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第三章
再会(1)
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一ヶ月の月日が経過した、とある日。
私はリハビリの効果か、もう自分の足で歩くことができるようになっていた。
とは言えまだ病室の中を行き来することしかできないけれど。
それでも自分の足で歩くことができるのが、すごく嬉しい。
美優ちゃんも少しずつ回復に向かっており、今では志望校を目指して必死にリハビリと勉強に打ち込んでいる。
龍之介くんは夏休みが終わったためまた学校が始まり、お見舞いに来る回数は減ったものの必ず週に一回は美優ちゃんに会いに来ている。
残暑がまだまだ寝苦しい今日この頃、私のノートは二冊目に突入していた。
夢で昔の記憶の断片を思い出すことが多くなり、毎朝起きるとすぐにノートに夢の内容を書くことが日課になっていた。
ある時は同級生の噂話、ある時は学校行事の一コマ。ある時は高校の合格発表に一人で向かっている夢も見た。
一番印象に残っているのは、両親らしき二人と共に誕生日ケーキのろうそくの火を消しているところ。
ハッピーバースデーを歌ってもらい、ご機嫌で息を吹いたらひとつだけ火が残ってしまい。それを笑ってもう一度吹き消すと、二人から"おめでとう"と言ってもらった夢だ。
夢の中のことなのに、嬉しくて、幸せで。それと同時に泣きそうなくらいに苦しくて。
朝起きたら涙の跡がくっきり顔についていた。
そんな今日は、ついにお母さんが私のお見舞いにくる日だ。
立花さんに言われた時は驚きの方が大きかったけど、当日を迎えて朝からずっとそわそわしている私がいた。
今日ということしか知らなくて、何時に来るのかはよくわからない。
いつも通りリハビリをこなして部屋に戻る。
ドアをノックする音が聞こえて、立花さんが私を呼んだのはそんな時だ。
美優ちゃんに断りを入れて病室を出て、立花さんと一緒にデイルームへ向かう。
柔らかな光が差し込むデイルームの奥のテーブル席で、一人の女性が座っていた。
茶髪のショートカットが上品にさえ感じる後ろ姿にどこか懐かしさを覚えながらも
「奈々美ちゃん」
立花さんに促され、一つ頷いてその女性の元へ向かった。
「……あ、の」
「……奈々美!」
パッと振り向いたその女性の顔を見て、私は目を大きく見開いた。
しかしすぐにその女性が立ち上がって私にぎゅっと抱きついてきたため、条件反射でそれを受け止める。
「奈々美、ごめんね。今まで一人にして、本当にごめんね……」
私の肩口に顔を埋めて涙を流す女性。
先ほど見たその顔は、私が夢で見たあの女性と同じものだった。
……じゃあ、やっぱりこの人がお母さん。そして、あの夢は私の幼い頃の、記憶。
その瞬間、再び強い頭痛がした。
「っ……」
"お母さん。わたし───"
何かを思い出せそうなのに。
「奈々美!?どうしたの!?」
"奈々美、いつも通り───"
"だからお母さん、わたしは"
いつもと違って、砂嵐のようなザーッとした音が記憶を思い出すのを阻むように頭の中を掻き乱す。
"また来週───"
"嫌だよ、───"
"そんなこと言わないで"
会話がよく聞こえない。
「奈々美!頭が痛いの!?看護師さん!奈々美が!」
"奈々美!"
"奈々美"
頭の中に響く、私を呼ぶ様々な声。
それが酷く耳に残る。
「奈々美ちゃん。一度座って深呼吸しようか」
隣から穏やかな立花さんの声が聞こえて、少し安心したら息を止めていたことに気がついた。息が吸えるようになり、いくらか頭痛がマシになる。
それでもまだ痛む頭。ぎゅっと目を閉じると、ぐるっと大きく場面を転換したように飛び込んでくる記憶の断片。夢よりも鮮明なそれは、必死で私に何かを思い出させようとしていた。
"奈々美はいい子ね"
"いっぱい食べて大きくなるのよ"
"ほら、早く寝ないと大きくなれないわよ?"
