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第一章

新たな出会い(1)

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――それから二週間が経過した。

頬の傷はやはり残ってしまうようだったものの、右手と右足は順調に骨がくっつき始めているようで安心した。このまま問題無く癒合してくれれば、そのうちリハビリなんかも始まるだろう。

ずっと寝たきりだったから早く自分の足で立ちたい。

そんな私は個室から大部屋に移ることになった。

と言っても、あてがわれた四人部屋には私以外誰もおらず、ほぼ個室同然のもの。

一番奥のスペースまでベッドを押してくれた立花さんにお礼を言いながら、新たな部屋の空気を吸った。

しかし部屋が大きくなったことにより、私はむしろ個室の時よりも毎日孤独を感じていた。


「奈々美ちゃん、血圧測るよー」

「はーい。ねぇ、立花さん」

「ん?どうしたの?」

「何でこの部屋、私以外誰もいないの?」

「あぁ、ちょうど他の患者さんの退院と重なってね。ごめんね。せっかくの大部屋なのに誰もいないのも寂しいわよね」

「……別に、そんなこともないけど」


優しい笑顔がこちらを向く。

でも私は"寂しがりや"だと思われるのがなんだか恥ずかしくて、強がって憎まれ口を叩いてしまう。


「ふふっ、あ、でもね?今個室に入ってる奈々美ちゃんと同年代の女の子が、もうすぐ大部屋に移るって話になってるから、多分この部屋になると思うよ」

「そうなの?いつ?」

「うーん、早くて来週かな?」

「そっか……」

「それまでちょっとだけ我慢しててね」

「だから、寂しいわけじゃないからっ……」

「ははっ、うん。そうだね。……ほら、血圧測るから深呼吸して」

「はーい」


立花さんに言われて深呼吸をする。

その間に腕に血圧計を巻かれ、立花さんが空気を入れていく。

腕が締め付けられる感覚。次第に脈が自分でも聞こえてくる。

その圧迫感から解放されて血の巡りが良くなったのを感じて、再び深呼吸をした。


「……よし、頑張りました。血圧も問題ありません。じゃあもうすぐ夕食だからちょっと待っててね」

「うん」

「今日はカレーだって。良い匂いしてるよー?」


立花さんはニヤッと笑って私の頭を撫でてから、病室を出ていく。

カレーが出る日、私が密かに喜んでいるのを知っているようだ。顔に出ていたのだろうか。それもまた恥ずかしい。

立花さんの言う通り、運ばれてきた夕食はカレーライスだった。

病院の食事は薄味ばかりでなかなかおいしいと思えなかったけれど、このカレーライスはたまねぎの甘味がたっぷりでとってもおいしい。

初めてここのカレーライスを食べた時に思った。


"甘口で良かった。辛いの苦手だし"


それは、ここに来る前の私の記憶だろう。

記憶喪失になってから自分のことを思い出したのはそれが初めてだったため、嬉しくてそれからこのカレーライスを食べるのが楽しみになっていた。

どうやら私は右利きらしく、左手で食べるのはなかなか難しいもののどうにか食べ終える。

その後は特にすることもないため、部屋についているテレビを見て時間を潰す。

お笑い番組を見ても、面白いとは思うけれどそこに出ている芸人さんのことは特に知らない。

もしかしたらあまりテレビを見ない生活をしていたのだろうか。ドラマや情報番組を見ても、特に知っている出演者はいなかった。

事故に遭うまでの私は一体どんな生活をしていて、どんな人間だったのだろう。
目を閉じてみると、なんだか闇の向こうにうっすらと見えるような気がするのに、何も思い出せない。

テレビの下にある引き出しから、一冊のノートと鉛筆を出した。

それは担任の教師である広瀬先生という女性に貰ったものだ。

私が記憶喪失だと聞いて、何かできないかと思って用意してくれたそう。

広瀬先生は学校で吹奏楽部の顧問をしているらしく、忙しいながら時間を作っては何度か私に会いに来てくれていた。


"これ、何か思い出したこととか、感じたこととか。不安な気持ちとか嬉しい気持ちとか。良いことも悪いことも、何でも良いから書いてみて。そうしたら、そこから何か思い出すかもしれないでしょう?"


そう言って渡された時に、クラスメイトも私に会いたがっていると教えてくれた。

しかし、私の体調や怪我のこと、記憶喪失のこともあり、急に大勢でお見舞いに来ると私の負担になるから、と落ち着くまではまだ行かないようにと言ってくれているらしい。

広瀬先生以外誰も来てくれないのは寂しい気持ちもあるけれど、自分にも友達がいたことに安堵したのを覚えている。

まだ白紙だったノート。それを開いて、一番最初に"甘口のカレーライスが好き。辛いものは苦手"と書いた。

利き手じゃない左手で書くのはなかなか難しいものの、元々器用だったのか読めはする。


"担任の先生は広瀬晴美先生。私にも友達がいるらしい。安心した"

"スマホが壊れてた。新しいのが欲しい"

"この病室に同年代の女の子が来るみたい。仲良くなれるかな"


と時間をかけながら続けて書くと、ノートをパタンと閉じる。

なんだろう、少し満足感があった。

テレビも消して、消灯時間よりも早いものの寝ようと部屋の電気を消す。

ゆっくりと目を閉じると、すぐに夢の中に落ちていった。

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