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1.先生、現る
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「お兄さん、仕事無くて困ってるの?」
熱気と人でごった返す商店街。壁一面に貼られた求人広告を熱心に見ていたセギリに声をかけてきたのは、スキンヘッドの男だ。
しなをつくり、ニヤニヤといやらしく笑いながらなめ回すように観察してくる。
始めての都会に浮かれているセギリは、都会人に声を掛けられドキドキしながら足を止めた。
田舎臭さ丸出しのセギリは、今朝、この町に着いたばかりだった。
焦げ茶色の髪に、細身だが、野良仕事で鍛えられた体つきに、健康的な肌の色。よくよくみてば見てくれは悪くないとわかるのが、なにせ、掘り出したばかりで泥の付いた芋の如く垢抜けない。何度も洗濯を繰り返し色褪せてくたびれたラフな格好も、お洒落な都会人が行き交う通りでは浮いていた。
畑仕事に嫌気がさし、十八歳になったことを機に、家出同然でこの町に来た。
仕事を探して、何件も店に飛び込んだが、ことごとく断られ、どこでもいいからと求人広告に縋って目を皿のようにして見ていた。
多くの店が繁盛しているのだから、働き口なんてすぐに見つかると思っていたが。
慣れない環境と不安で疲れ果て、思考が停止していたそんなとき、声を掛けてきたのが、この男だ。
セギリにとって、渡りに船。困っているところ、声を掛けてくれるなんて親切な人だ。
「俺、なんでもやります!」
勢いよくハキハキ答えた。
「可愛いわねぇ。誰の手垢もついてなくて、純情で。貴方いい、いいわ。貴方みたいな初心な子を欲しがるお客さんは多いの、きっと稼げるわよ」
「本当ですか!」
「えぇ。最初はホールからやって貰うから。難しいことは無いわ」
頬を高揚させてヌルリとゆっくりした動作で怪しく手招きするスキンヘッドの男についていった。
「とこで。どこに住んでいるのかさら」
「これから探そうと思って」
「丁度いいわ。貴方にぴったりな空いている部屋があるの」
「いいんですか?」
「えぇ、お客さんも喜ぶわ」
仕事を貰えて、部屋まで借りられ、至れり尽くせり。
ゴミが散乱し、生臭い裏道に、それらしい店の裏口があった。中へ入ると、煙草と変な甘ったるい臭いで頭がクラクラした。清潔感の無い、事務所のような所だ。
「ちょっと待ってて」
と奥に引っ込んで、何か持ってきた。
「これ、制服だから」
スキンヘッドの男から渡されたそれに、セギリはポカンとした。
ウサギ耳のついたカチューシャ、白いつけ襟、黒いリボンタイ、網タイツ、手枷、サイズが小さくて際どいビキニパンツ。
「せ、いふ、く……?」
「そう」
ニコニコ笑うスキンヘッドの男。
「だ、誰が着るんですか」
「貴方よ」
田舎者で察しの悪いセギリでも、流石に気付いた。
――来てはいけないところに、来てしまった。
止まっていた思考をフル回転させる。このままここに居たら、売られる。どうしようか考え、台詞を絞り出す。
「あの、恥ずかしいんで、何処か別の所で着替えさせてください」
「仕方ないわねぇ」
残念そうに、スキンヘッドの男が更衣室に案内する。無理強いされないのは、油断してきるからか。
ドアが閉まり、外の気配を確認。誰も居なくなったところで、音を出さないようそっと窓を開け、脱出し、全速力で逃げ出した。
――都会、怖っ!