よく子どもに言い聞かせるような言葉がいくつも頭の中に流れてくる。
そのどれもが優しい声で、心の奥が温かくなるようなもの。
"おかあさん、だーいすき!"
"おかあさん、ずっといっしょにいてね!"
幼い私が擦り寄るようにそう言って指切りを求めて。
"ふふっ、可愛いわね。もちろんよ"
優しく微笑みながら小指を絡めてきた、今より若いお母さん。
"奈々美、お父さんのことは?"
"んー……、おとうさんはおしごとばっかりだから、ちょっとすきだけどきらーい"
"えぇ!?"
私の言葉にショックを隠しきれずに落ち込むお父さん。
"ふふっ、あなた、日本にいる間にたくさん遊んであげて?"
"うんっ、あそんであそんでっ!"
"……そうだな。よし、奈々美、お父さんと何して遊ぶ?どこか行きたいところはあるか?"
"うー……ん"
"あ、わかった奈々美、遊園地に行こうか!"
"ゆうえんち!?ほんとう!?やったああ!"
そんな、微笑ましい親子の触れ合いが幾度も頭の中に映像と共に流れてきて。
パズルのピースがひとつずつハマっていくような、そんな不思議な感覚がした。
お母さんとの対面は私の体力が持たないという理由で、今日は一旦やめることにした。また明日来てもらうことにして、私は病室でカーテンを閉め切って眠る。
途中、龍之介くんが来ていたのは知っていたけれど、正直それどころじゃなくて。
お母さんの、傷ついたような表情が忘れられない。
「……奈々美、いつでも話聞いてやるからな」
カーテン越しにかけられたそんな言葉。
今はその優しすぎる言葉が、苦しいくらいに胸に沁みていく。
「……ありがと」
布団の中で小さく呟いたか細い声が龍之介くんまで届いたかはわからないけれど。
枕を濡らさないように目からこぼれ落ちる涙を拭うのが限界だった。
私はリハビリの効果か、もう自分の足で歩くことができるようになっていた。
とは言えまだ病室の中を行き来することしかできないけれど。
それでも自分の足で歩くことができるのが、すごく嬉しい。
美優ちゃんも少しずつ回復に向かっており、今では志望校を目指して必死にリハビリと勉強に打ち込んでいる。
龍之介くんは夏休みが終わったためまた学校が始まり、お見舞いに来る回数は減ったものの必ず週に一回は美優ちゃんに会いに来ている。
残暑がまだまだ寝苦しい今日この頃、私のノートは二冊目に突入していた。
夢で昔の記憶の断片を思い出すことが多くなり、毎朝起きるとすぐにノートに夢の内容を書くことが日課になっていた。
ある時は同級生の噂話、ある時は学校行事の一コマ。ある時は高校の合格発表に一人で向かっている夢も見た。
一番印象に残っているのは、両親らしき二人と共に誕生日ケーキのろうそくの火を消しているところ。
ハッピーバースデーを歌ってもらい、ご機嫌で息を吹いたらひとつだけ火が残ってしまい。それを笑ってもう一度吹き消すと、二人から"おめでとう"と言ってもらった夢だ。
夢の中のことなのに、嬉しくて、幸せで。それと同時に泣きそうなくらいに苦しくて。
朝起きたら涙の跡がくっきり顔についていた。
そんな今日は、ついにお母さんが私のお見舞いにくる日だ。
立花さんに言われた時は驚きの方が大きかったけど、当日を迎えて朝からずっとそわそわしている私がいた。
今日ということしか知らなくて、何時に来るのかはよくわからない。
いつも通りリハビリをこなして部屋に戻る。
ドアをノックする音が聞こえて、立花さんが私を呼んだのはそんな時だ。
美優ちゃんに断りを入れて病室を出て、立花さんと一緒にデイルームへ向かう。
柔らかな光が差し込むデイルームの奥のテーブル席で、一人の女性が座っていた。
