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次の日の放課後。


「白咲さん、よろしく」

「よろしくお願いします……」


わたしは予定通り、誰もいなくなった教室で川上くんと二人で机を囲んでいた。

律儀に頭を下げてくる川上くんに、わたしも頭を下げる。

川上くんは今日こそ、と昼休みにプリントをもらってきたらしく、


「山田、俺がマジで来るとは思ってなかったみたいで熱でもあんのかって言われたわ」


川上くんがそう愚痴をこぼすくらいには山田先生は驚いたようだ。


「つっても、プリントはもらってきたけど何から始めれば良いかわかんねぇな」

「えっと……川上くんの得意科目は?」

「数学はそれなりに得意な方だと思う。数学は大体授業も起きて聞いてるし」

「じゃあ、苦手科目は?」

「現文。眠くなるし何言ってんのかよくわかんない。あとテストの長文、あれ読んでるだけで時間経ってるから問題解く時間足りない」

「あぁ……あれは長文をしっかり読む必要はなくて、文章の中に大体答えがあるからそれを探すだけにした方が早いですよ」

「え、そうなの?」

「はい。わたしはいっつも流し見してます」

「マジかよ……」

「期末テストの前半は漢字の書き取りがメインだったし、多分それで点取れます。ちょうど現文のプリントあるし、やってみましょう」


そんな流れで始まった勉強会。

川上くんはやっぱり想像以上に真面目に取り組んでいて、しかも教えればすぐに理解してくれるからわたしの方が驚く。


「あの……」

「ん?どうした?」

「川上くんって、元々頭いいんですか?」

「え?んなわけないじゃん。白咲さんの教え方が上手いんだろ。わかりやすいし」

「あ……ありがとうございます……」

「あれ、今照れるポイントあった?」

「ありました……」

「ははっ、ごめんごめん」


川上くんは見た目と噂に反して、喋ってみると普通の男の子のように感じる。

問題が気持ちよく解ければ嬉しそうに笑うし、こんなわたしとも普通に喋ってくれる。

だからだろうか、それともあがり症だと理解してくれているからだろうか。

わたしも川上くんが相手だと、比較的会話がしやすいと感じた。


「終わった!長文全部楽に解けた!白咲さんすげぇな!マジでわかりやすい!ありがとう!」

「そんな、川上くんが頑張ったからですよ」

「そうか?さんきゅ」


プリントの丸付けが終わった後、川上くんは嬉しそうに手のひらをわたしに差し出した。

思わず首を傾げるものの、


「こういう時は、ハイタッチするもんだろ?」


なんて笑って、わたしの右手を取ってパチンと合わせる。

多分、川上くんにとってはなんてことない動作。

だけど、わたしにとってはそんな"友だち"みたいなことが、たまらなく嬉しくて。

涙を堪えて笑いながら、まだ温かさを感じるその手をぎゅっと握った。





それから夏休みまで二週間ほど。

わたしたちは毎日放課後に机を囲むのが決まりになった。

この勉強会のことは、わたしたち以外誰も知らない。

川上くんもあれ以来みんなの前でわたしに話しかけてくることはない。


『俺の噂のせいで白咲さんに迷惑かけたくないし』


川上くんはそう言って決して教室では話しかけてこないで他人のふりを貫いている。

ノートを運んだ日のことは少し噂にはなったけれど、みんな川上くんに関わりたくないからとそれもやめたようだった。


「今日は英語を教えて欲しいんだ」

「英語は得意?」

「いや、無理。つーか日本人なのに英語を勉強する意味が全くわかんねぇ」

「ふふっ……なんかよく聞くセリフ」

「だってそう思わねぇ?俺は将来海外行く予定も無いし」

「わたしもよくわかんないけど、将来の選択肢を増やすためだってお父さんが言ってました」

「選択肢って言われてもなあ、別に医者になりたいわけじゃないし、人並みに生きていければいいんだけど」

「わたしも。だけど英語も半分は簡単な単語の暗記だし、中一の間は基本的なことしかやらないって言ってたので、文法さえ覚えちゃえば大丈夫です」


なんとなく、少しずつではあるけれど川上くんとは普通に会話ができるようになってきた気がする。

対して勉強中は、ほとんど無言だ。

川上くんは思っていた以上に集中力が高くて、本当は普段から勉強していればわたしよりテストで点数が取れると思う。

川上くんはわたしの教え方が良いって言ってくれたけど、やっぱり元々の頭が良いのがわかる。

プリントを解き終わるとハイタッチするのが恒例になり、いつしかわたしからも手を伸ばすようになっていた。


「そういえば、今日の昼にやった漢字の小テストあっただろ?あれ俺、満点だった」

「え!すごい!」


川上くんはわたしとの勉強会を始めて以来、授業にも真面目に出席することが増えた。

相変わらず遅刻はあったけれど、早退する日は減った。

授業の途中でいなくなることはあっても、放課後になるとふらっと戻ってきたりするから不思議。

授業中どこに行ってたの?なんて、聞いてみたいと思うことはあっても、実際に聞くことはできない。

だって、わたしたちは多分友だちではない。

友だちになろうなんて言ったこともないし言われたこともない。

そんな人に、自分のことを聞かれたって嫌だろう。

わたしたちは、ただ勉強を教える立場と教えてもらう立場。

夏休み前までの約束。

つまり、夏休みが始まったらこの関係は終わってしまうんだから。


この勉強会が始まる前は、早く夏休みになれ、なんて思っていたわたしがいた。

だけど、今は少しだけ寂しいと思っているわたしがいる。

自分の心境の変化に驚くばかりだけれど、多分、こんな穏やかな時間が久しぶりすぎて楽しいんだ。


「よし、終わった。帰るか」

「はい」


勉強会が終わった後、一緒に帰るのも恒例のようになっていた。


「それにしても、もう明後日から夏休みかー」

「……プリントも明日の分で終わりだし、これで夏休み明けのテストも大丈夫ですね」

「いやさすがにそれは無理だろ。……白咲さんは夏休み中は何してんの?」

「え?夏休み?」

「うん」

「いや……特に予定もないので、図書館に行って宿題終わらせるくらいかな……と」

「あぁ、そういえば近所にデカい図書館あったな」


ふーん。と興味なさそうに言う川上くんに、バクバクしていた心臓が少し落ち着く。

びっくりした……。急に夏休みのこと聞かれたから、何か誘われるのかと思った……。

そんなわけないのに、わたしってば最近川上くんと会話できるようになったからって調子乗りすぎじゃない?

落ち着け落ち着け。平常心。

そんなことを考えていると、あっという間に分かれ道にきた。


「じゃあ、また明日」

「はい。また明日」


いつしかそんな挨拶も当たり前のようになっていて、夕日を浴びていつもよりさらにキラキラと輝く金髪の後ろ姿を見つめる。

そんなタイミングでわたしのスマホが鳴り、お母さんからの電話に慌てて出ながら家に帰った。
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