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第五章

頑張りすぎちゃったね。

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病院に連絡すると、東海林先生は手術中とのことですぐに会うことは難しそうだった。

立花さんは昨夜から今朝まで夜勤だったらしく明日までお休みでいないようだ。

私は両親に連絡をし、美優ちゃんの病室で東海林先生の手術が終わるのを待っていた。

もちろん隣には龍之介くんがいて、背中をさすってくれる。

美優ちゃんにも記憶が戻ったことを報告した。


「奈々美ちゃん、良かった。本当に良かったね……!」

「美優ちゃんありがとう」


忘れていた記憶を取り戻した。それだけ伝えたため、その記憶の内容までは伝えていなかった。


"美優は多分噂のことなんて知らないし、今は怪我を治すことと勉強に集中させてやりたいんだ。奈々美の記憶が戻ったって知るだけでもあいつは喜ぶと思うから"


そう龍之介くんに言われたためだ。


「あとは私が退院して、無事に受験に合格するだけだね!」

「うん。あ、そうだ。実はね、私と龍之介くん、同じ高校だったんだよ」

「え!そうなの!?じゃあ私が来年入学したら奈々美ちゃんと同じ学校ってこと?」

「うーん……もしかしたら私転校するかもしれなくて。そればっかりはまだわからないんだ」

「そうなのか?」

「うん。出席日数が足りなくて。今も休学中なんだけど、復帰してももう留年は確定してるからどうしようかなって」

「そっか……」


話しているうちに、病室のドアをノックする音が響く。

美優ちゃんが返事をすると、そっと開いたドアの向こうから東海林先生が顔を出した。


「桐ヶ谷さん」

「東海林先生」

「待たせたね。記憶が戻ったって本当かい?」

「はい。多分、全部戻りました」

「ちょっと話を聞かせてもらえるかな?」

「はい……」


龍之介くんと美優ちゃんと別れ、私は東海林先生の後ろを歩いて診察室に向かう。

その道中でお母さんが病院に着いたと連絡があり、お母さんが合流するまで待つことにした。


「奈々美!」

「お母さん」

「記憶が戻ったって!?本当!?」

「うん」

「お母さんもそちらにどうぞお掛けください」

「あ、先生。すみません取り乱してしまって。失礼します」


私の隣にある丸椅子に腰掛けたお母さんは、そっと私の肩を抱いてくれる。

東海林先生とお母さん、それから後からやってきたカウンセラーの中原さんに、思い出したことと私が自分から飛び降りたこと、その原因と今までの生活についてを順を追って説明した。

東海林先生と中原さんは難しい顔をして頷き、お母さんは何度も"ごめんなさい"と泣きながら謝っていた。


「お母さんは悪くないんだよ。私がずっとお父さんとお母さんの仕事の邪魔をしたくなくて。それで言わなかっただけ。私が弱かっただけなの」

「奈々美……」

「奈々美ちゃん、それはちょっと違うかな」

「え?」


中原さんは、私の手を取って視線を合わせる。


「奈々美ちゃんはとっても優しくて、ご両親想いで。弱くなんてなかった。むしろ、とっても強かった」

「強かった……?」

「そう。奈々美ちゃんは一人で全部抱え込んで、自分が耐えればいいって思い込んで。そうすれば我慢できてしまった。耐えられてしまった」

「……だって、それ以外の方法が浮かばなかった」

「そう。あなたはまだ子どもだったから、どうすることもできなかった。ご両親に言っても無駄だって教え込まれた。それは一種の洗脳状態だから」

「……」

「だから奈々美ちゃんはもっと強くなろうとした。人に頼る方法も、甘える方法もあまり知らなかったから」

「……そう、かも」


両親がいないことの方が多かったから、自分で立つしかなかった。たまに帰ってくる二人に心配をかけたくなくて、笑顔でいることしかできなかった。

私は両親の存在に甘えてると思っていたけれど、それは本当の意味では甘えていなかったのではないか。


「感情を殺してはいけない。言ったでしょう?」


私は、誰にも頼らず誰にも甘えることなく、自分の感情を押し殺していた。

向き合うことを恐れて、自ら放棄した。


「……頑張ったね、奈々美ちゃん」

「え?」

「頑張りすぎちゃったね。奈々美ちゃん」


中原さんの言葉が、心にスッと染み込んできた。


「もう、そんなに頑張らなくていいんだよ」

「っ……はいっ」


じわりと滲んだ涙を袖で拭う。すると


「っ奈々美……奈々美っ!」


お母さんが、耐えきれないとばかりに私を思い切り抱きしめる。


「お母さん。ごめんね。心配かけないように、迷惑かけないようにって思ってたのに。一番酷い方法で心配かけちゃった」

「謝るのは私の方なの。自分の仕事を優先してしまって、あなたと一緒の生活を蔑ろにしてしまった。お母さんが悪いのよ。奈々美は何も悪くない。だからもう謝らないで……」

「お母さん……ありがとう」


記憶よりも小さく感じるその背中に手を回す。

優しいお母さんの香りは、何よりも安心できた。

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