上 下
9 / 55
第一章

新たな出会い(2)

しおりを挟む
────数日後。

この病院で目が覚めた日から、一ヶ月ほどが経過したある日。

私は目に見えて緊張していた。


「はじめまして。乙坂 美優オトサカ ミユウです」

「初めまして。……桐ヶ谷 奈々美です」


思っていたよりもスムーズに自分の名前を言えたことに、私自身が一番驚いた。
乙坂 美優ちゃん。新しく私の隣のベッドに移動してきた女の子。

歳は私よりも二つ下。中学三年生だと言う。

小麦色に焼けた肌とショートカットのこれまた少し焼けて焦げ茶色になった髪の毛。ほどよく付いた筋肉は、とても入院するようには見えないくらい健康的。

長い睫毛が目を引く、とても快活で可愛らしい女の子。

しかし、私と同じように足に添え木をつけて吊るされているところを見るに、事故か何かで骨折してしまったのだろう。

頭にも包帯が巻かれ、手足もガーゼや包帯だらけだ。多分、見えていない部分はもっとひどい怪我をしているのだろう。


「個室寂しくて、無理言って大部屋に移動してもらったんです。よろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしくお願いします」

「私の方が年下なんですから、敬語いらないです。美優って呼んでください」

「……それなら私も敬語いらないし、奈々美でいいよ」

「じゃあ、奈々美ちゃんで」

「うん。よろしくね、美優ちゃん」


美優ちゃんは、笑顔がとても可愛らしい明るい子だった。

ぱっちりとした二重から覗く黒目がとても澄んでいて綺麗だ。

話を聞くに、美優ちゃんは近くの中学校で陸上部に所属しているらしく、一週間ちょっと前の練習帰りに交通事故に遭ってしまったらしい。

全身の打撲と手の指と足の骨折。特に足の骨折が少しややこしいらしく、リハビリに時間がかかりそうだと言っていた。


「入院患者の割には日焼けしすぎてて、恥ずかしいんだけどね」

「そんなことないよ。それだけ頑張って練習してたってことだもん」


「へへっ、ありがとう奈々美ちゃん」
美優ちゃんは、大怪我をして入院しているとは思えないほどに明るく笑っていた。

しかし陸上部と言っていた。その笑顔の裏に、きっと計り知れないほどの涙があったのだろう。そう思うと素直に笑顔を返せない。

しばらく二人で探り探り会話をしていると、病室のドアが控えめにノックされた。


「失礼しまー……す、あ、美優」

「お兄ちゃん!」

「ほら、着替え。母さんが持ってけって」

「もぅ、お母さんまたお兄ちゃんに押し付けたの!?やめてって言ったのに」

「母さんは仕事なんだから仕方ねぇだろ。それに別にお前の服やらパンツになんて興味ねぇよ。お前が入院してからは洗濯してんのも干してんのも俺なんだし」

「そういう問題じゃないの!」


入ってきたのはどうやら美優ちゃんのお兄さんらしい。

細くて背の高い男の子。少し長めの黒いマッシュヘアとその奥に見えるのは美優ちゃんと同じぱっちりとした二重。彼も黒目が澄んでいてとても綺麗だ。

面倒臭そうに美優ちゃんに荷物を渡すかっこいい男の子。それが第一印象。

ベッドのカーテンを開けていたから、当たり前のように彼と目が合ってしまった。


「……あ、どうも」


気まずそうに会釈されて、私もそれに「こんにちは」と会釈を返す。


「お兄ちゃん!もうちょっと愛想良くできないの!?」

「っるせぇな。俺は人見知りなんだよ」

「もー……奈々美ちゃん、ごめんね。この人私のお兄ちゃんなの」

「初めまして。桐ヶ谷 奈々美です」

「……初めまして。美優の兄の乙坂  龍之介オトサカ リュウノスケです」


人見知りだと言ったのはどうやら嘘でもなんでもないらしく、戸惑ったように名前を言ったっきり彼は黙ってしまい。


「……じゃあ、俺もう行くから」


と気まずそうに病室を出て行ってしまった。


「あ!ちょっとお兄ちゃん!……もー、ほんとごめんね奈々美ちゃん。うちのお兄ちゃん、人見知りで全然愛想無くて」

「ううん。気にしてないよ」


美優ちゃんは申し訳なさそうに言うけれど、私は本当に全く気にしていなかった。

急に見知らぬ患者と目が合って会話しろなんて言われても、普通戸惑ってしまうだろうし。


「お兄ちゃんね、私の一個上なんだ。だから奈々美ちゃんと私のちょうど間なの」

「そうなんだ。美優ちゃんとお兄さんって、結構そっくりだったね」

「えー、そうかな?小さい頃は確かによく言われてたけど。どの辺が似てる?」

「うーん、目かな。睫毛が長くてぱっちり二重のところ」

「あぁ、それは多分お母さんに似たんだと思う」

「そうなんだ」


そんな他愛無い話をしているとあっという間に食事の時間になり。

これが美味しいとか、これが味が薄いとか、フルーツが出る日は貴重だとかサラダにドレッシングをもっとかけてほしいとか。

お互い食事に対する文句が多かったけれど、笑い合いながら久しぶりに楽しい食事時間を過ごした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いつかまた、キミと笑い合いたいから。

青花美来
ライト文芸
中学三年生の夏。私たちの人生は、一変してしまった。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました

Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。 必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。 ──目を覚まして気付く。 私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰? “私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。 こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。 だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。 彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!? そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

処理中です...