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三.魔法使いと町へ
30.田舎者と都会
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魔法道具はなるべく控えるように、使うなら魔法使いの区画で、という簡単な注意事項を受けてから門の中へ入った。
門の中に入ってら、すぐそこに町……ではなく、自然溢れる光景だった。加工がされていないそのままの石が積まれた低い塀や、枝を使った囲いに区切られ、木や草花が生茂る。完全に自然のままではなく、人の手で作られた光景。木々隙間から畑や牧草地が見えた。開けた農業地帯という場所でもない、イングリッシュガーデンに近い。ただ、その畑が透明な膜――結界魔法の壁に覆われている。本道こそ馬車がすれ違えるくらい広さがあるものの曲がりくねっていて、枝道は細く迷路のように伸びていた。
「『魔法使いの庭』だ。町の防衛の一端を担っている」
「結界魔法だし、攻撃を防ぎそう」
「それもある。迷路のように細く入り組んでいて、ここで育てている魔物なんかも侵入者を防ぐ役割りになっているんだ」
「魔物……」
街道でちょこちょこ倒してきて中々の数がキューブの中に収まっている。ソレから町を守る為に壁で囲まれた町なのに、中で魔物を育てていいのだろうか。
「あそこの畑に植えてあるアレ、マンドラゴラだ」
「抜くと叫び声を上げて、その叫び声を聞くと死ぬっていう?」
人間の住む土地で、一発で人間を殺せそうな植物が生えているのは流石にどうなんだ。
「アイクの世界にもあるのだな」
「いや、創作物の中だけの存在で……」
言いかけ、マンドラゴラは実在すると聞いたことがある気がして尻窄みになった。
畑の隅に動くものがある。全身真っ黒で影と見紛う色の耳のない狐っぽい生き物がいる。異様に鼻が尖っていてモグラのようでもあり、牙と鋭い爪を持ち、体高は人間の大人と変わらない。愛久たちに気づいて、一瞥してきた真っ赤な目は六つあって、キョッとした。どこからどう見ても凶悪そうな魔物。腹這いに寝そべっていたソイツがのっそり立ち上がり、おもむろにマンドラゴラの葉を咥えると引っこ抜いた。
叫び声を聞いたら死ぬ! と愛久は咄嗟に耳をふさぐ。が、想定していたものは何も聞こえてこない。魔物は、生まれたての赤ん坊みたいな姿の根っこがぽっかりと真っ暗な大口を開けて泣き叫ぶ仕草をするそれを、魔法で目の前に浮かべた水の玉に容赦なく突っ込み、水の中で振り回したのち、モシャモシャと食べ始めた。――マンドラゴラを水洗いして食う魔物。行儀はいい。
そして、結界の向こうの音が聞こえない、完全防音。安全性に考慮されていた。
「バガルボーという魔物で、マンドラゴラが好物なんだ。普段は温厚だが、好物をとられると怒って攻撃してくる。マンドラゴラをとられないよう周囲を守るバガルボーの習性を利用して、畑を荒らす侵入者から守って貰っている」
「危なくない?」
「バガルボーは子守妖精が使役している魔物だ。人間の子供や動物の世話が好きな妖精でね、悪い子を見かけるとバガルボーをけしかけてくるが、何もしなければ平気だ。人間と契約でもしているのだろう」
――それは安全なのか?
