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第四章

帰京とお泊まり-1

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「日向、運転ありがとう」

「どういたしまして。メシどうする?」

「んー……あんまりお腹減ってないんだよね。日向は?」

「俺も。途中でいろいろ食べすぎたかな」


翌日の夕方、日向の運転で都内に戻り、一度私の家に寄ってから日向の家に帰ってきた。

昨日私の家に泊まりたいと話していたけれど、寝る場所を考えると日向の家の方が広くて良いだろうという話になったのだ。
今まで日向の家には何度か泊まりに行っているためスキンケア用品や歯ブラシ、着替えもいくつか置かせてもらっている。
それは私の家にも同様で、そんな小さなことが嬉しくてたまらない。


「コーヒー淹れてもいい?」

「いいよ。俺やるよ」

「ううん。日向疲れてるでしょ、座ってて」


コーヒーメーカーに粉をセットして、電源を入れる。
良い香りがしてくるのを感じながら、食器棚からマグカップを二つ出した。

道の駅でお土産に買ってきたパンを一緒に出そう。
そう思ってちょうどいいお皿を出してトースターで少し温めてから盛り付ける。
淹れたてのコーヒーと一緒に持っていくと、


「ありがとう」


と言って日向が私を抱きしめた。


「ちょっと、コーヒー飲もうよ」

「んー、でもちょっと充電したいから」

「……わかった。ちょっとだけね」


熱々のコーヒーとパンは諦めて、運転を頑張ってくれた日向を労わるためにその背中に腕を回す。


「落ち着く。マジで癒される」

「この三日ずっと一緒にいたでしょ」

「でもあんまりこんな風にくっついてられなかっただろ。だから夕姫不足だったんだよ」


なんてことないように言う日向は、少し身体を話したかと思うとそのままキスをする。
疲れているはずなのに、日向は私にどこまでも優しくて甘い。
ゆっくりと舌を絡ませお互いの存在を味わうようなキスに、気分が高揚していき思わず吸い付くように首に腕を回した。

コーヒーが冷めちゃうとか、せっかく盛り付けたパンがダメになっちゃうとか。
そんなことが全て頭から消え去って、目の前の日向のことで頭がいっぱいになって、他に何も考えられなくなる。


「……夕姫」


合間に不意に名前を呼び私を求めてくれる声が、私の胸をますます高鳴らせた。
唇が離れた時、肩で息をしていた私は倒れるように日向にもたれかかる。


「ははっ……どうした? 疲れた?」

「うん……なんか、胸がいっぱいで……」


身を預けるように日向の鎖骨に額を当てると、頭上で嬉しそうに笑っている声が聞こえた。


「コーヒー飲むか」


今この状況で?と思うけれど、日向はお皿に乗ったクロワッサンを食べながら


「ん、んまいなこれ」


なんて言ってコーヒーと一緒に楽しんでいる。
私はこんなにいっぱいいっぱいなのに、どうして日向はそんなに余裕なんだ。
なんだか悔しくて、顔を上げて日向を見上げた。


「ん? あぁ、食べる? ……はい、あーん」

「え……んん」


何を思ったのか、日向は私の口にクロワッサンをいれてきて。
反射的に口を開いてしまった私も私だけれど、食べさせてもらったクロワッサンは外側がサクサクで中がふわふわ。
バターの香りが濃厚でとても美味しい。
想像以上の美味しさに思わず顔が綻ぶ。


「おいしい?」

「……うん。すごいおいしい」

「もう一口いる?」

「うん」


日向は私に餌付けするかのように一口ずつ食べさせてくれた。


「チョコ味もあるよ」

「食べたい」

「はい」


自分で食べられるのに、日向は面白がっているのか頑なに渡してはくれずに一口ずつ食べさせてくれる。
途中から諦めて大人しく口を開けているとそれはそれは嬉しそうにしていた。


「風呂入れてくる」

「ありがとう」


なんだかんだパンも食べ終わり、テレビを見ていると日向がお風呂場へ向かう。
私はその間に食器でも洗おうかとキッチンに立った。
使ったお皿を洗って拭いてから棚に片付けていると、日向が戻ってきて私を後ろからギュッと抱きしめた。


「日向?」

「……夕姫、一緒に入ろ」

「え?」

「風呂。……だめ?」


日向は、私がその"だめ?"に弱いことを知っているのだろうか。
そう言われてしまったら、ダメだなんて言えなくなってしまうこと。


「恥ずかしいじゃん……」

「もう全部見てるから大丈夫」

「そっ……そういう問題じゃないの。恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ……」

「じゃあ、嫌?」

「嫌っていうか……」


ダメとは言えずにもごもごとしてしまう私の気持ちを察しているのか、日向は嬉しそうに


「だめ? お願い」


とその後も何度も頼んできて。


「……あんまり見ないでよ? あと、入浴剤入れてくれる?」

「わかった。じゃあ一緒に入ろ」


恥ずかしさのあまり素直に頷くことはできないけれど、粘り勝ちした日向に諦めたのだった。
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