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Chapter3

13

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*****


……一週間後。


隼也から話があるから会えないかと言われ、昼休みに指定された場所に向かった私は。


「……舞花、ごめん」


開口一番、自ら運転してきた隼也の車の助手席で、頭を下げられていた。


「……何が?どうしたの?」


私が謝る謂れはあれど、隼也に謝られる謂れは無い。

わけがわからなくて隼也の肩に手を添えると、頭を下げたまま隼也はぽつりと呟いた。


「……あの子」

「え?」

「お前の子ども。……俺との子なんだろう?」


ヒュッ……と。無意識に呼吸を止めた。

そっと頭を上げた隼也は、私に視線を向ける。それは私の揺れる目とは反対に真剣そのもので、力強いものだった。


「この間見た時に驚いたんだ。小さい頃の俺にそっくりなんだよ。名前も、俺から一字使ったんだろ?年齢的にもそう考えると全部辻褄が合うんだ」


何を言っているのだろう。

年齢?辻褄?

だって。隼也は、あの夜のことを覚えていないはずなのに。それなのに、どうしてそんなことを。


「舞花。……俺、三年前の金曜日のこと。ちゃんと覚えてるんだ」

「……え……?」

「あの時の子どもなんだろ?」


私を射抜くような、そんな視線に目を逸らすことができなくて。

覚えてる?あの日のことを?あんなに酔っていたのに?いつもなら、何も覚えていないのに……?

口を薄く開けるものの、言葉がうまく出てこない。

衝撃的すぎて、頭の中がぐちゃぐちゃだった。

そんな私を見かねて、隼也は小さく笑う。


「その反応見ると、間違いないみたいだな?」


昔から隼也をよく知っている。つまり、逆も然りで。

隼也は私の癖を嫌と言うほどよくわかっているのだろう。


「本当、動揺したら前髪触るところ、変わってねぇな」


無意識に触っていた前髪。隼也の言う通りなのが恥ずかしい。

行き場の無くなった手を降ろして膝の上で握りしめようとした時。隼也の手が私のそれをそっと包み込んだ。


「舞花」

「……」

「舞花の口から本当のことを聞きたい」

「……っ」


認めてしまったら。頷いてしまったら。

今までの幼馴染という関係は完全に消えて無くなってしまう。

あの日のことを覚えている時点でもうほとんどあってないようなものだけれど、認めてしまったらもう、後戻りはできない。

怒られたら?嫌がられたら?

勝手に産んだことを、責められてしまったら?

怖くて、恐ろしくて。

呼吸がだんだん速くなる。


「……舞花?」


今にも泣きそうな顔をしていたのだろうか。隼也は驚いたように目を見開いたけれど。


「ご、ごめんっ……!」

「おい!舞花!」


手を振り解き、逃げるように車を降りて走り出そうとした。

しかし、そう簡単に逃げられるわけもなく。


「っ……待てって!」

「いや!離して!」


掴まれた腕を再び振り解こうとする私を、隼也は無理矢理引き寄せた。


「離すわけねぇだろ!もう二度とお前のことで後悔したくねぇんだよ!」

「っ……」


ビルの陰に入り込んだ身体。背中に回った手は力強くて、抜け出そうにもびくともしない。


「決めたんだよ。今度こそ、捕まえたら離さないって」


次第に抵抗をやめて、こぼれ落ちる涙を隠すように隼也の肩に顔を埋めた。


「だってっ……私、勝手に産んで……」

「あぁ」

「一人でっ、隼輔を守らなきゃって……」

「あぁ」

「全部知られたら、嫌われると思ってっ」

「なんでそうなるんだよ。嫌うわけねぇだろ」

「だって、だって……!」


隼也の服を力任せにぎゅっと握る私の言葉にならない声を遮るように、隼也はクッと顎を上げてそっと唇を合わせた。

私の声を飲み込むように、私の涙を吸い取るように。


「……もう黙ってろ」

「っ」

「心配しなくても俺は怒ってねぇし、舞花のことを嫌うわけもない。むしろ俺は嬉しいんだよ」

「……嬉しい?」

「あぁ。嬉しい。すっげぇ嬉しい」


本当に嬉しそうな声色だから、信じてしまいそうになる。


「それに俺がそんな薄情じゃないってことくらい、お前が一番知ってんだろ?」


その言葉に、私は涙目で隼也を見上げる。

……そうだ。隼也は、そんな人じゃない。

口は悪いしちょっとヘタレだけど、頭が良くて人が良すぎるほどに優しい。

メンタルはそこまで強くないけど自分を取り繕うのがとても上手い。

弱音を吐くのが苦手で、人に甘えるのが得意じゃなくて、自分を責めてしまいがち。

そして、


「だからもう泣くなよ。もう俺から逃げんな」


なによりも、周りの人をとても大切にする。隼也は、そんな人だ。

そんな隼也が、私はずっと好きなんだ。


「……あの子は。隼輔くんは。俺の子なんだよな?」


隼也がその名を呼ぶことを、ずっと願っていた。

でも願うだけで、叶うわけがないと思っていた。

嬉しくて、胸がいっぱいで。コクン、とゆっくり頷く。

隼也は私の頰の涙を優しく拭った後に、嬉しそうに笑ってもう一度抱きしめた。


「……今まで大変だっただろ。一番肝心な時に、そばにいてやれなくてごめん」

「それはっ……全部私のせいで」

「違う。俺だって探そうと思えばいくらでもやり方はあったんだ。やろうと思えば、人を雇ってお前を探すくらいできたんだ」

「……隼也」

「それをしなかったのは、単純に怖かったんだ。舞花に嫌われたと思ってたから」

「そんなわけっ!」

「お前がそんなやつじゃないってことはよくわかってるけどさ。……でも、お前に拒絶されるのが怖かったんだ」


だからおあいこだ。

頭の上から聞こえた笑い声に、また一つ頷く。


「心細かっただろ。怖かっただろ。寂しかっただろ。何も知らないままお前を責めて、本当にごめん」

「ううん。私の方こそ、黙っててごめん」


お互い謝っている間に、そろそろ昼休憩が終わりの時間に近付いていた。


「もう戻らなきゃ」

「仕事終わったら迎えに行ってもいいか?」

「え?でも……」

「まだ話したいことがいっぱいある。聞きたいことも、これからのことも」


"これからのこと"


……私と隼也に、"これから"がある、ということ?


驚きに揺れる目に、私の頭にポンと手を添えて微笑んだ。


「わかった。隼輔迎えに行って待ってる」

「あぁ。……あ、あとこれだけは今言わせて」

「え?」


会社に戻ろうと背を向けると、後ろから声がかかって振り向いた。


「舞花。俺との子どもを産んでくれて、ありがとう」


にっこりと。太陽のような屈託のない笑顔。

私の大好きなその笑顔から発せられた"ありがとう"に、また涙が滲んだ。
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