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三.魔法使いと町へ

28.魔法使いとのんびり旅

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 進行方向へ向いて右と左、両側にベンチのあり、『魔法の馬車』といえばメルヘンな可愛らしい響きで聞こえはいいが、実質、八本足で歩く木箱。木箱が歩く速度は、人間が徒歩移動するより早く、自転車よりは遅い。振動が少なく、脚を折り曲げれば寝られるくらい広いベンチと、意外と乗り心地がいい。
 だけど、町中を堂々と行くコレはものすごく目立つ。
 この世界は、移動手段として一般的なのは馬で、八本足でコトコト歩く木箱という奇抜な乗り物は愛久たちを乗せているもの以外に見当たらない。
 目立つ上、子供の脚でも走れば追いつくわけで。

「変なのがいる!」
「なにこれー?」
 顔見知りの子供たちが並走しながらキャッキャと無邪気に感想を口にした。
「馬車だって」
「馬いないのに? 変なの!」
「あはは、変だな!」
 コレを馬車と紹介してきた本人も変だと言って笑う。馬もなければ車輪もない。速度だけは馬車と同じくらい。ホント、コレ何なんだろう。
 進む度、子供たちの好奇心を惹きつけ続々と集まってくる。まるでハーメルンの笛吹き男。

「どっか行っちゃうの?」
「カデルがお仕事なんだよ」
「やーだー! アイクと遊ぶー!」
「帰って来たら遊ぼう」
「やーだー! いま遊ぶ!」
「どこ行くの?」
「王都だ」
――王都なんだ?
 王立学校に行くとは聞いていたけど、王都へ行くというのは初耳だった。王立だから、王都の近くなのかなとは思っていたけれど。
 王都といえば、ルエヴェが警告してきた場所だ。

「どっか行くなら餞別だって、父ちゃんが」
 子供たちが楽しそうに運動会の玉入れ競争の如くポイポイと投げ、走る木箱に入れられる果物たち。生鮮食品がぞんざいに足元にいくつも転がって、色んな意味で気が引ける。断って投げ返す訳にもいかず、「ありがとう、お礼を言っといて」と伝言を頼んでおいた。

「連れてって!」
「駄目だよ」
「やーだー、連れてってー!」
「ズルい! ぼくも!」
 町中を駆けながら連れてけ大合唱だ。
 何日掛かるかわからない旅であるし、仕事で行くのだからカデルの邪魔になってはいけない。ないとは思うけど、たとえ親の承諾があったとしても連れては行けない。
「じゃあ、一緒に魔法学校へくるか?」
「カデル?」
 カデルが唐突に肯定するのだから、愛久は驚いた。
 にこやかに子供たちを誘うキラキラ金髪美人。人間の子供を誘惑する妖精のよう。カデルは悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。

「魔法使いの卵たちが居る学校だからね、失敗した魔法に巻き込まれて壁の絵になってしまうかもしれないし、身体がドロドロに溶けてしまうかもしれないし、幽霊になってしまうかもしれないし、全身粘液に包まれたブヨブヨの緑色になってゲコゲコしか鳴けないカエル人間になるかも」
 彼からそんな脅し文句が出てくるのは以外だ。魔法使いの学校だから、無くはないのかもしれないが。

 一瞬言葉に詰まった子供たち。
「……お土産待ってる!」
「アイク、お土産!」
 素早い変わり身だった。流石に、得体のしれない何かにはなりたくないらしい。
「いい子にして待ってたらな」
 体力が尽きたのか、お土産の約束で満足してくれたのか、手を振って別れる。

 カデルの提案で、傭兵ギルドに寄った。町を出るときに申請すれば、街道に出る魔物を倒した数の報酬と素材の買い取りを通る町でしてくれるのだという。街道沿い以外では、依頼がなければ基本的に魔物退治をしても報酬を貰えないし、素材買い取りもしても割安になる。傭兵ギルドか国の機関を通さない、魔物の素材、特に保護対象の魔物の素材は、違法取引として衛兵に連れて行かれる。緊急性の有無で対応もまた違うのだけれど、という内容の説明を受けた。
 ダァゴのように産業と化している魔物や、数が少ない種類の魔物の保護と、傭兵の安全のため。異世界、しかも相手は魔物でありながら、保護の概念がちゃんとあるのだな、と関心する。

