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Chapter1
3-1
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「……ちょ、っと。隼也?」
「んー……舞花ぁ、まだ飲み足りねぇーよー。二軒目行こー……」
「何言ってんの。もうここが二軒目だよ。流石に飲み過ぎ。帰ろ。送ってくから」
「いやだ!まだ飲む!」
「ダーメ。会計してくるからちょっと待ってて」
後ろから舞花の馬鹿ぁ!と騒いでいる隼也を一旦放置して、私は二軒目のバーで会計を済ます。
「お連れ様、大丈夫ですか?」
「あ、はい。すみません。ご迷惑をおかけしました。申し訳ないんですけど、タクシーだけ一台手配してもらえますか?」
「かしこまりました」
お店のマスターにお願いして、隼也の腕を引っ張って無理矢理立たせる。
「舞花ぁ?」
「帰るよ。今タクシー呼んでもらってるからね」
「えぇー……、じゃあ家で飲み直そ」
「はいはい、わかったから、とりあえず帰ろうね」
それだけ酔っててまだ飲むつもりなのか。
一息つきたいのを我慢しながら子どもをあやすように酔っ払いの相手をしつつ、足下の覚束ない隼也をなんとか支えながらお店を出た。
数分で来たタクシーに乗り込み、もう覚えてしまっている隼也の自宅の住所を告げる。
後でお金請求しよ。思ったより飲んでたから、給料日前なのに結構な出費だよ。
通帳の残高を思い出して、なんとも言えない心境に陥る。
私の肩に頭を乗せたまま寝息を立てている隼也を見て、私は一つ、ため息をついた。
窓の外に視線を向けると、ちょうど信号待ちでタクシーはゆっくりと停車する。
すぐ隣には桜並木が広がっていて、開花を心待ちにしているかのように蕾を大きく成長させていた。
───私は、この桜並木が満開になった時。東京にいるのだろうか。
適度に体に入ったアルコールのせいだろうか。なんだかセンチメンタルな気分になってしまう。
大学生の頃は隼也と他の友達と、毎年皆でお花見をしていた。
もちろん、そこには汐音ちゃんもいて。
仲睦まじい二人の笑顔が輝いていた。
それを思い出しながら蕾を見つめているうちに信号が変わり、タクシーが発進するのと同時に桜並木は後ろに動く。
そして次第に見えなくなり、景色は住宅街に移り変わった。
隼也の自宅は、私の家からは電車で五駅離れたところにある、お洒落なマンション。
「隼也、着いたよ。降りるよ」
「んー……」
「すみません。これで会計お願いします」
運転手さんにクレジットカードを渡し、会計している間に隼也を起こす。
数回肩を揺するものの、微睡の中なのか白目を向いたり目を開けたと思ったらまた閉じたり。
ぺちぺちと背中を叩いているうちにようやくまともに視線が合った。
「んあ?着いたあ?」
「うん。着いたよ」
どうにか起きてくれて、隼也を連れてタクシーを降りた。
エレベーターで三階に上がり、隼也の鞄を勝手に漁って鍵を取り出す。
三〇五号室の扉を開けると、隼也に靴を脱ぐように言ってそのまま寝室に連れて行った。
セミダブルのベッドに放り投げて、また勝手に冷蔵庫を漁ってミネラルウォーターのペットボトルを二本取り出す。
それを寝室まで持っていって、その内の一本を開けて寝かかっている隼也を起こしてやっとの思いで飲ませた。
ベッドの横、地べたにそのまま座りもう一本のミネラルウォーターを勝手に開けて飲む。
アルコールで焼けた喉と胃に、冷たい水が染み渡った。
こうやって隼也が酔い潰れることは、学生時代から年に一度のペースで数回あった。今日が初めてなんかじゃない。
汐音ちゃんと喧嘩したとか、汐音ちゃんに嫌われたかもしれないとか。それは大体汐音ちゃんに関連するのだが。