寓話に出てきそうな妖精が、この世界では単なる作り話ではなく現実に居る。人間の成人程もある体高の黒い化け物が襲ってきたら、子供じゃなくても裸足で逃げ出す見た目だ。生まれたての赤ん坊に似たマンドラゴラを食べるバガルボー……その光景は薄ら寒いものに見えて目をそらす。
魔法使いの庭があると町の防衛になるのなら、怪しいものを持ち込む魔法使いでも、それを見逃して町に住むことを許すだけの利点がある。以前、猫獣人ルエヴェの戦闘を目の当たりにし、魔法使いが高い戦闘力を持っているとわかった。町が魔物等の敵に襲われたとき、大きな戦力になる。
魔法使いの庭を抜け、町に入るとそれなりに賑やかだ。
カデルについて、移動魔法陣がある一際大きな建物に向かう。そこでも身分証明としてキューブと宝珠を見せる。戦闘訓練の一貫で傭兵ギルドに登録したのだけれど、これが身分証明としてここまで役に立ってくれるなんて。魔物討伐を振ってくれたジャックと、紹介人になってくれたカデルには感謝しかない。
中は広く、地方空港程度。劇場のような扉がいくつかあり、そこに列ができている。
カデルについていき、愛久も列の一つに並んで、扉の先に入る。レンガの壁に囲まれた広い部屋の床、大きな魔法陣が刻まれている。魔法陣の中へお入り下さい、という係員に促され、他の移動客達と一緒に移動魔法陣に入ると、高速エレベーターに乗ったような腹の底がふわっとする浮遊感が一瞬あった。
レンガの壁が、漆喰の白壁に変わった。
周りが当たり前みたいにしているから、社会人経験のある愛久もスンと澄ましているが、内心では、一瞬で部屋が変わった! 本物だ!、と移動魔法陣初体験に感動して高揚感でいっぱいだった。
「もう王都?」
「いや。王都直通の移動魔法陣は、王宮に仕えている一部の者しか使えない。この町から王都側の町へ転移する魔法陣のある町へ水路で移動してそこで一泊したら、そこから王都へは、また水路で行く。これから、傭兵ギルドに寄って、昼食をとる時間はあるさ」
警備上、一般人は直通では行けないので、遠回りになる。ここはそれぞれの地方から転移する先の町であり、中継地点の町として栄えていた。
移動魔法陣の部屋から出ると国際空港くらい広いロビーを抜け、建物から出ると、空気のにおいまで違った。
活気ある町並みだ。建物は皆、石造りの四階建以上の大型なものばかり。のんびりした田舎とは違う、都会感がした。忙しなく行き交う様々な人種が纏う服は洗練されて見え、愛久は急に自分が田舎者に思えてくる。隣に居るカデルといえば、見てくれに無頓着な、相変わらず真っ白ローブで堂々としているで、誰も自分たちの格好など気にしちゃいないと都会の洗練も一瞬にして開き直れた。
石畳の大通りは田舎のメインストリートの何倍ももあるほど広く、馬車が走る。感覚としては駅前通り。その中でも特別目を引くのは、大型バス程の大きな馬車を引く生き物。大きさは馬車を引く馬より一回り大きく、サイとカバを足したような姿で白いドレッドヘアーの被毛は、さながら歩く大きなモップ。その白い被毛に、色とりどりの糸が編み込まれていて、毛の先端には金属のアクセサリーがつけられ、角に花柄のレースのように細かく化粧がされて、中々おしゃれ。
「あれも魔物?」
「ビビマスという魔物だ。魔法使いが使い魔契約して使役している」
「魔物と動物の違いってなんだろう」
「体内に瘴気があるかどうかだ。魔物は動物より強く、丈夫で獰猛なものが多い。契約魔物は契約魔法によって縛られる。主人の命令には絶対服従であるし、興奮したり驚いたりして暴走しそうになると魔物を落ち着かせる魔法が発動する。どうしようもないときは、眠らせる魔法が発動するのだ」
「だから、魔法が使える者じゃなきゃ魔物が使えないのか」
「うん。魔法使いも色々居て、魔法道具を作るのが得意な魔法使い、魔物に詳しい魔法使い、魔法薬が得意な魔法使い、戦闘が得意な魔法使い、治療魔法が得意な魔法使い、魔法そのものを研究している魔法使いだとか、自分の能力や得意なものが違う。魔物方面に明るい魔法使いだと、一人で複数の魔物と契約できる。それを利用して事業を起こす魔法使いもいる。ビビマスは馬より足は遅いけど力は四十倍あるから、大型車を引かせるのに役立つのだけれど、田舎にはない。都会の方が需要も給料もいいからな」
魔法使いは特殊技能、という会話を思い出した。その特殊技能も様々ある。田舎より都会に出た方が下手な貴族や商人より稼いでいそうだ。
「野生では会いたくない魔物の代表格だな。突進力は石造りの建物も薙ぎ倒す」
人間と魔物は共生もしているが、野生は野生、それはそれ、これはこれ。できれば、普通のカバでも暴走した野生のそれに斧一本で立ち向かいたくない。
魔法使いも魔物も人に害をなすことがあれば、協力して利となる部分もある。この世界全体かはわからないけれど、この国は魔法使いに寛容で繁栄して見えた。
ビビマス車に乗り、傭兵ギルドを目指す。
傭兵ギルドも規模が大きく、人が多い。魔物の肉を使った料理を提供する、フードコート規模の広いレストランもあり賑わっていた。田舎のほぼ人が居ない傭兵ギルドとは雲泥の差。
受け付けカウンターも、どこぞの市役所の如くズラッとあって、年度末決済くらいに混んでいる。
買い取りカウンターに辿り着くまで迷った。
