年上幼馴染の一途な執着愛

青花美来

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第三章

昔話と執着-1

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日向と気持ちが通じた後、しばらく抱きしめ合っていた私たちはその後何をするでもなく、ただ寄り添いながらお茶を飲みつついろんな話をした。
今までのこと、仕事のこと、人間関係のこと。
幼い頃の、出会いの話。


「覚えてる? 私たちが初めて会った時のこと」

「当たり前だろ。忘れるわけない」

「ふふ、私、あの時日向とこんなに仲良くなるなんて思ってなかった。あの時の日向、すごい嫌なやつだったから」

「自分でもそう思うよ。……でも、俺が夕姫のこと最初に好きになったのは、多分あの日だ」

「……え?」

「覚えてるだろ? あの日、初対面でお前が俺にブチギレたこと」

「うん。良くも悪くもあれは忘れられるわけないよね」
「……俺、多分あれでお前に惚れた」

「うっそ、あれで!?」

「あぁ。それが初恋。……あんなに真正面から俺にぶつかってきた女は、お前が初めてだったんだよ」


懐かしそうに目を細める日向に、私も思い返す。



*****


あれは、確か小学校に入学して一ヶ月後のことだった。
保育園がお母さんの職場の近くだったから、同じ小学校に進んだ子はおらずひとりぼっちでのスタートとなった私。
しかも入学早々季節外れのインフルエンザに罹ってしまったことで、私が登校し始めた頃にはすでに友達の輪がいくつか出来上がってしまっていた。
なかなかクラスに馴染めないまま一ヶ月が経ってしまい、いつも一人で帰っていた。
その日も、一人で学校から帰ってきてパパッと宿題を終えたところだった。


「ユウ、俺これから出かけてくるんだけど……一緒に行く?」

「え、どこいくの?」

「友達に公園行こうって誘われた。だけど母さんに出かけるならユウも連れてくように言われてるから」

「でもおにーちゃんのお友だち、いやがらない? ……このまえの人に、ちょっとこわいかおされた」

「あー……まぁ、今日の奴はユウが会ったことない奴だし、俺が説得するから大丈夫だよ。トイレ行ってくるから準備して待ってて」

「うん、わかった」


私より一時間ほど遅く学校から帰ってきたお兄ちゃんは、いつも友達といろいろな公園に出掛けて遊んでいた。
共働き家庭だったためお兄ちゃんがいなかったら家に一人になってしまう。
私は友達もいなかったから別にそれでも良かったけれど、お母さんがすごく心配していて定期的に私も連れて行くようにお兄ちゃんに言っていたらしい。

その日も、お兄ちゃんは友達と遊びに行く時に私を誘ってくれた。
多分私がいれば友達と目一杯遊べなくなるし友達から後で文句も言われるため本意ではなかったと思うけど、お兄ちゃんはいつも私を気にかけてくれたから置いて行くという選択肢はなかったのだろう。
私は私でお兄ちゃんの友達に嫌な顔をされるのは怖かったけど、直接何かを言われるわけではないからついていくことの方が多い。
むしろ私が一人で留守番することでお兄ちゃんがお母さんに怒られることを考えると、嫌とは言えずに行くことになるのだ。

頷いた私は立ち上がり、帽子をかぶる。
準備と言われても、家の鍵はお兄ちゃんが持っていたから帽子以外私は何も持って行くものはなくて。
思い出したようにお茶だけ一口飲んで、靴を履いて先に外に出る。
すると、目の前で一人の男の子が自転車に跨っていた。


「おいそこのお前! もしかしてセーヤの妹か?」


突然私に向かって叫んできたその男の子は、ぱっちり二重の大きな目と汗ばんで額に張り付いた前髪が印象的な人。
お兄ちゃんの交友関係は大体知っていたけれど、その人は見たことがない人だった。
だけど、お兄ちゃんの名前を知っているから友達なんだろうということはわかった。


