上 下
50 / 55
第五章

淡い気持ち

しおりを挟む
「言いたいことは全部中原さんに言われてしまったよ。桐ヶ谷さん、少しだけ検査にも付き合ってもらえるかい?」

「っ、はい」

「お母さんはその間私と少しお話ししましょう」

「……はい。お願いします」


お母さんと離れて、涙を拭いて立ち上がる。

お母さんは中原さんと一緒に部屋を出て行って、二人で何かを話しに向かった。


「なに、心配することはないよ。ちょっと話があるだけだろうから」

「……はい」


東海林先生に頷いて検査に向かった。

異常が無いとわかると、しばらくはゆっくり生活するようにと言われて今日は帰ってもいいことになった。

エレベーターで一階に降りながらスマートフォンを見ると龍之介くんから連絡が来ており、お母さんに声をかけて少しだけ病院の外で会うことに。


「奈々美」

「龍之介くん」

「どうだった?」

「うん。検査も異常無いって」

「そっか、良かった」


頭を撫でてくれる龍之介くんは、私の後ろにいるお母さんに気が付いたらしく「はじめまして、乙坂 龍之介といいます」と綺麗に挨拶をした。


「あなたが龍之介くんね?はじめまして、奈々美の母です。あなたがずっと奈々美のそばにいてくれたのよね。本当にありがとう」

「いや、俺は別に……」


照れたようにそっぽを向いた龍之介くんにお母さんは優しく微笑む。


「良かったら、お家まで送っていくわ」

「そうだよ龍之介くん、乗ってって」


車で来たらしいお母さんの提案で


「じゃあ、お願いします」


龍之介くんと一緒に駐車場に向かった。

龍之介くんのお家は私の家からもそう遠くは無くて。車で十分もいかないくらいの距離らしい。

同じ高校に通っているのも頷ける。

後部座席に並んで乗り込み、私たちが仲良くなった経緯を説明していた。


「じゃあ、龍之介くんの妹さんと奈々美が同じ病室だったの?」

「そう。それで美優ちゃんのお見舞いに来た龍之介くんとも仲良くなって」

「そうだったの。その妹さんは?」

「もうすぐ退院する予定です」

「そう。良かったわ。その妹さんにも今度お礼を言わなきゃ」

「いや、あいつは難しいことあんまりわかってないので」


たじたじになっている龍之介くんも珍しい。

笑いを堪えていると龍之介くんはじとりとした目でこちらを見ていて。それもまた面白い。


「お母さん、美優ちゃんは受験生なの。うちの高校受けるんだって。龍之介くんも同じ学校だったの」


記憶が戻って、お母さんにしゃべりたいことがたくさんあった。


「あらそうなの?すごい偶然」


そんな話をしているうちに龍之介くんのお家に着き、「今日はありがとう」とお礼を告げた。


「だから気にすんなって。俺がしたくてしてるんだから。また連絡する。……送っていただいてありがとうございました」

「ふふっ、いいのよ。これからも奈々美のことよろしくね」

「ちょっとお母さん!?」

「はい。失礼します」

「龍之介くんまでっ……もう、バイバイ」


恥ずかしさに負けて手を振って別れる。
車が見えなくなるまで龍之介くんは手を振ってくれていて、そんな些細なことが嬉しかった。


「奈々美にあんなに優しいお友達ができてたなんて、お母さん知らなかった」

「私も、こんなに仲良くなれるなんて思ってなかった」

「ふふっ、奈々美が好きになるのもわかるわ」

「……えっ!?」

「あら、違うの?」

「な、にをっ」

「お母さん、彼なら賛成するからね」

「お母さんってば!?何言ってるのよ……!?」


急に何を言い出すのだろう。お母さんは面白そうに笑いを堪えながらからかってきて。

それに否定できなかったのは、確かに私の心の中に淡い気持ちが芽生え始めていたからだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。 けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。 ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。 大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。 子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。 素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。 それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。 夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。 ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。 自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。 フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。 夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。 新たに出会う、友人たち。 再会した、大切な人。 そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。 フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。 ★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。 ※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。 ※一話あたり二千文字前後となります。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~

水縞しま
ライト文芸
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

いつかまた、キミと笑い合いたいから。

青花美来
ライト文芸
中学三年生の夏。私たちの人生は、一変してしまった。

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました

Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。 必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。 ──目を覚まして気付く。 私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰? “私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。 こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。 だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。 彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!? そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……

処理中です...