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第二章

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それから一週間後。

あの後も日を変えて何度か図書室に行ってみたけれど、大雅には会えないまま時間だけが経過した。

おかげで勉強が捗ってしまった。いいことではあるが、なんとなく悔しい気もする。

変わらず大雅には朝ストーカー扱いされているけれど、たまにそこで嫌々ながらも会話をしてくれるだけまだマシなのか。

無視されないだけ良いと思った方がいいのか。

考えすぎて何度もため息をこぼしそうになっては紫苑に心配はかけられまいと堪える、そんな昼休み。

紫苑と一緒にお弁当を食べ終えたところで、一つの噂話が聞こえてきた。


「ねぇ聞いて聞いて!六組の永原くんと奈子ちゃん、付き合い始めたんだって!」

「え!うそ!奈子ちゃんって斉藤奈子ちゃん?」

「そう!」

「でも奈子ちゃんって確かこの間永原くんにフラれたって騒いでなかった……?」

「それがね、ダメ元で何回も告ったらOKしてくれたんだって!六組の友達が言ってた!」

「えぇー、うそ、なんかショック……」


その会話を聞いた瞬間、わたしは口に運ぼうとしていた玉子焼きをお弁当箱の中に落としてしまった。

お母さんが綺麗に作ってくれた玉子焼きがいびつな形になってしまったのをじっと見つめているうちに、いつの間にか話を聞きつけたクラスメイトたちが教室の真ん中に集まっていた。


「ね、今の話本当?」

「本当本当。わたしも最初信じられなくてびっくりしたけど、奈子ちゃんから直接聞いたらしいよ!最近二人いつも一緒にいるらしいし!」

「えぇー、そうなのー?」

「でも奈子ちゃんって確かに可愛いけど結構派手じゃない?あんまりいい噂も聞かないし」

「だよね。他校の不良と一緒にいるところも見たことあるって人いるよね。永原くん、もっと清楚な感じの子が好きなのかと思ってたなあ」

「わかる。奈子ちゃんとはタイプ真逆な気がする。永原くんなら引くて数多なのにー。永原くんはなんて言ってるの?」

「それが、何も言ってないんだって。でも否定しないってことはそういうことでしょ?」

「そっかあ……わたし、実は永原くんのことちょっといいなって思ってたの。わたしも勇気出して告白すればチャンスあったってことかなあ」

「えー、そうだったの?実はわたしも……」

「永原くん、かっこいいもんねぇ。言わないだけで片想いしてる子結構多いらしいよ?」


盛り上がりだした言葉の数々をそれ以上聞いていられなくて、わたしは箸をお弁当箱の上に置いて逃げるように教室を飛び出した。

飛び出したはいいものの、行くところなんて無くて。

廊下の隅でうずくまっていると、紫苑が追いかけてきてくれていた。


「芽衣っ……」

「……紫苑」

「芽衣、落ち着いて?あんなのただの噂でしょ。本当に付き合い始めたのかなんてわかんないじゃん」

「でも、大雅否定してないって……」

「芽衣……」


大雅がモテるのは、昔からのこと。

高校に入ってからさらに人気が出始めたのはわたしも知っている。

だけど、それでも今までそんな噂が流れることすらなかったのに。


「大雅に、彼女……?」

「芽衣、しっかりして。まだそうと決まったわけじゃない」


OKしたってことは、少なくともその子に嫌悪感は無くどちらかと言えば好意の方が大きいということだろう。


「そしたら、わたし……」


ただ、邪魔なだけじゃん……。

呟いて、ショックで吐き気がしてきてトイレに駆け込んだ。

その日はそのまま教室に戻ることができず、紫苑が保健室に連れて行ってくれてベッドで横になっていた。

紫苑がそのあと教室に戻ってわたしのお弁当と一緒に荷物をまとめてくれて、放課後保健室まで届けてくれて一緒に帰る。

傘にしたたる雨音が、わたしの今の気持ちを代弁してくれているかのようだった。


「具合はどう?少しは寝れた?」

「うん……とりあえず吐き気は落ち着いた。かな」

「そっか。良かった。家まで送ってくからゆっくり歩いて帰ろう」

「うん。紫苑、いつもごめんね。迷惑かけて……。本当にありがとう」

「何言ってんの。迷惑なんかじゃないよ。芽衣はわたしの一番の友達なんだからこれくらい当たり前でしょ。それに言ったでしょ?わたしが芽衣を守るって」

「紫苑……ありがとう」


紫苑の優しさに救われる。

家まで送ってもらって、お母さんに事情を説明して再びベッドの上で横になる。

これ以上心配させたくなくて紫苑にはああ言ったものの、正直に言えば吐き気はまだおさまっていなかった。

何か食べればそのまま戻してしまいそうなくらい、胃がキリキリしている。

今日はもうこのまま眠ってしまいたい。

だけど、頭の中では大雅に彼女ができたかもしれないという言葉がぐるぐると回る。

それを思い出しては大雅が見知らぬ女の子と一緒に歩いているところを想像してしまい、またトイレに駆け込んだ。

その日は夜中になってもなかなか眠れなかった。

紫苑から"何も考えずに今日はゆっくり寝てね"とメッセージが送られてきていたけれど、目を閉じるといろいろなことを考えてしまいとても眠れそうにない。

結局その翌日は学校に行けなくて休んでしまった。

わたしが家で寝ている間、紫苑が学校で透くんに聞いてくれたらしい。けれど、透くんも詳しいことは何も知らなかったと言っていた。

でも最近噂の人物が大雅の側にいることは多いらしい。それが付き合ってるからなのかそうじゃないのか、大雅に聞いても面倒くさいとしか言われないらしく、真相がわからないという。

