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第三章

24 大雅side

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全てを思い出してから、二週間と少し経過した。

梅雨も明け、太陽がジリジリと照りつける。

あれから三者面談を適当に終えて、すぐに夏休みに入った。

クラスの皆は海だの山だの花火だのキャンプだのと騒いでいたけれど、俺はどこにも行かずに引きこもり、外出と言えば検査やらなんやらで定期的に病院に通っているくらいだ。

いつもは母さんがついてくるけれど、今日は仕事だからと俺一人で来た。

今日もどこか他人事のように感じているうちに診察は全て終わっていて、気が付けば俺は病院の外に立っていた。異常が見られないため、特別変わったことがなければ今回の診察で終わりだと言われた。


"記憶が戻って良かった"


医者から言われた言葉が、頭の中をぐるぐる回る。

記憶が戻ったことによりカウンセラーのパンフレットも渡されたけれど、病院のゴミ箱に捨ててきた。

病院の正面にある時計を見ると病院に着いた時から数時間経過していて、どれくらいボーッとしていたのか正気に戻った時には空には綺麗な夕焼けが広がっていた。

なんの因果だろうか。それは、二年前記憶を無くす前と同じ空に見えた。


「……芽衣」


自分でも無意識のうちに呟いていた名前。

それにどうしようもなく胸を痛めていた時、


「──あれ?大雅?」


どこか懐かしさを覚える声が聞こえた。


「大雅だよね?こんなところでどうしたの?」


芽衣の一番の親友、紫苑の姿だった。


「……紫苑」

「こんなところで会うなんて珍しいね。一人?……風邪でもひいた?」

「いや……」

「……」


俺がなんて答えればいいかわからないのを悟ったのか、紫苑は


「わたしはおばあちゃんが今ここで入院してて、そのお見舞いに来たの。お小遣いもらっちゃったから中のコンビニでお菓子買って今帰るところ」


と俺が出てきた病院を指差してから手に持つレジ袋を少しだけ上にあげた。

どうやら同じ病院の中にいたようだ。院内は広くてすれ違わなかったからか、全く気付かなかった。


「そうか……」


答えて、今まで紫苑とどうやって会話していたんだっけと困惑した。

思えば、いつも紫苑と話す時は隣に芽衣か透がいたような気がする。

中学の時は透と四人でいつも一緒にいたけど、考えてみれば紫苑と二人きりで話す機会なんてほとんどなかったかもしれない。

紫苑もそう思ったのか、


「……なんか、中三から疎遠になっちゃったからかな、今も同じ学校なのに大雅と二人でしゃべるのちょっと変な感じする」


と苦笑いした。

多分、紫苑は俺の記憶が戻ったことを知らないから、芽衣の名前を出さないように気を遣ってくれているんだと思う。

この二年間、俺は紫苑のことも遠ざけていた。

ただ芽衣と仲がいいと言うだけで。

ただそれだけのことで、芽衣や家族だけでなく昔からの友達にも迷惑をかけていたのかと改めて情けなく思った。

紫苑に記憶が戻ったことを告げるべきなのだろうか。

告げたら、紫苑はどんな反応をするのだろう。

二年間も紫苑の親友である芽衣にひどい態度をとっていたんだ。怒られるのは当然だろう。

そう思ったら、言うのを躊躇してしまうずるい自分がいた。


「ごめんね、急に話しかけて。じゃあね」


そう立ち去ろうとする紫苑に「待って」と声をかけて止めた。


「どうしたの?」

「いや……」


無意識に止めてしまったため、話すことなんて何も考えていなかった。

口籠る俺に首を傾げながらも、紫苑はその場に立ち止まって俺に視線を向けてくれる。


「……元気か?」


自分でもそれは無いだろうと言いたくなる話題に、紫苑が噴き出した。


「ははっ、なにそれ。親戚のおじさんみたい」

「わ、悪い……」

「ううん。……まぁ、わたしは元気だよ」


その言葉に、じゃあ芽衣は?と聞きたくなるのをグッと堪えた。

聞いてどうするんだ。

知ってどうするんだ。

あんな泣きそうな顔で去っていった芽衣が、本当に元気だと思うのか?