いつもは酔い潰れたりしないのに、汐音ちゃん関連の愚痴が絡むとすぐこうなるのだ。
それほど好きなのがわかっていたから、どこか微笑ましくもあったけれど。
同性の友達に愚痴ればいいのに、汐音ちゃんの他には私にしか弱みを見せられない隼也は毎度私を呼び出して酔い潰れる。
その度に私は汐音ちゃんに連絡をして、タクシーでここまで送り届けたり汐音ちゃんの迎えを待ったり。なかなかに迷惑をかけられたもんだ。
汐音ちゃんもそれをわかっていて私との仲を許していたし、それがあったから二人はほんの少しでも気持ちを整理する時間ができてすぐに仲直りしていた。
とは言え私は汐音ちゃんという彼女がいる隼也と二人で飲みに行っていたわけで。
いくら許してくれていても気持ちの良いものじゃ無いのは明白。多分汐音ちゃんは顔に出さなかっただけで心の中では私のことを嫌っていたと思うし、実際に私のことでもよく喧嘩していたらしい。汐音ちゃんに申し訳なくて、しばらく隼也と距離を置いたこともある。
そんなこともあったなあ、と、いろいろと思い出しながら一息ついて、スマートフォンをちらりと見て。
「……さて。帰るか」
彼女でも何でもないのに、今日も隼也を家まで送り届けたんだから誰か褒めてほしいくらいだ。
とは言え無条件で褒めてくれるような相手もいないけれど。
……なんて。切なくなるだけだからやめよう。
お金は今度隼也に請求するとして。帰って私も寝たい。
時刻はすでに午前一時を回っていた。
……駅でタクシー拾うか。
「じゃあ、私帰るから」
聞こえているはずもないけれど、何も言わずに帰るのもどうかと思って一応声をかける。
当然声は返ってこないのを確認して、私は部屋を出ようと立ち上がった。
「……え?」
きゅっ、と。掴まれた腕。
「……隼也?」
呼びかけると、もぞもぞと動いて閉じていた瞼が開く。
「んー……あれ……舞花あ?」
ついさっきまで寝ていたのに、急に起きたのか、瞼を擦りながらも虚な目で私を見つめる。
それに、ドクンと胸が鳴った。
「んー……舞花ぁ、まだ飲み足りねぇーよー。二軒目行こー……」
「何言ってんの。もうここが二軒目だよ。流石に飲み過ぎ。帰ろ。送ってくから」
「いやだ!まだ飲む!」
「ダーメ。会計してくるからちょっと待ってて」
後ろから舞花の馬鹿ぁ!と騒いでいる隼也を一旦放置して、私は二軒目のバーで会計を済ます。
「お連れ様、大丈夫ですか?」
「あ、はい。すみません。ご迷惑をおかけしました。申し訳ないんですけど、タクシーだけ一台手配してもらえますか?」
「かしこまりました」
お店のマスターにお願いして、隼也の腕を引っ張って無理矢理立たせる。
「舞花ぁ?」
「帰るよ。今タクシー呼んでもらってるからね」
「えぇー……、じゃあ家で飲み直そ」
「はいはい、わかったから、とりあえず帰ろうね」
それだけ酔っててまだ飲むつもりなのか。
一息つきたいのを我慢しながら子どもをあやすように酔っ払いの相手をしつつ、足下の覚束ない隼也をなんとか支えながらお店を出た。
数分で来たタクシーに乗り込み、もう覚えてしまっている隼也の自宅の住所を告げる。
後でお金請求しよ。思ったより飲んでたから、給料日前なのに結構な出費だよ。
通帳の残高を思い出して、なんとも言えない心境に陥る。
私の肩に頭を乗せたまま寝息を立てている隼也を見て、私は一つ、ため息をついた。
窓の外に視線を向けると、ちょうど信号待ちでタクシーはゆっくりと停車する。
すぐ隣には桜並木が広がっていて、開花を心待ちにしているかのように蕾を大きく成長させていた。
───私は、この桜並木が満開になった時。東京にいるのだろうか。
適度に体に入ったアルコールのせいだろうか。なんだかセンチメンタルな気分になってしまう。
大学生の頃は隼也と他の友達と、毎年皆でお花見をしていた。
もちろん、そこには汐音ちゃんもいて。
