16 / 50
第二章
バカなの?
しおりを挟む
「木曜日?」
『そう。だから有休とってもらわないといけないと思うんだけど、大丈夫か?』
「うん。多分大丈夫だと思う。それなら木金で連休取るかな」
定時であがった仕事終わり。夕食の材料を買いにスーパーに寄っているときに先生からかかってきた電話。
面接の日にちが来月に決まったらしく、それの知らせだった。
頭の中でカレンダーを思い浮かべて、来月は比較的忙しくないはずだと数回頷く。
『わかった。それなら土曜とか日曜までこっちにいるか?』
「うー……ん、それは難しいかな。ホテルに三泊もするとさすがにお金厳しい」
一人暮らしの金銭事情は深刻だ。いくらビジネスホテルでも、何泊もするほどの金銭的余裕は無い。
確かに実家の片付けもしないといけないから、できれば長く滞在したいところだが。
晴美姉ちゃんは"いつでもうちに泊まりな!"と言ってくれるけど、さすがに新婚さんの家に何日も泊まるのは気が引けるし。
貯金はそれなりにあれど、できれば手を付けたくないというのもある。
たった数日寝泊まりするためだけに実家に水道や電気を通すのもいろいろと面倒だ。
今回も一泊が限界だなあ、と思いながら玉ねぎを手に取って下に書いてある値段と見比べる。
今日はお肉も安いし、カレーでも作ろうかな……。
前に買っておいたカレールーが家のどこかにあったような。どこだっけ?
頭を捻って思い出そうとしていると、
『じゃあ俺ん家泊まれば?』
と思ってもみなかった言葉が聞こえた。
驚きの余り、玉ねぎをポロッと落としそうになって慌てて抑える。
「……え?」
聞き間違いかと思って聞き返すと、先生はもう一度
『俺ん家、一部屋空いてるから泊まっていいよ。もちろん金いらないし。それなら何も気にしないで土日もいれるでしょ』
と爆弾発言をする。
もう、カレールーの在処など考えている場合じゃない。
「先生、自分が何言ってるかわかってる?」
意味も無くカートごとスーパーの端に寄り、小声で聞く。
『もちろんわかってるよ。安心して。鍵付きの部屋だし、同意無く手出したりしないから』
……それはつまり、同意があれば手を出すということでしょうか。
……まぁ、先生に限ってそんな間違いを犯すとも思えないけど。
『どう?』
「いや、どうって言われても……」
普通、ダメでしょ。
いくら卒業していてもう直接的に教師と生徒ではないとは言え、……ダメでしょう。ほら、倫理的にというか……道徳的にというか……あれだよ、あれ。
一ミリも考えていなかった案に、私の方が動揺した。もはや頭の中は軽くパニックだ。
電話をしながら頭を抱えている私を、通り過ぎる人が皆不思議そうに見つめてくる。
それに恥ずかしさを感じている余裕も無い。
『金曜日は俺が仕事行ってる間に好きなところ行ってていいし。実家とか行くなら俺が仕事終わった後に迎えに行くから』
「いや、そういう問題じゃ……」
正直、宿泊費がかからないのは魅力的な話だった。
チェックインやらチェックアウトやら、面倒な手続きがいらないのもありがたいと言えばありがたい。
先生の家から私の実家までも離れているわけじゃない。高校だって近い。
でも、だからってそこまで先生に迷惑をかけてしまっていいのだろうか。
答えを渋っていると、電話の向こうで息を吐く音が聞こえた。
『俺に悪いとか思ってんなら、気にすんなよ?』
「……でも、さすがに先生に迷惑かけすぎだから」
『俺は迷惑なんて思ってないし、むしろもっとみゃーこに頼ってほしいよ。俺ができることならいくらでも、みゃーこの力になりたいから」
「……でも、してもらってばっかりだからやっぱり私が気にする」
頑固だなって、呆れているだろうか。
でも運転してもらえるだけでありがたいのに、泊まりまでお願いするなんて。
そんな贅沢言えないよ。
『わかった。じゃあこうしよ。木曜と金曜、俺に晩メシ作って?俺みゃーこの手料理食いたい』
「え?」
『メシ作ってくれたら、その代わりに泊めてあげる。利害の一致だろ?』
私の手料理なんて、泊めてもらうことの代わりになるほどの価値なんて無いのに。
「……先生って、バカなの?」
『ははっ、なんだよいきなり』
私のことなんて、放っておけばいいのに。
バカみたいに心配して、バカみたいに世話焼いて。
「……いや、なんでもない」
『変なやつだな。……じゃあ決まりでいいな?勝手にホテル予約したりすんなよ』
先生は、バカみたいに優しい。
『そう。だから有休とってもらわないといけないと思うんだけど、大丈夫か?』
「うん。多分大丈夫だと思う。それなら木金で連休取るかな」
定時であがった仕事終わり。夕食の材料を買いにスーパーに寄っているときに先生からかかってきた電話。
面接の日にちが来月に決まったらしく、それの知らせだった。
頭の中でカレンダーを思い浮かべて、来月は比較的忙しくないはずだと数回頷く。
『わかった。それなら土曜とか日曜までこっちにいるか?』
「うー……ん、それは難しいかな。ホテルに三泊もするとさすがにお金厳しい」
一人暮らしの金銭事情は深刻だ。いくらビジネスホテルでも、何泊もするほどの金銭的余裕は無い。
確かに実家の片付けもしないといけないから、できれば長く滞在したいところだが。
晴美姉ちゃんは"いつでもうちに泊まりな!"と言ってくれるけど、さすがに新婚さんの家に何日も泊まるのは気が引けるし。
貯金はそれなりにあれど、できれば手を付けたくないというのもある。
たった数日寝泊まりするためだけに実家に水道や電気を通すのもいろいろと面倒だ。
今回も一泊が限界だなあ、と思いながら玉ねぎを手に取って下に書いてある値段と見比べる。
今日はお肉も安いし、カレーでも作ろうかな……。
前に買っておいたカレールーが家のどこかにあったような。どこだっけ?
