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「鮎原さん!」
「すみません、お時間をいただいてしまって」
「いえ、僕も鮎原さんにお会いしたかったので嬉しいです」
数日後、今度は副社長からの連絡をもらい、予定を合わせてこうして仕事終わりに待ち合わせをした。
駅で合流した後、副社長行きつけだと言う有名な高級和食料理店に案内された。
何も言っていないから当たり前だけど、お酒飲むつもり、だよね。
案の定、個室に案内されて開いたメニュー表には日本酒を中心としたアルコールがびっしりと記載されていた。
「何か食べたいものはありますか?」
「え、っと……あまりお腹は空いていないので、本当に軽いもので大丈夫です」
「そうですか?わかりました。お飲み物はどうなさいます?」
ノンアルコールのメニューを見ると、緑茶や烏龍茶、後はノンアルコールビールくらいしか無くて。
緑茶も烏龍茶もカフェインがたくさん入っているとこの間ネットで見た。
妊娠してから実感する。カフェインレスの飲み物は、探すとなかなか無いものだ。
「あー……ジンジャーエールにします」
唯一見つけた大丈夫そうなものを選んで一息吐く。
「わかりました」
ふわりと笑った副社長は、スマートに注文を済ませてくれた。
悪阻でいつ吐き気を催すかがわからないため、あまり食事をする手は進まなかった。
お腹が空いていないと言ったのは正解だったようだ。
しかし飲み物を飲む手もあまり進まず、呼び出しておいてなかなか会話を切り出すわけでもない私を見てさすがに疑問に思ったのか、副社長は困ったような顔で話しかけてきた。
「お話があると仰っていましたね。……お伺いしてもよろしいですか?」
揚げ出し豆腐を食べる手が止まった。
箸を置き、ジンジャーエールをゆっくりと一口飲んでから、深呼吸をした。
「……先日のこと、なんですが……」
「はい」
「……あの、お話ししなければいけないことがありまして」
「……はい」
なかなか勇気が出ない私を、副社長は根気強く何も言わないで待ってくれた。
「……これを」
そして、鞄の中から病院でもらったエコー写真を出した。
「……これは?」
「エコー写真、です」
「……え?」
「病院に連れて行っていただいた時に、妊娠の兆候があったので産婦人科を紹介されました。
……そのエコーを受け取った時が六週目って言われました。……私、今妊娠してるんです」
噛みそうになりながら、やっとの思いで喋り切る。
どんな反応をするのだろう。それが怖くて、無意識に呼吸は止まるし心臓はうるさく鳴り続ける。
下を向いていたから、どんな表情をしているかもわからない。
どれくらいそのままでいただろう。
固まっていた副社長をちらりと見上げると、驚きを隠すこともせずに私に視線を移した。
「……僕との、子どもですか?」
「……はい。タイミング的にも、……その、そういうことをしたのも蒼井さんだけなので」
直接的に言うのは憚られて言葉を濁したものの、副社長が理解するには容易かったよう。
思いの外ピュアなのか、私の言葉に顔を赤く染めた。
「そっ……そうだったんですね……」
「はい」
「えっと、まず何から言えば良いのか……」
「……」
副社長も混乱しているのか、あわあわとしていた。
個室を選んでくれて良かったと思う。
そうじゃなかったら、こんな話もできないから。
副社長の様子から見て、もしかしたら堕してくれと言われるかもしれないと、覚悟を固める。
しかしそんな覚悟は杞憂に終わるかのように、副社長は席を立って私の元へ来て、私の両手をそっと握った。
「あ、鮎原さんっ」
「は、い」
「まず先に、謝らせてください。お酒の勢いとは言え、関係を持ってしまっただけでなくそんなことになっていたとは全く考えもしておりませんでした。
でも結果的に鮎原さん一人に負担をかけてしまって……。本当に申し訳ありません」
「……」
「そんな立場の僕が、こんなことを言うのも烏滸がましいのですが」
そこで一度言葉を区切った副社長は、大きく深呼吸をした。
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
私の手をしっかりと握ったその両手は、すぐに私の手をふわりと包み込んだ。
そして、その柔らかな笑顔と視線が絡み合う。
「……いま、なんて」
「赤ちゃん、産んでほしいです」
「……それは、産むだけ、ということでしょうか」
言葉を素直に受け止めることができなくて、そんなことを聞いてしまう。
しかし副社長は一瞬驚いたような顔をして、それからすぐにまた笑った。
