スランプになったとかでしばらく禍々しい絵ばっかり描いてた時期あっただろ」
「禍々しいって……まぁでも晶からすればそう見えちゃうのか」
正しく感情のままに色をのせていた時期だろう。
思うように描けなくて、自分にイライラして仕方なくて。
黒に黒を重ねたり赤を重ねたり。顧問の先生に心配されるくらいには酷いスランプだったのを思い出す。
「だろ?頼むから真面目に描いてくれよ」
「わかってるよ。今はスランプじゃないからそんなに心配しなくて大丈夫だから」
「そうか?まぁならいいけどよ」
「うん。……じゃあ早速明日からお願いね。十時くらいに迎えに行くから」
「はいはい。じゃあな」
「ん、ばいばい」
話しているうちに自宅にたどり着き、晶に手を振ってから玄関のドアを開ける。
今日は肉じゃがだろうか。ふわりと鼻を掠める甘じょっぱい香りに口角を上げながら、自室に向かった。
「"なんで"……か」
ベッドに寝転びながら、晶の言葉を復唱する。
描きたくなったから、人物画を描く。
じゃあどうして、それが晶なのか。
その答えを思い浮かべながら、私は小さく微笑むことしかできなかった。
5
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
神楽囃子の夜
紫音
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる