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再会
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「……そういえば、"天音"さんって、御苗字ですか?下のお名前ですか?」
話題を変えたくてずっと気になっていたことを意を決して聞くものの、天音さんはニヤッと笑う。
「───どっちだと思う?」
その楽しそうな表情に私の顔が引き攣る。
確かに質問したのは私だけれど、質問に質問返しはやめてほしいと思ってしまう。
「……御苗字でしょうか」
「いや?違う」
「じゃあ、下のお名前ですか?」
「そう。ご名答」
案外すぐ答えてくれたことに複雑な心境になった。
「……では、御苗字を教えてください」
「なんで?」
「なんでって……」
対して親しくもない間柄で、まして年上で傑くんの同僚のお医者様を下の名前で呼ぶなんて、私には到底無理だ。
しかし、天音さんはそれを全く理解できないようで不思議そうな顔をする。
「別に苗字なんて知らなくてもいいだろ。俺のことは天音って呼べよ。さん付けもいらないから」
「そ、それはダメです」
「なんで」
「なんでって……」
「ほら、天音って呼べよ」
「いや、……」
あぁ、もういいや。これはもう埒が開かない。苗字は今度傑くんに聞こう。
そう思って口を閉ざすと、何を思ったのか天音さんは水を一口飲んでから立ち上がり、テーブルを挟んでいた私の元へ来る。
そして耳元に顔を寄せ、「唯香」と囁いた。
「……三年前、一緒に寝た間柄だろ?」
「っ……!」
「お前があの夜、どれだけ俺に縋って乱れてよがってたか、覚えてんだろ?全部傑にバラしてもいいけど?」
一瞬にして、息が吸えなくなった。
耳にかかる息が、あの夜を思い出させる。
「っ……近い、です。離れてください」
天音さんの顔を押しのけるわけにもいかず、自分の耳を手で抑えつつ、顔をできるだけ逆側にそらす。
「嫌だ」
そんな私の反応を見て、面白くなったのか天音さんはさらに追いかけてくる。
逸らした顔を手で元に戻され、ゆっくりと頰を撫でられる。
その撫で方がいやらしくて、無意識に呼吸が浅くなった。
「ほら、天音って呼べよ」
「や……」
「じゃないと、このままキスするけど」
「っ!?」
そんなこと言われても、いきなり呼び捨てなんて……。
でも、呼ばない限り私を解放するつもりはないようで、どんどん顔が近付いているような気がする。
「ちょっ……まって……」
「待たねぇ」
このままじゃ、本当にキスされてしまう。
なによりも、その目で見つめられているというこの体勢が恥ずかしすぎてもう無理だった。
「あ……あ、あまねっ……!」
自棄になって言葉を落とすと、彼は
「ふっ……言えるじゃん。よくできました」
と笑う。
その小さい子を諭すような返事に、自分が弄ばれたような気がして悔しくて悔しくてたまらない。
「これから俺のことはそう呼べよ。さん付け禁止」
そんなの横暴だ。そう言いたいけれど、今は離れてもらう方が先だった。
「わかりましたから、離れてください」
「呼べば離れるとは言ってない」
「なっ……!」
酷い!そんなの屁理屈だ……!
至極面白そうなその表情は、新しいおもちゃを見つけた子どものよう。
そして、そのまま顔が近付いてきて。
「っ!?」
触れるだけのキスは、私を硬直させるには十分すぎるほどだった。
「ハッ、顔真っ赤だな」
「な、な……」
何かを言い返したいのに、何も言葉が出てこない。
息の吸い方も忘れてしまったみたいに、なんだか胸が苦しくて、上手く呼吸ができない。
「何も初めてじゃないんだし。そんなに動揺するか?」
クスクスと笑いながらも、ようやく離れてくれた。それにより、やっと呼吸ができるようになった。
少なからずホッとしつつも奪われてしまった唇を思わず袖でゴシゴシと擦る。
「失礼な奴だな」
「きゅ、急にこんなことする方が失礼ですよ。セクハラです!」
「セクハラぁ?キスなんて、挨拶みたいなもんだろ?」
「ここは日本です!」
確かに傑くんと同じなら、貴方はアメリカにいたのかもしれませんけど!ここは日本だし、多分貴方もここ数年はずっと日本で暮らしているでしょう!?
