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第二章
甘い香り(1)
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「いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせて、カウンター前にある椅子に横並びに腰掛けて食べる。
一人暮らしにダイニングなんて必要無いから、と先生はこの対面キッチンのカウンターをテーブル代わりにしているようだ。
ほかほかのご飯とデミグラスソースがかかったチーズインハンバーグ。付け合わせにはポテトのソテーとにんじんグラッセを。コールスローサラダも申し訳程度に添えて、ハンバーグプレートにした。
「うまっ!やば、うまっ」
先生はずっとそればっかりで、すごい勢いで食べてくれた。
私はそれを横目にいつも通りのペースで食べる。
「……誰かに手料理振る舞うのなんて、初めてかも」
ポツリと呟いた言葉に、先生はこちらをじっと見る。
それは、驚きの表情……かな?
「私の手料理、食べたの先生が初めてだね」
もう一度言うと、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「おいしい?」
改めて聞くと、口いっぱいにハンバーグを頬張っていたからかうまく喋られなかったようで。
何度も頷いて"美味しい"と教えてくれた。
食べた後、食器やフライパンを洗ってくれた先生。
慣れた手つきで洗ったお皿を拭いて食器棚に戻していた。
私も手伝おうとしたら拒否されて、家主に"テレビでも見てて"と言われてしまえばそれに従うしかない。
普段は見ない夕方の地方局の情報番組を見る。今話題のお店とそのメニューが紹介されていくものの、なんだか落ち着かなくて内容は全く頭に入ってこない。
食器を洗い終わった先生は、お風呂のお湯張りのボタンを押してから私の隣にそっと腰掛けた。
「なんか面白いニュースやってる?」
「全然。ご飯屋さんの特集ばっかり」
「気になる店あった?土日に行く?」
「うーん、あんまり真剣に見てなかったからなあ」
「そっか」
ふと、沈黙が訪れた。
テレビから流れるアナウンサーの声が、部屋に響く。
それを聞いていると、段々と瞼が重くなってくる。
「……みゃーこ?眠い?」
「……ん、ちょっと。今朝早かったから……」
時刻はまだ十八時くらいなのに。
お腹がいっぱいになったからか、急に眠くなってきた。
「寝る前に風呂入ってきな」
「うん……」
口に手を添えながら、大きく欠伸をする。
なんとかグッと目を開いて、先生が沸かしてくれたお風呂に入った。
そして、トラベル用に持ってきていたはずのシャンプーやコンディショナーなどを荷物の中に忘れてきたことに気が付いた。
「……先生、ごめんね。ちょっと使わせてもらいます」
何故だか両手を合わせて、シャンプーボトルにお祈りするように目を閉じた。
そして普段先生が使っているであろう、シャンプーを借りて頭を洗う。
湯船にしっかりと浸かって、ほかほか状態で上がってくるといくらか目が覚めて、あらかじめ脱衣所に置いておいたスウェットに着替えて髪を乾かす。リビングに戻ると先生が入れ替わりにお風呂に向かった。
その間、私はバラエティ番組に切り替わったテレビをボーッと眺めていた。
そして次第にまた睡魔が襲ってくる。
思っていた以上に身体は疲れていたらしい。いつもならまだまだ起きていられるのに、眠くて眠くて仕方なかった。
滲んだ涙を指で拭きながら、どうにか寝ないように目を開こうとする。
「みゃーこ?やっぱ眠い?」
もうそんなに時間が経ったのだろうか。あっという間に上がってきた先生は、私が寝そうになっているのを見ながら首に掛けたタオルでガシガシと頭を拭いていた。
また欠伸をしながら頷くと、
「おいで」
と隣に座った先生が私の背中から腕を回して引き寄せる。
コテン、と先生の肩にこめかみが当たる。
そのまま一定のリズムで私の腕の辺りをトントンとしてくれる手に、睡魔がさらに襲ってきた。
子ども扱いされているようなそんな気もするけれど、その手が優しいからあまり気にならない。
むしろ、そのリズムが心地良く脳に響く。
「……みゃーこ、疲れてんのに無理させてごめんな。ハンバーグ、美味かったよ。ありがとう」
耳元で囁くような声が聞こえ、ゾワリとした耳を隠すように身を捩る。
すると、先生からまた甘い香りがした。
香水だと思っていたこの香りは、先生自身のものだったのだろうか。
半分寝かかりながら、その香りのする方に擦り寄るように顔を近づける。
「……みゃーこ?……ははっ、マジで猫みたいだな」
先生の笑い声が、子守唄のよう。
「……おやすみ」
柔らかなその声を聞きながら、夢の中へ落ちていった。
───夢を見た。
それは、私がまだ高校生だったころの、夢。
私はその日、旧校舎にある図書室にいて。
そこでグラウンドの方を眺めていたら、先生が来た。
"みゃーこは、将来何になりたいの?"