 町を離れ、畑の中を過ぎ、平原の中を走る街道を真っ直ぐトコトコ行く。
「町を離れたから、速度を上げよう」
 自転車で走るくらいの速度になった。町中では荷馬車に迷惑が掛からないよう、速度を合わせていたのか。小気味よく音を立てるそれは馬の蹄の音みたいだけれど、八本足なので二頭立ての足音だと思えば、馬車っぽいのかもしれない。最高速度って、どれくらい出るのだろう。

 舗装されていない、土剥き出しの道は轍が残っていてでこぼこしている。車輪じゃないから隆起や石に足を取られる心配もなく、木箱は滑らかに走る。
 カデルは、「作業をしたいから僕の周りだけ風を防ぐ結界を張るよ」と断って、机を出し書物仕事を始めた。学校でやる講義の内容をまとめるのだという。
 愛久は何もすることがない。景色も、広い草原にポツポツ木があり、遠くにブロッコリーの群生みたいな緑の森……特別見るもの何もない、至って長閑。暇を持て余した。
 風は気持ちいいし、散歩? サイクリング? していると思えば気分はいいのだけれど。
「日差しが熱くなったら言ってくれ。屋根を出す」
「このままで大丈夫」
「飲み物や食べ物はベンチの中にしまってある」
「うん、ありがとう」
 ベンチの座面を上げると、中はひんやり冷蔵庫、貰った果物を入れておいた。

 ボーっと空を見ていると、一羽の小鳥がピピピと鳴きながら飛んでいるのが見えた。
 カデルが手元から顔を上げ、呪文を唱える。唐突に小鳥の鳴き真似をしだした。小鳥がカデルに鳴き返す。おとぎ話に出てくる、誰もが羨む美人でこころ優しい主人公が動物と会話しているみたいな光景が目の前で繰り広げられた。
「もう少し行ったところに魔物が出たって」
「鳥と話せるの?」
「うん。動物共通言語魔法だ」
 話しているみたいだと思ったら、本当に会話していたとは。魔法って、動物とも会話できるのか。でも普通に動物の肉は食べるんだ。豚肉も鶏肉も美味しそうに食べていたし、とか気にしちゃいけない。なんたって、不思議だらけの魔法使い、話したこともない個体だし肉になっているのだし食べるよ、だとか不思議そうな顔して言われそう。

「言語魔法といえば、異世界人のアイクがこっちの言葉を話しているのに不思議に思ったことはないか?」
「それは思った」
「この世界――僕たちが普段話している共通言語は魔法で統一されているんだ」
「本当は色々言語があるの?」
「元々は、な。千年ほど前だ、聖人と呼ばれる魔法使いたちが世界に魔法を掛けて、人間が使う言語を強制的に統一した。今は書く文字も共通言語しか使わない。元々あった言語を知っている者は長生きな妖精族と古代言語学者、一部の魔法使いくらいかな。妖精文字もあるけど、悪戯したり逃げ出したりするから、あれは使いにくい」
 異世界人の愛久が最初からこの世界の言葉を話せたのは、異世界転移特典でもなんでもなく、世界の掛けられた魔法のせいだった。文字が逃げ出すだとか悪戯をするだとかは、妖精文字なるものを一生学ぶ気がしないので、このさいスルー。

「人間だけでも色んな種族がいるからな」
「母国語以外の勉強をしなくて済むのは羨ましい」
「アイクの世界は沢山の言葉があるのか?」
「俺の国は、世界で多く話されている言語の習得が苦手な民族って言われてて。学生時代は苦労したな。その勉強をしなくていいのは羨ましい」
「それぞれの言語が残って使われているのはいいことだ。言語はその国の文化だ、言語を奪うというのは文化を奪ってしまう」
 どこの国の誰とでも話せるのはいいと思うが、そればかりではないらしい。日本語で表現できる文章と、英語で表現できる文章の、文字、文法、言い回しの違い――文化の違いが全て強制的に統一されてしまうのは、それはそれで寂しい。