なんとか魔物を買い取ってもらい、討伐報酬を貰う。
田舎者、新人だから、定番の新人いびり――は、全くない。その気配すらない。
都会の傭兵ギルド、王都や各地に行ける移動魔法陣がある中継地点の町だ、田舎から出てきた者は珍しくもなんともない。それに加え、人が多すぎて忙殺されているのにいちいち新人に対して丁寧な洗礼をしていたら、魔物よりも仕事に殺される。効率よく事務的でスムーズに対応してくれた。
そこそこいい金額になったので、以前、払うと約束していた傭兵ギルドの登録料をカデルに払った。今度はちゃんと受け取って貰えた。本当は、難なく魔物を狩れたのは、ほぼカデルのサポート魔法のお陰だ。魔法で防御や愛久の身体強化は勿論、魔物に拘束魔法まで掛けていた。そこに、愛久は斧を振り下ろしただけである。
この金は愛久が受け取るには半分でも多いくらいで、カデルに渡すべきなのだけれど、そこはカデルが頑なに拒否したので、立て替えて貰った登録料に紹介料という色を付けて渡したのだった。
「どうする? ここで昼食にする?」
魔物の肉は気になる。けど、喧騒が酷くて躊躇った。大声で怒鳴り合い、カトラリーや食器が飛び交って場外乱闘が始まったのを見て断念する。
「もっと落ち着いた所がいいかな」
「なら、船のチケットを取ってからにしよう。いい所を知っているんだ」
「カデルのおすすめの店か、楽しみ」
「米を使ったメニューを出す店だ。愛久は平気かな? 虫みたいだと言って苦手にする者もあるから」
イモ虫の体液で作った栄養剤飲んでいるのに何を今更、と思わないでもない。
この世界に米があると聞いて、期待した。主食がパンでも問題ないのだけれど、久しぶりの米が食べられると密かに色めき立つ。
「食べられるよ、俺の出身の国の主食だし。というか、米あるんだ」
「ここは物流の中継地点でもある」
移動魔法陣があるのだ、人や物が多く集まる。主食とまでもいかなくとも、米も食べられていた。
履き慣れない靴で硬く舗装された道を歩き、足に若干痛みがあるが、米が食べられるとなれば足取りも軽くなる。
ビビマス車に乗り、船着き場を目指す。船のチケットを買い、そこからカデルのおすすめの店はさほど遠くなかった。
幅広い運河沿いにある、テラス席の店だ。入り江なんじゃないかと思うくらい広い運河だけれど、水のにおいはちゃんと淡水。
町中は人が多く忙しなかったので、この町に入ってやっと一息つけた。
門の中に入ってら、すぐそこに町……ではなく、自然溢れる光景だった。加工がされていないそのままの石が積まれた低い塀や、枝を使った囲いに区切られ、木や草花が生茂る。完全に自然のままではなく、人の手で作られた光景。木々隙間から畑や牧草地が見えた。開けた農業地帯という場所でもない、イングリッシュガーデンに近い。ただ、その畑が透明な膜――結界魔法の壁に覆われている。本道こそ馬車がすれ違えるくらい広さがあるものの曲がりくねっていて、枝道は細く迷路のように伸びていた。
「『魔法使いの庭』だ。町の防衛の一端を担っている」
「結界魔法だし、攻撃を防ぎそう」
「それもある。迷路のように細く入り組んでいて、ここで育てている魔物なんかも侵入者を防ぐ役割りになっているんだ」
「魔物……」
街道でちょこちょこ倒してきて中々の数がキューブの中に収まっている。ソレから町を守る為に壁で囲まれた町なのに、中で魔物を育てていいのだろうか。
「あそこの畑に植えてあるアレ、マンドラゴラだ」
「抜くと叫び声を上げて、その叫び声を聞くと死ぬっていう?」
人間の住む土地で、一発で人間を殺せそうな植物が生えているのは流石にどうなんだ。
「アイクの世界にもあるのだな」
「いや、創作物の中だけの存在で……」
言いかけ、マンドラゴラは実在すると聞いたことがある気がして尻窄みになった。
畑の隅に動くものがある。全身真っ黒で影と見紛う色の耳のない狐っぽい生き物がいる。異様に鼻が尖っていてモグラのようでもあり、牙と鋭い爪を持ち、体高は人間の大人と変わらない。愛久たちに気づいて、一瞥してきた真っ赤な目は六つあって、キョッとした。どこからどう見ても凶悪そうな魔物。腹這いに寝そべっていたソイツがのっそり立ち上がり、おもむろにマンドラゴラの葉を咥えると引っこ抜いた。
叫び声を聞いたら死ぬ! と愛久は咄嗟に耳をふさぐ。が、想定していたものは何も聞こえてこない。魔物は、生まれたての赤ん坊みたいな姿の根っこがぽっかりと真っ暗な大口を開けて泣き叫ぶ仕草をするそれを、魔法で目の前に浮かべた水の玉に容赦なく突っ込み、水の中で振り回したのち、モシャモシャと食べ始めた。――マンドラゴラを水洗いして食う魔物。行儀はいい。
そして、結界の向こうの音が聞こえない、完全防音。安全性に考慮されていた。
「バガルボーという魔物で、マンドラゴラが好物なんだ。普段は温厚だが、好物をとられると怒って攻撃してくる。マンドラゴラをとられないよう周囲を守るバガルボーの習性を利用して、畑を荒らす侵入者から守って貰っている」
「危なくない?」
「バガルボーは子守妖精が使役している魔物だ。人間の子供や動物の世話が好きな妖精でね、悪い子を見かけるとバガルボーをけしかけてくるが、何もしなければ平気だ。人間と契約でもしているのだろう」
――それは安全なのか?