間もなく、店から「逃げたぞ! 捕まえて来い!」という野太い声が聞こえた。
捕まったら、人権を失いかねない。死に物狂いで走る。
背後で乱暴に扉が開かれる音がして、別の男が一人、追いかけてきた。
細い裏路を曲がり、闇雲に走る。
人の頭二つ分くらいの大きさの、茶色いドラゴンを連れた、赤髪の女とすれ違った。
追いかけてきた男が、女にぶつかる。
「痛ぇな。こういうとき謝るもんじゃねぇのか」
褐色の肌に、ぱっちりした目。セギリと同い年くらいの少女の口から出たとは思えない、乱暴な言葉遣いだった。
「女に用はねぇ!」
普通、男に用がないのでは!? と悪寒を全身に巡らせる。
セギリを追いかけてきた男は、謝るまで通さないという女ともめていた。
その隙に、全力で逃げた。
女に用がないのなら、彼女が売られる心配はないだろう。
あちこち走り回り、ひと気の無い、町外れまで来てしまった。まるで、廃墟。
体力には自信がある、まだまだ走れる。もう追いかけて来ないだろうと安心したとき、建物の陰で唸り声がし、ビクッと身体が跳ねた。
――今度は何!? 都会って怖い!
姿を現したのは、影のように真っ黒い犬。実際に見たのは初めてだけど、セギリはそれを知っていた。
魔獣、ブラックドッグ。
しばし、人間の捨てた生ゴミを漁りに、街へ出て来る。
肉食のこの魔獣は、ネズミや野良猫、カラスなんかも食う。
肉となれば、なんでも食う。人間さえも。
人が多い通りなら、警戒心の強い魔獣と遭遇することはなかった。だが、今、この場にはセギリしかいない。
ブラックドッグは腹を空かせているようで、ヨダレを垂らしながら、こっちに狙いを定める。
ヤバい、ヤバい、ヤバい!
頭の中はパニックだった。冷や汗をかきながら後ろへ下がる。
――田舎で野良仕事をしていれば。
一つ上の姉に啖呵を切って、息巻いて出て来た結果、初日で魔獣に食われた、では洒落にならない。
背を見せて走れば、確実に襲われる。かといって、逃げなくても襲われる。――絶体絶命、死んだかもしれない。
後悔してももう晩い。
ブラックドッグに向きつつ、息を潜めてじりじり後退する。それに合わせ、あっちもゆっくり近づいてくる。間が開かない。
「こっちだ」
横の扉から声がした。成人男性の低い声だ。
大人の男の声に、頼りになる! と一瞬喜んだけど、スキンヘッドの男に売られ掛けた手前、二の足を踏む。
ブラックドッグがセギリを食おうと、突進してきた。
――死ぬよりマシ!
一か八か、声がしたその扉を開け中に飛び込んで、閉める。扉に、ブラックドッグが激突した衝撃が伝わった。
急いで閂をする。
「助かった。ありがとう……?」
礼を言いつつ、ふり返ったが、誰もいない。ただの廃墟だ。そこに、なぜか一匹のペンギン。ぬいぐるみか置物か。
「誰か居ませんか」
見回しても、気配すらない。
セギリは、部屋の真ん中で佇む、むっちり体型のペンギンを観察する。
頭には金色の飾り羽、目つきの悪い赤い目、青い色の体に、白い腹、黄色い水かき。
種類は、エンペラー・ブルー。
極寒の地に生息する、世界でも数の少ない魔獣。見た目はマスコットだが、魔獣の中で最も知能が高いといわれている。
その珍しい魔獣そっくりのぬいぐるみが、廃墟の真ん中に放置されている。
魔獣であることを忘れ、セギリはそのペンギンに近寄ってみる。つやつやな羽毛に触れようと手を伸ばしたとき、くちばしでつつかれた。
「ぬいぐるみが動いた!?」
「ぬいぐるみではない。本物の魔獣じゃ」
魔獣といわれても、先のブラックドッグに比べて恐ろしさが少しも無い。
