とろけるような、キスをして。

青花美来

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第二章

バカなの?

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「木曜日?」

『そう。だから有休とってもらわないといけないと思うんだけど、大丈夫か?』

「うん。多分大丈夫だと思う。それなら木金で連休取るかな」


定時であがった仕事終わり。夕食の材料を買いにスーパーに寄っているときに先生からかかってきた電話。

面接の日にちが来月に決まったらしく、それの知らせだった。

頭の中でカレンダーを思い浮かべて、来月は比較的忙しくないはずだと数回頷く。


『わかった。それなら土曜とか日曜までこっちにいるか?』

「うー……ん、それは難しいかな。ホテルに三泊もするとさすがにお金厳しい」


一人暮らしの金銭事情は深刻だ。いくらビジネスホテルでも、何泊もするほどの金銭的余裕は無い。

確かに実家の片付けもしないといけないから、できれば長く滞在したいところだが。

晴美姉ちゃんは"いつでもうちに泊まりな!"と言ってくれるけど、さすがに新婚さんの家に何日も泊まるのは気が引けるし。

貯金はそれなりにあれど、できれば手を付けたくないというのもある。

たった数日寝泊まりするためだけに実家に水道や電気を通すのもいろいろと面倒だ。

今回も一泊が限界だなあ、と思いながら玉ねぎを手に取って下に書いてある値段と見比べる。

今日はお肉も安いし、カレーでも作ろうかな……。

前に買っておいたカレールーが家のどこかにあったような。どこだっけ?

頭を捻って思い出そうとしていると、


『じゃあ俺ん家泊まれば?』


と思ってもみなかった言葉が聞こえた。

驚きの余り、玉ねぎをポロッと落としそうになって慌てて抑える。


「……え?」


聞き間違いかと思って聞き返すと、先生はもう一度


『俺ん家、一部屋空いてるから泊まっていいよ。もちろん金いらないし。それなら何も気にしないで土日もいれるでしょ』


と爆弾発言をする。

もう、カレールーの在処など考えている場合じゃない。


「先生、自分が何言ってるかわかってる?」


意味も無くカートごとスーパーの端に寄り、小声で聞く。


『もちろんわかってるよ。安心して。鍵付きの部屋だし、同意無く手出したりしないから』


……それはつまり、同意があれば手を出すということでしょうか。

……まぁ、先生に限ってそんな間違いを犯すとも思えないけど。


『どう?』

「いや、どうって言われても……」


普通、ダメでしょ。

いくら卒業していてもう直接的に教師と生徒ではないとは言え、……ダメでしょう。ほら、倫理的にというか……道徳的にというか……あれだよ、あれ。

一ミリも考えていなかった案に、私の方が動揺した。もはや頭の中は軽くパニックだ。

電話をしながら頭を抱えている私を、通り過ぎる人が皆不思議そうに見つめてくる。

それに恥ずかしさを感じている余裕も無い。


『金曜日は俺が仕事行ってる間に好きなところ行ってていいし。実家とか行くなら俺が仕事終わった後に迎えに行くから』

「いや、そういう問題じゃ……」


正直、宿泊費がかからないのは魅力的な話だった。

チェックインやらチェックアウトやら、面倒な手続きがいらないのもありがたいと言えばありがたい。

先生の家から私の実家までも離れているわけじゃない。高校だって近い。

でも、だからってそこまで先生に迷惑をかけてしまっていいのだろうか。

答えを渋っていると、電話の向こうで息を吐く音が聞こえた。


『俺に悪いとか思ってんなら、気にすんなよ?』

「……でも、さすがに先生に迷惑かけすぎだから」

『俺は迷惑なんて思ってないし、むしろもっとみゃーこに頼ってほしいよ。俺ができることならいくらでも、みゃーこの力になりたいから」

「……でも、してもらってばっかりだからやっぱり私が気にする」


頑固だなって、呆れているだろうか。

でも運転してもらえるだけでありがたいのに、泊まりまでお願いするなんて。

そんな贅沢言えないよ。


『わかった。じゃあこうしよ。木曜と金曜、俺に晩メシ作って?俺みゃーこの手料理食いたい』

「え?」

『メシ作ってくれたら、その代わりに泊めてあげる。利害の一致だろ?』


私の手料理なんて、泊めてもらうことの代わりになるほどの価値なんて無いのに。


「……先生って、バカなの?」

『ははっ、なんだよいきなり』


私のことなんて、放っておけばいいのに。

バカみたいに心配して、バカみたいに世話焼いて。


「……いや、なんでもない」

『変なやつだな。……じゃあ決まりでいいな?勝手にホテル予約したりすんなよ』


先生は、バカみたいに優しい。


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