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数日後。


「あー……暑すぎ。アイス食いたい」

「本当、暑い……」

「なぁ、俺奢るから、なんか買って食べねぇ?」

「え?」

「アイス。そこのコンビニとかでさ」

「でも……いいんですか?」

「こんな暑さじゃ熱中症になるだろ。行こーぜ」


いつも通り図書館で宿題をした帰り、ジリジリとした日差しに汗をかいていると、川上くんに手を引かれた。

すぐ近くにあるコンビニの扉をくぐると、外の暑さが嘘みたいにガンガンきいた冷房がスーッと汗を冷やしてくれる。


「うわー……!涼しい!」

「エアコン最高!マジ天国!」


少しひやっとするくらいの冷房の中、わたしたちはアイスコーナーに向かい、冷凍ケースの中を覗き込む。


「白咲さんどんなアイス好き?」

「わたしはチョコ系とか……あとはあれも好き」


二人で分けられるタイプのアイスを指さすと、


「わかる、俺もあれ好き。半分こしよ」


当たり前のようにそれをレジに持って行ってくれて、すぐに会計してくれる。


「あの、ありがとう。お金今度払います」

「いいってアイスくらい。結局半分にするから一個しか買ってないし。俺が食べたかっただけだし。気にすんなって」


この間はお茶をもらっちゃったし、今日はアイスを奢ってもらっちゃったし、なんかわたし、もらってばっかりじゃないかな……?

いくら勉強を教えてるからって、やってもらいすぎなのでは?

ちゃんと川上くんにお礼をしないと。


「うわ……あっつ……」

「これは……やばい……」


あれこれ考えていたけれど、外に一歩出た瞬間にそのあまりの暑さで全部がどこかへ飛んでいった。


「災害級の暑さってどうなってるんだろう……」

「図書館もコンビニも天国だったから、外が地獄に感じるな……。食べながら歩こ」

「はい」


川上くんはアイスの袋を開けてくれて、プラスチックの容器をパキッと二つに分けて片方をわたしに差し出してくれる。


「ありがとう。いただきます」

「まーす」


わたしのマネをするようにそれだけ言うと、川上くんは慣れた手つきで開けて食べ始める。

わたしも同じように開けて口に含んで手で押すと、一気に口の中が甘くて冷たくなっていく。

炎天下の中を歩くのはしんどいけれど、こうやって喋りながらだったりアイスを食べながら友だちと歩くのは楽しい。

あっという間に食べ終わって近くの公園のゴミ箱にゴミを捨てていると、


「あれ?お兄ちゃん?」


と後ろから可愛らしい声が聞こえてきて、二人で振り返った。


「あれ、美雨ミウ?こんなとこでどうした?」

「これから宿題やりに友だちのお家に遊びに行くの。お兄ちゃんはどうしたの?」

「俺はもう帰るとこ。暑いだろ、ちゃんと飲み物持ったか?」

「うん。お茶持ったから大丈夫」


どうやら川上くんの妹さんらしい。

金髪の川上くんとは違い、サラサラの黒髪をポニーテールにしている。

おしゃれなリボンがついた服にひらひらのスカート。

見ているだけで可愛くて、まるでお人形さんみたいだ。

川上くんとは違い、小柄な女の子。

高身長の川上くんと並ぶと、五歳くらい離れているように見えてしまう。

顔は川上くんにそっくりで可愛くて、川上くんが素敵な王子様なら妹さんは可愛らしいお姫様と言えばいいだろうか。

……いや、小動物の方が近いかも。


「あ、白咲さん。こいつ、俺の妹の美雨。美雨、こっちは俺の友だちの白咲 千春さん。美雨、挨拶くらいはしろよ」


川上くんに促されて肩を揺らした妹さんは、まるでライオンに見つかったうさぎのようにぷるぷるとしていた。


「えっと……ハジメマシテ……白咲さん。美雨です……」

「え、あ、や、千春でいいです。初めまして。美雨さん」

「や、さんなんてやめて……呼び捨てでいいです……」

「いや呼び捨てはさすがに……じゃあ、美雨ちゃんで」

「はい。じゃあわたしも……千春ちゃん」


こんなところで突然会うなんて思ってなかったからあがり症が発動してうまく喋れない。

だけど、美雨ちゃんもあがり症だって川上くんが言っていた通りわたしと同じようにガチガチに緊張している様子。

わたし以上に目が泳いでいるところを見るに、多分わたしがいることに気が付かないまま川上くんに声をかけたのだろう。

その姿が本当にうさぎにしか見えなくて、なんとも可愛らしい。

ここは年上のわたしがしっかりしないと。

そう思ってあわあわしながらも自己紹介を終えると、美雨ちゃんは緊張がピークに達したのか、川上くんの後ろにひょいっと隠れてしまった。


「おい美雨、それは失礼だろ」

「で、でも……緊張して……顔赤いの見られたくないから……」


美雨ちゃんの気持ちがよくわかり、胸が痛くなる。


「あの、美雨ちゃん」

「え、はい……」

「わたし、あがり症なんです。だから今の美雨ちゃんの気持ち、よくわかります。緊張するの嫌だよね。顔赤くなるのも嫌だよね。わたしも今、心臓バクバクしててすごく緊張してる。わたしも美雨ちゃんと同じだから大丈夫です。馬鹿にしたりなんかしないから」

「……千春ちゃんも、あがり症?」

「うん。だから安心してって言うのも変だけど……わたしも顔が赤くなるのがすごく嫌で、気にしてるの。今急に会ったからびっくりしたよね。その気持ちわかるから、そのままでいいよ。自己紹介してくれて、嬉しかった。ありがとう」


深呼吸を繰り返しながら伝えると、川上くんはフッと笑ってくれる。


「……あ、ありがとう。千春ちゃん……」


川上くんの背中から顔だけ出した美雨ちゃん。

川上くんの服をぎゅっと握っているのがたまらなく可愛い。それと同時に胸が苦しくなる。

わたしと全く同じように顔を赤くした姿を見ると、前に川上くんが言っていた通りとても他人とは思えなかった。

美雨ちゃんは友だちを待たせているらしく、話が終わるとそのまま走って駅の方へ向かって行った。

わたしたちはその後ろ姿を見つめる。


「白咲さん、ありがとな」

「え?」

「美雨のこと。ああ言ってくれて、多分美雨も安心したと思うから」

「ううん。……わたしが小学生の時に言われたかったことを言っただけですよ」

「……そうか。でもそれは美雨も言われたかったことだと思う。だからありがとう」

「……どういたしまして」


"そのままでいい"

"馬鹿になんてしない"

"自己紹介してくれて、ありがとう"


特別なことじゃない。

全部、わたしが小学生の時に誰かに言われたかった言葉たち。

わたしはそれを言っただけだ。

不安な気持ちも緊張も、何もわたしには取り除くことはできないけれど、その気持ちに寄り添うことはできるから。

川上くんは、その後もしばらく美雨ちゃんの後ろ姿を見つめていた。
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