「失礼なヤツじゃ。命の恩人に、挨拶も無しにいきなり触ろうとするヤツが居るか」
「挨拶したら、触っていい?」
言ったら、また、つつかれた。
「そういうことでは無かろう」
「魔獣がしゃべった!」
今更ながら、魔獣が人語を話すことにセギリは驚いた。
というのも、この魔獣の珍しさが先行し、興味の方が勝ったため、それ以外を認識することには少し時間差が生じた。
フワッフワのモフモフ、喋るペンギンに大興奮で、指がワキワキ動く。そのモフモフに触りたくて仕方がない。
「変わったヤツじゃのう。かなり少ないが、魔獣の中にも、人語を操る種族はおる」
この魔獣の方が変わっているのだけれど。そもそも、魔獣は人語を喋らない。知能が高いエンペラー・ブルーだからか。
セギリは子供の頃、誕生日に魔獣の図鑑を貰い、何度も見返したほど、本来は魔獣に興味があった。ページが隅が削れ、背表紙からとれるくらい読み込んだ。
すっかり忘れていた子供の頃の好奇心、魔獣という生き物に興味が今一度湧き上がる。
子供向け図鑑に、『世界でも数の少ない珍しい魔獣』として紹介されていたものが目の前に居る。子供の頃に憧れた、本の中の存在が現実に居て、興奮しないわけがない。
「エンペラー・ブルー。本物!」
ペンギンは、不服だといわんばかりに、セギリをつつく。
「皇帝なんて、たいそうな名前で呼ぶものではない。逆に嫌味じゃ」
「皇帝、格好いいのに。じゃあ、何なんだ」
「ワシのことは、先生と呼びなさい」
このペンギンの態度が尊大なことは変わらない。
「ここから脱出せねばのう」
ペンギン、もとい、先生は閂の掛かった扉を見る。カリカリと爪で引っ掻かく音と、ブラックドッグの唸り声がする。まだ諦めていないようだ。
「先生も、あの犬に追われて、隠れてるのか」
図星だったようで、目を背けた。
部屋を散策する。廃墟の建物、他の出入り口や窓には鍵が掛かっていて、開く扉は一つしかない。
「魔獣なんだから、何とかならない?」
「なる」
即答で肯定された。
「なるのかよ。実は、強いのか」
皇帝、なんて名前が付いているのだから、とセギリは期待した。だが、返ってきたのは、思っていたものではなかった。
「戦うのは、お主じゃ」
「俺、魔獣と戦ったことないし、弱いし、戦ったら二人……じゃなかった、一人と一羽、仲良くブラックドッグに食われるって」
「ワシが力を貸すといっておる。魔獣使い、というのを知っているか」
「少し」
「ワシの種族の名前を言ってみろ」
「エンペラー・ブルー」
「何処に住んでいて、何を食べ、どういう生活をしていて、どういう性質の魔獣じゃ?」
「極点の氷の中の空洞に住んでいて、雑食、昼行性、魔獣の中ても賢い」
古い記憶を呼び起こしながら、淀みなくセギリが言った。
「属性は?」
「氷」
「ワシと心を重ねよ」
先生が、赤い目を真っ直ぐ向けてくる。
「そんなこと言われても、どうしたらいいかわからないし」
「ワシになった気になれ。ワシらの生態、生活環境を思い出せ。できるだけ、具体的に。そして、ワシに擬態してみろ。心を重ねよ」
セギリは想像する。氷に囲まれた、青い空間、冷たい空気。己の手は、ヒレのような翼、口は堅いくちばし。
「足りぬ。見てくれや生態だけでは足りぬ。大事なのは心じゃ」
「そんなこと急に言われても」
出会ったばかりのペンギンの気持ちなんて、わかるはずがない。
「仕方ないのぉ……」
そう呟くと、エンペラー・ブルーの身体がぼんやり青く輝き、ムクムクと膨らみ始める。セギリの目の前で、ペンギンが人型になった。
