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第二章

勉強(1)

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「あれ?奈々美ちゃん、どうしたの?なんかあった?」


美優ちゃんがリハビリから戻ってくる前、私たちは自然と身体を離していた。

その頃には私の涙も落ち着いていて、龍之介くんが濡らしたハンカチを渡してくれて、それを目に当てていた。

ネイビーのハンカチは、どうやら龍之介くんのものらしい。

あんまりそういうものを持ち歩くタイプには見えなかったから、ちょっと意外だった。


「目がかゆかったみたいで擦って真っ赤になってたから冷やせってハンカチ貸してんの」


龍之介くんの頭の回転が本当に速い。

私が答える前にそれとなく話題を逸らしてくれる。


「あー、わかる!私もちょっと擦っただけで真っ赤になるよー。お兄ちゃんその度にハンカチ貸してくれるもんね」

「お前が持ち歩かないからだろ?」

「だって朝持つの忘れちゃうんだもん」

「……お前、学校のトイレでどうやって手拭いてんだよ」

「え?なにー?聞こえなーい」

「……はぁ」


わざとらしい美優ちゃんに、龍之介くんは大きくため息を吐く。

それを見て、美優ちゃんは面白そうに笑っていた。


「そういえば美優、これ。頼まれてたやつ」

「あ、ありがとう」

「受験すんのは勝手だけど、うち結構偏差値高いからな?ちゃんと勉強しないと受からねぇよ?」

「わかってるよ。でもどうしてもここの陸上部に入りたいんだもん。大会出れなかったからもう推薦も無理だろうし。勉強頑張るしかないから」


龍之介くんから渡された冊子を、美優ちゃはパラパラと捲る。どうやら龍之介くんが通っている高校のパンフレットらしい。

部活動紹介のページなのだろうか、「いいよねぇ……」と食い入るように見つめる姿に思わず微笑む。

龍之介くんはそんな姿を呆れたように腕を組んで見つめていた。


「どうせ時間あるんだから入院してる間に少し勉強すればいいんじゃないか?明日教科書持ってきてやろうか」

「本当!?ありがとお兄ちゃん。ついでに勉強のお供にキャンディとチョコレートもお願い!」


キラキラした目を向けた美優ちゃんに、龍之介くんは「はぁ?」と眉間に皺を寄せた。


「……それは却下。参考書とワークとルーズリーフなら持ってきてやる」

「……ケチ」

「馬鹿かお前は。そんなんじゃ落ちるぞ。ちゃんと勉強しろ」

「はーい」


美優ちゃんは不貞腐れたような声を出したけれど、その後も楽しそうにしばらくパンフレットを見つめていて。


「そうだ!奈々美ちゃんって勉強できる!?私に勉強教えてよ!お兄ちゃんじゃすぐキレるから嫌だし」

「おいコラ、どういう意味だ」

「そういうところだよ!お兄ちゃんに勉強教わったらすぐ喧嘩になるんだもん」

「お前の理解力が悪いからだろ?」

「お兄ちゃんの教え方が下手なんですー」

「じゃあ自分でやれ」

「それができないから奈々美ちゃんにお願いしてるのー!」


二人の言い合いを聞きながら、そういえば私は勉強はどの程度できるのだろうかと疑問に思う。

まぁでも、一応高校生なわけだし。

中学生の勉強くらい、見られるんじゃないだろうか。

ちらりと見ると、龍之介くんが困ったような顔で「引き受けなくていいから」と首を振る。

しかし美優ちゃんは「奈々美ちゃん!お願い!」と頭を下げてくる。


「……私、そんなに勉強得意な方じゃないと思うんだけど……」

「うん!わかるところだけでいいから!」

「……」


そこまで懇願されてしまうと、なかなか断りにくくて。


「……まぁ、私にわかる範囲なら」


条件付きとはいえ、了承してしまった。


「やった!ありがとう!お兄ちゃん、ちゃんと明日持ってきてね!?」

「……わかったよ。でも、奈々美ばっかり頼るなよ。自分でできなきゃ意味ねぇんだから」

「わかってるって!」


美優ちゃんはやる気満々だし、まぁ、どうにかなるだろう。

記憶は無いけれど、勉強面にはあまり関係が無いって確か立花さんが前に言っていた。

担任だという広瀬先生に頼んで、私も自分の勉強をした方がいいかもしれない。

入院前がどうだったかはわからないけれど、このままじゃ出席日数も危ういだろうし。

その日のうちに院内にある公衆電話で、以前聞いていた広瀬先生の番号に電話して事情を説明。

近日中に持ってきてくれることになった。
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