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第一章
記憶の片鱗(1)
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それから一週間が経過したある日。
「風が気持ちいいね」
「そうだな。もうすぐ夏だし。今年も暑くなりそうだな」
「うん」
私は夏休みに入ったと言う龍之介くんに車椅子を押してもらって、朝から中庭に散歩に出ていた。
病院の十階の一番奥にある、大きな扉。
その向こうには患者が自由に出入りできる中庭があり、中央には大きな花壇。そこには色とりどりの花が咲いていた。
ベンチが数個設置され、患者と見舞客の憩いの場としても利用されているらしい。
フェンス越しに見える景色は住宅街のよう。天気の良さもあり、見晴らしが良くてとても綺麗だ。
すでにたくさんの患者さんたちが談笑しているのを横目に、私たちは日陰になっているベンチに向かい、その隣に車椅子を止めてもらう。龍之介くんが横にあるベンチに腰掛けた。
「こんな綺麗な場所が病院の中にあるなんて知らなかった」
「俺もつい最近知ったんだよ。土日は結構混んでるっぽい」
「土日はお見舞いの人多いもんね」
私はほとんど病室から出ていなかったためこの中庭の存在自体を知らなかった。
ついさっきまで病室で美優ちゃんと龍之介くんの三人で喋っていたのだが、美優ちゃんの学校の友達が訪ねてきたので龍之介くんが連れ出してくれたのだ。
会釈した時の一瞬しか見ていないけれど、とても爽やかなスポーツマン風の男の子だったことを覚えている。
「さっきの子、男の子一人でお見舞いに来るなんて珍しいね」
ふと思ったことを聞くと、龍之介くんは首を傾げた後に「あぁ……」と頷く。
「アイツ、美優の好きな奴」
「え!?そうなの!?」
なんてことないように言っているけれど、私にとっては衝撃的な発言だ。
「翼っていうんだけど、保育園の頃からの知り合いで、小学校の頃からミニバスやってて今もバスケ部。あの二人昔から両想いなのにアイツらだけ気付いてないから全く進展ないんだよ。見てるこっちがモヤモヤする」
呆れたような顔に思わず笑う。
「ふふっ、だから私のこと連れ出して、二人きりにさせてあげたんだね」
「……そんなんじゃねーし。美優と翼がデレデレしてるとこなんてキモくて見てらんねーし。目の前でイチャつかれたらたまったもんじゃねーし。……何笑ってんだよ。奈々美だってあそこに取り残されるの嫌だろ」
「ははっ!まぁ確かにそういうことならちょっと気まずいかも。でも龍之介くんって、口悪いけど結構優しいよね」
「口悪いは余計だ。それに俺は人見知りなだけでいつでも優しい」
「ふふ、それ自分で言う?」
得意気な声に、少しからかいたくなった。
「それに龍之介くんって美優ちゃんのことも大好きだよね」
「なっ……うるせっ」
否定することなく照れたようにそっぽを向いてしまった龍之介くんに、堪えきれなくて吹き出してしまう。
龍之介くんは毎日漫画や本を持ってきているから一人で病室を出てどこかで時間を潰すこともできたのに。わざわざ私を車椅子に乗せるのを手伝ってまで散歩と称して連れ出してくれた。
美優ちゃんの恋を応援しているのだろう。
きっと、龍之介くんのこういう優しさを知っているから、美優ちゃんもあんなにお兄ちゃんに懐いているんだ。
「大丈夫か?風強いけど寒くない?」
「うん。大丈夫」
さりげなくそうやって気にかけてくれる辺りも、優しい。
特に会話もないまま、ボーッと風を浴びつつ周りの患者さんたちを眺める。
小児科病棟の子どもたちだろうか、病衣を身に纏っている数人の小さな姿に、胸が痛む。
あんな小さいうちから入院している子もいるんだ。
他にも車椅子から降りられない子どももいる。その母親だろうか、隣で花壇の鮮やかなお花を指差しながら一緒に見ている背中もある。笑い声は聞こえてくるのに、その背中が泣いているように見えた。
その近くでボール遊びをしている子をぼんやりと見ていると、急にそのボールが花壇に跳ねてこちらに飛んできた。
その軌道は私の身体に向かっていて。
あ、避けられない。
そう思って目をぎゅっと閉じる。
「……っと……、大丈夫か?」
乾いた音はしたものの、痛みは無くて。
そっと目を開くと、龍之介くんがボールを持ちながら心配そうに顔を覗き込んでいた。
「あ……うん。ありがと」
どうやら龍之介くんが受け止めてくれたらしい。
「ったく。気を付けろよ」
慌ててボールを取りに来た男の子が、
「ごめんなさい。お姉ちゃんも、ごめんなさい」
としょぼんとして頭を下げてきた。
「うん、大丈夫。もう飛ばさないようにね」
「はぁい」
素直な子に手を振って、
「龍之介くん、ありがとう」
ともう一度お礼を言う。
「お前も危なっかしいからな。気を付けろよ?」
なんて、耳を赤くして言われても。