仲睦まじい二人の笑顔が輝いていた。
それを思い出しながら蕾を見つめているうちに信号が変わり、タクシーが発進するのと同時に桜並木は後ろに動く。
そして次第に見えなくなり、景色は住宅街に移り変わった。
隼也の自宅は、私の家からは電車で五駅離れたところにある、お洒落なマンション。
「隼也、着いたよ。降りるよ」
「んー……」
「すみません。これで会計お願いします」
運転手さんにクレジットカードを渡し、会計している間に隼也を起こす。
数回肩を揺するものの、微睡の中なのか白目を向いたり目を開けたと思ったらまた閉じたり。
ぺちぺちと背中を叩いているうちにようやくまともに視線が合った。
「んあ?着いたあ?」
「うん。着いたよ」
どうにか起きてくれて、隼也を連れてタクシーを降りた。
エレベーターで三階に上がり、隼也の鞄を勝手に漁って鍵を取り出す。
三〇五号室の扉を開けると、隼也に靴を脱ぐように言ってそのまま寝室に連れて行った。
セミダブルのベッドに放り投げて、また勝手に冷蔵庫を漁ってミネラルウォーターのペットボトルを二本取り出す。
それを寝室まで持っていって、その内の一本を開けて寝かかっている隼也を起こしてやっとの思いで飲ませた。
ベッドの横、地べたにそのまま座りもう一本のミネラルウォーターを勝手に開けて飲む。
アルコールで焼けた喉と胃に、冷たい水が染み渡った。
こうやって隼也が酔い潰れることは、学生時代から年に一度のペースで数回あった。今日が初めてなんかじゃない。
汐音ちゃんと喧嘩したとか、汐音ちゃんに嫌われたかもしれないとか。それは大体汐音ちゃんに関連するのだが。
いつもは酔い潰れたりしないのに、汐音ちゃん関連の愚痴が絡むとすぐこうなるのだ。
それほど好きなのがわかっていたから、どこか微笑ましくもあったけれど。
同性の友達に愚痴ればいいのに、汐音ちゃんの他には私にしか弱みを見せられない隼也は毎度私を呼び出して酔い潰れる。
その度に私は汐音ちゃんに連絡をして、タクシーでここまで送り届けたり汐音ちゃんの迎えを待ったり。なかなかに迷惑をかけられたもんだ。
汐音ちゃんもそれをわかっていて私との仲を許していたし、それがあったから二人はほんの少しでも気持ちを整理する時間ができてすぐに仲直りしていた。
とは言え私は汐音ちゃんという彼女がいる隼也と二人で飲みに行っていたわけで。
いくら許してくれていても気持ちの良いものじゃ無いのは明白。多分汐音ちゃんは顔に出さなかっただけで心の中では私のことを嫌っていたと思うし、実際に私のことでもよく喧嘩していたらしい。汐音ちゃんに申し訳なくて、しばらく隼也と距離を置いたこともある。
そんなこともあったなあ、と、いろいろと思い出しながら一息ついて、スマートフォンをちらりと見て。
「……さて。帰るか」
彼女でも何でもないのに、今日も隼也を家まで送り届けたんだから誰か褒めてほしいくらいだ。
とは言え無条件で褒めてくれるような相手もいないけれど。
……なんて。切なくなるだけだからやめよう。
お金は今度隼也に請求するとして。帰って私も寝たい。
時刻はすでに午前一時を回っていた。
……駅でタクシー拾うか。
「じゃあ、私帰るから」
聞こえているはずもないけれど、何も言わずに帰るのもどうかと思って一応声をかける。
当然声は返ってこないのを確認して、私は部屋を出ようと立ち上がった。
「……え?」
きゅっ、と。掴まれた腕。
「……隼也?」
呼びかけると、もぞもぞと動いて閉じていた瞼が開く。
「んー……あれ……舞花あ?」
ついさっきまで寝ていたのに、急に起きたのか、瞼を擦りながらも虚な目で私を見つめる。
それに、ドクンと胸が鳴った。
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