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第四章

約束と、優しさと

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数週間後。

願書の波が落ち着いた頃、高校受験の前期の試験が始まり、私も土日に出勤して受験生の受付と案内、付き添いの保護者の方を待合室用に解放した空き教室まで案内したりと朝から忙しく動いた。

毎年筆記用具を忘れてくる学生がいるから、と教頭に言われていたものの、確かに数人が焦ったように筆記用具を借りに受付に戻ってきたことを思い出す。

修斗さんも試験監督をやったりと朝から忙しそうだった。

ようやく前期の日程が終わり、そしてその一週間後。後期の日程も終了した。

先生方は採点に追われ、私と千代田さんは内申点と試験の結果を擦り合わせて合否を決めていく作業に追われる。

と言っても、うちは私立高校だからあまりにも成績が悪くない限りはほとんど落とすことは無いと聞いた。

順位を付けると言ったら聞こえが悪いが、そんな感じだ。

その後は合否の結果送付に追われ、並行して在籍している生徒たちの大学受験の前期日程も始まる。進学率の計算や就職率の計算もネットにアップして、職員室の前にも張り出して。

ようやく千代田さんと落ち着いてお弁当をゆっくり食べられるようになった頃には、すでに三月に突入していた。

高校三年生の卒業式を終えた帰り。

修斗さんは二年生の担任だったため、卒業式を終えて後片付けも終わると帰っていいと言われたらしく、久し振りに一緒に帰ろうと誘ってくれた。

車に乗り込んで、シートベルトを締める。


「今日、俺が飯作るから、泊まってって?」

「え、いいの?」

「うん。明日休みだし。ゆっくりしよ」

「うん。ありがとう。楽しみ」


修斗さんの自宅マンションに着くと、座っててと促されて大人しくソファに座る。

疲れているだろうに、修斗さんは嬉しそうに晩ご飯を作り始めた。


「何作ってるの?」


いつだか修斗さんが座っていたカウンターの椅子に移動して、見慣れないエプロン姿を見つめる。

ここに来た時は私も使わせてもらっている紺色のエプロンは、やはり私が付けるよりはピッタリサイズに見えた。


「ん?オムライス」

「やったぁ!私オムライス大好き」

「知ってる。バターライスでクリームソースの作るから待ってて」

「うん。楽しみだなあ」


私の好みを熟知している修斗さんは、張り切って玉ねぎとベーコンを冷蔵庫から取り出した。

私はまたソファに戻って、テレビを見つつ後ろから聞こえてくる包丁で玉ねぎを切る音を聞く。

……あ、炒め始めた。

ソースかな?ぐつぐつ鳴ってる。

なんて、音が変わるたびに修斗さんの手付きを想像して、笑いそうになる。


「……良い匂い」


テレビの内容なんて全く頭に入ってこなくて、前に私が初めてここでハンバーグを作った時も、修斗さんは今の私と同じような気持ちだったのかな、と思って口角が上がった。


「はい。召し上がれ」

「美味しそう……いただきます」


出来上がったオムライスは、たっぷりのチーズが入ったクリームソースがかかったもの。

卵はふわとろで、ツヤツヤしている。

スプーンで掬うとまだ湯気がすごくて、息を吹きかけて覚ましながら食べた。


「ん!……おいひぃ!」

「そっか、良かった」


食べながらなんて行儀が悪いけれど、その美味しさに口を開かずにはいられなかった。

私の好きなモッツァレラチーズを使ったクリームソースが濃厚で、ふわとろの卵とバターライスに絡んでとても美味しい。


「私より料理上手いじゃん」

「そんなことないよ。みゃーこのためだから頑張っただけ」

「嬉しい。すっごい美味しいよ。疲れてるのにありがとう」

「それを言うのはこっちの台詞。忙しくて疲れてんのに毎日弁当作ってくれてありがとう。毎日弁当を楽しみに仕事してるよ」

「ふふっ、それは大袈裟」

「いやマジだって」


久し振りに一緒に食卓を囲むこの時間が、とても幸せで。

ここ一ヶ月の忙しさがあったからこそ、この幸せを感じられているのかと思うと感慨深いものがある。

食べた後、修斗さんはおずおずとソファで私の隣に座ったかと思うと、一つ触れるだけのキスをして。


「久しぶりに一緒にいられるし、みゃーこと一緒に風呂入りたい」


耳元で囁く声に、思わず赤面する。

確かに、自分で"お触り禁止令"を発令してからというもの、朝のキス以外、特に触れていない。

まぁ、忙しくてそれどころじゃなかったというのもあるけれど。


「……だめ?」


耳を甘噛みされて、「ひゃっ……」と思わず声が出る。

胸が高鳴るものの。どうしても、今日は。


「……ごめん。今日、アレの日なの……」

「……」


呟くと、修斗さんは一瞬固まった後、焦ったように私から離れた。


「ごめん気付かなかった。体調とか大丈夫?ホットミルク作ろうか?風呂沸かすよ。俺シャワーで済ませるし、気にしなくて良いからゆっくり風呂浸かっておいで」


そう言うと、急いでお湯張のボタンを押してそのままホットミルクを作ってくれた。


……え、優しすぎない?


あまりのその素早さと手際の良さに、パチパチと瞬きを繰り返す。

今まで月のものが来た時は私がよく腹痛と腰痛に悩まされるため、すぐに気が付いては"ゆっくり家で寝るように"と送ってくれることがほとんどだった。

それですら優しいなあと思っていたのに。

今回はどうやら症状が軽めなのか、あまり腹痛も腰痛もせずに調子が良かったから来たんだけども。


まさか修斗さんがこんなに手際良く、私のためにいろいろしてくれるなんて。

ありがたいけれど、やはり迷惑だっただろうか。


「俺、男兄弟の真ん中だから女の子のそういう時ってどうしたらいいかわかんなくて、みゃーこはよく体調崩すみたいだから心配でこの間調べたんだよね。あったかい物飲むと良いとか、チョコとかコーヒーは避けた方がいいとか」


そう言って渡されたホットミルクを受け取り、「……ありがとう」とお礼を告げる。

ほんのり甘くて、とても温まる。


「今時期寒いし、風呂にゆっくり浸かった方が全身あったまるからいいとかさ、そういうのいろいろと」

「頼もしいね」


私より知識がありそうで、小さく笑ってしまった。


「そんなことないよ。……俺、みゃーこといると理性働かなくなっちゃうから。歳上のくせに全然余裕も無いし。だから、ちょっとでも体調悪い時とかそういう時はちゃんと言ってくれると助かる。俺の知らないところで苦しんでるのとか嫌だし。俺にできることなら協力するし、一人でゆっくりしたいならそれも全然オッケー。だから今日も泊まるのしんどいようだったら今から家まで送るけど。……どうする?」


私から見れば修斗さんはいつも余裕でいっぱいなんだけどなあ。

と思いつつ、ありがたい提案だけど首を横に振る。

ホットミルクが入ったマグをテーブルに置いて、向き直った。


「……修斗さんと一緒にいたいから。……その、何もできないけど……泊まってっても良い?」


そんな図々しいお願いに、


「もちろん。でも、体調悪くなったらすぐ言ってね」


と言ってそっと抱きしめてくれた。
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