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4 給餌
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人は沢山居るのに、ウェルニーの泣き声だけが響く。
暗い中に閉じ込められ、心細く、恐ろしくて仕方なかった。
騙された。知らない人を信じて付いてきたから、捕まって売られるんだ。
絶望して暫く泣いて、落ち着いてくれば、同じ檻の中に誰か居ることに気づいた。
敷かれた藁の上、横たわるのは四人。
あまりに静かだったから、死んでいるのかもと怯えた。しかし、よく見ると胸は僅かに上下し、呼吸をしていて、生きている人間だとわかってホッとした。
一人と目が合い、ニコリと微笑んでくる。
「……さ……、うれし……」
呟かれた声は小さくて全て聞き取れなかったが、「うれしい」と言っているのはウェルニーにもわかった。
汚いだとか、あっちに行けだとか、嫌な顔をされて罵声を浴びせられても、笑い掛けられて嬉しいなんて一度も言われたことが無かった。
この人たちはいい人たちだと、ウェルニーは感じた。
寝ているところ、泣いて騒いでも、怒鳴らないし、殴ってこない。同室の彼らが、優しい、いい人で、暗い中で一人ぼっちではなかったことに安心する。
お腹は空いているが、寒くないし、痛い思いをしない。みんな微笑んで幸せそうな顔をしているのだから、ここは安全なところなのだ。こんなにいいところに入れられるのだから、売られてもきっといいところに売られる。
みんなに習って、寝転んでみる。ガリガリで骨ばかりのウェルニーが横になっても、敷かれた藁のおかげで体が痛まない。じっとしていれば、安心できた。
通路からコツコツと足音がする。近づいてきて、ウェルニーの居る檻の前で止まった。
弟に食べさせる肉を運んできた、メロニスだ。後ろには、大男が控えていた。
抱えている皿の肉は、ただ焼いただけのもの。見た目は山盛りの骨付き肉。
嘘ではなかったことに喜んだウェルニーだが、メロニスの表情は浮かない。
皿を置くのに躊躇していた。なかなか行動しないメロニスに、大男がイライラとつま先で床を叩きながら睨んでくる。
メロニスは殴られた痛みを思い出し、手が震えた。こんなもの、弟に食べさせていいものじゃない。食べるなと言って、放り捨ててしまいたい。だけれど、ここに来る前に、何も喋るなと脅されているメロニスが一言でも話せば、一発殴られるだけで済まない。
焼いた肉のにおいがウェルニーに届き、鉄格子に取り付く。空腹で腹の虫が騒ぐ彼の目には、兄の泣き腫らして赤くなった目元も、苦痛で歪む表情も映らない。こうばしく焼けた、山盛りの美味しそうな骨付き肉を見て、キラキラと目を輝かせて料理しか見えていなかった。
兄は、たまらず手を伸ばす弟から後退る。
意地悪をしていると思ったウェルニーは腹が立った。
いつもそうだ、仕掛けた罠にウサギがかかっても、殴られるからと言って、全部両親に上げてしまう。自分ちは、両親や長男夫婦が食べ残した骨をかじった。肉が食べられないのは、メロニスのせい。収穫したもの、全部やってしまうから、いつもお腹を空かせて苦しい思いをしなければならないのは、全てメロニスのせいだ。
「それは僕のだ! 僕の食べ物だ! 卑怯者! 泥棒! 乞食! 卑しい! 汚い! 死人! みすぼらしい悪魔め!」
鉄格子の隙間から精いっぱい手を伸ばし、あらん限りに叫んだ。いつも自分たちが浴びせられている罵声だった。
メロニスは痺れを切らした大男に背中を蹴られ、拍子に肉を檻の中へぶちまけてしまった。
鉄格子に額を打ち付け、転ぶ兄の姿には目もくれず、転がり込んできた肉を拾い、藁屑だらけであるのも気にせず貪り食う。
塩味が効いていて脂ののったそれの、あまりの美味しさに、ウェルニーは感動した。両手いっぱいに抱え込み、次々拾っては、夢中になって肉を頬張る。
同室の男が、いい匂いに誘われて起きてきた。
ノロノロとした動きで肉を拾おうとするので、そいつらを突き飛ばす。裸の男たちは、ウェルニーの力でも簡単にゴロンと転がった。
「全部、僕のだ!」
やっと手に入れた食べ物をとられてはたまらない、一心不乱で食い尽くし、全て食べ終わる頃には腹がはち切れんばかりに膨れていた。
満ち足りて、眠くなってきた。横になって目を瞑ると、幸福感でいっぱいだった。押しのけても怒鳴られないし、殴られない。寒くないし、痛くもない。つらいことしか無かった人生の中で、一番幸せな時だ。
暫く眠って目が覚めると、また食事が運ばれてきた。骨と皮ばかりに痩せてギスギスした体にボロを纏う、汚い小男たちがせっせと働く。そこに、メロニスの姿が無かったが、ウェルニーは気にならなかった。
今度は、同室の者たちにも手渡される。だけど、ウェルニーのだけ、器が大きかった。三人前は入りそうなサラダボウルに、溢れるくらいなみなみと注がれているのは、とろっとしたシチュー。
一口すすって、濃厚さに舌が喜んだ。こってりとした味わいは、沢山の食材が溶けた贅沢な味。時折、溶け残った肉の繊維や野菜の繊維を感じられる。
トロトロとして食べやすく、量が多くても苦にならない。あっという間に平らげてしまった。
ここは、快適だった。
ギスギスしたみすぼらしい小男たちが頻繁にやってきて、檻の中にある便所用の桶を取り替えたり、部屋の掃除をしたりしていく。何もしないで寝ているだけで、食事が出てくる。動くのは、水浴びをしに出されるときだけだ。
