キミと踏み出す、最初の一歩。

青花美来

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「あ、あの!」

「ん?どうした?」

「やっぱりわたし……全部一人で持てるので、ここで大丈夫です。ありがとうございましたっ」


職員室を出てから数メートル。

川上くんの後ろをついていくと待っていてくれて、自然と隣を並んで歩いていた。
川上くんはすごく背が高くて、中一なのにもう百七十近い身長があるらしい。

その高身長も、変に目立ってしまう要因なのだと思う。

だけど、そんなことを考えていた時にふと今の状況を客観的に見て、やっぱりおかしくない!?と気が付いてどうにか川上くんに話しかけたのだ。


「なんで?別にいいよこれくらい」

「で、でも……」

「それに、俺あんたに感謝してるくらいだし」

「え?」

「山田の話って長ぇだろ?しかもあいつ、良いように言ってるけど結局俺に内申つけるつもり無いのわかりきってるし。俺のせいで自分が教頭にぐちぐち言われんのが嫌なだけなんだよ。だからあんたのお陰で抜け出せて良かったよ。さんきゅな」


ニカっと笑った川上くんに、わたしはまた胸がキューっとした。

昼休みの廊下は、普通にみんな歩いていたり喋っていたり、人が多い。

だけど、みんな川上くんを見た瞬間にサッと壁側に避けていく。


「え、なんで……?」

「川上湊が学校いる……」

「てか、なんか運んでなかった?」

「え、あの一緒に歩いてた子大丈夫?」

「いじめ?パシリ?」

「ほら、あの子も確か二組で浮いてるって……」

「あぁ、なるほどね……」


あからさまにわたしたちを見て噂する人たちの声に、わたしはどんどん下を向く。

川上くんはわたしのことを手伝ってくれているだけなのに、わたしと一緒に歩いているだけでこんなことを言われているんだ……。

わたしがクラスで浮いているとか、今はそんな話はどうでもよくて。


……なんか、よくわかんないけど、嫌だな……。


そう思った。


「でも確かに最近遅刻しすぎてやべぇんだよな。期末のテストも全然意味わかんなかったし。山田の言ってることも一理あるよな……。白咲さんはどう思う?」

「……え?あ、え?」


急に名前を呼ばれて、驚いて顔を上げる。

川上くんは周りの噂話なんて興味が無いどころか聞こえていないかのように、普通にわたしに話しかけてくる。


「だから、山田が言ってたこと。やっぱテストの点とれないと、今後やばい?俺私立は無理だから、一応公立行きたいんだけど」

「あ……それは……それなりにはやばいかと……公立目指すならなおさら。この学校は中一から中三まで、毎年の内申点の合計でランクが決まるらしいので……」

「え、マジ?中三の時の成績だけじゃねぇの?」

「えっと、学校とか地域によってはそうらしいけど……この学校は昔から三年間の内申の合計だって山田先生が言ってました」


確か入学してすぐのホームルームで言ってたと思うんだけど……。

あれ、もしかしてあの時、川上くんいなかった?それか寝てたのかな……。


「マジかよ……それは想定外だったわ……中三から本気出せば余裕だと思ってたのに……」


その自信はどこからやってくるのかはわからないけれど、ガシガシと頭を掻く川上くんは、とても困っているようだった。
とは言え、わたしにできることなんて何も無い。

そう思っていると。


「……あ、そうだ」

「え?」

「白咲さん」

「は、はい」

「俺に、勉強教えてくんね?」

「……え?」


あまりに突然すぎる提案に、わたしは目を丸くして立ち止まる。

気が付けばもう教室の前に来ていて、みんな噂を聞いたのか川上くんを避けるように教室の後ろの方に溜まっていた。

そんなことも気にならないほど、わたしは衝撃を受けて川上くんを見上げる。


「確か、白咲さんってめちゃくちゃ成績良かったよな?この間の試験の時も名前張り出されてたし」

「な、なんで知って……」

「いや、さすがにあれだけデカデカと張り出されたら目に入るだろ。クラスも書いてあったし。まぁ、あの白咲さんと今目の前にいる白咲さんが一致したのはついさっきだけど」


そりゃあ、期末テストの結果は廊下に大きく張り出されていたけれど。
だからって、川上くんがそれを見ているとは思わなかった。
しかも、ただ同じクラスというだけで全く関わりのないわたしの名前があることを知っていただなんて。


「白咲さんって部活やってんの?」

「や、やってません……」

「放課後に用事とかは?」

「特には……」


答えてから、習い事でもしてるって嘘をつけば良かったと後悔した。

え、なに?この感じ。もしかして、山田先生が言ってたその居残りの課題の話?え?嘘でしょ?


「頼む!俺に勉強教えて!」

「え……あ……」

「夏休みに入るまででいいから、……いや、欲を言えばテストで点取れるくらいまで教えて欲しいところだけど!でもとりあえず!居残りの課題分だけでも!俺一人じゃ絶対終わんねーから!」


じゃあなんで山田先生にやるって言っちゃったの!?

そう突っ込みたいけれど、言えるわけもない。


周りからはなんだなんだ?とわたしたちの会話を盗み聞きしようとする人たちがたくさんいて、注目されているという事実にわたしは緊張が増していく。


やばい、顔がまた赤くなっちゃう……。

やだ、誰にも見られたくない。

話を早く切り上げないと。

そう思ったわたしは、もう半分ヤケクソみたいなものだった。


「わかりましたっ……でも、とりあえず夏休み前までの間だけですからっ!」

「マジ!?助かる!ありがとう!」


川上くんはそう笑って、わたしが持っていたノートも奪うように取ると、そのまま教室に入って教卓に置いてくれる。

そしてそこから一冊のノートを取ると、わたしの元に戻ってきて渡してくれた。


「はいこれ。じゃあ、仕方ねぇから今から山田のとこ戻るわ。今日の放課後から頼んでも良い?」

「へ!?あ、……はい」

「ん、じゃあ後で。勝手に帰んなよ。教室残ってろよー」


川上くんはそう言って、わたしの頭をポンと撫でたかと思うと小走りで廊下の向こうに消えていった。

わたしはその場からしばらく動くことができず、


「……あ、あの……大丈夫?」

「うん……。大丈夫、です」


話しかけてきてくれるクラスメイトにも、そう愛想笑いを返すことしかできなかった。


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