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エピローグ

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……一年後。

「芽衣!」

「大雅、おはよう」

「おはよ。行こう」

「うん!」


自然と繋がれた手は、次第にぎゅっと指が絡まる。

お互いの熱ですぐに暑くなるけれど、絶対に離すことはしない。


「あれからちょうど一年か。早いな」

「そうだね。本当早いなあ」


ポニーテールが今日も爽やかな風に揺れた。

大雅の記憶が戻ってから、早いものでちょうど一年が経過していた。

大雅はあの時の言葉通り常に一緒にいてくれて、わたしをすぐ隣から支えてくれている。

結局大雅は嫌々ながらもわたしの勧めでカウンセリングを受けることになり、回数は減ったけど今も定期的に通ってくれている。

大雅の心の奥底に潜んでいるであろう後悔や罪悪感が少しでも薄れてくれると良いなと思っている。

奈子ちゃんにはあの後大雅が何度も話をしたらしく、いつのまにか大雅と奈子ちゃんの噂話は消えていた。

代わりに大雅は常にわたしの隣にいるようになったから、わたしたちの噂があっという間に広まってしまったくらいだ。

それまで一緒にいるどころか会話している姿を見た人なんてほとんどいなかったから、皆相当驚いていたらしい。

そんな学校生活では大雅と紫苑と透くんの助けもあり無事に修学旅行に行くことができたわたしは、クラスは違ったけれど四人で自由時間も一緒に過ごすことができた。

その後も三年生になってからは紫苑の勧めで友達も作ることに成功。


"本当はずっとお話ししてみたかったの!"

"仲良くなりたいなってずっと思ってたの。話しかけてくれてありがとう!"

"わたしとも友達になって!"


今まで後遺症のことがあるから積極的に話しかけたりはできなかったけれど、勇気を出してみれば周りは良い人ばかりで、皆わたしの手をぎゅっと握って改めて自己紹介してくれた。

少しずつではあるけれど、心を許せる相手が増えてさらに楽しい毎日を送っている。

もちろん、後遺症は治らないから大変なこともあるし、声だけじゃ言葉の真意が読み取れなくてもどかしい気持ちになることもある。

だけど皆わたしに話しかけてくる時はまず名乗るようにしてくれたり、何かあれば手で肩を叩いて呼んでくれたり。

会話の途中でも"笑っちゃう"とか、"それは怒るよ"とか、"ちょっと悲しいかな"とか、言葉で感情を教えてくれるため困ることも少ない。

あまり知れ渡っていない脳障害で、わたしもまだ完全に理解しているわけじゃないから人にこの障害の仕組みを説明するのは難しいけれど、皆が頑張って理解しようとしてくれているのがすごく嬉しい。

なによりあの二年間に比べれば、大雅と一緒にいられる今の生活が幸せすぎて、あまり後遺症のことは気にならない。

そんな生活を作り上げてくれている周りの皆には感謝しても仕切れない。


「今日は晴れてるから花火よく見えそうだね」

「あぁ。今年こそ、だな」

「うん。大雅とまた一緒に行けるなんて、本当夢みたい」

「ははっ、大袈裟だろ」

「そんなことないよ」


今日は、年に一度のあの花火大会の日だ。

去年泣きながらお互いの気持ちを確認したあの日が、今年もやってくる。


「あ、今日の夏期講習終わったらおばさんに着付けしてもらうから、一回着替えてから大雅ん家行くからね」

「あぁ。実は母さんが俺にも浴衣着ろって言って用意してるらしいんだよ」

「そうなの?」

「うん。だから着付け終わったらそのまま見に行こうぜ。空いてるうちにたこ焼きと芋食いたい」

「うん!楽しみ!」


あの高台はあれからさらに有名になってしまった。大雅は人混みが得意じゃないし、わたしも迷子になったら大雅を見つけられなくなってしまうためおそらくもう行くことはないと思うけれど。

近場でも綺麗に見られるところはたくさんあるし、大雅と二人で見られるならどこでも楽しいだろう。

二人で一緒にいるということが、わたしたちにとっては何よりも大切だから。


「芽衣」

「ん?」

「明日は夏期講習も無いし、どこか出かけるか」

「え、いいの?大雅受験勉強で忙しいのに」


進学希望のわたしたち。その中でも大雅は難関大学を受験しようとしているため、毎日勉強で忙しいのだ。

確かに最近デートもまともにできていなくて寂しいとは思っていたけど。

でも勉強の邪魔にはなりたくない。

そんなわたしの不安をかき消すように、手を握る力が少し強くなった。


「たまにはいいだろ。……ほら、今日でちょうど一年になる、わけだし」


照れ臭そうな声に、安心したら思わず笑みが溢れた。


「うん、そうだね。一年記念だもんね!」

「そんなはっきり言うなよ。恥ずかしいだろ」

「なんで?いいじゃん、一年記念日!大雅が覚えてくれてたなんて意外だったけど、嬉しい」

「覚えてるに決まってんだろ。もう芽衣に関することは、何一つ忘れないって決めてるんだから」

「ふふっ……嬉しい。ありがとう大雅」


大雅は、言葉通りどんなに些細なことでもわたしが言った言葉を覚えてくれていたり、わたし以上にわたしのことを覚えている。


「行きたいところあるか?」

「んー……。あ、じゃあ駅前のカフェに行かない?新作のケーキがおいしいって友達が言ってたの!」

「ん。わかった」

「あとね!隣町に新しいレジャースポットができたんだって!」

「じゃあそこも調べて行ってみるか」

「うん!あ、あとこの間テレビでやってたとこも行ってみたくて、って、大雅聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」


声色で、大雅も笑っているのがわかる。

多分今この瞬間の会話も、大雅は忘れることなく記憶に留めておいてくれるのだろう。

もちろん、永久に覚えていることなんてできないことはわたしも大雅もわかっている。

だけど、大雅の気持ちが。すごく嬉しいんだ。


「じゃあそのためにも、今日の夏期講習頑張んないとな?」

「ちょっと現実思い出させないでよー、今日はわたしの苦手な数学と政経なんだから」

「ククッ……わかんないとこは教えてやるよ。だからがんばろーぜ」

「もう、ずるいんだから。でもありがと大雅。大好き!」

「んだよ急に。……俺も大好きだよ」

「ふふっ、わたしたちバカップルみたいだね」

「いいだろ、実際そうなんだから」


わたしと大雅はたくさんすれ違い、お互いを傷つけ合って生きてきた。

大雅がしたこと、わたしがしたこと。

この二年間のできごとは何も消えないし、無かったことにはできない。

お互いにたくさん傷ついて苦しんだ二年間だった。

だけど、その二年で確かに得たこともある。

たくさん泣いて、たくさん悩んだ分、これからは笑顔溢れる人生にしていきたい。

つらいこともたくさんあるだろう。また泣くこともあるだろう。

前が見えなくて、立ち止まってしまう日もあるだろう。

だけど、そのときは大雅が支えてくれるから。

常に隣に立ってくれてるから。

だから、わたしはもう大丈夫。

寂しくなんかないし、何も怖くない。

顔を見なくたって、今大雅が隣でとびきりの笑顔でいてくれているのがちゃんとわかってるから。

わたしは、今日も前に進むことができている。

それだけで、わたしは幸せだから。

大雅。今日もわたしの隣にいてくれてありがとう。

今日もわたしにたくさんの笑顔をくれてありがとう。


──いつかまた、キミと笑い合いたいから。



end




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