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そんなある日、珍しく湊くんは遅刻しているらしく、まだ学校に来ていない午前中のことだった。

移動教室を終えて一年二組に戻った時、


「ねぇ……最近、川上くんずっと学校にいるけどどうしてだと思う?」


そんな言葉が聞こえて来て、ドアの前で足を止めた。


「それもそうだけど……白咲さんとどういう関係なんだろう」

「そうそれ!気になってた!」

「夏休み明けから急に話すようになってたよね?」

「ってことは夏休みに仲良くなったってこと?」

「えー……夏休み中にいったい何があったのー?」

「いや、でも夏休み前に一回一緒にノート運んでなかった?」

「あぁ!見た見た!あれびっくりしたよね!」

「仲良くなったっていうか、あれって白咲さんが脅されてるだけじゃないかって誰か言ってなかった?」

「俺もそう聞いたけど……実際のところどうなの?」

「急に髪染めたのも気にならない?今更優等生ぶろうとしてるとか?」

「無理じゃん……。急に黒くしたからって人格変わるわけじゃないんだから……」

「白咲さんも白咲さんじゃない?一人でも平気ですって顔してたからそのうち話しかけてみようかなって思ってたのに、急に川上くんと一緒にいるようになったりして」

「本当、何があったんだろう……川上くんに脅されたり騙されたりしてるなら助けてあげた方がいいのかなって思うけど……」

「そんなの見てるだけじゃわかんないよ……気になるなら誰か本人に聞いてみれば?」

「いや無理でしょ……」

「じゃあ白咲さんに聞けば?あの子、なんか大人しそうだし聞きやすそうじゃん」

「でも白咲さんに聞いて、それを白咲さんが川上くんにチクったらどうする?」

「それは……」

「それ考えたら怖過ぎて無理だと思うよ。みんな川上くんに目つけられたくないでしょ……」


その会話の内容はどれも湊くんと私に関することで。

わたしはともかく、湊くんに対する言葉たちは酷いものだった。

やっぱり噂のせいだ。

湊くんはそんなことを言われるような人じゃないのに。

優しくて、頼りになって、妹想いの素敵なお兄ちゃんで。

絶対、怖がられたりするような人じゃない。

友達がたくさんいて、本当だったらわたしみたいな人、湊くんの友だちになんてなれないくらいクラスの中心にいるような……。

そんな、素敵な人なのに!

悔しくて、悔しくてたまらなかった。

湊くんがそんな勘違いされて、怖がられて。

そのままでいいわけがない。

友だちなんて湊くんがいればいい?

それはただ、わたしが逃げてただけじゃないの?

その友だちが、わたしのせいで悪く言われている。

そう考えたら、いてもたってもいられなくて。

ガラ、と。教室のドアを開ける。


「でも同じクラスにあんな人いるとか怖すぎ──」

「お、おい……」

「え……?あっ……えっと、その……」


わたしが中に入ると、教室中が気まずそうにシーンと静まり返る。

そしてそそくさとわたしから目を逸らす。

まさかわたしに聞かれていたとは思っていなかったのだろう。

みんな顔が真っ青だ。


「……今の話、どういう意味ですか?」


声が、震えてしまう。

手も身体も、震えてしまう。

怖い。自分のことをよく思っていない人に話しかけるのは、すごく怖い。

だけど、湊くんのこと、誤解されたままなんて、もう耐えられない。

深呼吸をして、手をぎゅっと握りながら顔を上げた。
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