「最初からこうしてカデルと話せているのは、その魔法使いの聖人に感謝かな」
「そうだな、そこは僕も感謝している。それで、この先に出る魔物のことなんだが。アイクに任せてもいいかな」
「カデルの護衛についているんだから、構わないよ。わざわざ言うってことは、何かあるの?」
「攻撃魔法が苦手でね」
「そうなんだ。人には苦手なものくらいあるのは普通だし。頼ってくれた方が嬉しい」
「ありがとう。そのかわり、魔法での補助は全力を尽くそう」
「ほどほどにお願いします」
 カデルのいう“苦手”が“嫌い”なのか“出来ない”なのかわからないが、天才といわれている魔法使いでも得手不得手があるのだな。誰でも治療して歩く彼に、暴力沙汰はイメージ出来ない。愛久としては、やっと護衛らしい護衛がでそうで、やる気が出た。
 しばらくもしない内に、コモドドラゴンみたいな中型犬サイズのトカゲの魔物に出会うも、カデルが魔法を使うまでもなく、初心者の愛久でもあっさり倒してしまい、やる気が肩透かしをくらう。そういえば、強い魔物はこの辺りには出ないのだった。

「凄いな!」
「凄いのはこの斧だよ」
 カデルは嬉しそうにはしゃいでいるけれど、愛久の力だけではない。
 軽くさっくり斬れてしまうこの斧のおかげで簡単に倒せたのだ。浄化の宝珠で瘴気を祓い、魔物収納キューブに収めるときに間近で観察したけど、硬そうなウロコからして、普通の斧だったら斧の方が負けそうだった。
「武器の強化はあまりやらないから、楽しくなってしまって。思いつく限りの付与をしたのだけれど、扱い難いかな?」
 そういえば、斧を強化すると言って預けた日、夕食を終えたあとカデルは上の階に消えていき、その日のうちに降りてこなかった。一晩中、斧の強化をしていたのだ。
「斬れ味が凄すぎて怖いけど、便利だし使いやすい」
「なら、よかった」

 遠くに見えてきた壁が段々近づいてくると、居るかどっかだった魔物が少しだけ出現率が増え、強くなった……気がする。というのも、斧が優秀で豆腐のようにサクサク斬れてしまうのに加え、カデルが身体強化の魔法を掛けたり防御魔法を転回してくれるので、危な気なくここまで来れた。攻撃魔法こそしないものの、殆どカデルの魔法のおかげだ。

 日が落ちて夜が近づき、空が藍色になる頃には隣町の関所の門の前についた。魔物が侵入しないよう防壁に囲まれたこの町に、王都へ行く異動魔法陣があるのだという。
 これがあるから王都混て何日も掛けて旅をする必要もない。ファンタジー世界というと異動に長い時間を費やすイメージがあったけれど、案外、短い旅になるのかもしれない。

 残念ながら、開門の時間は過ぎていて町には入れない。
 防壁の側だと、上からゴミやらが降ってくるかもというので、少し離れて街道脇で宿となる。天気もいいし、この馬車モドキのベンチで寝るのだろう。星空を眺めながら寝るのは初めてだ。

 すっかり野宿気分の愛久の側で、カデルが積んでいた縄付きの杭を魔法で持ち出した。フワリと宙に浮いた杭が、四角い囲いを作る。と、ドスンと地面に刺さった。
 例の木の枝を懐から取り出し、杖ほどに大きくしたそれで、杭の前の地面に線を引き、グルリと囲いを一周。
「杖が大きくなると、力が増すとか?」
「小さい方が持ち運びには便利だが、地面に線を描くなら大きな方が描きやすいだろう」
 より強い魔法が扱えるというのもではなく、地面に線描きやすいがどうかの物理的利便性だった。

 カデルが呪文を唱えると、囲われた地面がボコッと抉れて、その上にカデルの小屋が一瞬にして現れた。地面が一回凹むのは、床下に仕込まれた魔法の仕組も一式持ってくる為だ。
 この魔法使い、小屋ごと持ってきていた。
 旅って、もっと不便なイメージだったけど。魔法使いか一緒だと、何が出るのか本当によくわからない。
「中に入って休もうか。先に食べ物だけ馬車から出しておこう」
 ベンチの中から食べ物を出して降ろすかわりに、ついてきていた踏み台を馬車に乗せた。それから呪文を唱え、積んでいた荷物や踏み台ごと小さくなった馬車をポケットに入れる。
「そういえば、魔物の森の目印はいいの?」
「外灯は置いてきた」
 魔物の森に迷い込まないよう、目印の外灯を置いてきたカデルに抜かりなかった。

 場所が変わったはずなのに、寝るところは変わらずカデルの寝室のベッドで、シャワーも食事も何も変わらない。旅をしているのか疑わしいほど変わらないから、不思議な気分だった。
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