一度断ってるらしく、もしかしたらその子からの一方的な想いなのかもしれないと言っていた。

だけど、それから数日しても学校ではその噂でもちきりで。

このまま休んでいても仕方がない、と次の日からいつも通り大雅に挨拶しようと家の前で待っていたけれど、ちゃんと笑顔を作れていたかどうかは全く自信が無かった。

大雅の彼女だと噂されているのは、大雅と同じクラスの斉藤奈子ちゃん。

わたしはあまり知らないけれど、六組の中心人物でどちらかと言うとギャルっぽい明るい性格の子なのだとか。

メイクがばっちりで下着が見えそうなほどに短いスカート。その性格から他校に友達も多いらしく、目立つ存在だから良くも悪くもいろいろな噂が絶えない子らしい。

化粧っ気の無いわたしとは真逆のキラキラ女子が相手だと知り、どうしようもない虚無感に襲われた。

わたしが知らなかっただけで、大雅のタイプはそういう子だったのかな。

中学まではわたしがずっと隣にいたからあまり他の女の子と一緒にいるところも見なかった。だからどこか安心してたのかもしれない。

どんなにモテても、大雅に一番近いのはわたしだって。

そう思ってた。

だから、今大雅から一番遠い場所にいるわたしが嫌だったし、早く大雅に思い出してほしかった。

……だけど。

もしかしたらそれはただのわたしの思い上がりにすぎなかったのかもしれない。


「……あ?」

「あ、大雅、おは──」

「大雅くん!おはよう!」


奈子ちゃんの噂が広まってしばらく経った日の朝。

雨で視界の悪い中、いつも通り挨拶しようとしたわたしを遮るように横から聞こえた高い声に、思わず足を止めてしまった。


「……奈子?なんでここに?」


大雅の困惑した声に、わたしは頭を殴られたかのような衝撃を受ける。

この子が、斉藤奈子ちゃん。


「大雅くんと一緒に登校したくて、早起きしてきちゃった!ね、一緒に行ってもいい?」


雨音にかき消されそうな大雅の声とは違い、明るく元気な可愛らしい声。


「……勝手にすれば」


それに対して面倒くさそうに吐き出して、大雅は歩き出す。


「大雅くん、傘入れてよぉ」

「は?お前傘持ってんじゃん。何で閉じんの?自分でさせよ」

「ひどーい。大雅くんと相合傘したかったのにー」

「いやそういうのだるいから」

「そっかあ、残念。わかったあ。でも一緒に行くのはいいよね?ね?」


返事を聞く前に大雅の隣に並んだ明るい茶髪の女の子が、私の方を振り向いて首を傾げた。


「あ、ねぇねぇ大雅くん。あの子誰?さっき大雅くんのこと呼んでなかった?」

「あ?あぁ。いいんだよ別に」

「ふーん?あ、待って大雅くん!一緒に行こうよー!」


何かの間違いであってほしい。頭の片隅でそう思っていた願いが、いとも簡単に崩れ落ちた。

あぁ、あの噂は本当だったんだ。

大雅は、奈子ちゃんと付き合い始めたんだ。

そう思ったら、我慢していた涙が目に溜まる。


「っ……うぅっ……」


泣いちゃダメ。泣いちゃダメなのに。

必死に泣くのを我慢して、傘を持つ手を強く握って学校に向かう。


「芽衣、おはよう。……芽衣?どうしたの?」

「紫苑……」

「ちょっ……保健室行こう」


わたしをひと目見て様子がおかしいと察してくれた紫苑に連れられて保健室へ向かう。

道中、何も言えないわたしを紫苑は支えるように背中をさすってくれる。

保健室には先生はいなくて、勝手にベッドを使わせてもらうことにした。


「で、何があったの?」

「さっき、来る時に……大雅に声かけようとしたら、奈子ちゃんが来て……」

「え?」

「それで、奈子ちゃんが大雅に一緒に学校行こうって行って、大雅も勝手にすればって……。それでっ、大雅の傘の中に入ろうとしたり……あの噂、やっぱり本当だったんだって思ったら、つらくて……」

「そうだったんだ……」


紫苑に大雅と奈子ちゃんのことを全てを伝えると、紫苑は優しく抱きしめてくれた。


「つらかったね。がんばったね、芽衣」

「しおんっ……」

「大丈夫。いっぱい泣いていいんだよ。わたししか見てないから、泣くの我慢しなくていいんだよ」

「っ……ああああぁ……」


紫苑はわたしが泣き止むまで、ずっとそばにいてくれた。

この日から、わたしの日記は毎日同じ文章が続くようになる。


"今日は挨拶ができなかった"と。

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