茶髪のショートカットが上品にさえ感じる後ろ姿にどこか懐かしさを覚えながらも
「奈々美ちゃん」
立花さんに促され、一つ頷いてその女性の元へ向かった。
「……あ、の」
「……奈々美!」
パッと振り向いたその女性の顔を見て、私は目を大きく見開いた。
しかしすぐにその女性が立ち上がって私にぎゅっと抱きついてきたため、条件反射でそれを受け止める。
「奈々美、ごめんね。今まで一人にして、本当にごめんね……」
私の肩口に顔を埋めて涙を流す女性。
先ほど見たその顔は、私が夢で見たあの女性と同じものだった。
……じゃあ、やっぱりこの人がお母さん。そして、あの夢は私の幼い頃の、記憶。
その瞬間、再び強い頭痛がした。
「っ……」
"お母さん。わたし───"
何かを思い出せそうなのに。
「奈々美!?どうしたの!?」
"奈々美、いつも通り───"
"だからお母さん、わたしは"
いつもと違って、砂嵐のようなザーッとした音が記憶を思い出すのを阻むように頭の中を掻き乱す。
"また来週───"
"嫌だよ、───"
"そんなこと言わないで"
会話がよく聞こえない。
「奈々美!頭が痛いの!?看護師さん!奈々美が!」
"奈々美!"
"奈々美"
頭の中に響く、私を呼ぶ様々な声。
それが酷く耳に残る。
「奈々美ちゃん。一度座って深呼吸しようか」
隣から穏やかな立花さんの声が聞こえて、少し安心したら息を止めていたことに気がついた。息が吸えるようになり、いくらか頭痛がマシになる。
それでもまだ痛む頭。ぎゅっと目を閉じると、ぐるっと大きく場面を転換したように飛び込んでくる記憶の断片。夢よりも鮮明なそれは、必死で私に何かを思い出させようとしていた。
"奈々美はいい子ね"
"いっぱい食べて大きくなるのよ"
"ほら、早く寝ないと大きくなれないわよ?"
よく子どもに言い聞かせるような言葉がいくつも頭の中に流れてくる。
そのどれもが優しい声で、心の奥が温かくなるようなもの。
"おかあさん、だーいすき!"
"おかあさん、ずっといっしょにいてね!"
幼い私が擦り寄るようにそう言って指切りを求めて。
"ふふっ、可愛いわね。もちろんよ"
優しく微笑みながら小指を絡めてきた、今より若いお母さん。
"奈々美、お父さんのことは?"
"んー……、おとうさんはおしごとばっかりだから、ちょっとすきだけどきらーい"
"えぇ!?"
私の言葉にショックを隠しきれずに落ち込むお父さん。
"ふふっ、あなた、日本にいる間にたくさん遊んであげて?"
"うんっ、あそんであそんでっ!"
"……そうだな。よし、奈々美、お父さんと何して遊ぶ?どこか行きたいところはあるか?"
"うー……ん"
"あ、わかった奈々美、遊園地に行こうか!"
"ゆうえんち!?ほんとう!?やったああ!"
そんな、微笑ましい親子の触れ合いが幾度も頭の中に映像と共に流れてきて。
パズルのピースがひとつずつハマっていくような、そんな不思議な感覚がした。
お母さんとの対面は私の体力が持たないという理由で、今日は一旦やめることにした。また明日来てもらうことにして、私は病室でカーテンを閉め切って眠る。
途中、龍之介くんが来ていたのは知っていたけれど、正直それどころじゃなくて。
お母さんの、傷ついたような表情が忘れられない。
「……奈々美、いつでも話聞いてやるからな」
カーテン越しにかけられたそんな言葉。
今はその優しすぎる言葉が、苦しいくらいに胸に沁みていく。
「……ありがと」
布団の中で小さく呟いたか細い声が龍之介くんまで届いたかはわからないけれど。
枕を濡らさないように目からこぼれ落ちる涙を拭うのが限界だった。
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