そんな思いをぶちまけたいけれど、その楽しそうな顔を見ていると何かを言えば五倍で何かが返ってきそうな気がして、保身のため私はそれ以上何も言えないまま口を噤むしかなかった。
結局その後は、天音が急患で病院から呼び出しをされたためそのままお開きとなった。
「悪い。呼び出された。また連絡する。無視すんなよ?」
「……わかってますよ」
弱みを握られてしまっては、そう返事をするしかない。
宣言通り天音は料金を払ってくれて、私に財布すら出させなかった。
丁重にお礼を伝えて別れ、そのまま天音が手配してくれたタクシーに乗り込むと、自宅の住所を伝えて滑らかに発進する。
十五分ほどで着いた自宅であるオンボロアパートの中に入ると、すぐにお風呂を沸かしてシャワーを浴びた。
熱いお湯を頭から被る。
自分の髪の毛から滴り落ちるお湯を見つめながら、今日のことを思い返していた。
まさか、天音と再会する日が来るなんて思ってもみなかった。
そもそも、天音と会ったのは傑くんの結婚式の日だけ。
あの日、私たちは初対面で、酔った勢いもあって一夜を共にしたのだった。
話題を変えたくてずっと気になっていたことを意を決して聞くものの、天音さんはニヤッと笑う。
「───どっちだと思う?」
その楽しそうな表情に私の顔が引き攣る。
確かに質問したのは私だけれど、質問に質問返しはやめてほしいと思ってしまう。
「……御苗字でしょうか」
「いや?違う」
「じゃあ、下のお名前ですか?」
「そう。ご名答」
案外すぐ答えてくれたことに複雑な心境になった。
「……では、御苗字を教えてください」
「なんで?」
「なんでって……」
対して親しくもない間柄で、まして年上で傑くんの同僚のお医者様を下の名前で呼ぶなんて、私には到底無理だ。
しかし、天音さんはそれを全く理解できないようで不思議そうな顔をする。
「別に苗字なんて知らなくてもいいだろ。俺のことは天音って呼べよ。さん付けもいらないから」
「そ、それはダメです」
「なんで」
「なんでって……」
「ほら、天音って呼べよ」
「いや、……」
あぁ、もういいや。これはもう埒が開かない。苗字は今度傑くんに聞こう。
そう思って口を閉ざすと、何を思ったのか天音さんは水を一口飲んでから立ち上がり、テーブルを挟んでいた私の元へ来る。
そして耳元に顔を寄せ、「唯香」と囁いた。
「……三年前、一緒に寝た間柄だろ?」
「っ……!」
「お前があの夜、どれだけ俺に縋って乱れてよがってたか、覚えてんだろ?全部傑にバラしてもいいけど?」
一瞬にして、息が吸えなくなった。
耳にかかる息が、あの夜を思い出させる。
「っ……近い、です。離れてください」
天音さんの顔を押しのけるわけにもいかず、自分の耳を手で抑えつつ、顔をできるだけ逆側にそらす。
「嫌だ」
そんな私の反応を見て、面白くなったのか天音さんはさらに追いかけてくる。
逸らした顔を手で元に戻され、ゆっくりと頰を撫でられる。
その撫で方がいやらしくて、無意識に呼吸が浅くなった。
「ほら、天音って呼べよ」
「や……」
「じゃないと、このままキスするけど」
「っ!?」
そんなこと言われても、いきなり呼び捨てなんて……。
でも、呼ばない限り私を解放するつもりはないようで、どんどん顔が近付いているような気がする。
「ちょっ……まって……」
「待たねぇ」
このままじゃ、本当にキスされてしまう。
なによりも、その目で見つめられているというこの体勢が恥ずかしすぎてもう無理だった。
「あ……あ、あまねっ……!」
自棄になって言葉を落とすと、彼は
「ふっ……言えるじゃん。よくできました」
と笑う。
その小さい子を諭すような返事に、自分が弄ばれたような気がして悔しくて悔しくてたまらない。
「これから俺のことはそう呼べよ。さん付け禁止」
そんなの横暴だ。そう言いたいけれど、今は離れてもらう方が先だった。
「わかりましたから、離れてください」
「呼べば離れるとは言ってない」
「なっ……!」
酷い!そんなの屁理屈だ……!
至極面白そうなその表情は、新しいおもちゃを見つけた子どものよう。
そして、そのまま顔が近付いてきて。
「っ!?」
触れるだけのキスは、私を硬直させるには十分すぎるほどだった。
「ハッ、顔真っ赤だな」
「な、な……」
何かを言い返したいのに、何も言葉が出てこない。
息の吸い方も忘れてしまったみたいに、なんだか胸が苦しくて、上手く呼吸ができない。
「何も初めてじゃないんだし。そんなに動揺するか?」
クスクスと笑いながらも、ようやく離れてくれた。それにより、やっと呼吸ができるようになった。
少なからずホッとしつつも奪われてしまった唇を思わず袖でゴシゴシと擦る。
「失礼な奴だな」
「きゅ、急にこんなことする方が失礼ですよ。セクハラです!」
「セクハラぁ?キスなんて、挨拶みたいなもんだろ?」
「ここは日本です!」
確かに傑くんと同じなら、貴方はアメリカにいたのかもしれませんけど!ここは日本だし、多分貴方もここ数年はずっと日本で暮らしているでしょう!?
そんな思いをぶちまけたいけれど、その楽しそうな顔を見ていると何かを言えば五倍で何かが返ってきそうな気がして、保身のため私はそれ以上何も言えないまま口を噤むしかなかった。
結局その後は、天音が急患で病院から呼び出しをされたためそのままお開きとなった。
「悪い。呼び出された。また連絡する。無視すんなよ?」
「……わかってますよ」
弱みを握られてしまっては、そう返事をするしかない。
宣言通り天音は料金を払ってくれて、私に財布すら出させなかった。
丁重にお礼を伝えて別れ、そのまま天音が手配してくれたタクシーに乗り込むと、自宅の住所を伝えて滑らかに発進する。
十五分ほどで着いた自宅であるオンボロアパートの中に入ると、すぐにお風呂を沸かしてシャワーを浴びた。
熱いお湯を頭から被る。
自分の髪の毛から滴り落ちるお湯を見つめながら、今日のことを思い返していた。
まさか、天音と再会する日が来るなんて思ってもみなかった。
そもそも、天音と会ったのは傑くんの結婚式の日だけ。
あの日、私たちは初対面で、酔った勢いもあって一夜を共にしたのだった。
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