"なにいきなり。進路指導?"
"ここでもよく勉強してるじゃん。成績も良いし。俺の授業まともに聞いてくれるのみゃーこだけだからさ。気になっちゃって"
"確かに先生の授業って、皆遊んでたり寝てたりするね"
"だろ?歳近いからって舐められてんだよ俺。本当まいる"
そうだ。高校二年生の時だ。夏の暑い日に、先生との進路の話になったんだっけ。
"先生は何で教師になったの?"
"俺?俺はね……高校の頃の担任の先生に、救われたんだよ"
"え?"
"俺、その時進路のことで親と揉めててずっと悩んでたんだけど、その先生がさ、自分の好きなことやれって言ってくれて。自分の進みたい道は自分で決めろって。そうやって生徒の背中を押せる教師の姿に、憧れたんだよ"
"へぇ……。良い先生だね"
私は、そんな当たり障りのないことしか言えなかった。
"単純な理由なんだけどね。だから俺も、みゃーこにやりたいことがあるならそれを応援したいなって思って"
"……先生、笑わない?"
"もちろん"
"……私ね?────"
……あれ、私はあの時、なんて答えたんだっけ?
──
───
────
「いただきます」
二人で手を合わせて、カウンター前にある椅子に横並びに腰掛けて食べる。
一人暮らしにダイニングなんて必要無いから、と先生はこの対面キッチンのカウンターをテーブル代わりにしているようだ。
ほかほかのご飯とデミグラスソースがかかったチーズインハンバーグ。付け合わせにはポテトのソテーとにんじんグラッセを。コールスローサラダも申し訳程度に添えて、ハンバーグプレートにした。
「うまっ!やば、うまっ」
先生はずっとそればっかりで、すごい勢いで食べてくれた。
私はそれを横目にいつも通りのペースで食べる。
「……誰かに手料理振る舞うのなんて、初めてかも」
ポツリと呟いた言葉に、先生はこちらをじっと見る。
それは、驚きの表情……かな?