寓話に出てきそうな妖精が、この世界では単なる作り話ではなく現実に居る。人間の成人程もある体高の黒い化け物が襲ってきたら、子供じゃなくても裸足で逃げ出す見た目だ。生まれたての赤ん坊に似たマンドラゴラを食べるバガルボー……その光景は薄ら寒いものに見えて目をそらす。
魔法使いの庭があると町の防衛になるのなら、怪しいものを持ち込む魔法使いでも、それを見逃して町に住むことを許すだけの利点がある。以前、猫獣人ルエヴェの戦闘を目の当たりにし、魔法使いが高い戦闘力を持っているとわかった。町が魔物等の敵に襲われたとき、大きな戦力になる。
魔法使いの庭を抜け、町に入るとそれなりに賑やかだ。
カデルについて、移動魔法陣がある一際大きな建物に向かう。そこでも身分証明としてキューブと宝珠を見せる。戦闘訓練の一貫で傭兵ギルドに登録したのだけれど、これが身分証明としてここまで役に立ってくれるなんて。魔物討伐を振ってくれたジャックと、紹介人になってくれたカデルには感謝しかない。
中は広く、地方空港程度。劇場のような扉がいくつかあり、そこに列ができている。
カデルについていき、愛久も列の一つに並んで、扉の先に入る。レンガの壁に囲まれた広い部屋の床、大きな魔法陣が刻まれている。魔法陣の中へお入り下さい、という係員に促され、他の移動客達と一緒に移動魔法陣に入ると、高速エレベーターに乗ったような腹の底がふわっとする浮遊感が一瞬あった。
レンガの壁が、漆喰の白壁に変わった。
周りが当たり前みたいにしているから、社会人経験のある愛久もスンと澄ましているが、内心では、一瞬で部屋が変わった! 本物だ!、と移動魔法陣初体験に感動して高揚感でいっぱいだった。
「もう王都?」
「いや。王都直通の移動魔法陣は、王宮に仕えている一部の者しか使えない。この町から王都側の町へ転移する魔法陣のある町へ水路で移動してそこで一泊したら、そこから王都へは、また水路で行く。これから、傭兵ギルドに寄って、昼食をとる時間はあるさ」
警備上、一般人は直通では行けないので、遠回りになる。ここはそれぞれの地方から転移する先の町であり、中継地点の町として栄えていた。
移動魔法陣の部屋から出ると国際空港くらい広いロビーを抜け、建物から出ると、空気のにおいまで違った。
活気ある町並みだ。建物は皆、石造りの四階建以上の大型なものばかり。のんびりした田舎とは違う、都会感がした。忙しなく行き交う様々な人種が纏う服は洗練されて見え、愛久は急に自分が田舎者に思えてくる。隣に居るカデルといえば、見てくれに無頓着な、相変わらず真っ白ローブで堂々としているで、誰も自分たちの格好など気にしちゃいないと都会の洗練も一瞬にして開き直れた。
石畳の大通りは田舎のメインストリートの何倍ももあるほど広く、馬車が走る。感覚としては駅前通り。その中でも特別目を引くのは、大型バス程の大きな馬車を引く生き物。大きさは馬車を引く馬より一回り大きく、サイとカバを足したような姿で白いドレッドヘアーの被毛は、さながら歩く大きなモップ。その白い被毛に、色とりどりの糸が編み込まれていて、毛の先端には金属のアクセサリーがつけられ、角に花柄のレースのように細かく化粧がされて、中々おしゃれ。
「あれも魔物?」
「ビビマスという魔物だ。魔法使いが使い魔契約して使役している」
「魔物と動物の違いってなんだろう」
「体内に瘴気があるかどうかだ。魔物は動物より強く、丈夫で獰猛なものが多い。契約魔物は契約魔法によって縛られる。主人の命令には絶対服従であるし、興奮したり驚いたりして暴走しそうになると魔物を落ち着かせる魔法が発動する。どうしようもないときは、眠らせる魔法が発動するのだ」
「だから、魔法が使える者じゃなきゃ魔物が使えないのか」
