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第二章

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それからしばらく良くも悪くも何も変わらず平穏な日々が続いて、二週間が経過したある日。

梅雨入りしたことにより、学校中気が滅入っている今日この頃。

窓からどんよりとした空を見つめつつ、わたしは図書室に向かって歩いていた。

すでに今日の分の授業が終わってから一時間くらい経過していたからか、廊下には人の気配は無い。

今日は昼ごろから体調が悪くなってしまい、保健室で今までずっと眠っていたのだ。

目が覚めると少し身体が軽くなっていたから、紫苑が持ってきてくれたであろうカバンを持って職員室に寄って授業のプリントを受け取り、勉強してから帰ろうと図書室に向かうところだ。

校舎の一階にある図書室は、蔵書数はそこまで多くないもののテスト前には混み合う人気の場所だ。

その理由は、図書室の端に蔵書は持ち込めない代わりに飲食可能な自習スペースが用意されているからだ。

一つずつ席が仕切られていて、隣との距離は違いけれど仕切りで視界が遮られているからイヤホンをしてしまえば完全に自分だけの世界になれる。

そのため集中できるからとテスト直前は取り合いになるほど人気の場所だが、普段はそうでもない。

今日は定期テストが近づいていることもあり、想像してたよりは図書室に人がいた。

空いている席を見つけて腰掛けて、カバンから筆記用具とついさっきもらってきたプリントを出す。

教科書も隣に広げ、勉強を開始した。

わたしもイヤホンを持ってくればよかったかなと思ったけれど、多分そうすると音楽に集中してしまうからダメだと思い直す。

最近早退や保健室に行くことが増えてしまったため、ちゃんと勉強してテストで点を取らないと補習になってしまう。

それは避けたいから、今は集中しなきゃ。

そう意気込んだものの、思いの外プリントは基本問題ばかりで簡単だったため、教科書で確認しながらすぐに終えることができた。

それに安心しつつ図書室の時計に目をやると、時刻は午後五時を少し過ぎたところ。

プリントも終わったし、そろそろ帰ろうか。そう思ってもう一度窓の向こうを見ると、滝のような雨が降っていた。

……少し落ち着くまで待ってようかな。

今外に出たら傘を差してもびしょ濡れになってしまいそうだ。

教科書をしまい、自習スペースを離れて普通の読書用のテーブルに移動してカバンを置き、参考書コーナーに足を運ぶ。

進路は決まっていないからここという大学はないけれど、赤本がたくさん置いてあっていくつか有名な大学のものを手に取りパラパラとめくってみた。

……これは暗号か?それとも呪文?

そんな馬鹿みたいなことを考えてしまうくらいには、難しい問題ばかりが並んでいてわたしは頭が痛くなる。

ダメだ。わたしにはとても理解できそうにない。もう少しレベルを下げた大学は……といくつか指でさしながら歩いて背表紙を目で追っていると。

ドン、と誰かにぶつかって転びそうになった。


「ご、ごめんなさいっ」

「いや……って、てめぇ」

「え?」

「こんなところでまで会うとかなんなんだよ……」


聞き覚えのある声に慌てて顔を上げると、わたしに舌打ちをして


「あぁー……たまに勉強しようかと思ったらこれだ。マジでついてねぇ」


と吐き捨てて去っていく大雅の後ろ姿があった。


「た、大雅……?」

「うるせぇよ。馴れ馴れしく呼ぶなっつってんだろ」


図書室だからか、いつもより小さな声でそう言った大雅は深いため息をつきながら図書室の入り口の方に向かっていく。

どうやらもう帰ってしまうようだ。

……ぶつかっただけとは言え、大雅の身体に触れたのはいつぶりだったのだろう。

わたしはドクドクと高鳴る心臓を手で抑えた。


「大丈夫?」

「え……」

「さっき見てたの。永原くんだって前見てなかったのに誤りもしないで酷い言われようだったから心配で。立てる?」

「あ、ありがとうございます……」


一部始終を見ていた女の子にそう声をかけられるまで、わたしはずっとボーッとしてしまっていたらしい。

その子の手を借りて、立ち上がってもう一度お礼を告げる。


「でも永原くんのあんな表情見たことなかったからちょっと意外だったかも。永原くんってあんな風に怒ってるっていうか思い詰めたような表情するんだね。奈子もフラれたって言ってたし、虫の居所でも悪かったのかなあ」


どうやら同級生だったらしいその子は、独り言を呟きつつわたしが怪我をしていないのを確認するとどこかへ行ってしまった。


"奈子もフラれたって言ってたし"


その言葉が妙に引っかかったけれど、すでに彼女はいないから聞くに聞けず。

大雅、告白されたのか……。

わたしももう勉強する気が無くなってしまい、カバンを持って図書室を出る。

いつの間にか雨は落ち着いていたらしく、小雨とまではいかないものの傘があるから濡れて帰る心配はなさそうだった。

もうとっくに帰ってしまったのだろう、そこには大雅の姿は無かったけれど、わたしの心臓はしばらくうるさく動いていて。


「……もっと、ちゃんと話したかったなあ」


そんな呟きは、虚しくも雨音にかき消されていった。
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