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第一章
帰省と再会-1
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しんしんと舞い落ちる雪は、まるで私の心までをも冷やしてしまうかのように音もなく静かに降り続いている。
手のひらに乗れば、一瞬花を咲かせてすぐに溶けていく。そんな儚さに切なくなった。
長いようでとても短く感じていた一年が終わりを迎える日、大晦日。
私、秋野 夕姫は今日、数年ぶりに実家のある地方の田舎に戻ってきていた。
新幹線と在来線を乗り継いだ先にある最寄り駅で降り立つ。
駅の改札を出ると、どこからか冷たい風が吹き全身を包み込んで身震いした。
「うわっ……さむっ……」
視界に広がる一面の銀世界に、思わずそんな声がこぼれる。
久しく帰ってきていなかったから、丈の長いブーツも長靴も持っていない。
それなのに目の前にはさらっと雪が積もっていて、綺麗に除雪されていたはずの道は半分くらい埋まってしまっていた。
都内では全くお目にかかれないこの景色。
数年前まで当たり前のように眺めていたのに、今では滅多に降らない東京の冬に慣れてしまったのか、この景色に新鮮ささえ感じるから不思議だ。
ショートブーツの中には早速雪が入ってきてしまい冷たいけれど、仕方ない。
マフラーに顔を埋めながら、ぎゅっと雪を踏み締める音を懐かしく思いつつ私は実家への道を歩き始めた。
駅から徒歩十五分ほどの場所に、私の実家はある。
どっぷりと雪が積もっている屋根とそこに伸びる電線。駅に降りた時も思ったけれど、どうやらまだ降ったばかりのようだ。
今はパラパラ降るくらいに落ち着いていて良かった。吹雪に見舞われた日には顔が痛くなってしまう。
しかしどちらにしても降ったばかりだからか、大晦日だというのにご近所さんの中にはわざわざ雪かきしている人の姿も見えた。
時刻は二十時過ぎ。そろそろテレビでも見ながらゆっくりと年の瀬を感じたい頃だろうに。
軽くご挨拶をしつつ、実家の鍵を開けて中に入った。
「ただいまー」
頭や肩についた雪を払いながらリビングに向かって言うと、中からバタバタと足音が聞こえてきた。
「はーい……あれ? ユウちゃんじゃない。おかえり。久しぶりね。今年も帰ってこないと思ってたわ」
私を見て驚いたように笑うお母さんに、なんとなくホッとして私も笑う。
「久しぶり。たまには帰ってこようかと思ってね。まだご飯食べてないんだ。何か余ってる?」
「残り物でもいい? 来るって知ってたらいっぱい作っておいたんだけど……」
「残り物でも大歓迎だよ。ちょっとバタついてて連絡できなかった私が悪いから」
「ごめんね。急いで用意するわ。でもよかった。実はね、お父さん大晦日だからってビールばっかり飲んでて、晩ご飯ほとんど食べてくれなかったからおかずも結構余ってるのよ」
「やった、ラッキー」
「ふふ、じゃあ温めて直しておくから、部屋に荷物置いてらっしゃい。星夜も日向くんも帰ってきてるわよ、部屋にいると思うから顔出してらっしゃい」
「わかった。ありがと」
リビングに戻るお母さんを横目に、私は言われた通り自室に荷物を置きに行く。
二階への階段を登ってすぐの部屋。そこに入って荷物を置きコートとマフラーを脱いでいると、廊下から足音がした。
「もしかしてユウ? 帰ってきたのか?」
「お兄ちゃん。ただいま。久しぶりだね」
「お、やっぱり。おかえり。おい日向! ユウ帰ってきたぞ」
隣の部屋から出てきたのであろう、お兄ちゃんは嬉しそうに私を見つめてから自分の部屋に向かってそう叫ぶように言う。
すると、どこからかガタンという物音がした後に慌てたようにバタバタとこちらに走ってくる足音が聞こえた。
「夕姫!?」
その声が聞こえた瞬間、私は懐かしさに目を細めた。
私のことを"夕姫"と呼ぶ人は、実はほとんどいない。
ユウ、ユウちゃんと呼ばれてばかりの私を夕姫と呼ぶのは、彼くらいだろう。
「……日向、久しぶりだね。今年も来てたんだ」
「当たり前だろっ……久しぶりだな。元気だったか?」