「俺ヒナタって言うんだけど、お前セーヤしらねぇ? これから出かけるんだけど遅いから迎えに来たんだ」


その人が、日向だった。


「……おにーちゃんなら、トイレいってるよ」

「あ? トイレ? まじかよ。ハライタか?」


失礼なことを言いながらイライラした様子でお兄ちゃんを待っていた日向は、私がその場から全く動かないのを見て睨んできた。


「おい妹、どっか行くならとっとと行けよ。そこ邪魔だから」

「……」

「聞こえなかったのか? クソガキが。てめぇと遊ぶわけじゃねぇんだ、あっち行けよ!」


私が何も喋らないのをいいことに、日向は私を馬鹿にしたように暴言を吐き続けていて。
自分より身体が大きい相手。しかもお兄ちゃんの友達の男の子。
正直かなり怖かった。
だけど、


「このクソチビが! 早くどっか行けよ!」


しびれをきらした日向にそう怒鳴られた瞬間、ぷちんと何かが切れたような気がして。
次の瞬間、


「わたしはクソガキじゃないしクソチビでもない! ユーヒだよ!」


そう、叫び返していた。


「わたしはおにーちゃんに待っててって言われてるから待ってるの! おにーちゃんがいっしょに行こうって言ったんだもん! いつものおにーちゃんのお友だちはいやなかおはするけど、そんなひどいことは言わないよ! 人がいやがることは言っちゃいけないんだよ!? おにーちゃんのお友だちってことは、四年生でしょ!? そんなこともしらないの!?」

「なっ……」

「ひどいよ! わたし、ガキじゃないもん! チビじゃないもん! ユーヒって名前あるもん! しんちょーも、ちょっとみんなより小さいだけだもん。一年生でいちばん小さいけど、いちばんまえだけど……でもチビじゃないもん……」

「お、おい……」


私はその頃、成長ホルモンの関係で身長があまり伸びずに周りより背が小さいことを気にしていた。
背の順でも常に一番前だったから、よくチビだと言われていて幼いながらにそれがすごく嫌だった。
それを初対面のお兄ちゃんの友達に馬鹿にされ、クソチビだなんて酷い言い方をされて。
きっかけなんて些細なことだ。
それが引き金のように、今まで積み重なってきた学校に馴染めないことへの寂しさや不安、怖さみたいなものが一気にのしかかってきてしまい、今までどうにか保っていた心の糸が切れてしまったのだろう。
私は感情のままに、泣き叫ぶように日向を責めたんだ。

酷い。好きで小さいわけじゃないのに。私だって友達ほしい。一人は寂しい。
多分、そんな気持ちをぶつけたと思う。
途中から本当に涙が出てきて、自分でも感情がよくわからなくなって、それでも言葉も涙も怒りも止まらなくて。


「あやまってよっ……あやまってよぉ! わるいこと言ったら、ゴメンナサイしなきゃダメなんだよ!?」

「わかった、わかったから! ごめんって。俺が言いすぎた。謝るから頼むから泣きやめ!」

「ないてないもん!」

「嘘つけ! めちゃくちゃ泣いてんじゃねーか!」

「ないてないのー!」

「ああもうわかった! わかったから泣くなよ、俺こういうのどうしたらいいかわかんねぇんだよ!」


いつのまにか、泣いている私とそれを必死に宥めようと焦っている日向に変わっていた。
お兄ちゃんは、トイレから出て玄関から外に向かった時にさぞ驚いたことだろう。
妹が怒りで号泣していて、友達がおろおろしながらそんな妹を宥めようと奮闘していたのだから。


「……何、どういう状況?」

「おにーちゃん! たすけて!」
「セーヤ! 助けてくれ!」

「え、……え?ケンカ?」

「おにーちゃん! この人! ヒナタ! ヒナタが、わたしのことチビって言った! クソガキって言った!」

「だからそれはごめんって謝っただろーが! つーか呼び捨てすんな妹!」

「妹じゃなくてユーヒだって言ってるでしょ!? しかもごめんって言いながらまだおこってるじゃん! おにーちゃん、ヒナタこわい!」

「なっ!? 別に怒ってねぇよ! つーか話聞けよ呼び捨てすんなっつっただろ! おいコラ待て! ユーヒ! セーヤを盾にすんな! セーヤ、違うから! 違うからな! 俺ちゃんとユーヒに謝ったからな!」

「かおがおこってるもん!」

「元からこんな顔だわ文句あんのか!」

「ほらおこってるー! おにーちゃーん!」

「ああもう悪かったって! もう怒ってねーから!」


私はお兄ちゃんに泣きついて、日向はそんな私を見て必死にお兄ちゃんに弁解していて。


「……二人とも、会ったばっかだよな?いつの間にそんな仲良くなったの?」


お兄ちゃんが首を傾げた時に


「なかよくない!」
「仲良くねぇよ!」


と声が揃った私たちを見て、お兄ちゃんが噴き出しちゃって。


「あははっ!やっぱ仲良いんじゃん!」


私も日向も本気で言い合いしてたのに、お兄ちゃんが面白そうにケラケラ笑うからむすっとしてそっぽを向いた。


「つーか日向がこんな焦ってんの初めて見たし、ユウがそこまでキレてんのも久しぶりに見た! やば、お前ら似た者同士か!」

「にてない!」
「似てねぇよ!」


日向をチラ見すると目が合ってしまい、再びぷいっと顔を逸らす。そんな私を見て、お兄ちゃんはまた噴き出してしばらく笑っていた。


「はー、こんな笑ったの久しぶりだ」

「……おにーちゃん、わらいすぎ」

「ごめんって。……日向。これ、俺の妹の夕姫。一年生。悪いけど、ユウをうちに一人で留守番はまださせられないからって母さんに頼まれてて、出かける時はいつも連れてってるんだ」

「さっきユーヒから聞いた。……そういうことは早めに教えてくれよ。行く場所考えなきゃじゃん」

「はは、ごめんごめん。ちなみに身長に関しては禁句だから気を付けろ」

「……それこそもっと早く教えてほしかった」

「悪かったって。……ユウ、こいつは俺の友達の日向。口は悪いし素直じゃないけど怖いやつじゃないから安心して」

「……本当? 怒ってない?」

「本当。怒ってないよ。多分日向のことよく知れば、ユウもすぐ仲良くなれると思うよ。だからほら、早く公園行って三人で遊ぼーぜ」


お兄ちゃんが私の涙を拭いてから頭を撫でてくれて、まだ弁解しつつ自転車を押して歩く日向と三人で一緒に公園に向かったんだ。
なんだかんだ日向は私のことを泣かせてしまったからかすごく気にしてくれてて、何度も謝ってくれて気が付けば私も日向も笑っていた。
それからお兄ちゃんと日向はいつのまにか親友って呼べるくらい仲良くなっていて、必然的に私とも一緒にいる時間が増えた。
最初はくだらない喧嘩ばかりしていたけど、日向の不器用なところや素直じゃないところ、そっけないけど優しいところもわかってきて次第に打ち解けた。


「夕姫、行くぞ」

「あ、待ってよ日向ー」


そして、気が付けばもう一人の兄のように私を見守ってくれていて。
いつも一緒にいるのが当たり前になっていた。


日向の両親が離婚して母子家庭になったと同時に転校してきて、当時は精神的に不安定で荒れていたということは後から知った。
転校してすぐ学校で問題を起こしていたらしく、クラスメイトたちは日向を遠巻きに見ていたようだけれど、当時コミュ力おばけだったお兄ちゃんだけが普通に話しかけて仲良くなったらしい。
今思うとクラスに馴染めなかったのは私も同じだったから、お兄ちゃんはなんとなく放っておけなかったんだと思う。もしかしたら私とも何か通ずるものがあったのかもしれない。
いつも家に一人なのを知って、無理矢理呼んでいるうちによく我が家に遊びにくるようになって。
運動会も誕生日もクリスマスもお正月も、気が付けばいつも日向が一緒にいるようになった。
そんな、全ての始まりだった日向と私の出会い。
私にとっては第一印象は最悪だったけど、日向にとっては違ったの……?
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