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番外編

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「ね、ねぇ、父さん。母さん大丈夫かな?」

「落ち着け、大丈夫だから。……でもやっぱり心配だな……」


思わず足が進みそうになるのを、後ろから腕を掴まれて止められた。


「ちょっと、まず父さんが落ち着きなよ。俺よりそわそわしてんじゃん」

「そりゃそうだろ。お前の時も俺は見られなかったんだから」

「それは父さんのせいでしょ?」

「……否めない」


親子で馬鹿みたいな言い合いをしているのは、そわそわして落ち着かないからだ。

俺たちが今行ったところで何もできることは無いのに、どうしても足が前に向かってしまう。

ひとまず数歩戻ってベンチに腰掛けた。


「……母さん、大丈夫なんだよね?」

「あぁ。……大丈夫に決まってんだろ」

「じゃあなんで俺たち追い出されたの?」

「……俺たちがそわそわしすぎて邪魔になるんだと」

「ここにいたらもっとそわそわしちゃうんだけど」

「そうだな……でもこの方が舞花は集中できるんだよ」

「それはわかってるけど……その割には長くない?本当に大丈夫?」

「大丈夫だ。だから信じて待ってろ」

「うん……」


まだ小さく感じるその手をぎゅっと掴むと、普段は嫌がられるのに今日に限ってはされるがままの息子、隼輔。

十歳の子どもにしては大きく見える身体も、今は不安そうに縮こまっている。

それほどまでに緊張して落ち着かないのは俺も同じ。……あぁ、考えれば考えるほど時間が経つのは遅いし不安でいっぱいだ。


「……舞花……頑張れ……」


隼輔と共にそう願うことしか、今の俺にはできない。



そのままどれくらいの時間が経っただろう。慌ただしく出入りするドクターや助産師の女性を見るたびに立ち上がっていた俺たちに、まるで"おまたせ"とでも言うかのように。


オギャアア!


と、甲高い産声が聞こえた。

思わず見合わせた顔。


「う、産まれた……!」

「あぁ。産まれたなぁ!」


隼輔とガバッと抱き合い、喜びを分かち合う。

そんなタイミングで、LDRと呼ばれる部屋のドアが開いた。


「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」


助産師さんの柔らかな笑顔に頭を下げて、一目散に舞花の元へ向かう。


「舞花!」

「……隼也、隼輔」

「母さん!……この子が?」

「そうよ。あなたの妹よ」

「……可愛い」


ふにゃふにゃの手足は、すでに母親の温もりを求めるように全力でバタバタしていて。

目が開いていないその顔は、必死に母乳を求めるように眉間に皺を寄せて口を開いて泣いている。

そっとその手に自分の指をつけてみた。

ぎゅ、と。反射的に掴まれた指は、すごい力で締め付けられる。


「すげぇ……可愛いなあ」


こぼれ落ちた言葉に、舞花と隼輔が笑ったのがわかる。

でも、本当にすごいし、可愛いとしか言いようがない。

そこらで見る他所の子どもなんて全然なんとも思わないのに。

自分の子どもというだけで、どうしてこんなにも可愛く見えるのだろう。

必死に求めるその泣き声も、記憶の中の幼い隼輔の手よりも小さいその手足も。

全てが愛おしくて、可愛くて仕方ない。

思わずだらしなく垂れる目尻。

今俺の口角はゆるゆると上に向かっているに違いない。


「隼輔も今日からお兄ちゃんだね」

「うん。この子の名前どうする?俺、いっぱいお世話してあげたい」

「ははっ、頼もしいね。名前はね?実はもう決めてあるの」

「え!なに!?」

「……彩花よ」


舞花から一文字取った、彩花。

そこにいるだけで俺たち家族を鮮やかに彩ってくれる、そんな花のような存在になってほしい。そんな気持ちを込めて舞花と考えた名前だ。


「彩花……うん、彩花か。じゃあ彩ちゃんだ。彩ちゃん、お兄ちゃんだよー」


隼輔は産まれたばかりの妹を前に、すっかり魅了されてしまったらしくずっと笑顔で話しかけている。

泣き疲れたのか眠ってしまった彩花の頰を指で恐る恐る触っているのを横目に、


「舞花」


頑張ってくれた愛おしい妻を、潰さないように優しく後頭部だけ抱き寄せた。


「お疲れ様。頑張ってくれてありがとう」

「うん。ありがと」


汗だくで、その目尻には涙が滲んでいる。

指でそれを撫でてから、ティッシュで額を拭いてやるとくすぐったそうに目を瞑った。


「父さん!母さん!彩ちゃんが笑った!」

「え!本当か!俺にも見せて」

「いやそれそう見えるだけで笑ってるわけじゃ……」

「ほら今!」

「待ってくれ今行くからっ……!」


愛おしい我が子の笑顔を写真に収めようと向かうものの、


「っておい、泣いてんじゃねーか」


すでに泣き始めていた彩花にショックを隠しきれずにがくりと肩を落とす。

まぁ、泣き顔も可愛いけども。


「父さんが来たら泣き始めちゃったじゃん……声デカいんじゃないの?」


昔はパパ、パパ、って走って飛び込んできたくせに。いつからこんなに可愛げのないやつに……。

逞しくも生意気に育ってきた隼輔は呆れたように吐き捨てると、


「母さん、彩ちゃん抱っこしてもいい?」


と舞花に視線を向ける。


「うん。いいよ。抱き方わかる?」

「うん。動画見て勉強した」

「待て。俺が先に抱っこする」

「えー?わかったよ。じゃあ次俺ね?」

「わかったわかった。ほら、見てろよ?」


彩花の背中に手を入れて、今にも壊れてしまいそうな小さな身体をそっと抱き上げる。

腕の中にすっぽりと収まった彩花は、さっきまで泣いていたのにすぐに泣き止んだ。

そのまますやすやと眠った可愛い寝顔を見つめていると、隼輔が早く早くと急かすから。

気を付けるように何度も言い聞かせてそっと隼輔の腕の中に彩花を移す。

抱いている人が変わったことにも気付かずにぐっすりと眠っている彩花を見て、俺も隼輔もその顔から目が離せない。


「……可愛いな」

「うん。どうしよう。彩ちゃんが可愛すぎて俺めちゃくちゃカホゴな兄ちゃんになるかも」

「お前、過保護の意味知ってんの?」

「もちろん」


そんなシスコン宣言をした隼輔の手から検査のためコットに乗せられて部屋を出て行った彩花を見送ると、舞花も病室に移動する。

すぐに休んでもらいたくて、俺と隼輔はそのまま面会を終えて病院を出た。


「ねぇ父さん」

「ん?」

「明日日曜だし、面会行く前に彩ちゃんに似合いそうな服買いに行こうよ。俺のお小遣いで彩ちゃんに可愛いやつプレゼントしたい」

「おぉ、いいな。じゃあ俺は舞花にケーキでも買ってやるかな」

「うん。だから明日は昼過ぎまで寝ないでよ?」

「はいはい」


車のミラー越しに見る隼輔の顔は、お兄ちゃんとしての自覚なのか昨日までより凛々しくなったような気がして思わず笑みが溢れた。

あんなに大事に貯めておいたお小遣いをこんなにもあっさりと妹のために使おうとするなんて。

今からそんなシスコンで、この先どうなるんだろうか。

そんな逆の意味での心配はあれど、本人がにやける口元を隠すつもりがないんだからいいだろう。


「じゃあ帰るか」

「うん」


俺だって人のこと言えないから、同じだしな。

家に帰るまでの道は、とても静かなのに幸せに満ち溢れていた。





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