頭を捻って思い出そうとしていると、
『じゃあ俺ん家泊まれば?』
と思ってもみなかった言葉が聞こえた。
驚きの余り、玉ねぎをポロッと落としそうになって慌てて抑える。
「……え?」
聞き間違いかと思って聞き返すと、先生はもう一度
『俺ん家、一部屋空いてるから泊まっていいよ。もちろん金いらないし。それなら何も気にしないで土日もいれるでしょ』
と爆弾発言をする。
もう、カレールーの在処など考えている場合じゃない。
「先生、自分が何言ってるかわかってる?」
意味も無くカートごとスーパーの端に寄り、小声で聞く。
『もちろんわかってるよ。安心して。鍵付きの部屋だし、同意無く手出したりしないから』
……それはつまり、同意があれば手を出すということでしょうか。
……まぁ、先生に限ってそんな間違いを犯すとも思えないけど。
『どう?』
「いや、どうって言われても……」
普通、ダメでしょ。
いくら卒業していてもう直接的に教師と生徒ではないとは言え、……ダメでしょう。ほら、倫理的にというか……道徳的にというか……あれだよ、あれ。
一ミリも考えていなかった案に、私の方が動揺した。もはや頭の中は軽くパニックだ。
電話をしながら頭を抱えている私を、通り過ぎる人が皆不思議そうに見つめてくる。
それに恥ずかしさを感じている余裕も無い。
『金曜日は俺が仕事行ってる間に好きなところ行ってていいし。実家とか行くなら俺が仕事終わった後に迎えに行くから』
「いや、そういう問題じゃ……」
正直、宿泊費がかからないのは魅力的な話だった。
チェックインやらチェックアウトやら、面倒な手続きがいらないのもありがたいと言えばありがたい。
先生の家から私の実家までも離れているわけじゃない。高校だって近い。
でも、だからってそこまで先生に迷惑をかけてしまっていいのだろうか。
答えを渋っていると、電話の向こうで息を吐く音が聞こえた。
『俺に悪いとか思ってんなら、気にすんなよ?』
「……でも、さすがに先生に迷惑かけすぎだから」
『俺は迷惑なんて思ってないし、むしろもっとみゃーこに頼ってほしいよ。俺ができることならいくらでも、みゃーこの力になりたいから」
「……でも、してもらってばっかりだからやっぱり私が気にする」
頑固だなって、呆れているだろうか。
でも運転してもらえるだけでありがたいのに、泊まりまでお願いするなんて。
そんな贅沢言えないよ。
『わかった。じゃあこうしよ。木曜と金曜、俺に晩メシ作って?俺みゃーこの手料理食いたい』
「え?」
『メシ作ってくれたら、その代わりに泊めてあげる。利害の一致だろ?』
私の手料理なんて、泊めてもらうことの代わりになるほどの価値なんて無いのに。
「……先生って、バカなの?」
『ははっ、なんだよいきなり』
私のことなんて、放っておけばいいのに。
バカみたいに心配して、バカみたいに世話焼いて。
「……いや、なんでもない」
『変なやつだな。……じゃあ決まりでいいな?勝手にホテル予約したりすんなよ』
先生は、バカみたいに優しい。
1
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

あなたの運命になりたかった
夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。
コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。
※一話あたりの文字数がとても少ないです。
※小説家になろう様にも投稿しています
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる