9 / 33
第二章
都内での再会-1
しおりを挟む「秋野さん、こっちの処理お願いできる?」
「わかりました。そこ置いといてもらえますか?」
「ありがとう! 助かる!」
「秋野さん、こっちも!」
「えぇ!? 急ぎですか!?」
「明日の朝イチ! 頼んだ!」
そう叫んで鞄を持って走って出ていく営業部の社員を見送り、
「なんで休み明けからこんな忙しいのー……」
と資料を取りながら文句をこぼす。
お正月休みが明けた仕事始め。
私は都内の自宅に戻り気持ち新たに出勤したのだが。
来て早々社内は軽くパニックのようになっていた。
どうやら他部署の案件で年末に納品したものの中にミスがあったらしく、新年早々先方をかなり怒らせてしまったらしい。
営業部は朝からその処理に追われており、その結果他の案件の処理が営業部だけでは捌ききれずに総務にも回ってきたのだ。
ただでさえ年始は忙しいのに、今年は例年の何倍もの仕事量がのしかかってくる。
お昼どころかまともに休憩に入ることもできずに仕事をし続け、ようやく帰ることができたのはすでに二十二時を過ぎたあたりだった。
へろへろになりながら帰り道を歩き、自炊する体力なんて残ってないからコンビニで適当に食べ物を買って帰る。
やっとの思いで家に着きご飯を食べていると、日向から連絡が来ていることに気がついた。
"お疲れ。今電話できる?"
メッセージは三十分ほど前に来ていたようで、私は慌てて
"お疲れ。今見た。大丈夫だけどどうかした?"
と返す。
するとすぐに電話がかかってきて、スマホを耳に当てた。
「日向?」
『悪いな、仕事始めで忙しいのに』
「それは全然いいけど、どうしたの?電話なんて珍しいじゃん」
日向の連絡先はずっと知っていたけれど、電話どころかメッセージすらあまり来なかったからこういうことは珍しい。
『いや、今まではお前の彼氏に悪いなと思って控えてたんだよ。でも別れたんなら関係ないと思って』
「あぁ、そういうこと」
どうやら日向なりに気を遣ってくれていたらしい。
『なぁ、今月末の金曜の夜、時間あるか?』
「今月末……今のところ予定は特にないから大丈夫だとは思うけど」
『ん。じゃあその日空けといて』
「こっちにくるの?」
『あぁ。実は出張でそっちに行くことになったんだ。土曜に帰るから、金曜の夜に食事でもどうかと思って』
ドクンと、胸が高鳴る。
出張の後に、わざわざ私に会いに……?
驚いて、
「そ、っか。わかった。空けとくね」
そんな返事しかできない。
大学時代の友達もこっちにいるはずなのに、その人たちじゃなくて私に会いたいと、そう思ってくれたのだろうか。
『それより、なんか声変だけど、もしかして大分疲れてる?』
「あー……、うん。よくわかったね。実は会社でバタバタしててすっごい忙しかったの。もうへとへと」
『やっぱり。メシはちゃんと食ったか?』
「今食べてるよ。コンビニご飯だけど」
『そうか。あんまり無理すんなよ。放っとくとお前はすぐ一人で抱え込むんだから』
「うん。ありがとう」
スピーカー越しでもわかるなんて、そんなに私は疲れ切った声をしていたのだろうか。
でも日向の声を聞いたら、なんだかスッと楽になったような気もする。
『急に電話して悪かったな。あったかくしてゆっくり休めよ』
「うん。おやすみ日向」
『おやすみ』
電話を終えるとすぐに眠気が襲ってきて、ご飯もそこそこにシャワーを浴びてからベッドに倒れ込む。
「明日も仕事かあ……」
明日も忙しいんだろうけど、月末には日向に会えるし……。
そこまで考えて、日向に会うのをすごく楽しみにしている自分がいることに気がついた。
あんなことがあって、気まずい気持ちもあったのにまたすぐに会いたいだなんて……。
膨らみ始めた気持ちに、気づかないふりをして眠る。
その日は夢も見ずにぐっすり眠っているうちに夜が明けていた。
*****
日向との約束の日は、忙しなく過ごしているうちにあっという間にやってきた。
"待ち合わせは十九時ごろで大丈夫か?"
そんなメッセージが朝から来ていて笑ってしまう。
それに承諾の返事をして、いつも通り出勤した。
「秋野さんおはよ」
「真山さん、おはようございます」
「なんか機嫌良いね」
「え、そうですか?」
「うん。いつもより雰囲気が明るい気がする。さてはいいことあったなー?」
「いや別にそういうわけじゃないですよ。ただ、今日はちょっと予定があるのでそれが楽しみではあります」
「珍しいね、あの彼氏さん?」
「あれ、言ってませんでした? 彼とは年末に別れちゃったんです」
「え!? そうだったの!?」
「はい。いろいろありまして」
出勤早々、エントランスで同じ総務部の先輩である真山さんと会い、一緒にオフィスに入る。
エレベーターに向かいつつ信明くんと別れたことを告げると、目を見開いて驚いた後に
「そっかあ……。でもこんなこと言ったら秋野さんは怒るかもしれないけど、ちょっと安心した」
と笑った。
「もー、真山さんまでそんなこと言う」
「他にも誰かに言われたの? そりゃそうだよ。その元彼さん、束縛すごかったじゃん」
「すごかったんですかね……」
「すごかったと思うよ。彼が嫌がるからって会社の飲み会も全部断ってたでしょ。私、結構寂しかったんだからね?」
「そういえばそうですね……すみません。いつのまにかそれが当たり前になってて、あんまり気にしてなかったかもしれないです」
「すっかり洗脳されてた感じだったもんね」
真山さんにも言われてしまうほど、信明くんの束縛はすごかったようだ。
言われてみれば会社の飲み会にもここ数年行ってないし、友達とも連絡は取るけど実際に会っていない。
ランチで社内の人たちと近所に出かけるくらいしかそもそも外に出ていなくて、友達の結婚式に行くのも信明くんに嫌な顔されたっけ……。
あれ、もしかして、私相当ヤバい人と付き合ってた?
自分を客観的に見て初めて、真山さんの言うとおり洗脳されていたのかもしれないと気がついた。
日向もお兄ちゃんも、私が信明くんと別れたことに喜んでくれているのが複雑な気がしていたけれど、当たり前のことだったのかもしれない。
それだけ心配をかけていたのかと思うと申し訳ない気持ちにもなる。
「でも……その人と確か結婚の話も出てたんじゃなかった? なんで別れたの?」
「それが……いや、あんまり大きな声では言えないので……今日のランチの時でもいいですか?」
「……だいぶやばい話ってことね? わかった。じゃあ後で聞かせて。個室のお店探しとく」
「ありがとうございます……」
真山さんの気遣いに感謝しながら、エレベーターに乗った。
「秋野さん、おはよう」
総務部に入るとすぐに、営業部所属の先輩、浅井さんが声をかけてきた。
営業部と総務部は隣だけど、朝からこちらにいるのは珍しい。
「浅井さん、おはようございます。総務部にご用でしたか?」
「いや、この間商談についてきてもらっただろ? そのお礼渡しに来たんだ」
「え!? そんな、私はただついていっただけみたいなものですし、お礼なんて受け取れませんよ」
「そんなこと言わずに。データもまとめてもらってかなり助かったんだ。だからほら、受け取って」
そう言って差し出された小さな箱。
近所でおいしいと評判のパティスリーにある焼き菓子セットだ。
確かに数日前に浅井さんに頼まれて商談についていった。いつも一緒に行ってる営業事務の女性社員が休みだったから、私が借り出されたのだけど。
特に何をしたわけでもないし、ただデータをまとめて浅井さんの補佐的役割をしただけだ。
こんなお礼をいただけるようなこと、した覚えはないのだけれど。
「可愛い! ……こんな素敵なもの、いただいちゃって本当にいいんですか?」
ここで無理に断ったら、逆に浅井さんに気を遣わせてしまうかもしれない。ここはありがたく気持ちを受け取っておくのが良いだろうか。
そう思っておずおずと受け取ると、浅井さんは嬉しそうに笑ってくれた。
「もちろん。その代わりまたお願いするかもしれないから、その時は頼むよ」
「はい。ありがとうございます」
会釈をすると、浅井さんは颯爽と営業部の方へ戻っていく。
「ちょっと秋野さん、最近浅井くんといい感じなんじゃない?」
「え?」
「浅井くんも秋野さんのこと気に入ってるみたいだし、彼氏と別れたんなら狙ってみたら?」
「真山さん何言ってるんですか、そんなんじゃないですよ」
浅井さんが見えなくなったところで真山さんが私をからかいにくる。
「でも、浅井くんって社内でもかなり人気じゃない? だから、もし秋野さんが少しでもいいなって思うならチャンスだと思うけどなあ」
真山さんの言うとおり、浅井さんは営業部のエースであり、その整った容姿も相まって社内でもトップクラスに人気がある人だ。
甘いマスクから放たれる営業スマイルは数々の女性を虜にしているらしく、秘書課の女性社員たちが密かに狙っているらしいという噂も聞くし、取引先の女性からもよく声がかかると聞く。
私は今までかっこいいとは思うことはあったけど、だからといって必要以上に恋愛対象として意識したことはなかった。
常に浅井さんの周りには女性がいる印象だし、こういう些細な気遣いも抜かりない。
ものすごくモテる人だから、私のことなんて眼中にないのはわかっている。
「もう、そんなんじゃないって言ってるじゃないですか。ほら、仕事しましょ」
「私はいいと思うんだけどなあ? ま、いっか」
真山さんとは向かいのデスクに座って、仕事を始めた。
26
あなたにおすすめの小説
いい加減こっち見ろよ!〜見た目だけだとフラれ続ける私は、どうやら幼馴染の執着愛に気づいていなかったようです。〜
こころ ゆい
恋愛
保育士の八重と外科医の一生は、小学生の頃からの幼馴染。
傍から見れば、儚く清楚に見えるらしい八重は、実は外見にそぐわぬ性格をしていた。
そのせいで、見た目につられて告白してくる男性たちは、ことごとく彼女の中身を知って離れていく。
フラれる度に、やけ食いややけ酒に付き合ってもらっている一生は優しいが、懲りずに同じような恋愛を繰り返す八重に呆れている....と思っていたら?
「....八重の可愛さは、そんなもんじゃないんです。....誰も気付かなくていい。俺だけが知ってればいい」
ーーどうやら、かなり愛されていたようです?
※じれじれ・執着・溺愛 ラブストーリー。🌱
※この物語は、全て作者の想像で描かれたフィクションです。実際の場所・建物・人物とは関係ありません。🌱
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない
若松だんご
恋愛
――俺には、将来を誓った相手がいるんです。
お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。
――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。
ほげええっ!?
ちょっ、ちょっと待ってください、課長!
あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?
課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。
――俺のところに来い。
オオカミ課長に、強引に同居させられた。
――この方が、恋人らしいだろ。
うん。そうなんだけど。そうなんですけど。
気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。
イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。
(仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???
すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる