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そんな噂の副社長なのだとしたら、顔が良いのも納得だ。

うちの会社では"蒼井家は皆美形だ"というのは有名な話。

支社にいた頃から女性からのお誘いは絶えなかったと聞く。

どうしよう。そんな副社長と一緒にバーでお酒を飲んで、さらには私物のハンカチまでお借りしてしまった。

うちの総務課でも副社長のファンは多く、色々な噂が飛び交っているのを知っている。

……バレたら、やばい。確実にやばい。私の平凡な人生が崩れ去る。それだけは避けなければ。

私が同じ会社の部下だということを、どうにか隠さないといけない。

どうしよう。どうしよう。

頭の中がぐわんぐわんと揺れる。焦りと不安が視界を揺らし、酔いが回って何も考えられなくなる。


「……貴女のお名前も、お伺いしてよろしいでしょうか」


そっと問いかけるような視線が、私を射抜く。


「……鮎原、です」


苗字だけを答えた自分をほめてあげたい。


「鮎原、さん」

「……はい」


呼ばれた声に、返事をする。

しかし頭はボーッとしたまま。副社長の顔をじっと見つめたまま動けない。

それに何を思ったのか、副社長はほんの少し頰を染めたような気がした。


「鮎原さん。もう日付も変わったので、そろそろお送りします」

「……もうそんな時間ですか?」

「はい」


グラスに残っていたウイスキーを飲み干す。

ダメだ、さすがに飲みすぎた。頭が働かない。

自分で思っていたよりも酔っていたようで、足下が覚束ない。

副社長に体を支えられながら立ち上がる。

会計を済ませてお店を出ると、降り続く雪と吹く風は刺すように冷たいのに、火照った体にとってはまるで包み込んでくれるかのように感じた。全身を冷やしてくれるのが心地良いとさえ思う。