「なっ……」
驚いて言葉が出ない。
あの愛らしいモフモフが、セギリよりも背の高い美丈夫の男になったのだから。
異国の青い長衣を纏い、深い青に金色のメッシュが入った長い髪を後ろへ流す。肌は白く、赤い流し目は、皇帝の名が相応しい程に美しい。男でありながら、美しいと思うほどだった。
熱気と人でごった返す商店街。壁一面に貼られた求人広告を熱心に見ていたセギリに声をかけてきたのは、スキンヘッドの男だ。
しなをつくり、ニヤニヤといやらしく笑いながらなめ回すように観察してくる。
始めての都会に浮かれているセギリは、都会人に声を掛けられドキドキしながら足を止めた。
田舎臭さ丸出しのセギリは、今朝、この町に着いたばかりだった。
焦げ茶色の髪に、細身だが、野良仕事で鍛えられた体つきに、健康的な肌の色。よくよくみてば見てくれは悪くないとわかるのが、なにせ、掘り出したばかりで泥の付いた芋の如く垢抜けない。何度も洗濯を繰り返し色褪せてくたびれたラフな格好も、お洒落な都会人が行き交う通りでは浮いていた。
畑仕事に嫌気がさし、十八歳になったことを機に、家出同然でこの町に来た。
仕事を探して、何件も店に飛び込んだが、ことごとく断られ、どこでもいいからと求人広告に縋って目を皿のようにして見ていた。
多くの店が繁盛しているのだから、働き口なんてすぐに見つかると思っていたが。
慣れない環境と不安で疲れ果て、思考が停止していたそんなとき、声を掛けてきたのが、この男だ。
セギリにとって、渡りに船。困っているところ、声を掛けてくれるなんて親切な人だ。
「俺、なんでもやります!」
勢いよくハキハキ答えた。
「可愛いわねぇ。誰の手垢もついてなくて、純情で。貴方いい、いいわ。貴方みたいな初心な子を欲しがるお客さんは多いの、きっと稼げるわよ」
「本当ですか!」
「えぇ。最初はホールからやって貰うから。難しいことは無いわ」
頬を高揚させてヌルリとゆっくりした動作で怪しく手招きするスキンヘッドの男についていった。
「とこで。どこに住んでいるのかさら」
「これから探そうと思って」
「丁度いいわ。貴方にぴったりな空いている部屋があるの」
「いいんですか?」
「えぇ、お客さんも喜ぶわ」
仕事を貰えて、部屋まで借りられ、至れり尽くせり。
ゴミが散乱し、生臭い裏道に、それらしい店の裏口があった。中へ入ると、煙草と変な甘ったるい臭いで頭がクラクラした。清潔感の無い、事務所のような所だ。
「ちょっと待ってて」
と奥に引っ込んで、何か持ってきた。
「これ、制服だから」
スキンヘッドの男から渡されたそれに、セギリはポカンとした。
ウサギ耳のついたカチューシャ、白いつけ襟、黒いリボンタイ、網タイツ、手枷、サイズが小さくて際どいビキニパンツ。
「せ、いふ、く……?」
「そう」
ニコニコ笑うスキンヘッドの男。
「だ、誰が着るんですか」
「貴方よ」
田舎者で察しの悪いセギリでも、流石に気付いた。
――来てはいけないところに、来てしまった。
止まっていた思考をフル回転させる。このままここに居たら、売られる。どうしようか考え、台詞を絞り出す。
「あの、恥ずかしいんで、何処か別の所で着替えさせてください」
「仕方ないわねぇ」
残念そうに、スキンヘッドの男が更衣室に案内する。無理強いされないのは、油断してきるからか。
ドアが閉まり、外の気配を確認。誰も居なくなったところで、音を出さないようそっと窓を開け、脱出し、全速力で逃げ出した。
――都会、怖っ!
