16 / 33
第二章
不安と自覚
しおりを挟む*****
「──きのさん? 秋野さん? 大丈夫?」
肩を軽く叩かれて、驚いて
「わっ……!」
変な声が出た。
「……あれ? 真山さん?」
「秋野さん、大丈夫? 最近ずっと上の空だけど」
「あ、はい。ちょっと色々あって……大丈夫です。……うわ、もうこんな時間!?
早く終わらせないと……」
「……」
時計を見たら定時間近だった。
パソコンの画面はだいぶ前から表示が変わっていない。
仕事中にぼーっとするなんて、最悪だ……!
慌ててキーボードを叩くものの、正面からは心配そうな真山さんが私を見つめていた。
どうしてこんなことになっているかと問われたら、日向に言われたことがずっと頭に残っていることが原因だった。
日向から想いを聞いたあの日、私は何も言えないまま日向が家まで送ってくれた。
『困らせてごめん。結局普通に手出してごめん。……また、俺と会ってくれるか?』
切な気な表情に、私は頷くことしかできなかった。
だけど、日向はホッとしたように頭を撫でてから帰って行った。
それ以来、一週間が経過したものの、日向からは何も連絡は来ていない。
私はこの一週間、落ち着くことがなくぐるぐると思考が回っていた。
仕事にも集中できずにぼーっとする時間が増えてしまい、色々なことがうまくいかずにため息が止まらない。
どうにか残業にならずにタイムカードを切った私に、
「秋野さん、今日暇? 飲みにいかない?」
と真山さんがお誘いしてくれた。
「何か悩み事があるんでしょ? ゆっくり話聞くよ?」
「真山さん……」
ありがたい申し出に頷き、真山さんと飲みに行くことになった。
居酒屋に入ると、すぐに真山さんはビールと一緒にいくつかおつまみを注文してくれた。
「で? 秋野さんは何をそんなに悩んでるの?」
「……悩んでるわけでは……その……」
「さすがに何もないですは通用しないからね? 真面目な秋野さんがあんなに上の空になるなんて今まで無かったじゃん」
「はい……」
仕事中に迷惑をかけてしまっている手前、今さらごまかすことなんてできないだろう。
ビールを片手に前のめりに聞いてくる真山さんに、腹を括る。
「実は……」
私は、日向とのことを順を追って説明することにした。
もちろん、身体を重ねたなんて詳細までは話していない。
「つまり、その兄のように慕ってた幼馴染に告られちゃったからどうしようって話?」
「まぁ、ざっくり言うとそうです……」
「そんなの、付き合えばいいじゃん」
「なっ……そんな簡単な話じゃないんですよー……」
至極軽い真山さんの返答に力が抜ける。
「なんで? 何をそんなに悩む必要があるの? 嫌いなの?」
「嫌いなわけないです! むしろ……」
「むしろ? 好き?」
「……好き、なんでしょうか……。わかんないんです。だって、ずっと幼馴染で、私にとってはもう一人の兄のような存在だったんです。それが、急に好きだなんて言われても……」
「あぁ、理解が追いつかないのね?」
「はい……」
「でもヤったんでしょ?」
「ヤっ!? 真山さん、声が大きいです!」
居酒屋でなんてことを言うんだ。
慌てて周りを見渡すけれど、皆自分たちの話に夢中なのか見られている感じは無い。
ふぅ、と一息ついたところで、
「どうなの?」
と真山さんが詰め寄ってくる。
「……はい、しました」
二回も、とは流石に言えないけれど嘘をつけずに頷くと、真山さんは
「やることやってて秋野さんもそれだけ意識してて。嫌じゃないなら断る理由なんてないんじゃない?」
とやはりあっさりしている。
「まぁ、昔から知ってるからこそ急にそんな関係になってどんな顔したらいいかとか、どんな風に関わっていけばいいかとか、振られたらもう幼馴染には戻れないとか、そんなことが気になってるんだろうとは思うけど」
「そう、だと思います」
真山さんの言う通りだ。
私はただ、怖いんだ。
"そんな男のことなんて忘れさせてやる"
その言葉に頷いてキスをして、その先もして。
嫌じゃなかった。むしろ求めてしまった。
だけど、それだけでも今までと何かが変わったようで漠然とした不安があった。
幼馴染っていう関係でいるのと、恋人になるのとでは全然違う。
今まで通りになんかいかない。
もし、付き合ってみてうまくいかなかったら?
日向に限ってそんなことはないと思うけど、また二股かけられたら?
また浮気相手だって言われたら?
そうじゃなくても、万が一別れるなんてことになったら?
