上 下
28 / 33
第四章

嫉妬-2

しおりを挟む


「どうしたの? 二次会は?」

「んなのどうでもいい。つーかそもそもちょっと顔出したらすぐ抜けるつもりだった」

「なんで……」

「なんでって、夕姫と一緒にいたかったから。それに連絡取れなくなったら心配するに決まってんだろ。おばさんに聞いたら悪酔いしたらしくて帰ったって言うし。何回電話しても出てくれないから倒れてるんじゃないかと思って心配で」


その言葉に鞄の中のスマホを見ると、驚くほどの着信履歴と日向からのメッセージが来ていた。


"夕姫、大丈夫か?"

"電話出れないなら返事だけでも送って"

"今どこにいる? 家着いたのか?"

"夕姫、頼むから返事してくれ"


そのどれもが私を心配する言葉で、日向と画面を見比べた。


「……ごめん、全然気付かなかった」

「ん。夕姫が無事ならそれでいいよ。それより、体調大丈夫か?」

「うん……」


日向は私の隣に座り、ふわりと抱きしめてくれる。

嬉しいのに、さっきの光景が思い出されてしまい私は手を回すことができない。


「……夕姫、何か誤解してるだろ」

「え?」

「今日、トイレの前で会った時のこと」


まさか日向からその話題を出してくるとは思っていなかった。
日向を見上げると、困ったように私の頬を撫でる。


「もしかしたら話も聞いてた?」

「……ううん。あ、でも、和歌さんが元カノだってのは聞こえちゃった……」

「そうか。それでその後あんなとこ見ちゃったから、そんなに落ち込んでんだな?」

「……」


図星で何も言い返せない。
日向はそんな私の頭を撫でてから、もう一度抱きしめてくれた。


「不安にさせたよな。ごめん。あの時、横山に人がぶつかってきてさ。それで転びそうになってたから咄嗟に支えたんだ」


横山。和歌さんのこと、苗字で呼んでたんだ……。


「……うん。そんなことだろうと思ってた」


予想はできていたのに、いざ本人の口からそう聞くとやっぱり安心してしまう。


「そもそも元カノって言ってもさ。付き合ってたのなんてほんの一ヶ月くらいなんだ。恋人らしいことなんて正直全くしてなかったし、付き合いだしたけど友達以上に見れなかったから別れた」

「……それ、結構最低だよね」

「あぁ。反省してるよ。横山は美春と仲が良くてさ、その頃から星夜たちは付き合ってたから、必然的に四人で一緒にいることが多くて。それで成り行きっていうか、横山に試しに付き合ってみる? なんて言われて適当に頷いたんだ。俺も夕姫のことは諦めようって必死になってた時だったから、少しでも気が紛れればいいなって思って。横山のことは人間的には好きだったしな。横山が俺のことどう思ってたのかはわからないけど、今思うと人の気持ちを弄んだ最低野郎だったなって自分で思う」


そうか。高校時代と言えば、日向が女の人を取っ替え引っ替えしてた頃だ。


「だから付き合ったって言っても一緒に登下校したり弁当食ったり、そんなもんだったよ」

「そっか……」

「夕姫が心配するようなことは何もないし、アイツとの関係はもう過去のものだよ」


私に彼氏ができて、ヤケクソだったって言ってたもんな……。


「……でも、さっき和歌さんと何か揉めてなかった? てっきり復縁迫られてるんだと思っちゃって……」

「え? あぁ、違う違う。そもそもアイツ、今彼氏いるらしいし。あれは夕姫のこと聞かれてたんだよ」

「え?」

「厳密に言えば、今付き合ってる人がいるのかって聞かれたからいるって答えた。そしたら昔のよしみでどんな人か見せてくれってうるさくて。ちょっとくらい会わせてくれたっていいじゃんって言い始めてさ。星夜にもまだ言ってないのに横山に先に会わせるとかありえないだろ? それに夕姫は絶対嫌だろうし……。それで、揉めてたんだよ。そこに人がぶつかってきて、後は夕姫も知っての通り」

「……」

「夕姫が走って会場戻った後、俺がすぐに追いかけたからバレたんだろうな。後から横山に話しかけられたよ。悪いことした、彼女に謝っといてって。誤解してるだろうからちゃんと話してあげてほしいってさ。タイミング悪くてなかなか話しに行けなかったのも見てたんだと思う」

「……ごめん、私、とんでもない勘違いしてた……」

「いやぁ、あんな状況見たら勘違いもするよ。逆の立場なら俺発狂してたと思うし。本当ごめんな。せっかく星夜の結婚式楽しみにしてたのに、俺のせいで台無しにしちゃったな……」


まさか、あの揉めてる内容が私のことだなんて思わなかった。
復縁を迫ってるとか、そんなことかと思ってた。
私、とんでもない勘違いをしてた。
勝手に勘違いして、勝手に嫉妬して、勝手に傷ついて、勝手に日向のこと避けて。
何それ、恥ずかしすぎる。
私、めちゃくちゃ最低じゃん……。


「夕姫がいないのに二次会行ったって仕方ないから最初から星夜には許可も取ってた。だけど友達は知らなかったやつがほとんどで当たり前のように連れていかれそうになって。捕まってる間に夕姫は見失うし、連絡取れないしで焦って、おじさんたちに断り入れて慌てて車飛ばしてきたんだ」

