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第二章

甘い香り(2)

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温かくて、とても気持ちが良い。


「……ん」


夢の中からフッと浮上した意識。

重たい瞼を開くと、霞む視界の中ですぐ目の前に何かがある事に気が付く。

ふわりと香る甘い香り。

しばらく頭が働かなくて、ボーッとしていた。


「───……っ!?」


そしてしばらくして、ようやく今の状況がおかしいことに気が付く。

叫びそうになるのを、慌てて口を手で押さえて防いだ。


……な、なんで私、先生と一緒に寝てんの!?


どうやらここはベッドの上。

私に、と言ってさっき案内された部屋には無かった、ダブルサイズのベッド。

……ここ、多分先生の寝室だ。

だから先生の夢なんて見たんだ。

目の前では私を抱きしめるようにして寝息を立てている先生の姿。

人生で初めての腕枕を、こんなところで経験してしまうとは。

どうして私が先生と一緒に寝ているのか。


えっと……確か、テレビを一緒に見ていて……お風呂に入って……、───あ。


眠る前のことを思い出して、一瞬にして顔を真っ赤に染めた。

……私じゃん!絶対私がくっついたからじゃん!

まさか自分がそんな大胆なことをするとは思っていなかったため、恥ずかしさで今すぐ逃げ出したくなった。

確かに先生の甘い香りは私の好きなものだけど、まさかそれを求めて擦り寄るなんて。

先生が起きた時、どんな顔で目を合わせれば良いのかわからない。

恥ずかしい!恥ずかしすぎる!

もぞもぞと動いて先生の腕の中から抜け出そうとするものの、何故か先生は私が抜け出そうとすればするほどぎゅっと抱きしめる力を強くする。

ドクドクと高鳴る心臓の音。

規則正しい寝息と、それに合わせて先生の胸が動く。

思っていた以上に筋肉でがっしりとしている腕。

私を抱きしめる、大きな手と引き締まった身体。

……ダメだ。考えれば考えるほど、心臓が激しく動いて破裂しそう。

自分の鼓動の音が頭の中に響いてきて、呼吸も段々浅くなる。


「……んー……」

「っ!」


その時、先生が唸るように大きく息を吐き、私の顔を先生の胸に押し付けるように抱きしめた。

一気に視界が真っ暗になる。放っておけば窒息死してしまうのではないかと、咄嗟に両手をその胸に当てた。

スウェット越しでもわかる、先生の肌は温かくて固い。

そして鼻先が直接触れる地肌から、また甘い香りがした。

呼吸をする度に、ドキドキしているのにどこか落ち着くような、そんな不思議な感覚がした。

……どうしよう。こんなの、もう寝られそうもないよ。

でも、疲れている先生を起こすわけにもいかないし。

でも、ちょっと緊張しすぎて喉渇いたな……。

もう一度どうにか抜け出そうと身を捩る。

すると、動きすぎたのか


「……ん、みゃーこ……?どした……?」


先生が起きてしまった。


「ごめん。起こしちゃった……?ちょっと喉渇いちゃって」

「んー。……大丈夫。俺も喉渇いた……」

「ごめんね。あのまま寝ちゃって」

「んーん。キッチン行こ。早く水飲んでもっかい寝よ……」

「うん」


寝ぼけた先生は身体を起こした後一度身体を伸ばして、それから私の手を掴んで一緒に部屋を出ようとする。

一人で歩けるけども。そう思うものの、先生は多分まだ半分寝てるから何を言っても無駄だろう。

先生に連れられてリビングを通ってキッチンへ向かう。

冷蔵庫を開けると、急に明るくなったから目が眩んだ。


「まぶしっ……」


先生はそう言ってミネラルウォーターのペットボトルを手に取る。それを受け取って、食器棚から取ったコップ二つにミネラルウォーターを注いだ。


「……みゃーこ、いま何時?」

「わかんない。まだ暗いから夜だと思うけど。私のスマホどこだろう」

「あぁ……多分そっち」


ふわぁ、と大欠伸をしている先生に断りを入れて、コップを持ちながらスマートフォンをとりにリビングに向かう。

テーブルの上に置いてあったのを見つけて、持ってまたキッチンに戻った。

その頃には先生はもうミネラルウォーターを飲み終わっていて、コップもシンクの中。


「スマホあった?」

「うん」


頷いて私も飲み干したコップをシンクに入れると、当たり前のように先生は私の手を引く。


「じゃあ寝よ。俺さっき寝たばっかだからまだ眠い……」

「え、ずっと起きてたの?」


さっきスマートフォンで時間を確認したら、午前三時を回ったところだった。

さっきって、いつ?ずっと起きてたの?
すぐに寝室に戻り、ベッドに腰掛けた先生は目を数回擦る。

そしてとろんとした、甘い目で私を見つめたかと思うと、私の手を引いてぎゅっと抱きしめてきた。


「んー……だって、俺に抱きついて寝てるみゃーこがあんまりにも可愛いから……俺と同じシャンプーの匂いするしさ……寝顔可愛いしさ……そんなんもう寝られないでしょ。理性保つのに必死だよ……」

「え、な、えっ」

「だから早く寝よ。あー……俺もうこれ病みつきかも。みゃーこが可愛すぎる。みゃーこの甘い匂い大好き。すっげぇ落ち着く。ダメだ。離したくない」


言うが早いか、そのままベッドに倒れるように横になり、私を抱きしめたままもぞもぞと器用に布団に入る。

そしてすぐにまた寝息を立て始めた。

しっかりと背中に回った腕。私は頭の中が飽和状態になってしまい、されるがままだった。

先生は、やっぱり寝ぼけていたようだ。それか夢でも見てた?夢の中だと思ってた?

そうだ。きっとそうだ。そうじゃないと、先生がこんな私に、そんな……抱きしめたり、恋人に言うような甘いセリフを言うとは思えない。

だって、私は生徒で、先生は教師で。

いくら卒業したからって、そんな……、そんな関係になるわけないじゃない。

先生だって、私を生徒として可愛がって心配してくれているだけで、それ以上の特別な意味なんて、無いんだから。

きっと、朝起きたらいつも通り私をからかうみたいに笑うんだろう。うん。きっとそうだよ。

そう思っていないと、勘違いしてしまいそうで。

そうやって自分を納得させないと、先生が私のことを生徒以上として見てるんじゃないかって、錯覚してしまいそうで。
でも、それを直接聞けるほど私には心の余裕も無いし、覚悟も無い。


"みゃーこなら、勘違いしてもいいよ?"


あれは、一体どういう意味だったんだろう。


……もう、寝られないよ。先生の馬鹿。


気持ち良さそうに眠っている顔。その幼い表情を見つめながら、頬をきゅっとつねってみる。

そんな私のせめてもの抵抗に、先生はほんの一瞬眉を顰めただけで。

はぁ。とため息を吐く。

悔しいから、眠れないけど目を閉じてみる。

するとどうだろう。不思議なことに、再び眠くなってくる。

先生の甘い香りには、リラックス効果でもあるのだろうか。

そう思ってしまうくらい、私はまたすぐに眠りに落ちてしまうのだった。

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