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第三章
新生活(1)
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それから、一ヶ月後。
「奈々美ちゃん、退院おめでとう」
「立花さん。たくさん助けてもらってありがとうございました」
「寂しくなるけど、嬉しい別れだから泣かないわよ。それにこれからも通院で会うだろうし」
「うん。私も泣かない」
秋の訪れを感じる十月の今日、私は無事に退院の日を迎えた。
結局あの後も中庭に何度も通ったものの、記憶は戻らずじまい。
そのもやもやは消えないけれど、記憶がないだけで生活には困ることがないため、歩けるようなった私はこれ以上入院しているわけにもいかなく退院する運びとなった。
お母さんもこの一ヶ月の間に日本に帰ってきており、昨日まで毎日のようにお見舞いに来てくれた。
今日の退院も、お母さんが付き添いで全部手続きを終わらせてくれて迎えにまで来てくれたのだ。
怪我もすっかり良くなり、あとは通院しながら定期的にリハビリに通うことで今まで通りの生活に少しずつ戻していこうとの東海林先生の判断だ。
「桐ヶ谷さんいいかい?無理して全てを思い出そうとしないこと。約束してね」
「はい」
「奈々美ちゃん……寂しくなるけど、私ももう少しで退院できそうだから頑張るね!」
「うん。私もリハビリに来るし、美優ちゃんに会いに来るね」
東海林先生や立花さん、それから美優ちゃんにも見送られながら私は無事に病院の外に出た。
「……奈々美、どうかした?」
「ううん。ただちょっと、ずっと病院にいたから、初めて外に出る感覚で不安で……。これから私はどうなるのか想像できなくて」
無意識に握っていた手を取ったお母さんは、
「大丈夫よ。お母さんが一緒なんだから。それにお家に帰るだけ。何も不安がることないわ」
と励ましてくれる。
「うん……」
優しい笑顔に頷くものの、不安は少しも小さくならなかった。
何故だろう。病院から出発してタクシーに乗った私たちは、元々住んでいた家に戻るのだが。
近付いて行くたびに、なんだか心拍数が上がって行く気がする。
それは、緊張やワクワク感なんてものではなくて。
どうしてか、じわじわとやってくる恐怖のようなもの。例えるなら、そう。ホラーが苦手な人がお化け屋敷の入り口にだんだん近付いて行くような、そんな感覚。
「奈々美、本当に大丈夫?具合悪い?」
「……大丈夫。ちょっとそわそわしてるだけ」
「……でも顔色が良くないわ。家に着いたら温かいココアを淹れてあげる。それ飲んで、今日はゆっくり寝ようか」
「ありがとう……」
力無く頷いた私に、お母さんはこれからのことを話し始める。
その表情は嬉しそうでありながらも、どこか切なさを感じているような。何かを考えているような。
聞きながら頷いているうちに、タクシーは住宅街に入った。
「奈々美ちゃん、退院おめでとう」
「立花さん。たくさん助けてもらってありがとうございました」
「寂しくなるけど、嬉しい別れだから泣かないわよ。それにこれからも通院で会うだろうし」
「うん。私も泣かない」
秋の訪れを感じる十月の今日、私は無事に退院の日を迎えた。
結局あの後も中庭に何度も通ったものの、記憶は戻らずじまい。
そのもやもやは消えないけれど、記憶がないだけで生活には困ることがないため、歩けるようなった私はこれ以上入院しているわけにもいかなく退院する運びとなった。
お母さんもこの一ヶ月の間に日本に帰ってきており、昨日まで毎日のようにお見舞いに来てくれた。
今日の退院も、お母さんが付き添いで全部手続きを終わらせてくれて迎えにまで来てくれたのだ。
怪我もすっかり良くなり、あとは通院しながら定期的にリハビリに通うことで今まで通りの生活に少しずつ戻していこうとの東海林先生の判断だ。
「桐ヶ谷さんいいかい?無理して全てを思い出そうとしないこと。約束してね」
「はい」
「奈々美ちゃん……寂しくなるけど、私ももう少しで退院できそうだから頑張るね!」
「うん。私もリハビリに来るし、美優ちゃんに会いに来るね」
東海林先生や立花さん、それから美優ちゃんにも見送られながら私は無事に病院の外に出た。
「……奈々美、どうかした?」
「ううん。ただちょっと、ずっと病院にいたから、初めて外に出る感覚で不安で……。これから私はどうなるのか想像できなくて」
無意識に握っていた手を取ったお母さんは、
「大丈夫よ。お母さんが一緒なんだから。それにお家に帰るだけ。何も不安がることないわ」
と励ましてくれる。
「うん……」
優しい笑顔に頷くものの、不安は少しも小さくならなかった。
何故だろう。病院から出発してタクシーに乗った私たちは、元々住んでいた家に戻るのだが。
近付いて行くたびに、なんだか心拍数が上がって行く気がする。
それは、緊張やワクワク感なんてものではなくて。
どうしてか、じわじわとやってくる恐怖のようなもの。例えるなら、そう。ホラーが苦手な人がお化け屋敷の入り口にだんだん近付いて行くような、そんな感覚。
「奈々美、本当に大丈夫?具合悪い?」
「……大丈夫。ちょっとそわそわしてるだけ」
「……でも顔色が良くないわ。家に着いたら温かいココアを淹れてあげる。それ飲んで、今日はゆっくり寝ようか」
「ありがとう……」
力無く頷いた私に、お母さんはこれからのことを話し始める。
その表情は嬉しそうでありながらも、どこか切なさを感じているような。何かを考えているような。
聞きながら頷いているうちに、タクシーは住宅街に入った。
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