「はーい」
さっきの男の子を真似てみると、照れ隠しなのか頰に軽くデコピンされた。
「風が気持ちいいね」
「そうだな。もうすぐ夏だし。今年も暑くなりそうだな」
「うん」
私は夏休みに入ったと言う龍之介くんに車椅子を押してもらって、朝から中庭に散歩に出ていた。
病院の十階の一番奥にある、大きな扉。
その向こうには患者が自由に出入りできる中庭があり、中央には大きな花壇。そこには色とりどりの花が咲いていた。
ベンチが数個設置され、患者と見舞客の憩いの場としても利用されているらしい。
フェンス越しに見える景色は住宅街のよう。天気の良さもあり、見晴らしが良くてとても綺麗だ。
すでにたくさんの患者さんたちが談笑しているのを横目に、私たちは日陰になっているベンチに向かい、その隣に車椅子を止めてもらう。龍之介くんが横にあるベンチに腰掛けた。
「こんな綺麗な場所が病院の中にあるなんて知らなかった」
「俺もつい最近知ったんだよ。土日は結構混んでるっぽい」
「土日はお見舞いの人多いもんね」
私はほとんど病室から出ていなかったためこの中庭の存在自体を知らなかった。
ついさっきまで病室で美優ちゃんと龍之介くんの三人で喋っていたのだが、美優ちゃんの学校の友達が訪ねてきたので龍之介くんが連れ出してくれたのだ。
会釈した時の一瞬しか見ていないけれど、とても爽やかなスポーツマン風の男の子だったことを覚えている。
「さっきの子、男の子一人でお見舞いに来るなんて珍しいね」
ふと思ったことを聞くと、龍之介くんは首を傾げた後に「あぁ……」と頷く。
「アイツ、美優の好きな奴」
「え!?そうなの!?」
なんてことないように言っているけれど、私にとっては衝撃的な発言だ。
「翼っていうんだけど、保育園の頃からの知り合いで、小学校の頃からミニバスやってて今もバスケ部。あの二人昔から両想いなのにアイツらだけ気付いてないから全く進展ないんだよ。見てるこっちがモヤモヤする」
呆れたような顔に思わず笑う。
「ふふっ、だから私のこと連れ出して、二人きりにさせてあげたんだね」
「……そんなんじゃねーし。美優と翼がデレデレしてるとこなんてキモくて見てらんねーし。目の前でイチャつかれたらたまったもんじゃねーし。……何笑ってんだよ。奈々美だってあそこに取り残されるの嫌だろ」
「ははっ!まぁ確かにそういうことならちょっと気まずいかも。でも龍之介くんって、口悪いけど結構優しいよね」
「口悪いは余計だ。それに俺は人見知りなだけでいつでも優しい」
「ふふ、それ自分で言う?」
得意気な声に、少しからかいたくなった。
「それに龍之介くんって美優ちゃんのことも大好きだよね」
「なっ……うるせっ」
否定することなく照れたようにそっぽを向いてしまった龍之介くんに、堪えきれなくて吹き出してしまう。
龍之介くんは毎日漫画や本を持ってきているから一人で病室を出てどこかで時間を潰すこともできたのに。わざわざ私を車椅子に乗せるのを手伝ってまで散歩と称して連れ出してくれた。
美優ちゃんの恋を応援しているのだろう。
きっと、龍之介くんのこういう優しさを知っているから、美優ちゃんもあんなにお兄ちゃんに懐いているんだ。
「大丈夫か?風強いけど寒くない?」
「うん。大丈夫」
さりげなくそうやって気にかけてくれる辺りも、優しい。
特に会話もないまま、ボーッと風を浴びつつ周りの患者さんたちを眺める。
小児科病棟の子どもたちだろうか、病衣を身に纏っている数人の小さな姿に、胸が痛む。
あんな小さいうちから入院している子もいるんだ。
他にも車椅子から降りられない子どももいる。その母親だろうか、隣で花壇の鮮やかなお花を指差しながら一緒に見ている背中もある。笑い声は聞こえてくるのに、その背中が泣いているように見えた。
その近くでボール遊びをしている子をぼんやりと見ていると、急にそのボールが花壇に跳ねてこちらに飛んできた。
その軌道は私の身体に向かっていて。
あ、避けられない。
そう思って目をぎゅっと閉じる。
「……っと……、大丈夫か?」
乾いた音はしたものの、痛みは無くて。
そっと目を開くと、龍之介くんがボールを持ちながら心配そうに顔を覗き込んでいた。
「あ……うん。ありがと」
どうやら龍之介くんが受け止めてくれたらしい。
「ったく。気を付けろよ」
慌ててボールを取りに来た男の子が、
「ごめんなさい。お姉ちゃんも、ごめんなさい」
としょぼんとして頭を下げてきた。
「うん、大丈夫。もう飛ばさないようにね」
「はぁい」
素直な子に手を振って、
「龍之介くん、ありがとう」
ともう一度お礼を言う。
「お前も危なっかしいからな。気を付けろよ?」
なんて、耳を赤くして言われても。
「はーい」
さっきの男の子を真似てみると、照れ隠しなのか頰に軽くデコピンされた。
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