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第四章

強くなる(3)

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*****

「強くなる方法?」

「はい。教えてください」

「そうねぇ……」


カウンセリングの日。私は前のめりになってカウンセリングの中原さんに強くなりたいと告げていた。

記憶を取り戻すため。取り戻した時に、それがつらい記憶だったとしても受け止められるくらいに強くなりたい。

中原さんはしばらく悩む素振りをした後に私の目を見て微笑んだ。


「無理して強くならなくても、いいんじゃない?」

「……え?」

「だって、あなたは一人じゃないでしょ?」

「どういう、意味……」


強くなりたい。その相談をしたかったのに。

強くならなくてもいい?……意味がわからない。

混乱している私に、中原さんはお茶を用意してくれて目の前に湯呑みが置かれた。


「そもそも、精神的に強くなるって、とっても難しいことだと思うの」

「……」

「これは私の持論だけど。肉体的な強さなら、トレーニングしたり鍛えればそれなりに強くなれる。でも精神面って、そう簡単じゃない。鍛えようが無い。そもそも強さなんて人それぞれで基準が違う。悩みの重さも違う。感じている苦しみも違う。奈々美ちゃんが抱えているトラウマがどれだけ大きいものなのかも、奈々美ちゃんが思い出してみないとわからないでしょう?」


難しい話に頷きつつも、湯気が立ち上る湯呑みを口元に傾ける。


「解離性健忘ってね、事故だけじゃなくて、心に大きな傷を持ってしまっていてそれが強いストレスになって起こってしまうこともあるの」

「はい。私も心因性じゃないかって言われてます。だから思い出した時、もしつらくて忘れたかった記憶なら私が耐えられないかもって、東海林先生も言ってました」


確かにきっかけは事故による怪我だったのだろう。それによって私は記憶を失ってしまったけれど、少しずつ思い出していく中で、事故はただのきっかけに過ぎなくて。もっと根本的なところで、私は何かトラウマを抱えているような気がする。

それがきっとあのおばさんに関係することで。

私はそれを思い出した時に、落ち着いて受け止められる気がしなかった。


「そう。人によっては何度もフラッシュバックしてしまうこともある。記憶が戻ったとしても、その後にPTSDっていう別の病気になってしまう人もいる。それは精神的に強いとか弱いとか、そんな問題じゃなくて。どんなに強い人だって傷付くことはある。だから、そのトラウマがどれだけその人の心を苦しめているのかだと思うの。……だから、あなたが今悩んでいることは、あまり意味が無いことなのよ」

「……そっか……」


私のトラウマ次第、ということか。


「むしろ、大切なのは患者自身じゃなくて周りの人の支えや環境。トラウマの元から解放されたらスッと記憶を取り戻す人もいるらしいから。今度の引っ越しで何か思い出すといいわね」


中原さんはそのまま予定の時間をオーバーする勢いで私の相談に乗ってくれた。


「もし、今後何かの拍子で記憶を取り戻した時にはね?まずは周りに甘えること。親でも友達でも。信頼できる人に思い切り甘えて、頼るの。いい?」


龍之介くんも、誰かに甘えろって言ってたなあ。

そう思って


「はい」


と頷く。


「感情を押し殺そうとしてはダメよ。つらかったら誰かの胸に縋ってもいい。苦しかったらその場から逃げてもいい。悲しかったら思い切り泣いてもいい。しっかりと向き合って、受け入れるの。それが、過去を乗り越えるということ。あなたが強くなる方法よ」


カウンセリングが終わった後、美優ちゃんの病室に行くと検査中だったらしく誰もいなかった。ここで戻ってくるのを待ってようかとも思ったものの、お母さんも心配しているだろうから、会わずに帰ることに。

病室を出て、一応立花さんに挨拶しようかとナースステーションを見に行く。

しかし立花さんもいなくて、他の看護師さんに聞いてみると今日は夜勤だからまだ出勤していないと言われた。それなら仕方がない。

龍之介くんは今日は用事があるらしくそれが終わり次第行くと言っていた。待っててもいいけど、気を遣わせてしまうかもしれない。

そのまま病院を出ようかと思ったものの、久しぶりに中庭に行ってみようか、と一人でエレベーターに乗った。
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