暗い中に閉じ込められ、心細く、恐ろしくて仕方なかった。
騙された。知らない人を信じて付いてきたから、捕まって売られるんだ。
絶望して暫く泣いて、落ち着いてくれば、同じ檻の中に誰か居ることに気づいた。
敷かれた藁の上、横たわるのは四人。
あまりに静かだったから、死んでいるのかもと怯えた。しかし、よく見ると胸は僅かに上下し、呼吸をしていて、生きている人間だとわかってホッとした。
一人と目が合い、ニコリと微笑んでくる。
「……さ……、うれし……」
呟かれた声は小さくて全て聞き取れなかったが、「うれしい」と言っているのはウェルニーにもわかった。
汚いだとか、あっちに行けだとか、嫌な顔をされて罵声を浴びせられても、笑い掛けられて嬉しいなんて一度も言われたことが無かった。
この人たちはいい人たちだと、ウェルニーは感じた。
寝ているところ、泣いて騒いでも、怒鳴らないし、殴ってこない。同室の彼らが、優しい、いい人で、暗い中で一人ぼっちではなかったことに安心する。
お腹は空いているが、寒くないし、痛い思いをしない。みんな微笑んで幸せそうな顔をしているのだから、ここは安全なところなのだ。こんなにいいところに入れられるのだから、売られてもきっといいところに売られる。
みんなに習って、寝転んでみる。ガリガリで骨ばかりのウェルニーが横になっても、敷かれた藁のおかげで体が痛まない。じっとしていれば、安心できた。
通路からコツコツと足音がする。近づいてきて、ウェルニーの居る檻の前で止まった。
弟に食べさせる肉を運んできた、メロニスだ。後ろには、大男が控えていた。
抱えている皿の肉は、ただ焼いただけのもの。見た目は山盛りの骨付き肉。
嘘ではなかったことに喜んだウェルニーだが、メロニスの表情は浮かない。
皿を置くのに躊躇していた。なかなか行動しないメロニスに、大男がイライラとつま先で床を叩きながら睨んでくる。
メロニスは殴られた痛みを思い出し、手が震えた。こんなもの、弟に食べさせていいものじゃない。食べるなと言って、放り捨ててしまいたい。だけれど、ここに来る前に、何も喋るなと脅されているメロニスが一言でも話せば、一発殴られるだけで済まない。
焼いた肉のにおいがウェルニーに届き、鉄格子に取り付く。空腹で腹の虫が騒ぐ彼の目には、兄の泣き腫らして赤くなった目元も、苦痛で歪む表情も映らない。こうばしく焼けた、山盛りの美味しそうな骨付き肉を見て、キラキラと目を輝かせて料理しか見えていなかった。
兄は、たまらず手を伸ばす弟から後退る。
意地悪をしていると思ったウェルニーは腹が立った。
いつもそうだ、仕掛けた罠にウサギがかかっても、殴られるからと言って、全部両親に上げてしまう。自分ちは、両親や長男夫婦が食べ残した骨をかじった。肉が食べられないのは、メロニスのせい。収穫したもの、全部やってしまうから、いつもお腹を空かせて苦しい思いをしなければならないのは、全てメロニスのせいだ。
「それは僕のだ! 僕の食べ物だ! 卑怯者! 泥棒! 乞食! 卑しい! 汚い! 死人! みすぼらしい悪魔め!」
鉄格子の隙間から精いっぱい手を伸ばし、あらん限りに叫んだ。いつも自分たちが浴びせられている罵声だった。
メロニスは痺れを切らした大男に背中を蹴られ、拍子に肉を檻の中へぶちまけてしまった。
鉄格子に額を打ち付け、転ぶ兄の姿には目もくれず、転がり込んできた肉を拾い、藁屑だらけであるのも気にせず貪り食う。
塩味が効いていて脂ののったそれの、あまりの美味しさに、ウェルニーは感動した。両手いっぱいに抱え込み、次々拾っては、夢中になって肉を頬張る。
同室の男が、いい匂いに誘われて起きてきた。
ノロノロとした動きで肉を拾おうとするので、そいつらを突き飛ばす。裸の男たちは、ウェルニーの力でも簡単にゴロンと転がった。
「全部、僕のだ!」
やっと手に入れた食べ物をとられてはたまらない、一心不乱で食い尽くし、全て食べ終わる頃には腹がはち切れんばかりに膨れていた。
満ち足りて、眠くなってきた。横になって目を瞑ると、幸福感でいっぱいだった。押しのけても怒鳴られないし、殴られない。寒くないし、痛くもない。つらいことしか無かった人生の中で、一番幸せな時だ。
暫く眠って目が覚めると、また食事が運ばれてきた。骨と皮ばかりに痩せてギスギスした体にボロを纏う、汚い小男たちがせっせと働く。そこに、メロニスの姿が無かったが、ウェルニーは気にならなかった。
今度は、同室の者たちにも手渡される。だけど、ウェルニーのだけ、器が大きかった。三人前は入りそうなサラダボウルに、溢れるくらいなみなみと注がれているのは、とろっとしたシチュー。
一口すすって、濃厚さに舌が喜んだ。こってりとした味わいは、沢山の食材が溶けた贅沢な味。時折、溶け残った肉の繊維や野菜の繊維を感じられる。
トロトロとして食べやすく、量が多くても苦にならない。あっという間に平らげてしまった。
ここは、快適だった。
ギスギスしたみすぼらしい小男たちが頻繁にやってきて、檻の中にある便所用の桶を取り替えたり、部屋の掃除をしたりしていく。何もしないで寝ているだけで、食事が出てくる。動くのは、水浴びをしに出されるときだけだ。
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