「私の手料理、食べたの先生が初めてだね」
もう一度言うと、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「おいしい?」
改めて聞くと、口いっぱいにハンバーグを頬張っていたからかうまく喋られなかったようで。
何度も頷いて"美味しい"と教えてくれた。
食べた後、食器やフライパンを洗ってくれた先生。
慣れた手つきで洗ったお皿を拭いて食器棚に戻していた。
私も手伝おうとしたら拒否されて、家主に"テレビでも見てて"と言われてしまえばそれに従うしかない。
普段は見ない夕方の地方局の情報番組を見る。今話題のお店とそのメニューが紹介されていくものの、なんだか落ち着かなくて内容は全く頭に入ってこない。
食器を洗い終わった先生は、お風呂のお湯張りのボタンを押してから私の隣にそっと腰掛けた。
「なんか面白いニュースやってる?」
「全然。ご飯屋さんの特集ばっかり」
「気になる店あった?土日に行く?」
「うーん、あんまり真剣に見てなかったからなあ」
「そっか」
ふと、沈黙が訪れた。
テレビから流れるアナウンサーの声が、部屋に響く。
それを聞いていると、段々と瞼が重くなってくる。
「……みゃーこ?眠い?」
「……ん、ちょっと。今朝早かったから……」
時刻はまだ十八時くらいなのに。
お腹がいっぱいになったからか、急に眠くなってきた。
「寝る前に風呂入ってきな」
「うん……」
口に手を添えながら、大きく欠伸をする。
なんとかグッと目を開いて、先生が沸かしてくれたお風呂に入った。
そして、トラベル用に持ってきていたはずのシャンプーやコンディショナーなどを荷物の中に忘れてきたことに気が付いた。
「……先生、ごめんね。ちょっと使わせてもらいます」
何故だか両手を合わせて、シャンプーボトルにお祈りするように目を閉じた。
そして普段先生が使っているであろう、シャンプーを借りて頭を洗う。
湯船にしっかりと浸かって、ほかほか状態で上がってくるといくらか目が覚めて、あらかじめ脱衣所に置いておいたスウェットに着替えて髪を乾かす。リビングに戻ると先生が入れ替わりにお風呂に向かった。
その間、私はバラエティ番組に切り替わったテレビをボーッと眺めていた。
そして次第にまた睡魔が襲ってくる。
思っていた以上に身体は疲れていたらしい。いつもならまだまだ起きていられるのに、眠くて眠くて仕方なかった。
滲んだ涙を指で拭きながら、どうにか寝ないように目を開こうとする。
「みゃーこ?やっぱ眠い?」
もうそんなに時間が経ったのだろうか。あっという間に上がってきた先生は、私が寝そうになっているのを見ながら首に掛けたタオルでガシガシと頭を拭いていた。
また欠伸をしながら頷くと、
「おいで」
と隣に座った先生が私の背中から腕を回して引き寄せる。
コテン、と先生の肩にこめかみが当たる。
そのまま一定のリズムで私の腕の辺りをトントンとしてくれる手に、睡魔がさらに襲ってきた。
子ども扱いされているようなそんな気もするけれど、その手が優しいからあまり気にならない。
むしろ、そのリズムが心地良く脳に響く。
「……みゃーこ、疲れてんのに無理させてごめんな。ハンバーグ、美味かったよ。ありがとう」
耳元で囁くような声が聞こえ、ゾワリとした耳を隠すように身を捩る。
すると、先生からまた甘い香りがした。
香水だと思っていたこの香りは、先生自身のものだったのだろうか。
半分寝かかりながら、その香りのする方に擦り寄るように顔を近づける。
「……みゃーこ?……ははっ、マジで猫みたいだな」
先生の笑い声が、子守唄のよう。
「……おやすみ」
柔らかなその声を聞きながら、夢の中へ落ちていった。
───夢を見た。
それは、私がまだ高校生だったころの、夢。
私はその日、旧校舎にある図書室にいて。
そこでグラウンドの方を眺めていたら、先生が来た。
"みゃーこは、将来何になりたいの?"
"なにいきなり。進路指導?"
"ここでもよく勉強してるじゃん。成績も良いし。俺の授業まともに聞いてくれるのみゃーこだけだからさ。気になっちゃって"
"確かに先生の授業って、皆遊んでたり寝てたりするね"
"だろ?歳近いからって舐められてんだよ俺。本当まいる"
そうだ。高校二年生の時だ。夏の暑い日に、先生との進路の話になったんだっけ。
"先生は何で教師になったの?"
"俺?俺はね……高校の頃の担任の先生に、救われたんだよ"
"え?"
"俺、その時進路のことで親と揉めててずっと悩んでたんだけど、その先生がさ、自分の好きなことやれって言ってくれて。自分の進みたい道は自分で決めろって。そうやって生徒の背中を押せる教師の姿に、憧れたんだよ"
"へぇ……。良い先生だね"
私は、そんな当たり障りのないことしか言えなかった。
"単純な理由なんだけどね。だから俺も、みゃーこにやりたいことがあるならそれを応援したいなって思って"
"……先生、笑わない?"
"もちろん"
"……私ね?────"
……あれ、私はあの時、なんて答えたんだっけ?
──
───
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