記憶が戻ったことも告げられない俺が、どうやって聞くんだ。


「──何かあった?」

「……え?」

「わたしに聞いた割には大雅は元気じゃないみたいだから。透に聞いたよ。最近はあんまり連絡も取れないって」

「……まぁ、な」


記憶を取り戻してからというもの、病院で忙しかったり芽衣のことばかりを考えていて学校にもあまり行かず、夏休みに入ってからは引きこもっていた。

いくは夏休みとは言え、二週間も経ったのに透ともまともに顔を合わせておらず、たくさん連絡が来ているから心配してくれているのはわかっていた。


「……もしかして、何か思い出した……とか?」


ドクン、と。心臓が大きく鳴り響く。

紫苑の真剣な目に、俺の中の全てが見透かされているような気がして一瞬息を止めた。


「ご、めん。余計なこと言ったね。忘れて」


困ったように笑をこぼす紫苑に、胸が痛んだ。


「……俺は、臆病でずるい自分自身が心底嫌になる」

「……大雅?」


少しでも戸惑った自分が情けない。

こんなんだから龍雅にも呆れられてしまうんだ。

俺は、こんな自分自身が大嫌いだ。


「紫苑」

「ん?」


何度ももう逃げないと決めたはずなのに。

その決心は簡単に揺らいでしまう。

だけど。芽衣のためにも、言わなきゃ。言わなきゃいけないんだ。


「……実は俺。……記憶が戻ったんだ」

「……え……?」


多分、半分冗談で聞いたんだろう。事実を知った紫苑の表情は、"嬉しさ"と"安心"が見えたけれど、同時に"困惑"と"複雑"が見えた気もした。


「そ、それって……芽衣のこと、思い出したの……?」


恐る恐る尋ねてくる紫苑にこくりと頷くと、その目に涙を浮かべながら


「うそ……!本当?本当に?」

「あぁ」

「良かった……本当に良かった……!」


と微笑んでくれた。


「それで、芽衣にはもう……?」

「……いや、まだ」

「そう……」


紫苑は頭の中でいろいろなことを考えているようだった。

今までのこと、これからのこと。芽衣のことを考えているのはすぐに想像できる。

そのまましばらくお互い黙っていると、俺のスマホが規則的に震えて着信を知らせた。


「……もしもし」

『大雅か!?やっと出た!』

「悪い、ずっと連絡無視してて」

「んなこと今はいいんだよ!そんなことよりお前、記憶が戻ったって……!』


電話の相手は透で、誰かから聞いたのか声はひどく慌てていた。


「……あぁ」

『今どこにいんの?俺お前ん家の前で龍雅に会って教えてもらって。すぐそこ行くから!』

「今は……病院の前。偶然紫苑にも会って。それでしゃべってたところ」

『わかった、すぐ行くからそこ動くなよ!』


ぶつりと切れた電話をそっと見つめていると、


「透?」


と紫苑が不思議そうに首を傾げた。


「あぁ。透からの連絡もずっと返事してなくて。今からここにくるって」

「そっか。わたし、いない方がいい?」

「いや。……二人にちゃんと話したいから、いてほしい。この後時間もらえるか?」

「うん」


言葉通りすぐ走ってやってきた透に怒鳴られつつも、俺たちは病院横にあるカフェのテラス席に腰掛けた。

カフェラテを飲みながら、向かいに座る二人の顔を見比べてゆっくりと口を開く。

二人に、芽衣に言われとこと、龍雅や母さんとのやりとりを少しずつ話した。

そしてそれがきっかけで記憶を取り戻したことも。

頭の中を整理するのに時間がかかり、学校に行くのも億劫だったこと。透にもどんな顔をして会ったらいいかわからなかったこと。

彼女ができたという噂は奈子が勝手に流したもので、俺には彼女なんていないこと。

それが原因で、芽衣は勘違いしてあんなことを言ってしまった可能性があるということ。

全てを話し終えると、紫苑はいつのまにか泣いていて透の目にも光るものが見えたような気がした。


「俺、思い出したけど、自分がしてきたことを考えたら……芽衣に合わせる顔がないって思っちまって……また現実から逃げようとしてて。向き合おうとしてなくて。それで、龍雅にも呆れられた」

「大雅……」

「でも俺、思い出してからずっと考えてて。今、二人に会って話して、やっぱり、ちゃんと謝りたいって思った。今までのこと、逃げないで全部ちゃんと謝りたいんだ」


龍雅の、"それでいいのか"という言葉がずっとぐるぐる回っていた。

何度自問自答してみても、俺の答えは"それでいいわけない"だった。

謝りたい。それが俺の自己満足だっていうことはわかっている。

芽衣はもう俺に会いに来ないと言った。それがどういう意味かもわかっている。

だけど、自分がしてきたことを"記憶を失ったことのせい"にして終わりたくない。

この二年間の俺も、確かに俺自身だったんだ。

そもそも事故の原因を作ったのも俺だ。

俺が全部悪かったんだ。

だから、謝りたい。謝って、ちゃんと助けてくれたお礼を言いたい。

命懸けで俺を守ってくれた芽衣に、ありがとうと言いたい。そして、今度こそ、俺が。

そう思うのに。


「だけど、怖くてっ……」


芽衣から向けられる目が怖い。

怖くて、決意がまた揺らいでしまいそうになる。

紫苑と透は、そんな俺の気持ちを飽きることなくずっと聞いてくれた。

俺の想いを、考えを、否定することなく全て受け止めてくれた。

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