「うん。元気だよ」
驚いたように、だけど嬉しそうに私を見つめて頭を撫でてくれる目の前の彼は、屋代 日向
私、秋野 夕姫と兄の星夜とは幼馴染のようなもので、もう十五年以上の仲だ。二十五歳の私よりも四つ年上の、二十九歳。
元々は兄の親友であり、その関係で私も仲良くなった人で、何かと私の心配をしてくれる。
私にとってはもう一人の兄のような人だ。
事情があって子どもの頃から毎年うちで一緒に年越しをしており、社会人になった今でもどうやらそれは続いているようだった。
私とは頭ひとつ分違う長身と、爽やかな黒髪とぱっちりとした二重が目を惹く整った容姿。
昔からモテており女の子を取っ替え引っ替えしていたけれど、その頃に比べさらに磨きがかかったかのような眉目秀麗さに惚れ惚れしそうだ。
「メシは?」
「それがまだ食べてなくて。お母さんが今温めてくれてるから食べに行くところ」
「そうか。日向、俺たちも酒飲むついでに何かつまみに行こうぜ」
「あぁ」
頷いた日向も連れて三人で一緒にリビングに向かう。
「お父さん、ただいま。久しぶり」
「ユウ。おかえり」
ビールのせいか、すっかり出来上がってポヤポヤしているお父さんにも挨拶をしてから、ダイニングに向かった。
「あら、星夜と日向くんはあれだけ食べたのにまたつまみ食いかしら? ユウちゃんの分無くなっちゃうからほどほどにね。お酒なら冷蔵庫から自分で出してよー」
「わかってるよ」
「いただきまーす」
二人に釘を刺すお母さんとだるそうに返事する二人に笑いながらも、私は席に座り食べ始める。
隣には当たり前のように日向が座り、向かいにはビールを三缶持ったお兄ちゃんが座り、私にもキンキンに冷えたビールを渡してくれた。
「どうせなら三人で乾杯しよう。ユウもいるの珍しいし」
「ありがと」
「夕姫、お前ビール飲めたっけ?」
「うん。最近飲めるようになったよ」
「そうか」
かんぱーい、と声を合わせてからビールを飲む。喉を通るその冷たさをごくりと飲み込んでから、そのおいしさにため息のような空気が漏れた。
「にしても、ここんとこ毎年帰ってこなかったのに急にどうした? あの束縛彼氏と喧嘩でもしたか?」
お兄ちゃんの声に、私は肩を跳ねさせる。
……束縛彼氏、ね。
帰ってくれば必然的にそのことについて聞かれるのはわかっていたけれど、正直今はキツい質問だった。
「振られた」
「え?」
「……別れたの。だから帰ってきた。傷心中だからその辺はそっとしといて」
お兄ちゃんと日向が言葉を失ったのがわかり、心配をかけまいとへらりと笑ってみせる。
「ちょっと、黙らないでよ。お兄ちゃんの言う通り束縛激しかったから、別れてすっきりしてるんだから」
明らかに嘘だとわかる私の言葉に、お兄ちゃんは困ったように
「……そうか」
と頷く。
「うん。だからそんな"地雷踏んだ"みたいな顔しないでよー」
私が笑うと、二人は複雑そうな表情をしながらも笑い返してくれた。
「まぁ……あれだ。そういう時はたくさん食って飲め。んで忘れろ」
頬杖をつきながらそう言って私の頭を撫でてくれる日向の大きな手に、なんだか安心感を抱いて頷く。
お母さんの作ってくれたおいしいご飯と、二人の優しさ。
それが私の凝り固まった心に沁みて、気を抜いたら泣いてしまいそうだった。
「……ありがと」
それをグッと堪えて、笑いながらご飯を食べた。
食べ終わった食器を洗ってお風呂に入っている間に、二人は部屋に戻ったようだ。
日向が泊まる時は私とお兄ちゃんの部屋の奥、昔は物置として使っていた突き当たりの部屋で寝泊まりしている。
時刻は二十三時。もうすぐ年も明けるだろう。
それぞれ部屋で休んでいる頃だろうか。
気が付けばお母さんもお父さんももう寝てしまったようで、リビングも暗くなっていた。
私は水を飲んでから、冷蔵庫に残っているビールをいくつか拝借して部屋に戻る。
ベッドに腰掛け、窓の向こうに広がる雪景色を眺めながらビールの缶のプルタブに手をかけた。
お兄ちゃんが言う束縛彼氏、信明くんとは付き合って三年目に突入していた。
学生時代からの仲で、実は結婚の話も出ていた。
そろそろ親に紹介して、なんて話も出ていたんだ。