そうなったらもう、小さい時からの幼馴染には戻れない。
今更、もう一人のお兄ちゃんだなんて思えない。
そんなことが、不安で仕方ないんだ。
怖くてたまらないんだ。
「まぁ、前の男が酷かったから、付き合うことに後ろ向きになるのもわかるけど。……でも、私は話を聞く限りなら、その人は秋野さんのことすごく大切にしてくれそうだなって思うよ」
「そう、ですか?」
「うん。だって、秋野さんのことを何年も一途に思い続けてたってことでしょ?」
「……らしいです」
私は全く気が付いていなかったけれど。
「一途でかっこよくて優しくて甘やかしてくれて、昔から知ってるから変に取り繕う必要もない。素を出せて弱音を吐ける相手って、そうそういないよ?」
それはそうだ。
「思い切り泣ける場所って、案外少ないんだよ」
「そう、ですよね」
「それを無条件に受け止めてくれる人も、滅多にいないの」
日向は私にとって、素をさらけ出せて弱音を吐くことができて、心から甘えることができる相手。
本当の兄妹ではないからこそ、なんでも吐き出せる相手。
その存在が、どれだけ私にとって大切なものか。
そしてどれだけ恵まれているのか。考えたこともなかった。
「そんな完璧な人、ウダウダして待たせてたらすぐ誰かに持ってかれるよ?いいの?」
「え……」
「当たり前でしょ。昔からモテてたって言ってたじゃん。そんな男、世の女が放っておくと思う?」
「……思いません」
昔は女の子を取っ替え引っ替えしていた。
だけど、ある時からきっぱりと辞めたように誰とも付き合わなくなった。
だけど、これで私が断れば、真山さんの言う通り世の女性が放っておかないのは明白だ。
「難しいことあれこれ考える必要ないじゃん。秋野さんが一緒にいたいかいたくないか、それだけでいいじゃん」
「私が、一緒にいたいかいたくないか……」
「うん。想像してみなよ。自分以外の女の人が、彼と一緒に歩いてるところ。自分以外の女の人とデートして、キスしてるところ」
日向が、私以外の女性の隣に立って一緒に歩く……。
私以外の女性とデート?キス?
そんなシーンを想像して、
「────嫌だ」
頭で考えるよりも先に、そう言葉が飛び出していた。
「……嫌です。そんなの、嫌。日向が他の人となんて……絶対嫌です」
「……うん。不安はあるかもしれないけどさ。今はそれだけで、十分だと思わない?」
真山さんの優しい笑顔に、頷く。
「そもそも秋野さんみたいな真面目タイプの人は確かに押しに弱かったり流されやすかったりするけどさ。でも好きじゃない人に抱かれるとか無理だと思うよ。少なくとも抵抗はすると思う。だから秋野さんが彼と寝た時点でもうわかってたことのような気はするけどね」
改めてそう分析されると恥ずかしくて死にそうだ。
確かに、日向だから受け入れたけど、多分他の人だったら思い切り拒絶していたと思う。
そうか、あの頃から私の心は日向に。
いや、もしかしたら気付いていなかっただけで、心の奥底には日向がずっといたのだろうか。
「真山さん、なんかすみません。いろいろ話したらすっきりしてきました。もっとシンプルでいいんですよね。ありがとうございます」
「ううん。気にしないで。私も秋野さんがあの束縛男のこと吹っ切れたみたいで安心したよ。案外良い人って、身近にいるもんだよね」
言われて、今年のおみくじの文字を思い出す。
"身近な人を大切に"
「真山さん。私、神社にお礼参り行くべきですかね?」
「え? 何の話?」
「いや、こっちの話です……」
次に地元に帰ったら、ちゃんとお礼しにいかなきゃ。
26
お気に入りに追加
760
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。
幼馴染がヤクザに嫁入り!?~忘れてなかった『約束』~
すずなり。
恋愛
ある日、隣に引っ越してきたのは昔別れた幼馴染だった!?
「あ、ゆうちゃんだー。」
「は!?彩!?」
久しぶりに会った幼馴染は昔と変わらず遠慮なく接してくるが、住む世界が違いすぎる俺。
あまり関りを持たないようにしたいところだけど、彩はお構いなしに俺の視界に入ってくる。
「彩、うちに・・嫁にくるか?」
※お話の世界は全て想像の世界です、現実世界とはなんの関係もありません。
※メンタル薄氷につき、コメントは受け付けられません。
※誤字脱字は日々精進いたしますので温かく見ていただけたら幸いです。
描きたい話が一番だよね!それではレッツゴー!
初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる
ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。
だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。
あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは……
幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!?
これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。
※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。
「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる