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第一章

あの頃に思いを馳せる(4)

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そうだ。思い出した。あの入学式の日に私と先生は出会ったんだった。

あれから日を重ねて、気が付けば仲良くなっていた。

先生は担任じゃなかったけれど、数学教師だから先生の受け持ちの授業はよくあって。

わからない問題もよく職員室に聞きに行ったっけ。

一つ謎が解けたみたいで、胸の支えが取れた気分だった。

十分ほど歩いて足を踏み入れた旧校舎の図書室は、あの頃とは少し変わってしまっていた。


「本棚、動かしたんだ?」

「そう。これも俺がやったんだよ。みゃーこみたいに手伝ってくれる生徒なんてもういないから大変だったよ」

「ふふっ……先生はここの担当になっちゃったの?」

「そう、俺とみゃーこがここに入り浸ってたの知ってた四ノ宮先生に押し付けられた」

「ははっ!晴美姉ちゃん酷いねっ」


大きな本棚が三つ縦に並んでいたものの、今は奥の方に移動しており、手前には小さな本棚がいくつか並んでいた。

奥の方にあったテーブルが逆に手前に来ていて、窓から近くなっていた。


「よく窓開けて、ここで喋ってたね」

「そうだな」

「懐かしい……」


先生は、ゆっくりと窓を開けて、椅子に腰掛けた。


「みゃーこも。座れよ」

「うん」


先生の向かいに腰掛けると、あの頃と同じ柔らかな風が頰を撫でる。

秋晴れの空気はどこか寂しげだったけれど、温かみがある。

しばらく目を閉じながら、その空気を感じていた。


「みゃーこ。東京で何かあったんだろ?」

「……え?」


うっすらと目を開いて、視線を先生に戻す。


「顔見てればわかる。俺を舐めんなよ」

「……」


真剣な目をした先生は、私を真っ直ぐに見つめる。

何もかもを見透かしていそうなその目を見ていられなくて、私はすぐに逸らした。


「……四ノ宮先生が心配してたぞ。最近連絡が無かったって」

「……晴美姉ちゃん、式の打ち合わせで忙しいって聞いてたから。私が邪魔するわけにいかないじゃん」

「でも、連絡くらいはしないとダメだろ。四ノ宮先生なら尚更。あの人はみゃーこのことになると極度の心配性になるんだから」

「……うん。晴美姉ちゃんに謝っとく」


後で連絡くれるって言ってたっけ。たまには私から連絡しておこうか。

そう思っていると、先生は再び私に視線をやった。


「……んで?みゃーこは今、何に悩んでんの?」

「……別に、何も」

「まーたそうやって一人で抱え込む。お前の悪い癖だよ。ほら、"深山先生"が久しぶりに相談に乗ってあげるから、話してみなさい」

「……」


どんとこい!という風に両手を広げる先生に、私はまた窓の外に視線を向けた。
そういえば、先生によく相談に乗ってもらってたっけ。


「……別に、大したことじゃないんだけど」

「うん」

「……仕事、辞めようかな……って、思ってて」

「仕事?東京の?」

「うん。事務職してるんだけどね。……ちょっと、なんていうか……、しんどくなってきて」

「うん」


人間関係は別に悪くないし、仕事だって普通に充実してる。給料も特別低いわけじゃない。

何かパワハラを受けているわけでもないし、福利厚生だってしっかりしている中小企業の正社員だ。

この不況のご時世にしては恵まれている環境にいるのは自負している。

……なのに、最近心が苦しい。

それにはっきりとした理由なんて無くて。でももう限界が近いのが、自分でもわかる。

強いて言うならば。


「……なんか、寂しくて」


上京した頃は、毎日が生きることに必死で、寂しさなんて感じている余裕すら無かった。

初めての都会。初めての気候。初めての仕事。初めての狭いアパートでの一人暮らし。

慣れない環境の変化に、体調を崩したことも何度もあった。

その度に、体調の悪さをひた隠しにして出勤してはミスを連発して、ふらふらしながら叱られて倒れそうになった日もあった。

今考えると褒められたことじゃないけれど、あの時の私はただ必死で。そんな日々を乗り越えて、今までやってきた。

そしてふと気が付いた時。

猛烈な孤独と寂しさに襲われてしまった。

逆に言えば、寂しさを感じる余裕が生まれたということで。それはそれで仕事にも慣れて環境にも慣れて、喜ばしいことなのかと思う。

人によっては、この孤独が心地良いと思う人もいるのだろう。

誰からも干渉されない、自由な生活。そう思って謳歌する者もいるのだろう。

寂しさなど感じない。一人が好き。そういう人も、もちろんいるだろう。

しかし、今の私にはその寂しさが無性に苦しくて。つらくて。

寂しさから逃げ出したくて上京したのに、実家に一人でいた時よりも重い孤独が私にのしかかる。いつしかそれに押し潰されそうになっていた。

そんな時に来た、晴美姉ちゃんからの結婚式の招待状。

たった二日でも、帰るきっかけができる。

晴美姉ちゃんに会える。それだけでも、飛び上がるほどに嬉しかった。



「ねぇ、先生?」

「……ん?」

「……もし、もしもだよ?」

「うん」



「……私が……この街に帰って来たい。……って言ったら、どうする?」

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