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Chapter2

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お互いに謝った後、しばらく沈黙が続いた。

お茶を一口飲むと、そのグラスを私の手から抜き取った隼也が、そのままテーブルに置く。

そして私の腕をゆっくりと引き寄せた。


「……本当に、舞花なんだよな?」

「……隼也?」

「本当に、あの舞花なんだよな?俺の知ってる舞花なんだよな?夢じゃないよな?」


その腕の中は、まるでひだまりの中のように優しく、力強く、そして温かかった。

沸騰したように真っ赤に染まりながら歪に固まってしまった私の身体とは裏腹に、隼也の身体はとても冷たくて小刻みに震えていた。

当たり前だけど、寒いわけではないのはわかっている。

だって、隼也の身体がそうやって冷たく震えるのは、昔から極度の緊張の現れだから。

私の存在を確認するように、何度も何度もギュッと抱きしめる。

それに応えるように、私は両手を隼也の背中にゆっくりと回した。

三年前よりも逞しく、そして広くなったように感じる背中。

しかし、何故か今はそれが小さく見えた。


「……うん。私、舞花だよ。隼也」


子どもみたいに震えが止まらない隼也にそう答えると。


「舞花……会いたかった。すっげぇ、会いたかったんだ……」


私が私だと分かったからなのか、隼也はさらにキツく抱きしめる。


「舞花……マジで舞花だ……」


何度もそう言って私の名前を呼ぶ。

その度に私は


「うん。舞花だよ」


と頷いて、背中に回った腕でトントンと一定のリズムを刻む。

久し振りに感じる、隼也の匂い。

知らぬ間に首筋辺りに付けている香水は、私が数年前まで使っていたものにそっくりな香りだ。

昼間に会った時は香らなかったから、本当に少しだけつけているのだろう。

甘酸っぱい、柑橘みたいな香り。


"グレープフルーツみたいだな、その香水"


そんな言葉で馬鹿にされたもの。

私はその香りが爽やかでとても気に入っていて、隼也に何を言われてもしばらくつけていた。

今はもう、自宅でインテリア代わりになってしまったけれど。

懐かしい香りに、胸の奥がきゅうっとする。

どうして隼也から、この懐かしい香りがするのだろう。どうして隼也は、この香りを選んでいるのだろう。

止まらない疑問は、声になることを知らない。そのまま私の心を揺さぶるだけだった。




しばらくしてから私の身体をそっと離した隼也は、下を向いたまま数分動かなかった。


「ねぇ……、一つ聞いてもいい?」

「ん」

「隼也が専務って……どういうことなの?」


再会してからずっと考えていたこと。

確か隼也のお父さんは、普通のサラリーマンだったような気がする。

大企業の社長だなんて、聞いたこともなかった。


「……うちの社長、俺の母親なんだ」

「……え、お母さん?」

「そう。旧姓佐久間紀子。母親の家系が、代々うちの会社の跡取りなんだよ」

「……知らなかった……」


お父さんじゃなくて、お母さんの方だったとは。

確かに隼也のお母さんも、昔からバリバリ働いていたように思う。

知らないのも頷ける話だ。

しかし隼也はあまりこの話は好きじゃないのか、その表情は固い。


「俺の話はいいんだ。お前の話を──」


そこまで言いかけた時、寝室の扉が開いた。


「……ままぁ……?」


目を擦りながら、お気に入りのぬいぐるみを抱えて歩いてきた愛おしい姿。


「隼輔っ……ごめん、起こしちゃった?」


思わず駆け寄って、抱き上げる。

抱っこしながら背中をトントンとしていると、隼也と目が合ったのか


「ままぁ……このひとだあれ?」


ときょとんとした目で隼也を指差していた。

なんて答えよう。そう思って私も隼也に視線を送ろうとする。

しかし、振り向いた瞬間。

隼輔の顔を見て驚いたように固まっている隼也を見て、一気に現実に引き戻されたかのような錯覚がした。


「……この人はね、ママのお友達よ。ほら、もう一回寝ようね?」

「うん……」


まだ寝ぼけているのか、一緒に寝室に行くと隼輔は満足したかのようにすぐに眠りに落ちた。

恐る恐る隼也のいるリビングに戻ると。

何かを考え込んでいる顔の隼也。


「しゅ、隼也……?」

「ん?あぁ……。悪い。長居しすぎた。今日は帰るよ」

「う、うん。わかった」


思わず頷いた私に、隼也は少しだけ息を呑み込み。

連絡先を交換して、振り返る。


「……舞花」

「ん?」

「……また俺と会ってくれるよな?」


そんな言葉を残して、ゆっくりと頷いた私の頭をそっと撫でてから帰って行った。
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