「……鮎原さん?大丈夫ですか?」

「はい。だいじょうぶ……」


です。と言おうとしたものの身体がふらついて倒れそうになる。

それを副社長が咄嗟に支えてくれた。


「……すみません」


もう自分で立てるのに、副社長は私から手を離そうとしない。

それどころか、私をギュッと抱きしめた。


「……もう時間も遅いですし、どこかで休んでいきませんか?」

「……それは、もしかして」


働いていない頭でもわかる。

それは。


「……はい。誘っています。口説いています」

「どう、して」

「……今、貴女を帰したくないと思ったので。……それだけでは、ダメでしょうか?」


耳元で囁く甘い声が、私を誘惑する。

ダメなのに。絶対にダメなのに。

寂しい。しんどい。つらい。一人は嫌だ。

誰かと一緒にいたい。

頭の中は、正直だ。

気が付けば、ゆっくりと頷いている私がいた。

それに安心したように私の腕を引いた副社長。

タクシーに乗り、無言のまま着いた場所は高級ホテルで。


「すみません、ダブルの部屋しか空いていなかったようで」


返事をするより前に、部屋に案内された。

高級ホテルだからだろうか。ダブルルームでもとても広くて綺麗なお部屋。

中央にあるダブルベッドに腰掛けると、副社長がもう一度私を抱きしめる。


「ふ、……蒼井さん?」


危うく"副社長"と呼びかけそうになって、一瞬言葉に詰まった。

それに気が付いているのかいないのか、はたまた気にしていないのか。

副社長は肩口に寄せていた顔を起こしたかと思うと、そのままそっと唇を重ねた。

最初は触れるだけで。何度も角度を変えて。

そして、一瞬離れたかと思うとお互いがお互いを見つめ合う。


「僕なら、貴女に寂しい思いはさせません」

「……え?」


聞き返すものの、それには答えてくれない。

ビー玉みたいな瞳は先程よりも熱を帯びていて、キラキラというよりもギラギラと言った方が正しそうだ。

その瞳が私を射抜くようにじっと見つめてくる。

そしてまた伏せられた目元。

再び重なった唇からは舌が入り込み、私の口内を犯すように刺激する。


「ふぁ……んん」


次第に口の端からは吐息が漏れ、私も副社長の首に腕を回した。

それが合図かのように、彼は私の服の中に右手を這わせ、空いた左手は私の後頭部を押さえて激しいキスから逃れられないようにした。

元々酔いが回って働いていなかった頭。

今度はそれと併せてキスにより酸素が薄くなり、また意識が朦朧とする。

腹部を撫でていた手が徐々に上に向かい、お世辞にも大きいとは言えない胸の膨らみを下から掬い上げるように刺激する。


その頂に指が触れた時、下着越しなのに「ひぁっ……そこ、だめ……」と甘い声が漏れてしまう。


「ダメ?……身体は嬉しそうですけどね?」

「ちょっ……まって……」

「本当に可愛い」


キスをしながら器用に脱がされた服。下着姿になると同時に広いベッドに押し倒されて、上に跨るようにしてから私の両手を自分の両手と繋いで何度も甘いキスを降らす。

次々と襲う刺激と漏れる嬌声。アルコールが媚薬のように私の身体を敏感にして、全身が性感帯のようにさえ感じる。甘い吐息が幾度もこぼれ落ちた。

……どうして私は、今、副社長と体を重ねているのだろうか。

どうして、振られたんだろう。

どうして、私じゃダメだったんだろう。

副社長に抱かれているのに、私は副社長とは別の人ことを考えていた。

嬌声を漏らしながら、私を振った相手を重ねていた。

目尻から耳にかけて、涙が一筋流れる。

それを見て、副社長はピタリと動きを止めたかと思うとすぐに熱い舌がその涙を掬うように舐めた。


「ヒャッ……」

「僕に抱かれながら、別の人のことを考えている余裕があるなんて……ちょっとショックですね」

「え、あ……」


言葉と共に、手が離れて私の身体を撫でるようにどんどん下に降りていく。


「だめ……」


足を持ち上げられて、下着越しに一番敏感なところをその細長い指が撫でる。


「あっ!……」

「もうグチャグチャに濡れてますよ」

「言わないでっ……」


恥ずかしさで空いた手で顔を覆う。しかしそれを持ち上げられて深いキスが落とされた。


「誰を想ってこんなに濡らしてるんですか?」

「え、やっ……」


それに返事をする間も無く、彼はフッと笑ったかと思うと私の足の間に顔を埋めてきて。


「他の男のことなんて考えてる余裕、無くしてあげますよ」

「や……やっ!?だめ!あっ、そんな、とこっ……だめぇ……」


下着をずらしながら熱い舌で刺激されて、その快感に頭が真っ白になる。

同時にナカに入り込んできた指。縦横無尽に駆け巡るそれを、無意識に身体は締め上げる。


「きっつ……。指でこれなら、僕のを入れたらどうなるんでしょうね……」


そんな言葉は、叫ぶように喘いでいる私には届いておらず。

刺激が止まったかと思えば下着を脱がされ、再び同じ刺激が襲う。


「もう……だめっ」

「イッていいですよ」


いきなり激しくなった指の動き。私は呼吸さえも上手くできずに一瞬視界が白くなる。

ビクンッ、と大きく身体を跳ねさせて、チカチカする視界に泣きそうになった。


「……今度は、僕のことも気持ち良くしてくださいね」


言うが早いか、すぐさま滑らかに入り込んできた副社長自身の熱いものを感じ、意識が飛びそうになっていたのにその圧迫感と快感で起こされた。

さらにキスで唇も塞がれて、呼吸さえも苦しい。

口の端から唾液が漏れて、苦しくて逃げたいのに大きな手がそれを阻む。



「だめっ……だめっ……またクるっ」


「イキたい?」


「イク……イクッ!」



次第に動きが速くなりお互いの呼吸が混ざり合い、卑猥な音と自分の喘ぎで頭の中が真っ白になり。



───そのまま、身体を跳ねさせて気を失った。
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