「うん。魔法使いも色々居て、魔法道具を作るのが得意な魔法使い、魔物に詳しい魔法使い、魔法薬が得意な魔法使い、戦闘が得意な魔法使い、治療魔法が得意な魔法使い、魔法そのものを研究している魔法使いだとか、自分の能力や得意なものが違う。魔物方面に明るい魔法使いだと、一人で複数の魔物と契約できる。それを利用して事業を起こす魔法使いもいる。ビビマスは馬より足は遅いけど力は四十倍あるから、大型車を引かせるのに役立つのだけれど、田舎にはない。都会の方が需要も給料もいいからな」
魔法使いは特殊技能、という会話を思い出した。その特殊技能も様々ある。田舎より都会に出た方が下手な貴族や商人より稼いでいそうだ。
「野生では会いたくない魔物の代表格だな。突進力は石造りの建物も薙ぎ倒す」
人間と魔物は共生もしているが、野生は野生、それはそれ、これはこれ。できれば、普通のカバでも暴走した野生のそれに斧一本で立ち向かいたくない。
魔法使いも魔物も人に害をなすことがあれば、協力して利となる部分もある。この世界全体かはわからないけれど、この国は魔法使いに寛容で繁栄して見えた。
ビビマス車に乗り、傭兵ギルドを目指す。
傭兵ギルドも規模が大きく、人が多い。魔物の肉を使った料理を提供する、フードコート規模の広いレストランもあり賑わっていた。田舎のほぼ人が居ない傭兵ギルドとは雲泥の差。
受け付けカウンターも、どこぞの市役所の如くズラッとあって、年度末決済くらいに混んでいる。
買い取りカウンターに辿り着くまで迷った。
なんとか魔物を買い取ってもらい、討伐報酬を貰う。
田舎者、新人だから、定番の新人いびり――は、全くない。その気配すらない。
都会の傭兵ギルド、王都や各地に行ける移動魔法陣がある中継地点の町だ、田舎から出てきた者は珍しくもなんともない。それに加え、人が多すぎて忙殺されているのにいちいち新人に対して丁寧な洗礼をしていたら、魔物よりも仕事に殺される。効率よく事務的でスムーズに対応してくれた。
そこそこいい金額になったので、以前、払うと約束していた傭兵ギルドの登録料をカデルに払った。今度はちゃんと受け取って貰えた。本当は、難なく魔物を狩れたのは、ほぼカデルのサポート魔法のお陰だ。魔法で防御や愛久の身体強化は勿論、魔物に拘束魔法まで掛けていた。そこに、愛久は斧を振り下ろしただけである。
この金は愛久が受け取るには半分でも多いくらいで、カデルに渡すべきなのだけれど、そこはカデルが頑なに拒否したので、立て替えて貰った登録料に紹介料という色を付けて渡したのだった。
「どうする? ここで昼食にする?」
魔物の肉は気になる。けど、喧騒が酷くて躊躇った。大声で怒鳴り合い、カトラリーや食器が飛び交って場外乱闘が始まったのを見て断念する。
「もっと落ち着いた所がいいかな」
「なら、船のチケットを取ってからにしよう。いい所を知っているんだ」
「カデルのおすすめの店か、楽しみ」
「米を使ったメニューを出す店だ。愛久は平気かな? 虫みたいだと言って苦手にする者もあるから」
イモ虫の体液で作った栄養剤飲んでいるのに何を今更、と思わないでもない。
この世界に米があると聞いて、期待した。主食がパンでも問題ないのだけれど、久しぶりの米が食べられると密かに色めき立つ。
「食べられるよ、俺の出身の国の主食だし。というか、米あるんだ」
「ここは物流の中継地点でもある」
移動魔法陣があるのだ、人や物が多く集まる。主食とまでもいかなくとも、米も食べられていた。
履き慣れない靴で硬く舗装された道を歩き、足に若干痛みがあるが、米が食べられるとなれば足取りも軽くなる。
ビビマス車に乗り、船着き場を目指す。船のチケットを買い、そこからカデルのおすすめの店はさほど遠くなかった。
幅広い運河沿いにある、テラス席の店だ。入り江なんじゃないかと思うくらい広い運河だけれど、水のにおいはちゃんと淡水。
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