「鮎原さん!」
「すみません、お時間をいただいてしまって」
「いえ、僕も鮎原さんにお会いしたかったので嬉しいです」
数日後、今度は副社長からの連絡をもらい、予定を合わせてこうして仕事終わりに待ち合わせをした。
駅で合流した後、副社長行きつけだと言う有名な高級和食料理店に案内された。
何も言っていないから当たり前だけど、お酒飲むつもり、だよね。
案の定、個室に案内されて開いたメニュー表には日本酒を中心としたアルコールがびっしりと記載されていた。
「何か食べたいものはありますか?」
「え、っと……あまりお腹は空いていないので、本当に軽いもので大丈夫です」
「そうですか?わかりました。お飲み物はどうなさいます?」
ノンアルコールのメニューを見ると、緑茶や烏龍茶、後はノンアルコールビールくらいしか無くて。
緑茶も烏龍茶もカフェインがたくさん入っているとこの間ネットで見た。
妊娠してから実感する。カフェインレスの飲み物は、探すとなかなか無いものだ。
「あー……ジンジャーエールにします」
唯一見つけた大丈夫そうなものを選んで一息吐く。
「わかりました」
ふわりと笑った副社長は、スマートに注文を済ませてくれた。
悪阻でいつ吐き気を催すかがわからないため、あまり食事をする手は進まなかった。
お腹が空いていないと言ったのは正解だったようだ。
しかし飲み物を飲む手もあまり進まず、呼び出しておいてなかなか会話を切り出すわけでもない私を見てさすがに疑問に思ったのか、副社長は困ったような顔で話しかけてきた。
「お話があると仰っていましたね。……お伺いしてもよろしいですか?」
揚げ出し豆腐を食べる手が止まった。
箸を置き、ジンジャーエールをゆっくりと一口飲んでから、深呼吸をした。
「……先日のこと、なんですが……」
「はい」
「……あの、お話ししなければいけないことがありまして」
「……はい」
なかなか勇気が出ない私を、副社長は根気強く何も言わないで待ってくれた。
「……これを」
そして、鞄の中から病院でもらったエコー写真を出した。
「……これは?」
「エコー写真、です」
「……え?」
「病院に連れて行っていただいた時に、妊娠の兆候があったので産婦人科を紹介されました。
……そのエコーを受け取った時が六週目って言われました。……私、今妊娠してるんです」
噛みそうになりながら、やっとの思いで喋り切る。
どんな反応をするのだろう。それが怖くて、無意識に呼吸は止まるし心臓はうるさく鳴り続ける。
下を向いていたから、どんな表情をしているかもわからない。
どれくらいそのままでいただろう。
固まっていた副社長をちらりと見上げると、驚きを隠すこともせずに私に視線を移した。
「……僕との、子どもですか?」
「……はい。タイミング的にも、……その、そういうことをしたのも蒼井さんだけなので」
直接的に言うのは憚られて言葉を濁したものの、副社長が理解するには容易かったよう。
思いの外ピュアなのか、私の言葉に顔を赤く染めた。
「そっ……そうだったんですね……」
「はい」
「えっと、まず何から言えば良いのか……」
「……」
副社長も混乱しているのか、あわあわとしていた。
個室を選んでくれて良かったと思う。
そうじゃなかったら、こんな話もできないから。
副社長の様子から見て、もしかしたら堕してくれと言われるかもしれないと、覚悟を固める。
しかしそんな覚悟は杞憂に終わるかのように、副社長は席を立って私の元へ来て、私の両手をそっと握った。
「あ、鮎原さんっ」
「は、い」
「まず先に、謝らせてください。お酒の勢いとは言え、関係を持ってしまっただけでなくそんなことになっていたとは全く考えもしておりませんでした。
でも結果的に鮎原さん一人に負担をかけてしまって……。本当に申し訳ありません」
「……」
「そんな立場の僕が、こんなことを言うのも烏滸がましいのですが」
そこで一度言葉を区切った副社長は、大きく深呼吸をした。
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
私の手をしっかりと握ったその両手は、すぐに私の手をふわりと包み込んだ。
そして、その柔らかな笑顔と視線が絡み合う。
「……いま、なんて」
「赤ちゃん、産んでほしいです」
「……それは、産むだけ、ということでしょうか」
言葉を素直に受け止めることができなくて、そんなことを聞いてしまう。
しかし副社長は一瞬驚いたような顔をして、それからすぐにまた笑った。
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