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第一章

記憶の片鱗(3)

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「……ん」

「……奈々美?……おい、奈々美!」

「え、奈々美ちゃん!?お兄ちゃん、ナースコール押すよ!」

「あ、あぁ、頼む」


霞む視界の中で、美優ちゃんと龍之介くんの声がした。


「奈々美!聞こえるか?」


肩を軽く揺すられて、段々と視界がはっきりしてくる。

照明の明るさが眩しい。


「……りゅ……うのすけ、くん?」


その大きい手の持ち主を認識して名前を呼ぶと、


「はぁー……。良かった」


と心底安心したように膝をついて、私の肩の近くに顔を突っ伏した。


「えっと……どうしたの……?」


状況が飲み込めない私は、龍之介くんの様子を見て眉を顰めることしかできない。


「奈々美ちゃん!目が覚めて良かった!」

「美優ちゃん……?」


声のする方に首を向けると、泣きそうな顔で笑っている美優ちゃんがベッドにいた。


「あれ、私……いったい……?」


なんで寝てたんだっけ。そう思っているうちに、病室のドアが開く。


「奈々美ちゃん!」


立花さんと、その後ろから東海林先生も走って部屋に入ってきた。

まだボーッとした頭では、何が起こっているのかよく理解できない。


「桐ヶ谷さん、体調はどうかな?」

「体調……ちょっと頭痛がするかも」


聞かれるがままに答えた。


「そうか。他には無いかい?」

「他は……大丈夫です」


東海林先生は聴診器で診察を始める。

そのヒヤッとした冷たさに、また少し頭痛がして眉間に皺を寄せた。


「奈々美ちゃん、あなたさっき中庭で倒れたの。覚えてる?」


立花さんの言葉に、うっすらと頭の中に花壇が浮かぶ。


「中庭……?あ、そうだ。龍之介くんと一緒にいて……」


それで、フェンス越しに景色を見ようとして、急に風が吹いて────


ズキッ、と。また頭が痛む。

けれど、まだ我慢できる痛みだった。


「落ち着いたら、少し話をしよう」

「……はい」


東海林先生に返事をする。


「今日はもう休みなさい」


どうやら時刻は既に夜らしい。穏やかに笑った先生に頷くと、東海林先生と立花さんはそのまま病室を出て行った。


「奈々美。大丈夫か……?って、なわけないよな。ごめん」

「ううん。ごめんね。見苦しいところ見せちゃった。心配かけてごめん。立花さんとか呼んでくれたんだよね?ありがとう」

「気にすんなよ」


どうしてあんなことになったのか、龍之介くんだって知りたいはずなのに。

彼は何も言わず、何も聞かず。


「……じゃあ奈々美の意識も戻ったし。美優、俺も帰るわ。奈々美、ゆっくり休めよ」


そう言って立ち上がって私のベッドのカーテンを閉める。


「うん。ありがとう」


顔が見えなくなる直前にもう一度お礼を言うと、ぎこちなく笑った。


「美優、奈々美に何かあったらすぐナースコール呼んでやれ」

「もちろん。じゃあねお兄ちゃん」


カーテン越しに聞こえる声に感謝しながら、私はもう一度眠りについた。

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