それなのに。
信明くんが、浮気していることがわかった。いや、違うか。二股をかけられていることがわかったのだった。
手のひらに乗れば、一瞬花を咲かせてすぐに溶けていく。そんな儚さに切なくなった。
長いようでとても短く感じていた一年が終わりを迎える日、大晦日。
私、秋野 夕姫は今日、数年ぶりに実家のある地方の田舎に戻ってきていた。
新幹線と在来線を乗り継いだ先にある最寄り駅で降り立つ。
駅の改札を出ると、どこからか冷たい風が吹き全身を包み込んで身震いした。
「うわっ……さむっ……」
視界に広がる一面の銀世界に、思わずそんな声がこぼれる。
久しく帰ってきていなかったから、丈の長いブーツも長靴も持っていない。
それなのに目の前にはさらっと雪が積もっていて、綺麗に除雪されていたはずの道は半分くらい埋まってしまっていた。
都内では全くお目にかかれないこの景色。
数年前まで当たり前のように眺めていたのに、今では滅多に降らない東京の冬に慣れてしまったのか、この景色に新鮮ささえ感じるから不思議だ。
ショートブーツの中には早速雪が入ってきてしまい冷たいけれど、仕方ない。
マフラーに顔を埋めながら、ぎゅっと雪を踏み締める音を懐かしく思いつつ私は実家への道を歩き始めた。
駅から徒歩十五分ほどの場所に、私の実家はある。
どっぷりと雪が積もっている屋根とそこに伸びる電線。駅に降りた時も思ったけれど、どうやらまだ降ったばかりのようだ。
今はパラパラ降るくらいに落ち着いていて良かった。吹雪に見舞われた日には顔が痛くなってしまう。
しかしどちらにしても降ったばかりだからか、大晦日だというのにご近所さんの中にはわざわざ雪かきしている人の姿も見えた。
時刻は二十時過ぎ。そろそろテレビでも見ながらゆっくりと年の瀬を感じたい頃だろうに。
軽くご挨拶をしつつ、実家の鍵を開けて中に入った。
「ただいまー」
頭や肩についた雪を払いながらリビングに向かって言うと、中からバタバタと足音が聞こえてきた。
「はーい……あれ? ユウちゃんじゃない。おかえり。久しぶりね。今年も帰ってこないと思ってたわ」
私を見て驚いたように笑うお母さんに、なんとなくホッとして私も笑う。
「久しぶり。たまには帰ってこようかと思ってね。まだご飯食べてないんだ。何か余ってる?」
「残り物でもいい? 来るって知ってたらいっぱい作っておいたんだけど……」
「残り物でも大歓迎だよ。ちょっとバタついてて連絡できなかった私が悪いから」
「ごめんね。急いで用意するわ。でもよかった。実はね、お父さん大晦日だからってビールばっかり飲んでて、晩ご飯ほとんど食べてくれなかったからおかずも結構余ってるのよ」
「やった、ラッキー」
「ふふ、じゃあ温めて直しておくから、部屋に荷物置いてらっしゃい。星夜も日向くんも帰ってきてるわよ、部屋にいると思うから顔出してらっしゃい」
「わかった。ありがと」
リビングに戻るお母さんを横目に、私は言われた通り自室に荷物を置きに行く。
二階への階段を登ってすぐの部屋。そこに入って荷物を置きコートとマフラーを脱いでいると、廊下から足音がした。
「もしかしてユウ? 帰ってきたのか?」
「お兄ちゃん。ただいま。久しぶりだね」
「お、やっぱり。おかえり。おい日向! ユウ帰ってきたぞ」
隣の部屋から出てきたのであろう、お兄ちゃんは嬉しそうに私を見つめてから自分の部屋に向かってそう叫ぶように言う。
すると、どこからかガタンという物音がした後に慌てたようにバタバタとこちらに走ってくる足音が聞こえた。
「夕姫!?」
その声が聞こえた瞬間、私は懐かしさに目を細めた。
私のことを"夕姫"と呼ぶ人は、実はほとんどいない。
ユウ、ユウちゃんと呼ばれてばかりの私を夕姫と呼ぶのは、彼くらいだろう。
「……日向、久しぶりだね。今年も来てたんだ」
「当たり前だろっ……久しぶりだな。元気だったか?」
「うん。元気だよ」
驚いたように、だけど嬉しそうに私を見つめて頭を撫でてくれる目の前の彼は、屋代 日向
私、秋野 夕姫と兄の星夜とは幼馴染のようなもので、もう十五年以上の仲だ。二十五歳の私よりも四つ年上の、二十九歳。
