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8 開発
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「吐くなら、テメェにはもう何も食わせねぇぞ!」
サッと全身から血の気が引く思いがウェルニーを襲った。また何も食べさせてもらえない、食べものがもらえなくなる。それは、いっときの苦しみでは済まない。ずっと飢えに苦しんできたウェルニーだから、あの頃には戻りたくなかった。
「ごっ、じゅじ……、ごじゅじ……さ、うれじ……ひゅ……ごしゅじ……」
しゃがれて出ない声を必死に絞り、床に額を擦りつけて懇願する。空腹だけは嫌だった。腹いっぱい食べられるのなら、ウェルニーは何でもする。何でもするから、ここから追い出されたくなかった、腹いっぱい食べさせて欲しかった。
その食べさせられているもののせいで、おかしくなってると知る由もない。
おかしくなってるのは甘ったるい香は、糞尿の臭いを誤魔化すため。
裸の男たちは、水浴びで出されるとき以外、時おり起き上がって便所へ向かう程度で、殆どの時間横になっていた。中には、家畜のように寝転がったまま排泄する者もあるのだから、当たり前に臭う。
檻の中のものは人型をした、豚。喰われるために養殖される。
ウェルニーに幻覚を見せているのは、無自覚に食べているそれ、毎食摂取させられるドロドロしたもの。
そうとはしらず、生きるための本能が、今までずっと食べられなかった食べ物へ異常に執着させる。
ウェルニーにとって、ここは天国だった。
天国には裸の人が居ると聞いたことがある。だから、きっとここも天国なんだと思った。
「ごしゅ……じ、ん、さ……ごしゅ、んさ、ま……」
泣いて、男の足にすがった。
餌が欲しいと擦り寄り鳴き声を上げる家畜だった。人のかたちをしていながら、人ではないものに変貌している、無自覚で哀れな生き物を、男は見下ろし、蹴飛ばした。
「触るな、汚ねぇ。餌が欲しいなら、一番太いヤツを根元まで入るようにしろ」
「ごしゅじ……うれ、うれじ……」
「今夜までに、一番細いやつが入るようになれ」
「ごしゅ……さ……」
「歯を当てるな」
「う、れじ、い……ご……」
「ずっとそれを唱えてろ」
「……で、す、ごしゅ……」
「それと、汚ねぇから水浴びしてこい」
散々這いつくばり、転がったせいで、濡れたところに藁屑がつき、ミノムシのようになっていた。檻を追い出され、冷たい水で体を洗う。踏まれて腫れた肌を冷やすには丁度いい。
水浴びを終えて檻の中に帰る。ウェルニーが居ない間、掃除されて新しい藁に取り替えられ、綺麗になっていた。
やっぱり、ここの生活は快適で最高!
金を産む大事な商品を壊してしまっては元も子もない。頭のたんこぶも全身の痣も治る程度の傷で、手はグチャグチャに踏み潰されなかったし、温かいシチューも、水分を補給する飲水も出される。危険なことは何も起こらない。
だけどウェルニーは、すっかり恐怖心を植え付けられてしまった。言いつけどおりにしないと、また恐ろしい目に合わされる。言うことを聞かないと、天国から追い出される。
一番細い木の棒を持ち、練習する。
「ご主人様、嬉しいです、ご主人様、嬉しいです……」
言いつけを守り繰り返し唱え、恐る恐る押し込んでも、怖くてなかなか上手くいかない。
藁の上をゴロゴロ転がりながら、言葉を唱える。どうしても言いつけ通りに木の棒を扱えなかった。
――どうしよう、どうしよう……
ウェルニーは焦った。窓が無いから昼なのか夜なのか分からないが、今日の夜までに入れなければ、また地獄の責苦が始まる。
暗闇にぼんやりと顔のないメロニスの陰が見え、戦慄した。
何もいなかった筈なのに。
忽然と、音もなく現れた。
全身が冷気に包まれたみたいに、寒さに襲われる。
どっか行け! と心の中で叫んだ。
「ご主人様、嬉しいです、ご主人様、嬉しいです……!」
もごもご呪文のように唱えながら、木の棒を握りしめ、力が入る。
「ご主人様、嬉し……ひぃ!?」
唐突に、ずぶっと木の頭が刺さり、走った痛みと衝撃に驚いて悲鳴を上げた。
すると、不安に苛まれ見えていたメロニスの幻影が、すっと薄くなった。
――ちゃんと出来れば悪魔は消えるんだ!