間もなく、店から「逃げたぞ! 捕まえて来い!」という野太い声が聞こえた。
捕まったら、人権を失いかねない。死に物狂いで走る。
背後で乱暴に扉が開かれる音がして、別の男が一人、追いかけてきた。
細い裏路を曲がり、闇雲に走る。
人の頭二つ分くらいの大きさの、茶色いドラゴンを連れた、赤髪の女とすれ違った。
追いかけてきた男が、女にぶつかる。
「痛ぇな。こういうとき謝るもんじゃねぇのか」
褐色の肌に、ぱっちりした目。セギリと同い年くらいの少女の口から出たとは思えない、乱暴な言葉遣いだった。
「女に用はねぇ!」
普通、男に用がないのでは!? と悪寒を全身に巡らせる。
セギリを追いかけてきた男は、謝るまで通さないという女ともめていた。
その隙に、全力で逃げた。
女に用がないのなら、彼女が売られる心配はないだろう。
あちこち走り回り、ひと気の無い、町外れまで来てしまった。まるで、廃墟。
体力には自信がある、まだまだ走れる。もう追いかけて来ないだろうと安心したとき、建物の陰で唸り声がし、ビクッと身体が跳ねた。
――今度は何!? 都会って怖い!
姿を現したのは、影のように真っ黒い犬。実際に見たのは初めてだけど、セギリはそれを知っていた。
魔獣、ブラックドッグ。
しばし、人間の捨てた生ゴミを漁りに、街へ出て来る。
肉食のこの魔獣は、ネズミや野良猫、カラスなんかも食う。
肉となれば、なんでも食う。人間さえも。
人が多い通りなら、警戒心の強い魔獣と遭遇することはなかった。だが、今、この場にはセギリしかいない。
ブラックドッグは腹を空かせているようで、ヨダレを垂らしながら、こっちに狙いを定める。
ヤバい、ヤバい、ヤバい!
頭の中はパニックだった。冷や汗をかきながら後ろへ下がる。
――田舎で野良仕事をしていれば。
一つ上の姉に啖呵を切って、息巻いて出て来た結果、初日で魔獣に食われた、では洒落にならない。
背を見せて走れば、確実に襲われる。かといって、逃げなくても襲われる。――絶体絶命、死んだかもしれない。
後悔してももう晩い。
ブラックドッグに向きつつ、息を潜めてじりじり後退する。それに合わせ、あっちもゆっくり近づいてくる。間が開かない。
「こっちだ」
横の扉から声がした。成人男性の低い声だ。
大人の男の声に、頼りになる! と一瞬喜んだけど、スキンヘッドの男に売られ掛けた手前、二の足を踏む。
ブラックドッグがセギリを食おうと、突進してきた。
――死ぬよりマシ!
一か八か、声がしたその扉を開け中に飛び込んで、閉める。扉に、ブラックドッグが激突した衝撃が伝わった。
急いで閂をする。
「助かった。ありがとう……?」
礼を言いつつ、ふり返ったが、誰もいない。ただの廃墟だ。そこに、なぜか一匹のペンギン。ぬいぐるみか置物か。
「誰か居ませんか」
見回しても、気配すらない。
セギリは、部屋の真ん中で佇む、むっちり体型のペンギンを観察する。
頭には金色の飾り羽、目つきの悪い赤い目、青い色の体に、白い腹、黄色い水かき。
種類は、エンペラー・ブルー。
極寒の地に生息する、世界でも数の少ない魔獣。見た目はマスコットだが、魔獣の中で最も知能が高いといわれている。
その珍しい魔獣そっくりのぬいぐるみが、廃墟の真ん中に放置されている。
魔獣であることを忘れ、セギリはそのペンギンに近寄ってみる。つやつやな羽毛に触れようと手を伸ばしたとき、くちばしでつつかれた。
「ぬいぐるみが動いた!?」
「ぬいぐるみではない。本物の魔獣じゃ」
魔獣といわれても、先のブラックドッグに比べて恐ろしさが少しも無い。
「失礼なヤツじゃ。命の恩人に、挨拶も無しにいきなり触ろうとするヤツが居るか」
「挨拶したら、触っていい?」
言ったら、また、つつかれた。
「そういうことでは無かろう」