「……ごめんね。心配かけて。私、今までこんな気持ちになったことなくて。自分がこんなにヤキモチ焼きだなんて知らなかった。日向と和歌さんが付き合ってたって知って、すごいモヤモヤしてイライラして。さっきのことだって、支えてるだけだろうってわかってた。だけど、それがすっごい嫌で……日向のこと見たらつらくなるから、見ないようにして避けちゃった」

「夕姫……」

「だから電話かかってきた時にも出られなかった。日向を責めてしまいそうだったから。感情的になって、最低なこと言ってしまいそうだったから。だから最初の何回か、わざと出なかったの。本当にごめんなさい」

「そうだったのか。でも結局それは全部俺が悪いな。不安にさせてごめんな。とにかく今は夕姫が無事でよかった」


わざと電話を無視したのは私なのに。
日向は私を責めるどころか、自分が悪いからと謝り続けた。


「……日向は、私を甘やかしすぎだよ」

「当たり前。言っただろ? お前のこと甘やかすって。正直まだ全然足りないくらいだよ。もっと甘やかして俺無しじゃ生きていけないくらいにしたいんだから」


さらっととんでもないことを言われた気がするけれど、日向は


「でも、夕姫が嫉妬してくれたことがこんなに嬉しいなんて思わなかったな」


と私をギュッと抱きしめた後に何度もキスをくれる。


「夕姫。好き」


私の不安が無くなるように、私の胸に渦巻くもやが無くなるように。
優しく、甘く、温かく。
日向のキス一つで悩んでいたことがどうでも良くなってしまう。
それくらい、いつのまにか日向のことが大好きで大好きでたまらなくなっていたんだ。
日向は私に"俺無しじゃ生きていけないくらいにしたい"って言うけれど。
もうすでにそうなっているなんて言ったら、どうなってしまうのだろう。


「なぁ、夕姫」

「ん?」

「今日はもうおばさんたち帰ってくるだろうし体調もあるだろうからこれ以上手は出さないけど。明日の夜、向こう戻った後……夕姫の家泊まってもいいか?それか俺の家に夕姫が泊まってもいい」

「え……でも、次の日仕事でしょ?」

「あぁ。だから夕姫が嫌ならやめる。ただ俺が夕姫ともっと一緒にいたいだけだから。もし一緒にいてくれるなら朝会社まで送るし。……ダメか?」

「ダメ、なわけないじゃん」


そんな風に言われたら、頷く以外にない。


「私も、日向ともっと一緒にいたい」

「夕姫」

「ね、日向。もう一回キスして?」

「……やっぱこのまま押し倒していい? 夕姫可愛すぎ」


優しく私をベッドに押し倒す日向。
ねっとりとした甘いキスに酔いしれて日向の手が服の中に入り込んできた頃。

玄関の鍵が開く音がして、私たちはどちらからともなく動きを止めて顔を見合わせる。


「……ふふっ、帰ってきた」

「やっぱり今日はおあずけだな。残念」


そう言いながらも日向はもう一度触れるだけのキスをして、


「疲れてるだろ。無理させてごめん。もうちょっと休んでな。俺が行ってくるから」


そう言って部屋を出ていく。

胸の高鳴りは、しばらく治ることを知らなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私はお世話係じゃありません!

椿蛍
恋愛
幼い頃から、私、島田桜帆(しまださほ)は倉永夏向(くらながかなた)の面倒をみてきた。 幼馴染みの夏向は気づくと、天才と呼ばれ、ハッカーとしての腕を買われて時任(ときとう)グループの副社長になっていた! けれど、日常生活能力は成長していなかった。 放って置くと干からびて、ミイラになっちゃうんじゃない?ってくらいに何もできない。 きっと神様は人としての能力値の振り方を間違えたに違いない。 幼馴染みとして、そんな夏向の面倒を見てきたけど、夏向を好きだという会社の秘書の女の子が現れた。 もうお世話係はおしまいよね? ★視点切り替えあります。 ★R-18には※R-18をつけます。 ★飛ばして読むことも可能です。 ★時任シリーズ第2弾

高級娼婦×騎士

歌龍吟伶
恋愛
娼婦と騎士の、体から始まるお話。 全3話の短編です。 全話に性的な表現、性描写あり。 他所で知人限定公開していましたが、サービス終了との事でこちらに移しました。

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

社長はお隣の幼馴染を溺愛している

椿蛍
恋愛
【改稿】2023.5.13 【初出】2020.9.17 倉地志茉(くらちしま)は両親を交通事故で亡くし、天涯孤独の身の上だった。 そのせいか、厭世的で静かな田舎暮らしに憧れている。 大企業沖重グループの経理課に務め、平和な日々を送っていたのだが、4月から新しい社長が来ると言う。 その社長というのはお隣のお屋敷に住む仁礼木要人(にれきかなめ)だった。 要人の家は大病院を経営しており、要人の両親は貧乏で身寄りのない志茉のことをよく思っていない。 志茉も気づいており、距離を置かなくてはならないと考え、何度か要人の申し出を断っている。 けれど、要人はそう思っておらず、志茉に冷たくされても離れる気はない。 社長となった要人は親会社の宮ノ入グループ会長から、婚約者の女性、扇田愛弓(おおぎだあゆみ)を紹介され――― ★宮ノ入シリーズ第4弾

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

処理中です...