だけど、その先が難しかった。
ぼんやりしていたメロニスの悪魔が再び濃くなりはじめる。足が、手が、体が、頭が、口が、鼻が、眼球が、実体を伴っているように、はっきりと姿を現した。
「ああぁぁぁ!!」
ウェルニーは恐ろしくて、叫んだ。
何をするでもなく、隅でじっと見つめてくるだけなのに、寒気がゾワゾワと裸体の肌を這い回り、ガタガタ震える。
見たくないのに、視線が逸らせない。
ソイツはウェルニーに狙いを定めているように、微動だにせずずっと見てくる。
足も動いてないのに、すうっと空中を滑って、ゆっくり、確実に、ソイツが段々近づいて来る。
ゆっくり、ゆっくり、こっちに来る。
正体のわからないソイツが恐ろしくてたまならない。この悪魔が現れると、天国から一変、最悪な地獄になる。
――嫌だ、つらいのはもう嫌だ。
もう自分の兄ではない、メロニスの姿は、恐れの象徴と化していた。
サッと全身から血の気が引く思いがウェルニーを襲った。また何も食べさせてもらえない、食べものがもらえなくなる。それは、いっときの苦しみでは済まない。ずっと飢えに苦しんできたウェルニーだから、あの頃には戻りたくなかった。
「ごっ、じゅじ……、ごじゅじ……さ、うれじ……ひゅ……ごしゅじ……」
しゃがれて出ない声を必死に絞り、床に額を擦りつけて懇願する。空腹だけは嫌だった。腹いっぱい食べられるのなら、ウェルニーは何でもする。何でもするから、ここから追い出されたくなかった、腹いっぱい食べさせて欲しかった。
その食べさせられているもののせいで、おかしくなってると知る由もない。
おかしくなってるのは甘ったるい香は、糞尿の臭いを誤魔化すため。
裸の男たちは、水浴びで出されるとき以外、時おり起き上がって便所へ向かう程度で、殆どの時間横になっていた。中には、家畜のように寝転がったまま排泄する者もあるのだから、当たり前に臭う。
檻の中のものは人型をした、豚。喰われるために養殖される。
ウェルニーに幻覚を見せているのは、無自覚に食べているそれ、毎食摂取させられるドロドロしたもの。
そうとはしらず、生きるための本能が、今までずっと食べられなかった食べ物へ異常に執着させる。
ウェルニーにとって、ここは天国だった。
天国には裸の人が居ると聞いたことがある。だから、きっとここも天国なんだと思った。
「ごしゅ……じ、ん、さ……ごしゅ、んさ、ま……」
泣いて、男の足にすがった。
餌が欲しいと擦り寄り鳴き声を上げる家畜だった。人のかたちをしていながら、人ではないものに変貌している、無自覚で哀れな生き物を、男は見下ろし、蹴飛ばした。
「触るな、汚ねぇ。餌が欲しいなら、一番太いヤツを根元まで入るようにしろ」
「ごしゅじ……うれ、うれじ……」
「今夜までに、一番細いやつが入るようになれ」
「ごしゅ……さ……」
「歯を当てるな」
「う、れじ、い……ご……」
「ずっとそれを唱えてろ」
「……で、す、ごしゅ……」
「それと、汚ねぇから水浴びしてこい」
散々這いつくばり、転がったせいで、濡れたところに藁屑がつき、ミノムシのようになっていた。檻を追い出され、冷たい水で体を洗う。踏まれて腫れた肌を冷やすには丁度いい。
水浴びを終えて檻の中に帰る。ウェルニーが居ない間、掃除されて新しい藁に取り替えられ、綺麗になっていた。
やっぱり、ここの生活は快適で最高!
金を産む大事な商品を壊してしまっては元も子もない。頭のたんこぶも全身の痣も治る程度の傷で、手はグチャグチャに踏み潰されなかったし、温かいシチューも、水分を補給する飲水も出される。危険なことは何も起こらない。
だけどウェルニーは、すっかり恐怖心を植え付けられてしまった。言いつけどおりにしないと、また恐ろしい目に合わされる。言うことを聞かないと、天国から追い出される。
一番細い木の棒を持ち、練習する。
「ご主人様、嬉しいです、ご主人様、嬉しいです……」
言いつけを守り繰り返し唱え、恐る恐る押し込んでも、怖くてなかなか上手くいかない。
藁の上をゴロゴロ転がりながら、言葉を唱える。どうしても言いつけ通りに木の棒を扱えなかった。
――どうしよう、どうしよう……
ウェルニーは焦った。窓が無いから昼なのか夜なのか分からないが、今日の夜までに入れなければ、また地獄の責苦が始まる。
暗闇にぼんやりと顔のないメロニスの陰が見え、戦慄した。
何もいなかった筈なのに。
忽然と、音もなく現れた。
全身が冷気に包まれたみたいに、寒さに襲われる。
どっか行け! と心の中で叫んだ。
「ご主人様、嬉しいです、ご主人様、嬉しいです……!」
もごもご呪文のように唱えながら、木の棒を握りしめ、力が入る。
「ご主人様、嬉し……ひぃ!?」
唐突に、ずぶっと木の頭が刺さり、走った痛みと衝撃に驚いて悲鳴を上げた。
すると、不安に苛まれ見えていたメロニスの幻影が、すっと薄くなった。
――ちゃんと出来れば悪魔は消えるんだ!
だけど、その先が難しかった。
ぼんやりしていたメロニスの悪魔が再び濃くなりはじめる。足が、手が、体が、頭が、口が、鼻が、眼球が、実体を伴っているように、はっきりと姿を現した。
「ああぁぁぁ!!」
ウェルニーは恐ろしくて、叫んだ。
何をするでもなく、隅でじっと見つめてくるだけなのに、寒気がゾワゾワと裸体の肌を這い回り、ガタガタ震える。
見たくないのに、視線が逸らせない。
ソイツはウェルニーに狙いを定めているように、微動だにせずずっと見てくる。
足も動いてないのに、すうっと空中を滑って、ゆっくり、確実に、ソイツが段々近づいて来る。
ゆっくり、ゆっくり、こっちに来る。
正体のわからないソイツが恐ろしくてたまならない。この悪魔が現れると、天国から一変、最悪な地獄になる。
――嫌だ、つらいのはもう嫌だ。
もう自分の兄ではない、メロニスの姿は、恐れの象徴と化していた。
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