最強の奴隷

よっちゃん

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崖っぷちの男

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陛下は元の場所へ戻り、彼女の姿を探す。

雪が降り続き、あたり一帯は雪景色で覆われていた。

彼女が居たはずの雑木林からは、向かい風が吹き、陛下の身体を吹き抜けていく。

足元に大きな枝木が3本、矢印の形をして置いてある。

「ん?」

陛下は眉間に皺を寄せながら、矢印が指す方向に目をやる。

そこには最初に目にした断崖絶壁が広がっていた。

視線を下から上に向けると、そこには崖を攀じ登っている彼女の姿があった。

「なっ…。あの馬鹿っ!」

陛下は慌てて手に持っていた厚手のコートを2枚重ねに着込み、魔力なしで崖を攀じ登る。

彼女は約50メートル程あろう崖を、3/4程登り進めていた。

崖の岩壁には雪が積もっており、自力で登るにはとても危険なコンディションであった。

陛下は全身の四肢に神経を研ぎ澄ませながら、一心不乱に崖を登り上がる。

斜角がないような地面から見て垂直に聳え立つ絶壁は、あっという間に全身の体力を奪う。

陛下は呼吸を荒げ、心臓が速くなる拍動を感じながら、慎重に登る彼女の左横下まで追いつく。

「おいっ。」

陛下は、息を切らしながら彼女を呼び止める。

「あら。追いつくのが早いのね。」

彼女は、陛下に視線を向けることなく、崖の上を見据えながら慎重に登り進める。

「俺を置いて勝手に行動するな。」

陛下は、彼女の左隣まで登り、彼女の指先や岩壁に血痕が付いていることに気付く。

「お前、手を怪我してるのか?」

「登っていたら少し指先を擦りむいただけ。大した怪我じゃないから気にしないで。久しぶりに魔力なしで、自分の力を試せて良い機会よ。」

そう言う彼女の顔には、珍しく大量の汗が滴っていた。

街外れの山奥地帯で、魔力を感知されないように魔法は使わないという、言わずとも伝わる陛下の思いを汲み取る彼女の姿勢に、心が打たれる。

「俺が来るまで待っていれば、またお前を背中に乗せたまま登れただろ。」

陛下は不服そうな顔をしながらも、彼女を先に登らせて、彼女の足下に回り込み、自分の位置を変える。

彼女は崖を登る四肢を止めて、陛下のいる下に目線を送る。

「あら。下に回って、どうしたの?お生憎様、軍服だからお色気なんてないわよ。」

彼女はクスッと笑いかけて、また崖を見上げて両手を動かす。

「勘違いするな。俺が、お前の色気なんて求める訳がない。」

陛下は正面の岩壁を見つめながら、彼女の方を見ないようにして、彼女のペースに合わせながら崖を登る。

「後少しで登り切ることだし、私の血痕が着いた岩壁であなたが手を滑らせてしまったら危険だから、ご遠慮なく追い抜いて行って。」

崖を吹き上げる雪風が、2人の身体を凍えさせる。
彼女の声は少し鼻声気味になっていた。

「だから俺がお前の下にいるんだろ。」

陛下は彼女が滑って落ちそうになっても、下ですぐ支えられるようにと下に回っていた。

ヒューという音を立てながら吹雪で陛下の声をかき消す。

「え?」

彼女は陛下の言葉を聞き返す。

「いいから早く登れ!」

そう会話しながらも、2人は直に断崖絶壁を登り切る。

彼女は疲労から雪の積もる地面に寝っ転がる。

陛下はコートを1枚脱いで、寝転ぶ彼女の上に被せる。

そして陛下も、彼女の横で腰を下ろして座り込む。

「このコートはどうしたの?」

陛下は下であった出来事を彼女に話した。

「コートまで持って来てくれるなんて、あなたは見かけによらず優しいのね。」

彼女は上体を起こして、軍服の上からコートを着る。

「結果的には、このルートで良かったが、俺を待たずになぜ勝手に行動したんだ?」

「あなたは感じない?この崖の上に漂うどす黒い死のオーラを。」

「お前は魔法を使わずとも、魔力感知ができるのか?」

「いいえ。これは魔力ではないわ。人が死ぬ前に出す黒いオーラ。」

「………?」

彼女は呼吸を整えて目を瞑る。

「止まっていたのに、段々とこっちに近づいて来ているわ。」

陛下は両足を立て、いつでも立ち上がれる体勢を取りつつも、辺りを見回し警戒する。

崖の上には、草木が一面と広がっていて、先行きの見通しが悪いような吹雪であった。

ガサガサと音を立てながら、その音は段々と近くまで感じとれてくる。

2人がいる場所の数メートル程離れたところに、背中に血塗れの死体を背負った顔面泣き崩れている大男が草木の間から現れる。

あたりは薄暗く、各場所の木のてっぺんに付けられている黄色の光が、不気味にその男を照らしだす。

「誰だっ!?」

2人の存在に気づいた男は、慌ててこちらに向かって大声を上げる。

殺気立っつ陛下を、彼女は右手を広げて静止し、ゆっくり立ち上がる。

「あなたの背中に居るその人は、もう亡くなっているわよ。」

「おう。そうだとも。なんせ、生贄祭りで心臓を抉り取られたからな。」

男はそう言いながら、背中におぶっていた男をゆっくりと地面に下ろして、両手で抱え込む。

「そして、あなたもこれから死のうとしている。」

「なぜそれを!」

男は泣き腫らして腫れ上がった目で、彼女を見つめる。

男は軍服は着ておらず、防寒具に身を包ませていた。

彼女と陛下と大男。
お互いがお互いの思惑を全くわからないまま、静かに時が記されていく。
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