元々は兄の親友であり、その関係で私も仲良くなった人で、何かと私の心配をしてくれる。
私にとってはもう一人の兄のような人だ。
事情があって子どもの頃から毎年うちで一緒に年越しをしており、社会人になった今でもどうやらそれは続いているようだった。
私とは頭ひとつ分違う長身と、爽やかな黒髪とぱっちりとした二重が目を惹く整った容姿。
昔からモテており女の子を取っ替え引っ替えしていたけれど、その頃に比べさらに磨きがかかったかのような眉目秀麗さに惚れ惚れしそうだ。
「メシは?」
「それがまだ食べてなくて。お母さんが今温めてくれてるから食べに行くところ」
「そうか。日向、俺たちも酒飲むついでに何かつまみに行こうぜ」
「あぁ」
頷いた日向も連れて三人で一緒にリビングに向かう。
「お父さん、ただいま。久しぶり」
「ユウ。おかえり」
ビールのせいか、すっかり出来上がってポヤポヤしているお父さんにも挨拶をしてから、ダイニングに向かった。
「あら、星夜と日向くんはあれだけ食べたのにまたつまみ食いかしら? ユウちゃんの分無くなっちゃうからほどほどにね。お酒なら冷蔵庫から自分で出してよー」
「わかってるよ」
「いただきまーす」
二人に釘を刺すお母さんとだるそうに返事する二人に笑いながらも、私は席に座り食べ始める。
隣には当たり前のように日向が座り、向かいにはビールを三缶持ったお兄ちゃんが座り、私にもキンキンに冷えたビールを渡してくれた。
「どうせなら三人で乾杯しよう。ユウもいるの珍しいし」
「ありがと」
「夕姫、お前ビール飲めたっけ?」
「うん。最近飲めるようになったよ」
「そうか」
かんぱーい、と声を合わせてからビールを飲む。喉を通るその冷たさをごくりと飲み込んでから、そのおいしさにため息のような空気が漏れた。
「にしても、ここんとこ毎年帰ってこなかったのに急にどうした? あの束縛彼氏と喧嘩でもしたか?」
お兄ちゃんの声に、私は肩を跳ねさせる。
……束縛彼氏、ね。
帰ってくれば必然的にそのことについて聞かれるのはわかっていたけれど、正直今はキツい質問だった。
「振られた」
「え?」
「……別れたの。だから帰ってきた。傷心中だからその辺はそっとしといて」
お兄ちゃんと日向が言葉を失ったのがわかり、心配をかけまいとへらりと笑ってみせる。
「ちょっと、黙らないでよ。お兄ちゃんの言う通り束縛激しかったから、別れてすっきりしてるんだから」
明らかに嘘だとわかる私の言葉に、お兄ちゃんは困ったように
「……そうか」
と頷く。
「うん。だからそんな"地雷踏んだ"みたいな顔しないでよー」
私が笑うと、二人は複雑そうな表情をしながらも笑い返してくれた。
「まぁ……あれだ。そういう時はたくさん食って飲め。んで忘れろ」
頬杖をつきながらそう言って私の頭を撫でてくれる日向の大きな手に、なんだか安心感を抱いて頷く。
お母さんの作ってくれたおいしいご飯と、二人の優しさ。
それが私の凝り固まった心に沁みて、気を抜いたら泣いてしまいそうだった。
「……ありがと」
それをグッと堪えて、笑いながらご飯を食べた。
食べ終わった食器を洗ってお風呂に入っている間に、二人は部屋に戻ったようだ。
日向が泊まる時は私とお兄ちゃんの部屋の奥、昔は物置として使っていた突き当たりの部屋で寝泊まりしている。
時刻は二十三時。もうすぐ年も明けるだろう。
それぞれ部屋で休んでいる頃だろうか。
気が付けばお母さんもお父さんももう寝てしまったようで、リビングも暗くなっていた。
私は水を飲んでから、冷蔵庫に残っているビールをいくつか拝借して部屋に戻る。
ベッドに腰掛け、窓の向こうに広がる雪景色を眺めながらビールの缶のプルタブに手をかけた。
お兄ちゃんが言う束縛彼氏、信明くんとは付き合って三年目に突入していた。
学生時代からの仲で、実は結婚の話も出ていた。
そろそろ親に紹介して、なんて話も出ていたんだ。
それなのに。
信明くんが、浮気していることがわかった。いや、違うか。二股をかけられていることがわかったのだった。
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