「魔獣がしゃべった!」
今更ながら、魔獣が人語を話すことにセギリは驚いた。
というのも、この魔獣の珍しさが先行し、興味の方が勝ったため、それ以外を認識することには少し時間差が生じた。
フワッフワのモフモフ、喋るペンギンに大興奮で、指がワキワキ動く。そのモフモフに触りたくて仕方がない。
「変わったヤツじゃのう。かなり少ないが、魔獣の中にも、人語を操る種族はおる」
この魔獣の方が変わっているのだけれど。そもそも、魔獣は人語を喋らない。知能が高いエンペラー・ブルーだからか。
セギリは子供の頃、誕生日に魔獣の図鑑を貰い、何度も見返したほど、本来は魔獣に興味があった。ページが隅が削れ、背表紙からとれるくらい読み込んだ。
すっかり忘れていた子供の頃の好奇心、魔獣という生き物に興味が今一度湧き上がる。
子供向け図鑑に、『世界でも数の少ない珍しい魔獣』として紹介されていたものが目の前に居る。子供の頃に憧れた、本の中の存在が現実に居て、興奮しないわけがない。
「エンペラー・ブルー。本物!」
ペンギンは、不服だといわんばかりに、セギリをつつく。
「皇帝なんて、たいそうな名前で呼ぶものではない。逆に嫌味じゃ」
「皇帝、格好いいのに。じゃあ、何なんだ」
「ワシのことは、先生と呼びなさい」
このペンギンの態度が尊大なことは変わらない。
「ここから脱出せねばのう」
ペンギン、もとい、先生は閂の掛かった扉を見る。カリカリと爪で引っ掻かく音と、ブラックドッグの唸り声がする。まだ諦めていないようだ。
「先生も、あの犬に追われて、隠れてるのか」
図星だったようで、目を背けた。
部屋を散策する。廃墟の建物、他の出入り口や窓には鍵が掛かっていて、開く扉は一つしかない。
「魔獣なんだから、何とかならない?」
「なる」
即答で肯定された。
「なるのかよ。実は、強いのか」
皇帝、なんて名前が付いているのだから、とセギリは期待した。だが、返ってきたのは、思っていたものではなかった。
「戦うのは、お主じゃ」
「俺、魔獣と戦ったことないし、弱いし、戦ったら二人……じゃなかった、一人と一羽、仲良くブラックドッグに食われるって」
「ワシが力を貸すといっておる。魔獣使い、というのを知っているか」
「少し」
「ワシの種族の名前を言ってみろ」
「エンペラー・ブルー」
「何処に住んでいて、何を食べ、どういう生活をしていて、どういう性質の魔獣じゃ?」
「極点の氷の中の空洞に住んでいて、雑食、昼行性、魔獣の中ても賢い」
古い記憶を呼び起こしながら、淀みなくセギリが言った。
「属性は?」
「氷」
「ワシと心を重ねよ」
先生が、赤い目を真っ直ぐ向けてくる。
「そんなこと言われても、どうしたらいいかわからないし」
「ワシになった気になれ。ワシらの生態、生活環境を思い出せ。できるだけ、具体的に。そして、ワシに擬態してみろ。心を重ねよ」
セギリは想像する。氷に囲まれた、青い空間、冷たい空気。己の手は、ヒレのような翼、口は堅いくちばし。
「足りぬ。見てくれや生態だけでは足りぬ。大事なのは心じゃ」
「そんなこと急に言われても」
出会ったばかりのペンギンの気持ちなんて、わかるはずがない。
「仕方ないのぉ……」
そう呟くと、エンペラー・ブルーの身体がぼんやり青く輝き、ムクムクと膨らみ始める。セギリの目の前で、ペンギンが人型になった。
「なっ……」
驚いて言葉が出ない。
あの愛らしいモフモフが、セギリよりも背の高い美丈夫の男になったのだから。
異国の青い長衣を纏い、深い青に金色のメッシュが入った長い髪を後ろへ流す。肌は白く、赤い流し目は、皇帝の名が相応しい程に美しい。男でありながら、美しいと思うほどだった。
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